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2011年11月25日 (金)

勾玉、つまり「まかり・たま」のこと。

池上曽根遺跡の大玉の「勾玉」が展示されてるので、

久保惣美術館へ行ってきました。Photo

写真の中央はメタセコイヤです。実が付いていました。

下は、玄関の日当たりの良い位置のメタセコイヤの実です。

Photo_2

弥生時代ですと、ヲシテ時代の中期に相当します。

池上曽根遺跡は以下アドレスにてご覧下さい。

http://www.ioctv.zaq.ne.jp/ikegamisone/4tenji/4_01.html

展示の「まかり・たま」は兎にも角にも立派なものでした。

透明さはないヒスイ大玉の「まかり・たま」です。

Img025

見ごたえがあるものでした。

長さ6.3cm。120g。弥生時代での最大との事です。

(『装身具-日本・中国・朝鮮 よそおいの美-』 和泉市久保惣記念美術館)

尻尾のあたりがちょん切れてるのも、何か意味があるのかも? 切れたか、切った後を、それは丁寧に綺麗に磨いてあるのです。此処が注目すべきのポイントですね。

つまり、これは、ツワモノヌシさんと、ココトムスヒさんの「たま・かえし」との関連も想起されます。実に何と言いますか、面白いものですね。 ちょん切れ「まかり・たま」の此処からの出土の事です。

Photo_15

その意味には、ヲシテ時代、ヲシテ文献からすると、カナサキさんか? ツワモノヌシさんの関連の依拠だった可能性が強いです。『延喜式』に記載のある神社の泉穴師神社(いずみあなしじんじゃ)がすぐ近くです。カナサキさんから、ツワモノヌシに、ナカクニのカミが譲られて交代しているからです。ただし、泉穴師神社は、ツワモノヌシさんを祭るはずであるべきです。『延喜式』の信頼出来得る部分は、社名の掲載の事実のみであると云う事に思いを新たにしますです、ね。

Photo_17 

今、私の疑問・難解の苦しんでおります処は、

「まかりたま」のこと、

これの本意が「トのヲシテ」のこと、

そのあたりの事情・意味合いが、もうひとつ、納得し得ていません。

Photo_3

「まかり・もち(ふと・まかり)」にも関係してますし。「まかり・さし」とも何かしら関与があるのかも?

複雑です。

                 ・

山々のモミチが色付いてきてます。

Photo_4

ついでに、

「まか」の検索を掲げておきましょう。

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Photo_2

ちょん切られないように、気を付けてまいりましょう。「ゆき・き のミチ」は、そう言うことで実際のものだと考えるべきだと思います。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。 

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

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