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2012年1月29日 (日)

『資本主義以降の世界』中谷巌さん。 お勧めします。

文明論のこと。

長い時代のスパンでの視点は、この時代に於きまして、

とっても重要だと思います。

そんな意味で、文明論のこと、『資本主義以降の世界』中谷巌さん(徳間書店)は、示唆に富んで面白いと思います。

ヲシテ文献の発見がありましたのは、われわれのヲシテを知るモノのみですから、
いくつかにおきましては、クエスチョンマークの付くのは当然の事です。

              ・

われわれが、ヲシテ文献の理解をしてゆくについても、

長い歴史の視点、全世界的な視点をもって、わが民族の縄文文明の位置の在り処が、その有用性が明らかになると考えます。

グローバルな大きな時代潮流の流れの把握につきましては、

エマニュエル・トッドさんと並ぶと思います。

氏は、構造改革推進でしたから、いろいろと、思うところのおありの場合もあるでしょう。オオナムチも慢心で罪を得ました。しかし、改心してオオナムチは「ヒスミ・キミ」の褒め名を得ました。壁にぶち当たってみて、それで、思いが進展する事も、ヲシテ時代にもありました。

Photo_2

また、すべてがすべて、受け入れられるとは申せませんが、

やっぱり見ておくべきものだと思います。幾つかの視点は、とっても有用です。

お勧めいたします。

      ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。

そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。

ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。

古典は、元々の原字原文で読むべし!    わが国の古典ですよ。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。

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2012年1月22日 (日)

旧暦と、新暦の事。 ホツマなどヲシテ時代の長いこと。  直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」のねずみ男にご用心。

新旧のお正月の事。

今日は、旧暦の大晦日でして、明日はお正月になります。

幸い、こちらでは初日の出を拝めそうです。

          ・

さて、アマテルカミのお誕生日が元旦の事でして、天皇誕生日の元祖なようなものなのでなお目出度いのですが。

太陰太陽暦にあらたまったのは、アマテルカミの御世の事でした。

Photo

オモイカネさんが、太陰太陽暦を作って、それを8代アマカミのアマテルカミが全国に施行なさったのでした。

そうしますと、アマテルカミのご誕生の際には、太陰太陽暦以前の事でしたから、おそらくは太陽暦が用いられていたことになります。

つまり、

明日は、厳密に言いましたら、アマテルカミのご誕生日とも言いかねるのかも知れません。つまり、現行の太陽暦の元旦がアマテルカミのお誕生日とするべきかと、なります。ややこしいですね。

            ・
さて、もうちょっと、よく考えますと、
太陰太陽暦にコヨミ(暦)の変更がおこなわれたのが、
はたして、アマテルカミの時かどうか?
ここに、疑問が生じてまいります。
ひとつには、年中行事が太陰太陽暦の要素の許におこなわれている事。
もうひとつは、2代目アマカミのクニサツチのト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの命名が、太陰太陽暦の季節感の許に編まれている事があります。
つまり、コヨミ(暦)の歴史は、だいぶ早い時代に太陰太陽暦が用いられていた。が、その精度はまだ低かった。それをオモイカネが高度に編み直して8代のアマテルカミが全国に施行させた。と見るべきですね。


         ・      ・
何しろ、このように、色々とあれやこれやと考慮を続けているわけですので、
こうだ! と言う、教科書作りには、長い道のりが必要のようです。
その道行きにおきまして、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」だけは駄目です、と申し述べたいです。

                ・

このように、ヲシテ時代は長いので、

簡単に論じようとすることも、思いの外にむつかしいものです。

ねずみ男に齧られないようにしたいものです。

特に注意したいのが、

アマテルカミを「天照大神」と、ペタッとイコールに当て付けするやり方です。

「天照大神」は記紀の誤ったイメージが濃厚に付着した言葉です。それと、ヲシテ文献の8代アマカミとしてのアマテルカミとは全く異なります異質です。

誤訳の記紀では、一度もこの地上に降り立ったとは表現されてない「天照大神」。この間違った認識が1300年間の重みを持ってこびり付いたのが「天照大神」の言葉です。

記紀の原書のヲシテ文献では、8代目のアマカミ(神武以前の天皇陛下)として、まつりごと(政治)を実際にお執(と)りになられてご苦労の絶えなかった偉人。この事実は、新発見されたばかりのホヤホヤの概念です。

水と油のように混ぜてはダメなもの、すぐに分離してしまう様なモノを、

これを、イコールに結び付けてしまうのが誤訳の,直訳偽書作りの、本質なのです。

良いことやってる、と思っての事なのである事は、それなりに理解できます。

ですが、「訳した」という結果のところは、

一言で言いますと、無茶苦茶です。

                     ・

これほどに、しつこくも何回も幾度も繰り返して申しますのは、過去40年来の追憶の責認からのことで御座います。

わが国の尊さを縄文立国からこそ、言うことが出来る!

この発見から、強くの思いで、やってきましたです。

それが、事もあろうに、怪しげな乳化剤を混ぜ込んで、など、

本当に強烈な危惧をのど元に突き付けられたるがような、そんな生きるか死ぬかの危機です。歴史を直そうとしてますのに、明日がどうなるか? どうするか?  喫緊の真偽の判断責め立てにあいます。 わたくしは、従前から真偽混ぜこぜにしてのぐちゃぐちゃが、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」で、これは間違った路線です。と、何十年も前から主張してきました。

直訳の、「秀真伝(しゅうしんでん)」は、やっぱり、どう見ても、何処か、変なのです。

直訳の本が、なんか変だなー ?   と、思っての事、 これは、大体のところ万人共通でしょうね。 きちっと、ヲシテ文字の原文で読んでる人は、 まずもって100%に近いと思います。 ところが、直訳の漢字仮名交じり文に、一生懸命にあれこれやった後、 よくよく、読み直してみたら、なんなのか? 何か変なのです。こころの隅には何処か違和感があるのです。

ヲシテの文字をちゃんと読めて、原文をそのまま当時のように読んでたら、現代漢字仮名交じり直訳文では、やっぱり、どうにも、変なのです。

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」は、何だか変だ! と言うのは、

その、何の原因に拠ってであるのか?  ですね。

だって、変だと思うのは、ヲシテの文字を読めて、ヲシテの文章の原文を読んでたら、誰だって直訳文は変だなー - と気が付くはずだと思いますです。

変な事だと、うすうすは気が付くのは、みんな誰でもそうなのだと思います。

要は、その、変な思いの起きる、

それの、原因は何なのか? と言う事ですね。

それは、

単に、真偽混ぜこぜのぐちゃぐちゃだからだったからだ、と私は考えます。

「真」と「偽」が、ごちゃごちゃにされてるのでおかしいのですね。謂わば、まだらのコマです。

ヲシテ文献は、記紀の原書であって本物。

記紀は、誤訳の塊です。それを、事もあろうかな、ごちゃごちゃブレンドするから、全体がおかしくなって、偽書のレベルにおちいるのです。直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」です。

本当のところ、日本の本来の源流は、とっても美しく清らかです。直訳偽書に汚されてはならないと思います。

      ・                 ・

とにかくもの第一歩は、

ヲシテ文献の人物の名称などを、記紀の漢字のものに直接にイコールの当て付けをするのは、やめましょう !!

アマテルカミは、「天照大神」と、イコールに、と、言うのは絶対にやめて下さいませ。

1300年来のおかしげなモノなど、これを、一から引っぺがすこと、

此処に於いてしか、本来のわれわれクニトコタチさんからの国家に於いてのみなもとの再構築は有り得ないのですね。またさらに、此処がきちっとてしなくては、グローバルの視点でも未来の展望についても、真っ暗なような暗闇になってしまうわけです。ヲシテ文献は、我が国だけの宝では無いと、数十年来からの大昔しから思い続けて来てましたので、求道者のような道行になってしまいました。これからもそのような事々だと思います。案外、クニトコタチさんも、周囲の時間軸には悩み多きものが多かったと推測してのわたくしです。

根拠をどう定めゆくかは、大きな成り行きの事だと思います。

              ・

ヲシテ文献の「アマテルカミ」と、漢字文献の「天照大神」をイコールで結ぶのが、

これが偽書作りの第一歩です。ねずみ男の大好物です。

「偽書だ!」 「偽書だ!」と言って騒ぐネタが此処に見つかったのですからね。

安曇川の本拠の土地でも、過去に多くありました。また、日本国中のいたるところの各地の、何処でもそうですが、ヲシテの文字の特殊文字の区別も出来ずに、また基本文字のヲシテの事でも満足に読み書きできないくせに、矢鱈ニコニコしながら近付いて擦り寄って来て、本心は陰で揚げ足取ろうとしてる人はいっぱい居てますので、皆様、ご用心の事々で御座います。

われわれの根拠としての第一は、記紀との照合に拠る、ヲシテ文献の先行性です。

第二の根拠は、「ヤマト コトバ」がヲシテ文字のイメージによって根底の所からの醸成が成り立っている事。

このふたつを、肝に銘じて頂けましたら、何ら、誰さまであってもあられましても、ヲシテ文字も満足に読めないような人の言う事なんか気にする必要もありません。こちらは、揺るがせない真実に依拠しているのですからね。

      ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。

そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。

ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。

古典は、元々の原字原文で読むべし!    わが国の古典ですよ。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。

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2012年1月18日 (水)

水尾神社(みお じんじゃ)の修理の事。 『ホツマツタヱ』などヲシテ文献の伝来に、所縁のとても深い神社です。

『ホツマツタヱ』もそうですが、もっと尊い『フトマニ』や『ミカサフミ』が、現代に伝わったことは奇跡と言って間違いない事と思います。

その、大きな所縁(ゆかり)は、高島市の水尾神社にひとつあります。過去、区別の意味で「みずのお」と呼んでたことが積年の心の重りです。なにしろ、安曇川平野に、「みお じんじゃ」が式内社(『延喜式(えんぎしき、国家の行政の制定書、西暦927頃に完成)』に記載のある神社、しき ない  しゃ)だけで二っつ、式外社(『延喜式』に記載されてない神社、しき げ  しゃ)がひとつで、都合、三社あります。それは、深く長い歴史を伝えるものなのですが、区別に困ってしまいます。(水尾神社、三重生神社、三尾神社。 現代に、普通に発音して大体のところ、すべて、「みおじんじゃ」)

水尾神社は、相当に、傷んできているようです。修理の事、わたくしも、及ばずながら銅版を寄付させていただきました。

イワツクワケさまは、イクメのキミ(11代、垂仁天皇)と、美人で有名だったカマハタさんとの間に儲けられたミコ(皇子)さんでした。後のはるか後に、イワツクワケさんのご子孫として『日本書紀』に伝えられる(ヲシテ時代が終わった後は、どうにも確定的な把握はむつかしいです。『古事記』はそもそも眉唾な事が多いですし)継体天皇の即位がうまく出来て、皇統がこのゆかりの有ったおかげで繋がったのでした。イワツクワケさんは、どう言いましても重要なお方様です。

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お父さんの、ヤマシロ・サラスさんも気苦労の程の評判の美人でした。わたくしのように、凡庸な才覚なのも、親にとっては心配だったでしょうが、 才知に長けて、研ぎ澄まされ過ぎてるのも、心配でしょうね。当人はまったくの知らず知らずの事に敵を作り過ぎてしまうからですね。

              ・ 

イワツクワケさんのご誕生の秘話の事で御座いました。美人のお母様のカマハタさんの事でした。

付いての事のあたりで御座いますが、歴史的に見ましては、更なることであると思います。つまり、女性としての場合、今現在ではそんな事と言われもしましょうが、古代では気量よしで美人過ぎるのも、有り難たすぎて、別の意味で妬(ねた)まれなどの苦労が及びそうで、親としてはとても心配なのですね。

「オオタタネコがカモカミ(上賀茂・下鴨の神社)の破(やぶ)れ果てての再建の事で、当時のミヤコ(首都)の奈良盆地から京都盆地に行く途中に、タマミツ(玉水、京都府綴喜郡井手町大字井手の付近。木津川を挟んでの対岸に一休さんの一休寺がある)のヤマシロのサラスの家に至った時の事でした。オオタタネコの顔を見て、サラスは悩みを打ち明けて教えを乞うたのでした。

娘のカマハタが、三軒の家からお嫁さんにと、求められて、有り難いのですが、どこの家に嫁がせても、袖にした家からは恨まれてしまう。何か良い考えは御座いませんでしょうか?

そう聞かれても、オオタタネコは困ってしまいました。即答できません。そこで、明日にはカモカミに詣でることにしていますので、そこで、定めれば良いかも知れません。

と、答えるのでした」

Photo_3

                  (右下に玉水、Aの地点が一休寺、上方の矢印の所が樺井月神社、水主神社。 玉水の井手町なんて、胸を張って「美人の里」と言うと良いと思います、カマハタさんに加えて小野小町もこちらに住まいしてたそうです。十分の条件ですね)

それで百日詣での祈願やら何やかや紆余曲折の末に、結局のところカマハタさんは、時のキミ(天皇陛下)のイクメさん(垂仁天皇)のおキサキさんに上がることで、丸くおさまったのでした。「ミ(三)・ヤ(家)に、こふ(乞う、結婚の申し込み)」程の評判の大人気が無かったら、イワツクワケさんのご誕生は無かったという事になります。

おそらく、美人のカマハタさんの評判の事が無くて?  イワツクワケさんのご誕生の事も起きませんよね、 そして継体天皇さんの皇位継承が実現していなかったとしたら?  !    と、今にも思うばかりで御座います。そんな成り行きになってしまってましたら、ヲシテ文献の今に伝わるわけもない事ですね。恐懼の若しやの思い返しの想像です。

これが、イワツクワケさんのご誕生の秘話でした。

              ・

さて、さて、本題でした。イワツクワケさんの深い所縁(ゆかり)の、

水尾神社(みお 神社)からの、たっての要請の文書は、次に掲げます。 (文書の画像は、クリックしてもらうと大きくなります)

大修理をするので、来年3月に竣工の段取りだそうです。

      連絡先は、520-1132 高島市拝戸237  

              水尾神社  宮司の 河毛悦男さん

Photo_3   

金額もそれは勿論多いにこしたことは御座いませんが、数多くのお人のご篤志こそが、さらに有り難い事だと思います。わが国は、これから、われわれが歩み出しのところから作ってゆかないと、どうにもならないのだと考えております。

高島市は、ずばり、「建国の故郷」として言うべきですね。

ただし「天成神道」だなーんて変てこ造語で言うと、「偽書だ!」となっちゃいます。ここが注意の為所(しどころ)なのですね。あくまでも、ヲシテの文字、ヲシテ文献の典拠に基付いての話でなければなりません。「神道」の言葉自体が8世紀以降のものだからです。お解かりですね、「神道」なんて概念で捉えるから「偽書」になるのです。ねずみ男に齧られちゃいますのです。 ヲシテ時代では宗教と言うより「哲学」として捉えないとおかしいのです。

今は「神社」を「じんじゃ」と読んでますが、ヲシテ時代なら、「カミ(祖先)のヤシロ」とか「ミヤ」とか「ホコラ」の呼び名になります。儒教や仏教が渡来したから、変容を受けて宗教っぽく変化したのです。ヲシテ時代の感覚に戻すには、「宗教」ではなくて「哲学」の感覚に於いて見直してみないといけません。詳しくは、 『縄文人のこころを旅する』 をご覧ください。

水尾神社には、ちゃんとサルタヒコさんもお祭りしていると言う伝承もあります。岳山(だけさん)参りもあります。「建国の故郷」ならではです。 その、中核の水尾神社が破(やぶ)れていては良くないと思います。

Photo

ミオの「オ」は特殊ヲシテ文字です。

           ・

「天成神道」では絶対にダメであって、

ヲシテ文献の本来の「アメのミチ」でないといけませんよと言う、

その根拠になる、

「アメのミチ」の関係のリストを掲げます。

Photo_2

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以上の用例を見てもらいましてら、

金輪際において「天成神道」なんて言葉は、使いたくない、見るのも気持ち悪い、という事がお解かり頂けると思います。

              ・

ついでながら、「アマナリ」の用例は皆無です。

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そもそもが直訳偽書の「秀真伝」として偽作された語彙の「天成神道」を、「あまなりのみち」何て言うのは、2重にも3重にもの錯誤なのです。

これが、ねずみ男の思う壺。

      ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。

そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。

ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。

古典は、元々の原字原文で読むべし!    わが国の古典ですよ。

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2012年1月16日 (月)

鞍居桃のこと。  西王母のこと、トヨケカミとの事。

群生してるので、保存は大丈夫だろうとの事。

鞍井小学校が今年の4月で閉校になるとのこと。

鞍居桃は?  その行く末は?

危惧を抱きましての事で御座いました。

保存に関しましての危惧には、校長先生は、そこらに沢山に群生してるので、大丈夫だろう。

との事でした。

有効活用の少ない樹木は、至って、冷淡な扱いを受けて来ての事のようです。まったくのところ、その時点の瞬間の事々での判断で御座います。それは、ヲシテやヲシテ文献につきましては更に如実な様相です。ですが、本来の「日本」の真実の宝を再発見するためには、これが、金よりもダイヤモンドよりもレア・アースよりも重要なのですね。  と、知ってもらいたいと、言を大きく言いたい、叫びたいです。

              ・

桃と言って、今フツーに食しているピーチのモモはの事ですね、スモモの様なツルツルの実ではなくて、毛桃の品種の事です。

中国大陸から奈良朝時代ごろに、日本に渡来したのか?

 (これが、悲しいかな、通説になっておりますですね。何時ものように、この様な、ねずみ男のような、簡便簡易の把握が誤認を生じる大問題なのですが…  ?  ね。 

以前には、サクラも、渡来だとか?

 いや、馬も、渡来だとか?

でも、馬具は弥生遺跡からも発掘がされて…、

サクラは、幾ら何でも奈良朝渡来だと信じる人は、もう居ませんですよね?

NHKは、数年前まで、桜は中国渡来だなーんて、公然と言ってたものでした

恐ろしいことで御座います。

日本全国、北から南まで、サクラのやま・サクラの品種の亜種はとっても多いのです。美しい種々です。これが、奈良朝に初めて輸入されてから、全国に何千キロも? 広がって、極めて多くの亜種を根付かせて各地の気候に適合させたなんて、?  あり得る話には、 いくら何でも、その範疇にはあり得ない推測です。間違った推測です

さてさて、サクラの事も同様ですが、実に細かい繊毛の桃、つまり、今のピーチ(桃)の毛桃の事です。

これが、本当は日本自生種であったのか?

ここが、大きな分かれ目のポイントなのです。我が国の、ピーチ(モモ)の自生の事の有りや無しや?  の 判定の極めて重要な事案なのです。はっきりしましたら、ヲシテ文献にある「ミチミのモモ」は、実在だったという事、つまり、西王母は、日本からの賜りものを大事に中国で育てたという事が判明して、我が国から中国に「モモ」が渡ったと言う事実認定をする事になるわけです。鞍居桃の実在は、太平洋の孤島の鳥島よりも、ある意味でもっと重要なのかもしれません。

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この、事々は大きいと思います。西王母の日本に、トヨケカミにミチを乞うて拝謁の事々です。ミチを習ったのですね。さらに、遡って言及しましたら、クニトコタチさんのミコ(皇子)達の8人は、そのうち、「カのミコト」は中国大陸に赴いているのですね。何の、仲違いをするべき歴史にはないわけです。古く、縄文・弥生の時代にまで遡ったらの事です。

           ・        ・

鞍居桃のこと、そのような意味でも、証明の確たる根拠です。大切な事々の一つで御座います。

以前には、若い実をお送り頂きました。

 http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-4b8a.html

鞍居桃の苗木を得て、こちらでも、植えてみたいとかねてから、ずっと思っております。 如何なるや、 ですが。

      ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

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2012年1月15日 (日)

「本・国学」のこと。 『ホツマツタエ』などヲシテ文献の位置につきまして。 「あなみ」のこと。

『ホツマツタヱ』『フトマニ』『ミカサフミ』の、

ヲシテ文献の位置は、記紀すなわち『古事記』『日本書紀』の原書であるという事です。

問題は、ヲシテ文字が考古学で言う縄文時代から国字であったところ、

人皇の15代応神天皇の時代の頃に、外国語の漢字が国字に制定された、大変革の事があった事実に、ヲシテ文献の発見に伴って、気付かされたわけでした。漢字以前の時代の本当の我が国の真相に迫らなくては、今後の未来は融けゆくばかりです。

               ・

その様な、根本的な見地に立って、いろいろと考究を進めるところです。

この見地が、歩みは遅くとも、本来の国学の再構築に、着実な一歩を踏み出せるからです。

         ・          ・

さて、

「あなみ」の言葉のこと、「天・並み」何て意味にと取りやすいですが、

ちょっと違うと思う様になってきました。

「あ・な  み」の語感と言うようでしょうか?

「並ぶ」 では、違うと思うのですね。

どのような働きがあるのかを、模式的に例えたのが「もとあけ」であるからです。

単なる、羅列の表現ではないと、  そのように基本理解に基付いて考えますと、

「あ・な」 であって、そこからの「み」の事、 これが「ア・ナ  ミ   カミ」の意味だと。

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ヲシテ時代の言葉の考究には、出例の吟味に拠るところが、

最善のものであると考えておりまして、40年変わることなく私の信念です。

      ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。

2012年1月10日 (火)

稽古の事、「一から十へ、そして、また、一から」

稽古は一から始まって、十に終わって、また、一から始まる。

というのは、

お茶の先生が、よく仰っておられた事でした。

ホツマツタエなど「ヲシテ文献」は、遠い千年以上もの埃(ほこり)を被(かぶ)ってたものを、

一からの手探りでの、解明ですから、

本当に、十に終わって、また一から始めて…、 そうしてこそ、

本物のレベルに解明が進んでゆくと思います。

それは、我が国の本来の文明力がとても大きいからです。

なん順も、何順も、繰り返して考えて考えて、大きな発見に繋がるのだと思います。 ヲシテ時代の国語の解明も、今まさに、もう一歩前進の雰囲気もあります。

ヲシテ時代からの、それも初期などの頃からの連続しての国語の発達を、

わたくしは、20歳前からずーっと考究を続けてきてました。牛歩のような蝸牛の歩みの様なものですが。

浅野信先生の解明を、突破口として見つけ選びました。それは、今にしましても我ながらにも良い目星しだったと思います。浅野信先生には常に感謝の念が絶えません。

あれからもう、40年近くにもなりますが、ここに、今春の初めに一つのアイデアが浮かびました。あきらめずに、「倦まずたゆまず」考え続けて来ていたからでしょうか?  そのうちには、もうちょっと目鼻を付けてから公開したいと思っています。今春のアイデアが若しも100個にひとつの当たりだったとしたらですが… 。

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直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

本来の「日本」の源流はこんなにも尊いものであったか!

です。

               ・

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

どうして? こんなに、劇的な変化が生じてしまうのか?  ? ?

それは、簡単明瞭な原理です。 つまり、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になる、と言う因果のこと、原因ありて結果が生じると言う事です。普通に良く見られる当たり前の因果関係の、法則でした。

漢字仮名交じり直訳とは、冷静に勘案するとしますと、次のような判断になるようです。

1300年来の極めてきつく厳しく、100%に近い程の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するので、完全に純粋な100%ピュアーな偽書になると言うことで御座います。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

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            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

2012年1月 8日 (日)

『理科年表』の24年版のお勧めの事。

 年明け早々から、直訳誤訳の「秀真伝(しゅうしんでん)」対策に追われて、疲れました。偽書作りの行為が如何に害悪を生むだけであるのか? どうして解らないのか? 本当に、疲れます。

気を取り直して、前向きに取り組んでゆきたいと思います。

丸善書店の『理科年表』(国立天文台 編)の24年版はとっても良いので、

お勧めしたいと思いました。

今年の24年版は、原発事故特集がありまして、

さらっと読むだけで、理解が順序良く簡単明瞭に出来るように編まれています。

書籍は、きちっとしたものですので、頼りがいがあります。

また、p672には、日本の遺跡のC(14)の測定の絶対年の一覧などもあります。

その他に、『理科年表』は良くよく編集が随時に向上されてきてます。

時々、買い替えると良いと思いますが、今版の24年版は原発事故の事もあり、

特におすすめです。

小さな字でもいとわないお方は、「ポケット版」を、

小さな文字がつらいお方は、「机上版」を、お求めくださいませ。

ちなみに、わたくしは、数年前から「机上版」です。

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直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

 

2012年1月 7日 (土)

ヲシテ文献のおおよその全体的把握のこと。 直訳偽書族「秀真伝(しゅうしんでん)」の名称につきまして。

あんまりにも、安直な、安易な、おちょろけな、そんな人達が… 、 それが、 本当に困りものです。

モノ申すと言って、本名も明かさないでは何をかいわんや?  です。

             ・

ヲシテの文字も読めないのに、「ホツマ」を訳すのだ!  と。   え? ?

何を?  訳すの?   ?    ??

字も読めないのに?

うすぎたないと、言うべきでしょうかね、  そんな人たちは。直訳偽書の上なぞりをやるわけですね。 益々輪をかけてひどくなる。 国籍不明・時代溶融で妖怪性の際立ちです。

そんな低レベルのゴチャゴチャの事に対しまして、どのように対処しますれば良いのか? 苦しむ事、千尋のことで御座います。

此れまでも、人数的に割合の事としまして、本当に多かったのです。直訳誤訳の偽書の製造族はですね。神渡良平なんて人もそうでしたが、朝からずーっと夕方まで、懇切丁寧に説明してて、そのあと、ご質問はと?

 ききましたら、「何時? 翻訳(直訳の誤訳)の出来るのですか?」 でした。

それは、幾ら何でも無いでしょうね。一端(いっぱし)に本でも書こうかと、してるなら尚更ですから、最低でもヲシテ文字の読み書きは出来なくっちゃしょうがありません。そんな横着な魂胆ではあなたの名折れになります。直訳は誤訳であって偽書製造だ。と、朝から夕方まで一生懸命に懇切丁寧・親切丁寧に説いていたのが私でした。夕方にはクタクタです。 いくらなんでも、そんな質問は無いでしょうね。直訳は偽書だ! と、朝から晩まで懇切丁寧に説明してきて、いつ?「誤訳の秀真伝が出来ますか?」  とは?

幾ら何でも、それは、無いでしょう。   と思いました。 わたくしの40年来の解明に対して完全否定です。ハナから、聞く耳を持ってないのでした! そんなのに、親切に誠心誠意に一生懸命に説明してたのが、 そんな事が、まったくのムダということ、 それよりも、そんな事が解ってない私のバカさ加減の事でした。  

「ヲシテ文字も読めないのに、あなたは、一体何をしようとしてるのですか?」

それは、単なるゴミの製造です。この事を、はっきりと白黒つけてからの事にして置いたら良かったか?  と思います。

直訳誤訳の「秀真伝(しゅうしんでん)」は、単に、

ゴミだけではなくて、放射性物質のような危険物の製造なのだと思います。製造後に、何十年と害悪を垂れ流しますからね。ヲシテの文字も読めないのに、ヲシテ文献は読めません。それを強行すれば、直訳偽書の上なぞりでしか有り得ません。ますます輪をかけて、おぞましい偽書になってゆきます。

そのような理解がちゃんと出来るのは、そんなことは100年先のようですね。困ったことで御座います。直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」はひどいものです。さらに、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」の、妄信的な上なぞりは更なる汚いものですね。このことが、なかなかに理解が難しいようです。でもこの事が、解ってるわたくしは、やっぱり、言っておかねばなりませんです。誰に、嫌味を言われてもですね。

                ・

もう少しは、世間的に理解が通って来ているのでは?  なんて、そんな思いが、間違いのもとでありましたです。今年の初めにも、この思いはさらに如実に思い知らされました。 それで、HPなど少しばかり手を入れることに致しました。

その、世間的な理解の事、全く以ってまだまだのことで、世間は広い広い事で御座います。ヲシテの字も満足に読めないので、むちゃくちゃにやっちゃう。ヲシテの文字も読めない一般の人は、そんなひどい偽書レベルを良いものとして崇めてしまう。それで、また、第二次大戦の敗戦のような破局の苦しみに至るのですよ。わが国の歴史の、ちゃんとした、立て直しは、未来の幸せ、この根底を築くものなのです。直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」のインチキに、50%も砂糖の混じられたコンクリートは雨に溶けて流れ行くばかりです。国学の再構築には、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」除去の事をしっかりと把握理解して貰う事からです。

ちゃんとしたヲシテ文献の世界に立脚しようとする真面目な人は、少なくて。ppbの世界から、ppmの世界になってきたような程度のものです。ですが、インチキの人は、何年か先に頭を坊主にかられ、排除されることでしょうね。ドイツ敗北で、売国の女性が坊主にされる映像は衝撃的に覚えています。

時代は、少なくとも、ちゃんと進展には向かっています。%の世界には、これから先、何年か? 何十年か? も?  の事のようです。でも、ここを間違える因子を、完全除去してちゃんとしたヲシテ文献本来の理念を再復活してが、私たちの仕事ですね。この事は、何がどうあってもやってゆかねばなりません。特に妨害の因子としての直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」の跋扈をどうやってさばいて行くか?  直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」対策ですね。解明作業に邁進して日夜身を削ってる私たちにとりましては、いかにも、つまらない事ですが、遠い未来を考えますと、きちっと、直訳偽書の除去の事、はっきりと考えてゆかねばなりまりません。

言うだけは、やっぱり、言っとかないといけませんですと思います。

             ・

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。

直訳翻訳の偽書「秀真伝(しゅうしんでん)」の表現の方がよいでしょうかね?

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直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

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根拠のことなどは、こちら。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

2012年1月 5日 (木)

古典を読む、当然の矜持のこと。 最低限の守りごとの事。 ヲシテ文字の読み書きが、いの一番です。

原字で、原文で読むことは、古典に接するのに、

当たり前のマナーですねエチケットですね。常識です。

これを、クリアーできない人には、その資格は無いと思います。

とくに、ややもすれば、偽書に間違われかねないヲシテ文献ですから、

この、古典に接する最低限のエチケットは守ってもらわないといけません。

              ・

それが、しんどいからと、他人のせいにするのは、いけない心構えだと思います。

ヲシテ文献の、話で申しましたら、これが、甘ったれのハタレですね。

いやいや、そんなことは、

困ったことですね。

困ったことで御座います。

              ・           ・

ホツマと言いますか、ヲシテ文献が貶められるのは、

直訳して「秀真伝」にしたらいいな、なんて、安易な思いで作った直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」が、

ちょっとまともな人からの視点で、「偽書だ、偽書だ」とやられてしまって来たのがこれまでの経緯です。

ヲシテ文字も読めないような、そんな人達のあれやこれやが、直訳誤訳の偽書を作っては足を引っ張って、どれだけの害悪を及ぼしてきて来たのか? その事を、思いますね。

そんな、連中とに、一緒にされてもいいのですかね?

あなたの、お孫さんや、そのまた子孫の人達が、何と思いましょうかね?

おじいさんはね、 それがね、 はずかしいことに、

直訳偽書の製造族だった、  のでした。    とは!  と。

ヲシテの文字も読めないのに?  ひゃー?  ですね。

字が読めないで、何をどう訳すのでしょうかね?

これぞ、魑魅魍魎の世界です。 「偽書・ワールド」ですね。

              ・

なにはともあれ、いの一番は、ヲシテ文字の読み書きをきちっと出来るようにすることからです。  これが出来ないでは、まったくのところ、論外で御座いますです。

私の主張は、間違っているのでしょうかね?

「ヲシテ文献を読むのに、ヲシテ文字を覚えて下さいね」

この、わたくしの主張が、どのように間違ってるのでしょうか?

         ・          ・

それと、もうひとつ、モノ申す場合には、

本名をきちっと明かしての事でと思います。

逃げも隠れもせぬという、厳然たる、心構えで来てくださいませね。

         ・     ・     ・

結局のところ、この人は、端(はな)っから 、直訳偽書だけを視点狭く欲しい欲しいとしてました。

ハタレのハタルと言う、ヲシテ時代の言葉の、そのままです。

返事は以下のようにしました。

               ・

「直訳偽書の「秀真伝」は、私の立場としましての、

断固拒絶の、ところです。

お心の在り処が変わったら、また聞きに来てください。
何年かしてからで結構です。
                 草々   」
               ・
 
なお、
「はたる」・「はたれ」の用例を掲示しておきます。
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「モ・ユン」ですね。この境地ですね。
               ・
「はたら」を忘れてました。
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ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

      

2012年1月 2日 (月)

変てこ当て字を使ってたら、ご注意ください。 翻訳偽書の「秀真伝(誤訳偽書製造族、しゅうしんでんぞく)」には、ご注意のこと。 追記、根幹と、枝葉のこと。

賑やかになってくると、またゾロ、「秀真伝(直訳誤訳の偽書製造族)」

歩き出しが始まります。 ご注意くださいませ。翻訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」ですね、困りものはですね。

変てこな直訳当て漢字を使ってたら、怪しいと、見てもらうと良いです。

             ・

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Photo_5

上記のものは、一例でして、ヲシテ時代の言葉の「アヤ」は、

今の言葉で言うなれば「文献」「章」などが適当になるところでしょう。

しかし、現在ではそんな読みは直接には出来ません。それで、ルビでも振るか?

 確固の中で説明するか?  となります。

キヌ(シルク)などの布に染料などで染めて記された巻物を、「文」と言うのもおかしいし、「紋」はまたおかしいですね、「綾」もおかしいですね。

「綾」は「あやぎぬ。浮き出し文様のあるきぬ。いきさつ。表面に出ないいろいろな関係」が意味するところです。ヲシテ時代の「アヤ」の言葉を「綾」に当てるのは、誤訳以外の何物でもないでしょう。こういったのが、 「秀真伝族(直訳誤訳の偽書製造族)」ですね。偽書を作って、貶(おとし)めをしちゃうんですね。ヲシテ時代の「ヒタカミのクニ」を漢字当てして「日高見国」だなんて時代錯誤の偽書制作するのと同じです。こんなのは、どう見ても「偽書だ!」となっちゃいます。ヲシテ文献を汚す行為です。本来からして古典は元の文字、原字原文から逸脱したら、それは単なる参考物でしか有り得ません。 解説文を公開してますから、入門的にはそれをご覧ください。

前回の20年程の前の賑やかになりました際に「秀真伝(直訳誤訳)」をみて、「偽書だ、偽書だ」と、なったのですね。それは、そうです。私も、「秀真伝(直訳誤訳本、しゅうしんでん)」だけ見てたら、「偽書だ」と判定します。明白な事だと思います。 ヲシテ文献では特に原字原文を見なくては、正統性が解るはずもないですからね。それは、ヲシテの文字形にこそ深い哲学の基礎があるからです。詳しくは『よみがえる日本語』をお読みください。

直訳偽書の「秀真伝族(しゅうしんでん)」には、くれぐれも、くれぐれも、ご注意願います。たくさんたくさん、の割合ですからね。単純な漢字当て付けは、見つけ易くてほのぼのとしてますね。鳥居礼や鏑邦男、または、吾郷清人(哲夫)なんかですね。他にもいっぱいいます。困った困ったの部類です。が、こんな類(たぐい)が、そんなこんなゴチャゴチャ族ですね。茨城弁では「ごじゃっぺ」と言います。言うにも多くの事の臭いのひどさに、収取もつかなくて、くたびれの過ぎてのくたびれますです。理論が・本体の根源がはっきりし得ないので、何が根底で、どちらが枝葉末節か?  この価値判断が付かないので、ごちゃごちゃと、ながく永遠にまとまり収容してゆけるのか?どうか? ですね。

『ホツマツタヱ』の、編著者は誰だ? と、問われた際に「大田田根子命。意富多々泥古命」だ、なんて言ってるのも、可笑しいのですね。これは、本当に可笑しく笑っちゃいます事々のひとつです。漢字国字化以前の時代がヲシテ時代ですから、漢字訳は構造的に言って間違いのやり方です。ヲシテ表記が当然です。100歩譲ってもカタカナなどでの表記までですね。どうして、冷静に考えましても、ヲシテ時代のその呼び方を、外国語の漢字で表すのはやっぱり間違いだと思うからです。

何が間違いの根本か? それは、「ヲシテ」の放棄がそもそもの大間違いの根本だったのです。ここを、また放棄しては、またゾロ同じ過ちの繰り返しです。だって、「トのヲシテ」の概念も、ヲシテの文字形を根拠にして言わなければ、意味不明です。

タタネコさんのヲシテ文献での用例を掲示しておきます。

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原字原文を尊んでやってゆこうとしないのは、100%「秀真伝(しゅうしんでん)」と言えますでしょうね。現代語直訳誤訳の偽書製造族です。

折角の、我が国の基礎を築こうとしてるのに、コンクリートに砂糖を50%混ぜちゃう人たちが「秀真伝(しゅうしんでん)族」ですね。ちょっと見、解り易そうです、舐(な)めたら甘いですが、コンクリートは金輪際のところ一切において固化しませんね。

            ・

『ホツマツタヱ』などヲシテ文献で判明したのは、

神武天皇以前に我が国がきちっとした国家であり続いて来ていたことです。縄文時代の前期頃の建国であったことが判明したのです。ヲシテ文献の記述と、三内丸山遺跡の吻合が根拠になります。詳しくは『ホツマツタヱを読み解く』(展望社)をご覧ください。

125代の伝統なんて言ってるのは、『日本書紀』『古事記』の漢字文献からの呪縛から解き放たれてない事です。それは、ヲシテ文献の研究解明以前の事でした。すでに、 『定本ホツマツタヱ』は公表しています。 『ホツマツタヱを読み解く』で解説もしてあります。縄文時代の前期の頃からの伝統によって、  と、 論が展開されるべきです。

少なくとも、新たな国学のヲシテに拠る創設を志すならば、『古事記』はもとより『日本書紀』の事もきちっと論断しておかねばなりません。当然の事だと思います。『古事記』に尻尾を振って擦り寄るのは、とてもとてもおかしい事です。わたくしだったら、幾らどれ程にも頼まれたって『古事記』の解説本に序文なんか寄せませんね。これは、死んでも絶対にやるわけがあり得ませんですね。それは、『古事記』について、腐るほどのひどいものだとの認識が、冷静に地道におこなってきた文献比較によって私の血となり肉となって居るためです。これは、地道な作業をきちっとこなし続けて来ていたからの結果ですね。パクリではないのですね。追認識の事、簡単にして頂けますように『定本ホツマツタヱ』を出版してあります。

ヲシテに拠る国学の再構築というのは、厳然なるものだと思います。漢字文献類に、一からの見直しを図るのですから、尻尾を振ってては成り行きもしません。何事も、冷静に沈着にということです。我が国、そして、世界の安寧にどれ程貢献出来得るか? を、常に、つねに、問いつつ、 自問しつつ  です。

            ・

さて、

アマテルカミの、お立てになられたミチにつきましても、言えることですが、

それは、歴史を踏まえなくてはいけないという事です。

アマテルカミは、言わば中興の祖に位置します。初代クニトコタチさんからの長い歴史から見て、です。

アマテルカミのお立てになられたミチも、前提として、初代クニトコタチさんのミチの発展線上にあるという事です。歴史をぶつっと切って、アマテルカミのお立てになられたミチだけ言うのは間違ってると思います。

これも、「秀真伝」の一種になるのではないでしょうか?

            ・

もっとひどいのが、ホツマの「古事記読み」ですが、ね。

ヲシテ文献にはありもしない、 『古事記』独自文の後世に挿入された寓話の「因幡の白ウサギ」を、当て付けて言う訳ですから、ひどいものです。

       ・         ・

新年のお目出度を言う気持ちには中々なれませず、失礼致しました。

なにとぞ、ご諒恕のほどをお願い申し上げます。

            ・

追記、

ミチの根幹と枝葉の区別の事。

「トのヲシテ」と、その他に後の世になって付加されてきたミチ、

アマテルカミの「イセのミチ」などもそうですが、社会構造の変化に応じて追加された、モノ。その差につきまして、よくよく、考えて貰わねばなりません。

後に加えられたミチは、社会構造が変わったら、また変わるべきものなのですね。

以前に、住友商事(株)さんの社内報「NEXTAGE」に掲載してくださいましたものを、掲示します。(1992年1月)

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1992年ですと、もう、かれこれ20年前ですね、当時は「トのヲシテ」(「トのヲシヱ」とも言います)のことを「恵民立国」と表現してましたが、今現在では、「相互の互恵関係に拠る相乗効果を訴求して」と言う方が良い様に思っております。理解は段々と深まるもののようです。

この文章で「トのヲシテ」を、特に「トのヲシヱ」として記述したのは、限られた文字数で、初見の人にも出来るだけ理解が得られるようにと「ヲシヱ」の方の言葉を用いました。字数制限のある文章は、1,2,3,4と、計算しながらの作業が含まれますから、ホネです。

      ・          ・

追記の、もうひとつ、

おまけの、追記。

いろいろと考えておりましたら、

漢字などの近世語への直訳の誤解を生じてしまう困りものの事、

強く実感しております。

上記の「NEXTAGE」の文章は、宇和島のホテルの一室で書いていたことを思い出しました。それは、松山市の発掘で鏡にヲシテ文字か? と思われるものが出て、検証見聞に飛んで行った際に、宇和島まで足を延ばしたのでした。鏡は、結局のところ漢鏡でして、「長」の文字の割れた個所が微妙でしてヲシテの「ヒ」に見えるものでした。ヲシテの「ヒ」の文字形は、漢字にも無いものですからね。これは! と、思いましたのでした。すっ飛んで行った松山市の考古館で10分ほどじっと見てて、漢鏡だと判断が付きました。よくぞ、あんなに巧いところで割れてたものでありましたです。その後、一時間ぐらいは落胆の眺めの確認の凝視でした。

                 ・        ・

直訳をしたいので、力を貸せと、言ってきた人が居ました。

返事の文章を、以下に記します。

       ・      ・     ・ 

ヲシテ時代の語彙は、現代用語に直接当てはめる適当な言葉がありません。
それを、無理やりやるところに、誤訳が生じます。
誤訳で誤訳を重ねたものを、世間に広めることは、
結局のところ、
わが国の根幹のうるわしい大文明に泥を塗りたくっている行為であるわけです。
どれ程大変な作業をしてきたのか? この40年来の私の事ですが、
それを、全否定して、面罵しての事でしょうか?
とにかくも、
ヲシテの読み書きがきちっと出来て、
原文がある程度はスラスラ読めるようにならないと、
一切は、お話にもなり得ない事だと思います。
翻訳偽書の「秀真伝」作りは、もう、まっぴらごめんしてください。
                        草々
               ・
追伸
ひらがな変換も、翻訳偽書製造ですから、私は排除しております。
それは、せっかくの、わが国のヲシテ時代の光輝を汚す行為であるからです。
                        草々

                                ・

ヲシテの字も読めないのに…、

そんな人の直訳誤訳の「秀真伝」がゾロゾロまだまだ、これからも、出てまいりましょうね。

そんなのを見たら、「偽書だ、偽書だ」と、またなっちゃいます。

皆様には、区別の力を、ちゃんとしたものかどうか? 

見極めの力を、どうか、お持ちくださいますことを祈ります。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

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