古典を読む、当然の矜持のこと。 最低限の守りごとの事。 ヲシテ文字の読み書きが、いの一番です。
原字で、原文で読むことは、古典に接するのに、
当たり前のマナーですねエチケットですね。常識です。
これを、クリアーできない人には、その資格は無いと思います。
とくに、ややもすれば、偽書に間違われかねないヲシテ文献ですから、
この、古典に接する最低限のエチケットは守ってもらわないといけません。
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それが、しんどいからと、他人のせいにするのは、いけない心構えだと思います。
ヲシテ文献の、話で申しましたら、これが、甘ったれのハタレですね。
いやいや、そんなことは、
困ったことですね。
困ったことで御座います。
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ホツマと言いますか、ヲシテ文献が貶められるのは、
直訳して「秀真伝」にしたらいいな、なんて、安易な思いで作った直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」が、
ちょっとまともな人からの視点で、「偽書だ、偽書だ」とやられてしまって来たのがこれまでの経緯です。
ヲシテ文字も読めないような、そんな人達のあれやこれやが、直訳誤訳の偽書を作っては足を引っ張って、どれだけの害悪を及ぼしてきて来たのか? その事を、思いますね。
そんな、連中とに、一緒にされてもいいのですかね?
あなたの、お孫さんや、そのまた子孫の人達が、何と思いましょうかね?
おじいさんはね、 それがね、 はずかしいことに、
直訳偽書の製造族だった、 のでした。 とは! と。
ヲシテの文字も読めないのに? ひゃー? ですね。
字が読めないで、何をどう訳すのでしょうかね?
これぞ、魑魅魍魎の世界です。 「偽書・ワールド」ですね。
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なにはともあれ、いの一番は、ヲシテ文字の読み書きをきちっと出来るようにすることからです。 これが出来ないでは、まったくのところ、論外で御座いますです。
私の主張は、間違っているのでしょうかね?
「ヲシテ文献を読むのに、ヲシテ文字を覚えて下さいね」
この、わたくしの主張が、どのように間違ってるのでしょうか?
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それと、もうひとつ、モノ申す場合には、
本名をきちっと明かしての事でと思います。
逃げも隠れもせぬという、厳然たる、心構えで来てくださいませね。
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結局のところ、この人は、端(はな)っから 、直訳偽書だけを視点狭く欲しい欲しいとしてました。
ハタレのハタルと言う、ヲシテ時代の言葉の、そのままです。
返事は以下のようにしました。
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「直訳偽書の「秀真伝」は、私の立場としましての、
断固拒絶の、ところです。
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古史古伝、は「偽書」です。 お間違えなく!
「秀真伝」も「偽書」の一種です。
「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を
漢字表記してるので、スグ分かります。 お間違えなく!
せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、
なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。
共に、即、廃棄してください! 捨ててくださいね。
偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!
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