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2011年10月 4日 (火)

女房の、陶器の個展です。一力さんのお向かいです。 道楽者のふたりと母に言われてました。

一力さんの、お向かいの所で個展だそうです。女房の陶器展です。

Photo

Photo_2

今は一力(いちりき)の名前が通り名ですけど、もともとは「万亭」だったようです。呼び名や言葉は時代とともに移りゆくものですね。今からしてみましたら「まん てい」より「いちりき」の方が何だか良くて楽しいようでもあります。江戸の頃の芝居のヒットから来た言葉だそうで、  で、 もう、「まん てい」なんて呼ぶ人はいなくなっちゃいました。

そうそうの事に、言いますと藤原定家も、もとは「さだいえ」と言うのでしたが、いつぞや「ていか」とか「ていけ」のほうが、一般的になりました。「さだいえ」さんなんて、今は聞いたことありません。

松本善之助先生もそうでした。「よしのすけ」が元の呼び名ですけど「ぜんのすけ」が通り名にと、なってます。 さて、私の呼び名も、今後の百年先にはどうなっていますのか? ですか? そんな事は、どうでも、良い事ですけれど。

              ・

祇園など花街には、わたくしはまったくご縁がありませんけど、昔、京都に行った際など軒下の竹で作った軒下の避けの竹組みの曲線に美しさを感じました。古い時代には、避けは三角に直線的に作ったものが多かったようですね。

          ・       ・

そんな、伝統のある祇園で女房が個展をするのだとの事です。

わたくしども夫婦は、道楽者の烙印を母から押されて授かっていました。まったくに 、とのことで、しょうがない、ですの事ですね。「芸術家」と、「求道者」のカップルですからね。普通の感覚ではどう見てもどちらも同じ道楽者です、ね。 常に生きる死ぬの狭間に邂逅して求め続け、それはそれはひ弱なものでございます。良く言えばそういう事ですが、精密に言えば、「遊び人」という事でしょうね。これが、こんなのが何とか暮らせてきましたのも、みなさまのおかげをもちましての事でございます、本当にこころから感謝をしております。

しかし、まだまだ、やるべきことが、わたくしには山積してますので、いつもいつも、これは、常に常に頭を悩ませております。 

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何を、いったい思い悩んでるのか?

とは、

つまり、 100年後、1000年後の世界をどうあるべきであるか?

最も良い状況の実現に、と、

それは、「トのヲシテ」の原理の有効な立脚について、

これこそが、無くしては欠落してはならないものだと思います。

それをどうしてゆくか?

どうやってゆくか?

の事であると考え、思い悩んでいます。

ストイックと言う言葉がありますが、神経質なものでなくて、

明るく暖かい春の日ののどけきさを彷彿としての気持ちのいい、

前進の為し行きをこころに沸かすような、嬉しいようなひびきの創造的な…。

これからさらに作ってゆくという、雰囲気の濃厚なるような。

20~30年先に一般的にの広がって喧伝されてゆくような … … … 。

             ・

未来への思考もありますが、

まだまだ、ヲシテ時代の解明は、まったくもって少ないものです。ここのところ、重要な礎石の如何なるか? の解明作業も本当に大切な事です。 

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

2011年10月 2日 (日)

一からの見直しの事、記紀の原書の『みかさふみ』『ほつまつたえ(ye)』『ふとまに』。

『ほつまつたえ(e/ye)』などヲシテ文献は記紀のそもそもの原書であることは、すでに解明しまして公開してます。 『ホツマツタヱを読み解く』 『定本ホツマツタヱ』

さて、そうなりますと、どのような国柄であったのかが、我が国とは? につきまして、縄文時代に遡って見直しをしてみる必要があることになります。

               ・

この、認識に付きまして、竹田恒泰さんなどとは、見方が違ってくるわけですね。わたくしたち、ヲシテ文献を記紀の原書として把握している当事者としては、です。

『日本書紀』はちゃんとしたもので、『古事記』は内容的に『日本書紀』より新しい、このことは既に識者の間では常識的理解として解っていることです。 『記紀批判』

『古事記』に提灯を付けて広めようとするのは時代遅れでしょうね。その事は当然至極ですが、さらに、『日本書紀』景行天皇56年以前については、さらに、漢字文への翻訳前の原書が膨大な削除部分を現前させて発見されたのですから、我が国の歴史についての理解は初めからの見直しが必要になるわけです。

               ・

『日本書紀』の原書がヲシテ文献であって、ヲシテ時代の国語の研究も進んでいるのが現在です。 『よみがえる日本語』

         ・     ・    ・

後の世に残しておこうと、わたくしは力を尽くしてきました。何故ならば、私の生命のあるうちになどどうこうするようなレベルの問題では有り得ないのではないか? と、諦観していたからです。

「どのように、今の世に訴求してゆくか?」

その事には、ほとんど無頓着なところがありました私でしたが、伊勢神宮の内宮のお隣の修養団の伊勢研修所さんでご縁を得まして、もう9年目にもなりました。 「いせの会」です。

今月の月末からは、『みかさふみ』の解説に進みます。

そもそもが、ヲシテ文献、と言ってもまだ「へえ?」言われるような有様ですから、

「ホツマ」なんて言う方が世間的には通るのですね。

「みかさふみ」と「ふとまに」を抜いたら、半分もわかりませんですね。本来の「日本」の光輝は。

              ・

でも、ここで区別も出来ますのです。「ほつま」と、「ヲシテ」の呼び名の違いで、単なる偽書扱いの「秀真伝(しゅうしんでん)」程度の理解か? 記紀の原書として把握が為された「ヲシテ文献」のとこまで至っているか?

まだまだ、ですけどね、このような先端的区別も。 

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

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