2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近の記事

おすすめ

最近のコメント

フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2012年3月19日 (月)

『新訂 ミカサフミ・フトマニ』(展望社、池田満)がいよいよ、出版です。 4月5日配本の予定です。 アマゾン予約もやってくれてました。

『ミカサフミ』の難解さの事は、『ホツマ』にも増してです。  が、

さらに『フトマニ』は、さらにさらに、もっともっと難解です。

ようやく、ここに40年来の一応の回答を上梓することが出来ます。

Photo

『新訂ミカサフミ・フトマニ』(展望社、池田満)です。どうかどうかよろしくよろしくお願い申し上げます。本当によろしくよろしくお願いのこと幾重に幾重にも申し上げます。それは縄文日本の大文明の精華についての際立った解き明かしである為です。

4月5日に配本の予定です。 (本体価格3400円、+消費税)アマゾンの予約。

『ミカサフミ』もですが、さらに難解な『フトマニ』の

これ迄の解明作業の悪戦苦闘の過程を、ご覧頂こうと思いました。

Photo_2

表紙の裏の右肩の茶色っぽい枝はキリ(桐)の実です。

キリは5月の連休頃から咲きます。花札なんかではよく目になさることもあるかと思います。綺麗な花です。そして実の形もネギボンボンの様なすきっとした形状です。ヲシテ文献中の用例では、シロカネ(銀)の精錬に使うのであろうかとする所があります。

Kiri1

なお、表紙表の右肩には「立体ヲシテ」で「ミ・カ・サ」を配置しました。

初代クニトコタチさんの頃のもっとも源流の高貴な時代には、平面でない、立体のイメージで「ヲシテ」の原図が形造られてきたと、わが文明のオリジンの源流への遡及を希求してやまないからです。

             ・

『フトマニ』の原写本は、2写本が発見されています。たからものです。

1写本は、滋賀県高島市の旧家の野々村家の所蔵の、野々村立蔵さんの心血込めた写本です。

Photo

もう1写本は、愛媛県宇和島市の旧家の小笠原家の所蔵で、小笠原長武さんの筆で、その後の経過や年月に於いての困難さを滲ませて知らせてくれる、ドシッとした写本です。

Photo_4

とにかくも、貴重な写本の事です。前代にして全くの未聞の事の、この2写本だけの事が、今のところの現存の発見出来得た写本です。

尊いものです。アマテルカミのおん親(みず)からのご編集のものですから。

松本善之助先生は、研究用に二次原本を起こされました。保存用の意味でもあります。

2_edited1

また、ネガからの写真版の焼き付け版を、わたくしたち塾生に分けて下さいました。

_edited1

その後に、二写本の校合と、注釈を入れて、上記の『校註ミカサフミ・フトマニ』(松本善之助監修、池田満、展望社)を上梓しましたのでした。ここには、溥泉さんの『ミカサフミ』の逸文・残簡本(『春日山紀』『朝日神紀』)や、「トシウチニナスコトのアヤ」(京都、龍谷大学蔵本)も、すべて加えて収録しました。

この過程で、直訳の漢訳文は省(はぶ)くことにしました。直訳での漢訳の様な、外来思想のフィルターを掛けるのは、間違った方法です。アマテルカミのお心に肉薄して迫って理解する方途にとっては、直訳文の漢訳は真意の理解に醜悪・俗悪な妨害をして混乱を招くだけのものであるからです。

「モチコ」さまを、「持子」だなんて、その当て付けようは、大間違いだという事ですからね。満月の望月(もちつき)の「モチコ」さまの方が本意だとも、私には思えますし、第一が漢字国字化時代でもないのに、何が悲しくて外国文字の漢字名を付すのか? 魂胆がおかしいです。亡国の思想に支配されてます。漢字国字化時代以前のお人のお名前を、勝手に、漢字国字化時代以降の様式に改名するのは間違いです、心得違いです。 何がどうと、コンコンチキです、ね。

ここに、ボタンの掛け違いの緒元のモロモロが発生してますのでした。

漢字国字化時代を、飛鳥・奈良朝のころですね、

これを良しとするのか?

はた、また、良しとしないのか?

この判断の事は、今現代に迫られている事象ですね。

でも、その、判断を付けるべき基礎の基準について?

そこのところの事の、その話の事なのですね。

本来の「日本」はそれなりに良いクニであって、

今後、未来、本来の「日本」の建国の精神こそが、

世界のグローバルに於いてのそぐわしい未来を規定出来得ると、わたくしは確信しております。

                ・

それやこれや、基礎の根底の確立は重要なものです。

ヲシテ(日本固有文字、ホツマ文字)時代の文章は、ヲシテの原字原文での解明でなくてはなりません。さらに難解な『フトマニ』の各項のウタの読み解き解明は、絶対にヲシテ文字の原字原文であらねばなりません。『フトマニ』の各ウタは、段違いに難解で有る為です。

極端に排外主義だけでもなりゆきません。時代の流れとして受け入れるべきは受け入れる事を排除するのは無意味です。お茶などは、延命元気の良いものですね。わたくしは、抹茶の茶碗でフトマニ茶碗を作って、日夜眺めつつ、解明に挑みました。眺め透かして『フトマニ』の真意を解明してゆくためです。

フトマニ茶碗の幾つかをご覧願いましょう。年月を経て、茶渋に染まった茶碗もあります。

_edited1_2

「す・おれ」のフトマニ茶碗です。冬用の形です。

裏は、底まで茶渋に染まりました。湯煎をしても染まりは取れません。

Photo_5

          ・   

轆轤(ろくろ)も。一応は下手でも轆轤をひける所を、と。

Photo_8

「い・なわ」のフトマニ茶碗です。

青唐津の釉薬に生地の萩の土の発色がピンク色に出ました。

Photo_9

その様な事で、日夜の長年の試行錯誤の、その解明の試行錯誤でした。

校正刷りやそこに至るいろいろは、下に掲げたようなところです。

今回の上梓において、格闘したあとの原稿用紙も加えてみます。

切り貼り切り貼りした事で、原稿用紙は分厚くなりました。

_edited1_5

その様な、積み重ねの末に、

やっとの事の 『新訂ミカサフミ・フトマニ』 の上梓出版です。

どうかどうか、よろしくお願い申し上げます。4月5日配本予定です。

アマゾンでの予約もやってくれてました。

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%82%AB%E3%82%B5%E3%83%95%E3%83%9F%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%8B-%E6%B1%A0%E7%94%B0-%E6%BA%80/dp/488546238X/ref=sr_1_3?s=books&ie=UTF8&qid=1333146198&sr=1-3

          ・        ・

「フトマニ」の各項のウタの解釈は、前著の『校註ミカサフミ・フトマニ』出版以降の、13年間の苦闘で、随分と進展しました。

『フトマニ』の解説は、各項の「ア・ヤマ」、「ア・ハラ」などの毎に一頁に拡充しました。Hutomani5

ヲシテ時代の国文法の解明をした事が、大いに役立ちました事もあります。( 『よみがえる日本語』明治書院、青木純雄、平岡憲人、監修・池田満

               ・

アマテルカミのお心に何とか少しでも迫ろうとしての爾来40年来の血と汗の、回答です。

新刊書籍の『新訂ミカサフミ・フトマニ』(展望社、池田満、3400円(本体価格) 4月5日配本予定)を、

お手元に置いていただいてあれば、人生の行路の悩みに遭遇したときに、きっとアマテルカミのお力添えがもたらされることだと存じ上げる次第で御座います。

本来の日本の縄文文明の真価が、ここに復活して来るからかも知れません。

               …

国家の枢要を、

ヲシテ文献の存在を知ったわれわれが、きちっと、再びに、

構築の事にと、  その仕事の必然重要性に理解を下さるのは稀有の事でありましょう、ね。

アマゾンの予約注文をやってみました、面白そうなので。

何時来ますかね ―。

Photo

原典類の一応の出版はこれで一段落の事です。

まだまだ、これから先にやるべきことは多くて、

ヤマの山の大きな頂きのように山積してますが、出来得ることは一つづつですから、

少しづつの歩みの大切さを真面目にと思います。

      ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

何故ならば、外二点濁点の表示のヲシテは除去・無視の事と言っても、

なーんの事だか?  ですものね。 お話にもなりはしません、です。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。

そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。

ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。

古典は、元々の原字原文で読むべし!    わが国の古典ですよ。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。

Sponsored Link

2012年3月14日 (水)

仮名使いの事。 ヲシテ時代から、漢字国字化時代への混乱の事。「yi」「ye」の事。

ヲシテ文献・ヲシテ時代のヤ行は5音でして、ワ行は3音です。

Photo_2 

これが、漢字国字化時代になって、

混乱を呈します。はなはだ、大きな混乱ですので説明も煩雑です。

今では、ワ行に「ワヰウヱヲ」が当てられています。

            ・

漢字国字化時代では正式文字は「漢字」でして、真名(真字)と呼んで、仮名は格落ちに扱われていました。それで、仮名使いなんかには正確さを期待もされないような状況でした。とはいえ、和歌の筆記では仮名使いの表記法が切実でしたから、藤原定家は「定家仮名遣(つか)い」を残しました。

「を お

え ゑ へ

い ゐ ひ」

の使い分けのルールでした。

当時、音韻の事、一般に用いられてたのは「いろは歌」です。

「いろはにほへと… 」音図表ではなくて丸暗記モノでした。

動詞の活用が「あ・い・う・え」の列の4段になってると気が付いたのは、実に、江戸時代になってからの事でした。初出は佐々井祐清さん『假名遣拾芥抄』(享保五年、1720)ですね。1000年以上たってからの発見です。国語の事、あまりにも忘れっぱなしの漢字国字化時代でした。

明治なってから50音図表が一般に用いられます。契沖以降の歴史的仮名遣いが普及してきたからですね。

しかし、問題は十分に解決したものではありません。

「疑問仮名遣い」は沢山積み残されてますし、

ヤ行の「ye」は忘れられたものですし。今現代になって、復活を図ろうとする築島裕先生の動きもあるほどに、混乱の体のひどさが明らかです。

漢字国字化時代の果てなき混乱は、収拾のメドが付きにくいようです。

              ・       ・

ヲシテ文献の発見・研究の成果として「ヨソヤ(48)の音図表」が本来のわが国の国語の音図表であったことが明らかになりました。

根拠は記紀との対比比較によって、ヲシテ文献の先行性が確認できることです。

また、「やまと ことは(訓読みの言葉)」がヲシテ文字の形状のイメージから形成されていたことも判明してきました。 『よみがえる日本語』 に概説してます。

すなわち、国語の根底を此処に定めなおす必要があるという事になります。行き詰まった混乱は、その根底からの再構築しか抜本対策は存在しないのですね。

                  ・

さて、そこで、ヲシテ時代の「yi」「ye」の、現代ルビをどうするか?

ずっと悩んできたとこですが、つまり「ヰ」「ヱ」に当てるのは正確さを欠くという事の問題です。

本来はヲシテ時代語はヲシテ文字での表記が、唯一の正しい筋です。ヲシテこそが、本来の我が国の国字だったのですからね。

ルビをどう振るのか? この発想自体が問題視されて欲しいものです。

とはいえ、ルビ無しが当然になる時代は、まだまだ先の未来のようです。

ヲシテ時代の「yi」「ye」は、

当面は「ヰ」「ヱ」とルビを振っておくしかないようです。

出来るところでは、「yi」「ye」と振るようにしたいです、ね。

Photo_3

のように。 

     ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

外二点濁点の除去の事、と言っても何のことやら? ですからね。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。

そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。

ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。

古典は、元々の原字原文で読むべし!    わが国の古典ですよ。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

『古事記』との大きな違いは、こちら。

         ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。

Sponsored Link

2012年3月 8日 (木)

鞍居桃の事、その後の調べの事など。

鞍居桃のその後

鞍居桃の命名を牧野富太郎先生に拠るものだとの事、調査しましたところ、印刷物には定かな論拠を見出すことが出来ませんでした。論拠の発見が今のところ無いから全否定と言うのも、一概に正しいとも言えません。ですが、はっきりしない事は、控えての主張に止めた方が良いと、地元の方々に提言を致してまいりました。 しかしながら、一説には、牧野先生命名説も強い根拠のあるような言い伝えもありますようです。一体、何を真となすべきか?  調査は、これから更に進めてゆくとの事で御座いました。

とは、申しましても、牧野先生の命名説が、仮に勇み足のようであったとしても、日本固有種のモモ(桃)の自生種の存在は尊さを少しもそぐものではありません。大威張りで、宣伝と保存と顕彰とさらには活用の方法を模索していってほしいものだと思います。

また、巻向遺跡の出土の桃の実とのDNAでの比較調査をするのも、興味深いものがあると思います。鞍居地区の自生種の桃の他にも、日本各地には多くの自生種の桃があるらしいとの事を、仄聞もいたしました。日本固有の自生種のモモ(桃)の詳しい調べも待たれるところです。

10

鞍居の谷は、ハルの色の「シロ(白)」を強く感じます。

         ・

くらいたに カセのそよぎに

たおたおと きさらきもちも

のとやかなれは

くらいたに のかせのしめす

そこここの かおりはつねに

違うはるのか

ゆたにわく のとやかのしみつ

うるおいて はるのモモにと

はなの咲きみつ

         〇

モモの事、

ヲシテ文献に、出典用例を見ておいてみましょう。

大雑把に分けて、4群に分類できます。

Photo_4

Photo_5

Photo_6

Photo

   ∞     ∞     ∞

此れの事々を、詳しく解説したいところですが、
またまた、これは大変で物入りのことで御座いますです。ご執心のお人が御座いましたら話は別ですが、

おおよその把握で書籍の一冊分の分量になってしまいます。しばらく、何十年かはそっと、置いておくことしかすべはないでしょうね。

その背景の時代の雰囲気などを解り易く説明しようとしましたらです。またまた、大変なことで御座いますですね。そう言うことで御座います。  です。  日本の縄文文明は、殊の外に地球規模に於いてみて大文明だった事に尽きます。

鞍居の谷の趣には、強く実感します。宿(湯田温泉、鉱泉)からの山の色です。良い、泉の水質ですね、とろとろ、さわやかの気持ち良さです。日本固有種の鞍居桃の何らかの自生の秘密があるのかも知れません。いで湯の泉のうるわしさです。

上に掲げた写真です。麗しい色ですね。
     ∞     ∞     ∞

ハル(春)の色はシロ(白)ですね。

     ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。

そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。

ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。

古典は、元々の原字原文で読むべし!    わが国の古典ですよ。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。

Sponsored Link

2012年3月 3日 (土)

お茶の飲み方の、三回・回すこと。 決まりっ切った事?  抹茶のおすすめ。

お茶の決め事の色々などの事。

何時もいつも、三回回してから飲むのだと、 世俗的に決め事のように言われる事も多いですが、わたくしはちょっともそのようには、伝え聞いてはいませんでした。

勿論、やんごとなき貴重なお茶碗で正面が汚れては大問題の様な、特別のお茶碗でしたら、ちょっと正面を外してから、頂くことは礼儀だと弁(わきま)えています。

尊い茶席など少なかった私には、未だかつて、そんな正面を外してのことの場面に出くわしたのは、ほんの数回だけでした。大体が99%は、そのままに、お出しくだされました正面のままに有り難く頂戴するのが当面する場合に於いての礼儀に最も篤い様な事例集積の経験でした。折角のお心使いを頂戴しましての、お正面のお茶碗を有り難く頂く方が、お心使いに最も適う訳ですね。何だか、正面をくりっと外しては、他人行儀のような感じが致しますですね。 とは言え、国宝級のお茶碗で正面に汚れやすい模様が付いていたら、それは、正面を外してから頂戴するのが、もちろんの事礼儀に適ったことですね。

とかく、結構難しいものですね。

通常は、私はちょっと拝(会釈)をするだけで、頂戴してます。

それで良いのではないでしょうかね? 「いただきます!  頂戴します!」の感覚ですね。

               ・

わたくしなどは、

煎茶などより、現代では抹茶の方が手軽なのでと、何時もつねに常用してます。

今日も、抹茶の方が簡単なので…。  と、言っていましたら「へー?」て思われてました。 手挽(ひ)きの抹茶挽きの時代では、抹茶はとても高価な代物でした。大変ですと、半日も肩を凝らして挽いて、100グラムになるかどうか? です。そんな手間暇の挽き作業が、びっくりの現今の革新で、茶臼の電動挽きになりました。効率的に行われているお抹茶挽きの現代です。さらに技術の進展によって、とても、細かい粒子で安定的に良いものになって安価な健康促進茶になってます。

考えても見て欲しいです。缶のお茶や、ペットボトルの煎茶は、一本ずつは大したことなくても、積もり積もると結構な価格です。缶やペットボトルは、一飲みで百円以上もします。しかし、お抹茶は、一缶(39グラム)2000円程度(私の常使い、「初昔し(京都、柳桜園)」)で半月かひと月は十分にあります。健康維持にとっても良いです。勘定しましたら、ペットボトルのお茶より安い! のでした。 それが、細かくミクロン単位にまで摺り下してお茶の葉っぱの細胞ごと美味しくも頂ける健康茶です。

抹茶は、量り取って混ぜればいいだけです。急須を洗う必要もなしです。茶筅をシャバシャバで一貫完結です。

室町時代や、戦国時代など、お抹茶が高価な時代は手挽きだったからですが、ね。今や、我々が、その究極の健康促進茶を安価に手軽に常用できる時代になったわけです。わたくしは、何時も8缶ほど送ってもらって、冷蔵庫保管してます。摺りたての風味が落ちませんです。 と、言いますのも、常温で保管してますと苦みが立ってくるのです。そして、良い香りが急速に消えてゆき、旨みや甘み・美味しさが、消えてゆきます。苦いばっかりの抹茶は、挽いてからの日数が過ぎ、なおかつ保管状況が望むべき状態になかった事で風味の低下と苦みの増殖と、ダマ(小さな塊)の形成が為されたのですね。もう、飲めたものじゃないと思います。本来は、香りが立って美味しくて苦みはほとんど感じないのが、お抹茶です。 濃く濃く練って淹れても苦みを感じないのは、特段の上等のお茶ですね。

わたくしの常使いの程度ですと、トロトロ程に濃く練って淹れますと苦みが走ってきてしまいます。ですが、常使いは柳桜園さんの「初昔」が私には最高です。練るほどの濃茶は、まず、一年に数回ほどですからね。これは、極めつけの集中の時です。口中がそれも喉の奥が一時間ほども爽やかになります。柳桜園さんの「初昔」は、不思議と、大丈夫なのです、薄茶にも、濃茶にも、どうしてあんなにどちらでも良いのか?  不思議です。

               ・

濃茶に練った場合、案外に高価なのは、練ると苦みが走り過ぎたりします。

安価なものは、さらに、苦過ぎて飲みにくいものです。

濃茶に飲むことの場合と、また通常の薄茶に使う場合の割合の事もあります。

私などは、薄茶の常使いが99%ですから、その事の使い勝手に、薄茶が美味しい様にと気を使ってます。でも、たまの濃茶でも、苦みが強すぎずに美味しいのがうれしい事です。

        ・            ・

お茶の事、書き過ぎました。お茶は、中国伝来であるようです。

良いものはちゃんと受容して活用して、更により良い様にと改善の知恵を働かせてゆくのがわれわれの活力の在り処で、価値の源泉の位置であると思います。お茶の活用方法について、更なる新知見の発見は未来に繋げるものであると思うのです。

    ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。

そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。

ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。

古典は、元々の原字原文で読むべし!    わが国の古典ですよ。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。

Sponsored Link

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »