2019年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

最近の記事

おすすめ

最近のコメント

フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 女房の、陶器の個展です。一力さんのお向かいです。 道楽者のふたりと母に言われてました。 | トップページ | 「モ・ユン」のこと。 「ホツマツタエ」より、「ミカサフミ」「フトマニ」は難解です。 肩のラインの事。 »

2011年10月 9日 (日)

アマノコヤネさんのこと、「ホツマツタエ」「ミカサフミ」「フトマニ」の事を思う。

『ホツマツタエ』」を献上する際に、アマノコヤネさんの子孫のヲオカシマ(クニナツ)さんは「ハナ・ヲシ(初めに添える序文)」を記し染めて添えました。アマノコヤネはお亡くなりの後に、ヒラオカ(枚岡神社、大阪府東大阪市出雲井町)に納められ、また、京都の西麓の大原野の小塩山に廻遷せしめられ、なお優雅に納められました。大原野神社は、その所縁(ゆかり)を継いでいると想像されます。この神社が『延喜式』に漏れたのは、同様に多くあるうちのひとつという事でしょう。よく有る事です。

Photo

                      (女房の陶器です。はすの花の象嵌文様)

また、『ミカサフミ』を献上する時、オオタタネコは「ハナ・ヲシ(初めに添える序文)」を染めて添えました。オオタタネコは、クシミカタマの子孫です。クシミカタマの曽祖父のクシヒコさんは、三輪山の麓に生きながらに入って行かれて「世を守らんと」なさいました。それで、大神神社(おおみわじんじゃ)の社殿の奥には禁足地が今にも伝わっています。

『ホツマツタエ』は前半分が、クシミカタマ(ワニヒコ)の編集です。ワニヒコとは、ワニフネ(帆を備えた快速船)の上で産まれたからです。ミラヒメさんも大変な事だったでしょうね。(ミラヒメさんは、ちゃんと、大神神社の若宮さんの境内にお祭りされています)。お父さんのツミハ・ヤヱ・コトシロヌシは多忙でして、イヨ(伊予)にもミシマ(静岡県三島市)にも絶えず行き来をしていたからでした。妻のミラヒメさんは、帆を張る急ぎの船のワニフネの上でご出産になられたのでした。大変な出産でした。それで、ワニヒコです(ワニフネの船上での出産でしたから)。 後半はワニヒコのオオタタネコの編集です。

『ミカサフミ』は前半がアマノコヤネさんの編集かと考えられます。後半部分は、今のところ未発見ですが、ヲオカシマさんの編集であることが、「ハナ・ヲシ」の記述から窺い知れます。

               ・

臣下のフミ(文献)の『ホツマツタエ』や『ミカサフミ』よりも、

『フトマニ』はもっと尊いものです。

人々のウタに、アマテルカミがソヱケツリ(添削)をなさって編集したのですから、

アマテルカミのご意思が濃く残っているから尊いです。

至って尊い、至宝ですね。

しかしながらに、現代に読み解こうとしまするに、 とにかくも、難しいです。難解です。それは、高度な哲学に裏打ちされているため、その根底についての深い理解に至らないと、 つまり、アマテルカミのおこころに近付かないと読み解きが難しいのです。

「秀真伝(しゅうしんでん)」なんかでは、何ともはや、まったくもってしょうがないですね。漢字に当て付け時代を錯誤させる語釈は、もう、幾ら何でも、いい加減にやめましょうね。 ほんと!  たいがいにして下さいまし、 ね。

本当の「日本」の素晴らしさについて見てゆこうとしましたら、ヲシテ文字の形成されつつあった、そもそもの、初代のクニトコタチさんのおこころに、接近してゆかなくては、全く以って歯が立ちません。何しろ、縄文哲学はヲシテの文字形に一つの大きな精華が凝集して花開き、その後、6000年ほどにも日本文明の根幹を為してきていて、今後6000年は同様に輝きを失せないものだと予測されます。

ヲシテ文字の形成のその、成り行き至って昇華して極め為り出でたる醸成過程について、此処の所の解明です!  大切なるポイントは。

               ・

ヲシテ時代の中期になって、アマテルカミや、

また、キーマンの一人としてのアマノコヤネが存在するわけです。長い歴史の流れを、ベースに考えつつ熟慮を重ねるばかりです。早期や初期・醸成期の麗しさと、

その、少し時期が降っての、

まとめの時代、集積包容文献の時代とでも言うべきでしょうか?

アマのコヤネの秀才の事は、本当に尊い事だと思います。コヤネなくしては、おそらく半分にも後世に伝達しなかったと思います。

それで、『ミカサフミ』の残る未発見のアヤを !!

この発見を!  と、願うのみです。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

« 女房の、陶器の個展です。一力さんのお向かいです。 道楽者のふたりと母に言われてました。 | トップページ | 「モ・ユン」のこと。 「ホツマツタエ」より、「ミカサフミ」「フトマニ」は難解です。 肩のラインの事。 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 女房の、陶器の個展です。一力さんのお向かいです。 道楽者のふたりと母に言われてました。 | トップページ | 「モ・ユン」のこと。 「ホツマツタエ」より、「ミカサフミ」「フトマニ」は難解です。 肩のラインの事。 »