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2011年8月13日 (土)

本当の「日本」の拠って立つべき理想とは何か? ホツマ(ヲシテ文献)から定まる、本来の国学。  『古事記』教からの離別のこと。

飛鳥・奈良の時代から、中国文明にもろ手を挙げての導入に励んできましたのが、我が国でした。

対象は異なりますが、幕末や明治、今の時代とも、似通っていると、思うのは私ばかりでしょうか?

Photo_3 

                                <ある日のパソコンの画面>

             ・

飛鳥時代・奈良時代には明治期の廃仏毀釈のすさまじさに劣らない、破却と忘却の時代がありました。

 それから、1000年ほど、がたって、江戸時代になり、

ようやく、我が国とは一体全体どんな国柄だったのか?

 この疑問が生じてきました。

それは、スペインや、ポルトガルなど大航海時代で世界侵略の機運が高まって、我が国に押し寄せて来たからでした。 言わばこれも国難の到来です。

       ・            ・

 やや危なかった信長の、国体の壊滅と、売国に至る構想はついえて、

結局のところは、家康の沈黙の鎖国の政策に落ち着きました。

しかし、江戸初期の慶長の時代は、もう、市民が歴史創造の主体になってゆく世界的な潮流の動きに入っていました。西欧でも百科全書(エンサイクロペディア)運動の勃興が間もなく起こってきます。わたくしは、世界同時性を、よく、思います。日本では、慶長には、『日本書紀』の木版の活版印刷本が出版されます。後陽成天皇さんですね、慶長勅版の『日本書紀』です。 もうここに来て、歴史の後戻りはありません。

もはや、歴史は、市居の人の手にも委ねられる事になりました。

          ・           ・

さて、我が国の歴史は、もとより『日本書紀』および『続日本紀』など六国史(りっこくし)を根底の基礎として考えられてきましたのでした。

ところが、古来から偽書に近いと断じられてきた『古事記』を、賀茂真淵が止めることも聞かずに、宣長は浅はかな論拠で前面に押し出しました。ややも、そこにはどうでしょうか? 商売人的な魂胆も見え隠れするようにも思えますね、わたくしには、ですが。慶長の時代にやっと、『日本書紀』を手にした市居の人には、宣長の狂信的な判断の良し悪しは見えなかったのでした。怪しいですよね、過去1000年来怪しげと見られていた『古事記』です。でも、初めて国家の歴史に触れようととした人たちには、とっても、魅力的でした。完全明快・解り易い! です。当たり前ですね、簡単安直のインチキ宗教ですから。このことは、賀茂真淵の恐れるところだったのでしょうね。『古事記』の流布に拠り、かくて、キリスト教的(景教、ネストリウス派)な一神教の拝み屋さんの理論にドロドロになってしまったのでした。そして、 「皇国史観」の、かくて、かつてあらざるキリスト教的な世界観の創作が起きました。拝めば何でも得られる、です?  それは、違いますですよね。大間違いだと、断言したいと思います。祈ってすべてが成就するのはおかしいです。これには、ご本家もびっくりの程だったと思います。インチキ本の提唱者にも、こんなにだましが効くとは思いももよらなかったことでしょう。完全隔絶のピチットした世界観です。根底は狂っていると思いますが、精緻さは絶妙なものですね。空想世界ですからね、何というようにも、と、うまく、描画が出来ます。 ですが、拝み屋さんの羅列です。 空想・幻想の怪しげな世界に、素朴できちっとした「歴史」がグチャグチャに汚染されて、団子まぶしに塗(まぶ)されてしまったのです。放射能まぶしの団子のようです。恐ろしくも放射性セシウム10万ベクレルです。 もっと、高濃度の放射能汚染かも知れません。 10分程の被ばくで、死に至るほどではないと思いますが。 それは、それで、高濃度・高汚染だと思います。長い年月では、悪影響が甚深に及びますからね。

宣長が、「縣居大人之霊位(賀茂真淵)」を床の間などに殊のあるごとくに掲げていたのは、申し訳ないとの思いだったのか? 茶番でしょうか? と、どうにも、信頼出来難い人物として、私には映ります、宣長はですね。彼が先輩の谷川士清に対する付き合いの仕方にも、かなりの不信感が横たわります。やっぱり、彼は…   ね。  です。 あやしげ人物としての、近世における一つの筆頭です。

          ・            ・

 「日本とは何か?  これから先の未来にあって、どうあってゆくべきか?」

この問いに、真面目に進んでゆくのが正しい姿だと思います。

お商売人さんは、違うと思います。 特に彼、宣長など、ほんとご祖先は、一体何人なのでしょうかね? と、思いますですね。

                ・

 宣長の狂信的理解は、困ったものです。

まあ、良く見て下さい、『日本書紀』をじっくり読んだら、『古事記』のひどさは解ります。 比較の仕方は『記紀批判』(梅沢伊勢三)をお読み下さい。

さらに、この40年ほど前に発見された、

『ホツマ』や『ミカサ』、『フトマニ』のヲシテ文献を比べ読みしましたら、

もっと、もっと、明瞭にわかります。『古事記』のその、世界観のひどさです。

        ・             ・

『古事記』を、こんなにもひどい書物だと、はっきりと、把握して、そして、それから、

ヲシテ文献の事を読み進めるべきだと思います。

いかにも、とことんひどい亡国の偽書の『古事記』を、冷静に見つめて欲しいものです。

こんなにひどい『古事記』なんていう書物は破棄してゆくのが当たり前だと、このように、見定めるのは賀茂真淵にも、もっと古い時代の先学にも共通する理解だったのです。拝み屋さんの本、今に言うと「オカルトの本」の精粋が『古事記』です。

何と言ってもNo.1の本が『古事記』です。すごい本です。

とにかく、すごい本です。

冷静な比較と分析で、この事がわかります。  すごい事です。

            ・

ヲシテ文献の言葉の「ヲシテ」ですが、

この言葉を文例の各所に当たってみますと、

「ヲシテ」と言う様に、清音で綴るのが当たり前ですが、

「ヲシデ」なんて、「デ」に濁音に濁って喧伝するオカルトの人が現代にも居ます。ほんとうに、ひどい話でございますです。こちらは、誠心誠意真面目に尽くしてきているわけです。

ほんのちょっとの、インチキで汚されては、心外の事限り無しです。

そのような、こちらはきちっとしたことと、そうでなくて怪しげにパクって貶めながらぶくぶくと金儲けしようとするような人達の、その区別を、良く良くとごろうじて下さいませ。

くわしくは、 『定本ホツマツタヱ』でご覧ください。

論考は、 『ホツマツタヱを読み解く』にてご覧ください。

     ・        ・ 

講演会のお知らせです。

平岡憲人:「まとか なる やまと ことは」 、 もう、5回目だという事です。

こちらは、まとも、です。  バッチリ信頼出来ます。

我々のご先祖様から連なっての、この我が国を、

どうやってゆくか?

のテーマです。   なにとぞ …  。

                   /

「まとか なる やまと ことは」 第5回 
  - ヰクラ・ムワタと五臓六腑 -  (平岡憲人)
     平成23年(2011)9月9日 19:00 - 21:00
清風情報工科学院 Phone 06-6657-2369  101教室
大阪府大阪市阿倍野区丸山通1-6-3

ヲシテ文献より明らかとなった、この国の古来の姿。
今回は、当時のこころやからだにつての認識について、
その意味合い、シナ古代の認識との違いなどについて
話します。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

2011年8月 7日 (日)

世間は広う御座いますので、 また、「ホツマ」など「ヲシテ文献」の入門の心得につきまして。

「ホツマ」や、「ミカサフミ」など、ヲシテ文献 に、

入門なさいますお方は、本当に一からの事が多う御座います。

なにしろ、40年ほど前に、やっと見つかったばかりで、

それが、1500年は忘れられていた文献だったのです。わたくしは、一からの解析と解明を続けてきました。

           ・

漢字が国字になってからの、千数百年が経過してますので、

漢字が外国渡来の文字であるのに、あたかも初めからの国字としての残像・思い込みが強く、大きな錯誤があります。漢字が、初めっから、我が国に有ったかのような? ??    ヲシテを知ったら、「そんな、バカな!」ですが、ね。

どうにも、その、錯誤の感覚が抜けきらないことが多いです。

それで、「秀真伝(しゅうしんでん)」に落っこちってしまいやすいものでしょう。

Photo

        <カラスウリの花です>

      ・         ・

しかしながら、よくよく考えて頂きたいです。

『日本書紀』『古事記』の原書が『ミカサフミ』『ホツマツタヱ』である事が証明されましたらば、

我が国、つまり「日本」の歴史は、ヲシテ文献で再構築してゆくべきであることに、と、   これは、 おのずからに、自明の筋道として明らかになります。

ヲシテ文献と、『日本書紀』『古事記』との原文での内容対比の研究をしましたので、前後関係も解りますし、恣意的な誤訳、意図的な翻訳削除、悪意を持った怪しげな独自文の挿入も、それらの、歴史的な悪意の及ぼされてきた事実が目の前に明らかになります。 『定本ホツマツタヱ』をご覧ください。現前にあきらかです。最も困りモノのひとつが、「因幡の白ウサギ」を当て付けしてくるような、そんな事ですね。『古事記』の醜悪の部分の汚さを、どうして? ヲシテ文献の、美しいものに塗りたくろうとするのか? あなたは? いったい何人なの?

Karasuuri

もしや、原文を見ても理解しがたいという事なれば、

『ホツマツタヱを読み解く』をご覧下さいませ。

さても、どうするかですが、

「やまと ことは」には、縄文建国以来の国語の基礎が備わっている。その根底が、「ヲシテ」の文字形の構成原理の要素から生じるイメージだったのです。「ヲシテ」の文字形成の構成要素のイメージが根底となって、我が国の縄文文明の「ことば」を作り、縄文文明の発生の根幹を為していたことが、判明してきています。 『よみがえる日本語』

この事例からしまして、「ヲシテ文字」の読み書きの素養は、どうあっても、今後の「本来のヲシテ文献からの国学」に、いの一番の一歩、何を置いてもの最初の一歩、また、言葉を変えましたら、どうあっても必須にして最低限の必要性のあることです。誰がどう見るにつきましても必要なことが「ヲシテ」の読み書きの習得です。

Photo_2

         <ヒオウギです、カラスアフギとも言います>

             ・

過去、

「ヲシテ」を覚えなくても…、 …  。

と、

多くの人が、一番大切な、

我が国の宝を、捨て去ろうとしたのでした。  これまで、 多くの人たちでした…。

沢山の、哀れな人たちの、ことごとです。

たからものの、その本質が、きらめきが見えないのですね。 ヲシテ文字の原理が、その、タカラを捨てたら、 ほんと、 スカになります。

「秀真伝(しゅうしんでん)」の漢字仮名交じり直訳の哀れさです。

      ・             ・

今では、

哀れに沈没・没落の「秀真伝(しゅうしんでん)」の人の生じることは、だいぶ少なくなりました。

うれしいことです。

わがくには、光輝にして縄文時代からのうつくしいくに、であったと思うばかりです。

それは、「ヲシテ文献」によって、はじめて、解明され・理解されるものです。

そのため、

ヲシテ文献による「本来の国学」の構築を為し行くのが、これからの仕事である、という事です。

その、根底の礎えの位置にあるのが「ヲシテ文字」の読み書きの習得です。

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                <春日大社、ささやきの小径です>

その後、本来の、漢字以前からの大文明であった我が国の真相について、

マトモな姿は何か? につきましては、

『縄文人のこころを旅する』をご覧願います。

おおよその「縄文哲学」の世界に、ご理解願えるものと思っております。

       ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

と表現すると解り易いかと思います。売国のレベルと言うと言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うとぴったりかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。 

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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