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2011年9月 8日 (木)

『花もみぢ』冷泉貴実子さんの、エッセイのこと。  「あもにふる」の名歌のこと。

おウタ(和歌)の現代での数少ない達人のおひとりと言えると思います。

冷泉貴実子先生のエッセイは、なかなか面白いものです。

『花もみぢ』(書肆フローラ) 表カバーのおウタの字は、とても美しい字ですね。流麗な筆ですね。(現物でないと良く見えません。どうか、ご購入のほどを。手元に置いといて後悔しません)

Photo

短歌(たんか)ではなくて、おウタ(和歌)です。漢語を入れたりしたら現代短歌のように、短歌(たんか)でして、「やまと ことば」だけで詠(よ)むのがおウタ(和歌)ですね。 わたくしは、区別してます。

           ・

中でも、気が付きましたのが、

懐紙に和歌を記す際の書き方ですが、4行(5行)に記す際に、

題(端作り)と、

9、

10、

9、

3。

の音数で記すのだそうです。

どこかで、見た感じではありませんか?

そうですね、『フトマニ』の書式ですね。

で、端作りが3音だと、左右相似形で美しいですね。

『フトマニ』は、題が3音ですね。

つまり、原理的には『フトマニ』がオリジンであるとも、

窺えるのですね。

       ・        ・

なお、ウタの良し悪しの事に付きまして、一言述べたいと思います。

中世などでは、激情の表現をウタ(和歌)に持ち込んでははしたない、と、言われる雰囲気もありました。 でも、ヲシテ時代のウタの発生時代の源流にまで遡りますと、風景が一変します。

ヲシテ文献での名歌と称せられるのは、ソサノヲ(素戔嗚尊)の「あもにふる」(ホ9-19)です。このウタは、悔やみの感情をストレートに表現したものです。激情の発露のウタが、ヲシテ時代では名歌です。

Photo_4   

そもそも、ウタとは、「こころの ミソギ」です。イサナギさんの時代にはっきりと言われている概念です。つまり、どれだけの「こころの ミソギ」が出来たウタか? が、名歌を決めるポイントであると、言えるわけです。

単なる風景描写歌も、「こころの ミソギ」になる場合も多いです。 ともあれ、名歌を決める視点がヲシテ時代にまで遡ると、本来の「日本」にたどり着くことが出来るという訳です。

           ・

『花もみぢ』は、

特に明治以降の、また敗戦後からの冷泉家のありようが、

一人称を持ってのエッセイで語られていて、興味深いです。

特に敗戦後は大変で、よくぞ、と、

思いますことは、

ヲシテ文献にも同様でして、こちらは1500年来の大変さです。

さらにさらに、最深部の「日本」の光輝の保存・解明と顕彰の仕事の事を、

と、強く思います。

どう考えても、ヲシテ文献まで遡らないと、現代の混乱に収束を付ける端緒に結び付かないことでしょう。  それが為には、私の仕事として解明作業が課題であると思っています。

ヲシテ文字の構成・成立の原理からの、再構築です。

詳しくは『よみがえる日本語』をお読みください。

         ・      ・

なお、

上に掲げました、

「あもにふる」のおウタは、時代も古いので、読み取りにくいと思います。

今現在の、私の解説を、下に記します。

            ・

   
    ソサノヲの「あもにふる」のウタ

 ハタレの騒乱は国内に大きな爪痕を残しました。基礎的な社会的原因は、経済的な格差が広がった事にありました。ですが、ハタレの騒乱の起きた直接の原因はソサノヲやシラヒトやコクミ達が世を乱した事にあります。アマテルカミの弟君がクーデターの立役者だと触れて回るので、ハタレ達が雪だるまのように人数を増やせたのです。
 ハタレの騒乱の平定がなされた後に、利用されたソサノヲは自分自身の犯した罪について、覚りました。アマテルカミの弟としての社会的な位置付けと信用の大きさに気が付いたのでした。そして、悔みの涙を流して詠みとなえたウタが「あもにふる」です。
   あもにふる あがみのかさゆ
   しむのみき みちひはさまて
   あらふるおそれ    (『ホツマツタヱ』9アヤ19頁)
 ちょっと驚かせてやろうとして、コマ(駒・馬)を投げ入れたら、ハナコさんは事故死してしまったのでした。朝廷の喪になっての大事件に発展してしまい、わたくしは大きな罪を背負って、蓑と笠の流離(さすら)いの身の上になりました。でも、元はと言えば、名誉や他人に良く見られたいと欲する欲の強さが災難を招いたのでした。元は私の心が悪かったのです。天地自然の移り変わりの満ち干(ひ)きや、月日の出で入る当たり前の流れと同じで、元があるから、結果が生じただけだったのでした。
 この「あもにふる」のウタによって、心の過ちは溶け落ちます。心の直ったソサノヲはイツモ(出雲)のクニカミ(後の国司に近い)に、アマテルカミから任命されました。

                              ・

「ヒオウギ」のハナがさきました。じっくり待っていたらです。

Photo_2    

Photo_3

ミスユニバースで評価がうまく出なかったようでした。「日本」のこと、温かみとなごやかさが世界の人々への訴求の事柄かと思います。内にはたくさんの大変さを抱えていても…。 

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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