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2011年12月14日 (水)

ホツマツタエに本来のミソギ(禊ぎ)を知ること。 ほんの、考え始めのこと。

『ホツマツタヱ』などヲシテ文献は、我が国の漢字国字化時代以前の姿をつぶさに知る根拠を私たちに与えてくれるものです。

と言いますのも、漢字文への翻訳がされた後の『古事記』『日本書紀』は、どうしても漢字文化の色に染まってしまうからなのですね。 ミソギとは何か? と、問うた場合、「禊」の文字の意味から解き明かしゆこうとする、根本的間違いに陥ってしまうのです。構造上の問題が『古事記』『日本書紀』には包含されているワケです。

では、さて、ミソギ(禊ぎ)の本来の事とは何か?

それを、探るには、先ずはヲシテ文献の用例にあたりましょう。

Photo

Photo_2

「ミソキ」は、以下です。

Photo_3

これらの用例を俯瞰しますと、「みそぎ」だったか「みそき」だったか、

俄(にわ)かには即断が難しい様に思えます。ただ、「みそぎ」にと中一点の濁点の用例が少しは多くて優勢ですので取り敢えず「みそぎ」として当面の記述に用いてゆきます。 が、「みそき」と清音の「コトハ(語彙)」として、ヲシテ時代での認識されていた語であった可能性もかなりの処濃厚であったかも知れません。今後の事に、語源の考慮に根拠を得るべきであると考えます。

『フトマニ』の「ふ・ねせ」の項目などは、「ススカのフミ」での心のミソキ(禊ぎ)ですものね。色々なことで御座います。

            ・       ・

本来のヲシテ時代の早い時期に立ち返って考えるならば、

「ミソギ」とは、

「ミ(成り出ずる)もの」が、「ソ(備わり固まる)」の、「キ(来る)」の意味に由来する」と思われます。濁音の「ギ」には原初的な意味を今の処取り難いようです。    

さて、伝統の禊ぎも上賀茂神社では手の禊ぎでした。http://www.genji.co.jp/yukari/aoi/saiin.html

http://www.genji.co.jp/yukari/aoi/misogi.html

このあたりの事情に、真・行・草の、程度の違いを見てもらうべきかと思います。

               ・

さて、現代には「禊ぎ」と言いますと、物忌み的な極端な白衣(しらは)精進潔斎の荒行的な行事が思い起こされます。山伏が寒ごりをする荒行の雰囲気ですね。

それも、それは、確かにそうではありますが、  何事にも、真・行・草の程度の理(ことわり)があります。 挨拶やお詫びにも、土下座をする ・ 90度のお辞儀をする ・ 会釈をする、そんな、真・行・草の事があります。

日常生活でも、ちゃんと出向いてお話をする、きちっとした手紙を書いて封書で出すや・ハガキを出す、電話かメールでやり取りする、そんな、真・行・草のことがあります。

 それは、「みそぎ」でも同じで、

何人か集まって行事的にやるには「草」のやり方。

思いを強く決して、ひとりでやるには「行」のやり方。

最早、死にゆく覚悟での思いで際立っての「真」の方法。

          ・             ・

お茶の事にも、真・行・草はありまして、茶杓は最もわかり易いかと思います。幾分、いろいろアレンジはありますのでおおよその事としてご理解願いますが…。

竹で作られたものなど、

節が真ん中ほどですと普段使いの「草」の位置です。

節が端の手元の近くに作られますと「行」のことです。

でも、節が完全な端だったり、無しに作られたもの、象牙などに多いですがこれは「真」の扱いになります。

                 ・

極めがどの程度であるか?

これを、測って色々やって来ていた訳でした。われわれ我が民族はですね。

最早死ぬほどか?

早晩にも死ぬほどか?

来年ぐらいまで大丈夫か?

現代は、過去千年来にないほど豊かな安定の時代を迎えております。

それで、危機判断の基準がここ100年来の事に混乱を来たしているだけなのです。

つまり、豊かに繁栄を謳歌している現代の今は、歴史的に見ての飛び抜けての恵まれた時代なのです。

          ・             ・

さてさて、

「みそぎ」のこと、真・行・草の区別のレベルに付きましても、ご理解が頂けたかとも思います。ヲシテ時代での「真」のミソギはトヨケカミのヤチクラのミソギですね。また、イサナギさんのミソギですね。ミコ(皇子、お世継ぎの子)のご誕生を、国家千年の未来への祈願として「シラハ(白衣)」を、ずーっと着続けていたら着染めの色でサクラ色(桜色)に染まったのでした。

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「シラハ、着 、染みて  サクラ・イロ(色)」 でした。外二点の濁点は、除去して考えるのが、やはり良いですね。

Photo_4

そんなこと、

また、

明治期に作られました「禊ぎ作法」の幾つかなどは、漢字国字化時代以降のさても衰亡期の所作ですので真の意味での活力に乏しいわけです。「トのヲシテ」の精神が最も希薄になって落っこちた時代の象徴と言えましょう。我が国の本来を取り戻さねばなりません。

漢字文献に根拠を得ることを根拠としていたら、最早の事に時代遅れと言うほか無いのですね。何故ならば、漢字文への翻訳・誤訳の以前の文書が発見されたからです。 とは言いましても、ヲシテ文献の真の解明の作業は難航です。

そのうちに、「みそぎ」の事、詳細について考え述べたく思っております。 

一つの「ことは(語彙)」にも、深く深淵な歴史が込められていますので、

そのこと、どうかご理解をたまわりたく存じます。 

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

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