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2011年8月30日 (火)

「上代特殊仮名遣い」のこと。 ホツマなどヲシテ文献の先行性の事。

上代特殊仮名遣(かな つか)いは、漢字上での使い分けが為されている、事にあります。

それは、漢字国字化政策の当初の混乱の中で起きた出来事です。

今でも、ローマ字表記をする際に、たとえば私の名前でも「みつる」のローマ字を「Mituru」とするか? 「Misturu」とするか? はたまた「Mizru」とするか?

悩むところですね。

ミツカンさんは「Mizkan」で世界に通用して成功しました。

                ・

他の言語の構成にどう合わせるのか? 日本語の基層をなしている「やまと ことば」は10の子音(相、さきがけ)と、5の母音(態、声の尾、状態提示)の組み合わせから成り立っています。

構成原理の違う他の言語に当てるのは、所詮大混乱なのですね。

          ・           ・

8世紀のころ、もう少し前からでしょうが、

「やまと ことは」を漢字表記する際に、大きな混乱が、当然起きたわけです。

その一つが上代特殊仮名遣いです。

               ・

ヲシテ文献は、

記紀の原書であることが確認できていますので、上代特殊仮名遣いの発生以前の時代です。

よく、上代特殊仮名遣いを、もって、ヲシテ文献否定に言う人もいますが、まったくもっての見当違いです。 子供が親を否定することは無意味ですからですね。

どちらが先かの、議論について、内容比較から根拠を定めるべきですね。

子供は、親があってこそはじめて生まれいずる事が出来ます。 タイムマシーンは、現在までまだまだ、登場でき得ていません。親がないのに子供は生まれません。めったらそこや、それは無理と言うものです。 

タイムマシーンの存在を言う人は、ちょっとどうかしていると、私は思います。

             ・     ・

 さて、 さて、 もうそろそろ、

「上代」の意味内容について、見直しが必要な時代に差し掛かります。

ヲシテ文献がはっきり認知出来て来ていますから。数少ない解る人だけですけれど。 さきがけは、大変ですが、レールが見えてきちゃうので、言っとくべき、遺(のこ)しとくべきですね。

つまり、

「漢字国字化初期の特殊仮名遣い」と把握すべき時代になるわけです。

明治以降に流行った「上代」の呼称は除去すべきです。あまりにも、単純な概念です。誤りを多く含んでの…。

              ・

「Mituru」とするか? 「Misturu」とするか? はたまた「Mizru」とするか?

の悩みの、8世紀版ですね。 結局のところ、我々にはよく解りかねるところです。

どっちがどうでも、どうだか、そんなようなしょうもない事は適当に。  なんて言ったら怒られちゃいますかね。

この事象は、揺れていて当然のことです。しばらくしたら収束するのも当然の帰着です。原理無しの右往左往はそのうち時間がたてば落ち着きます。

本来の原意の発生が重要です。これは、ヲシテ文字形のイメージにあったのですから。

Photo

  (生じたものが、あつまり、ひろがりつつある)の意味ですね。

                           /

「やまとたける」ではダメだ。 「る」を除去しなくてはいけない。

ヲシテ文字からの国語の再構築をしなくてはならない。

 それと、わが歴史もです。 日本にとどまらず、地球規模にもあてはまります。

   本当に、大変な作業ですけれど、

 やっぱり、遅くても一歩・一歩進んでゆくしかありません。    

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。 

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

2011年8月24日 (水)

綺麗でも仙人草にはご注意ください。 食物に於ける「獣肉食」のこと。  「『秀真伝(しゅうしん でん)』」は、いけません。

この季節、野には仙人草のさわやかで良い香りがします。

気持ちよい香りです、すっと、癒され心地よくなります。

Photo

秋雨の中、白さがとっても際立って綺麗なのです。

やさしく、ほのかな甘み、ずーっと浸っていたい香りです。

気持ちいいですね。

でも、ご注意ください。肌荒れ、潰瘍にも為るほどの強烈な樹液です。仙人草はこわいです。

樹液もそうですが、決して、決して、食してはなりません。キョウチクトウよりは、低い毒性だそうですが。強烈な毒です。

               ・

一方のこと、

美味しくて、納豆や、お豆腐になる、マメ(大豆)がハナを付けていました。

わたくしたちの生命の源泉です。目立ちませんが。小さな紫色です、見えますでしょう か?

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大豆の栽培も、そこここ目立つほどに多くなってきました。

豆腐・納豆も、国内産大豆への志向に向いてきています。

とても良いことだと思います。

             ・

大豆の若い柔らかいのが「エダマメ(枝豆)」だと、知らない若い人も多いようです。  びっくりしますが。  そんな事のようです。ご自身の手で作物を、何か一つでもいいので育ててみて欲しいと思います。興味津々の事々ですよ! 日々に、大きくなります。

自分たちの食物について、きっちりとした理解をしてゆくのは、大切な事だと思います。

 今回のひどい災害の原発事故への初期対応のひどさでも良く身に積まされましたように、自分の身は自分たちで守らざるを得ない時代に遭遇していますようです。過去、肉牛の摂取など、その昔の明治以前では考えられないことが、いとも平然と進められてきていました。大きく、ここのあたりからの歴史からの見直しをしてゆくべきだと思います。江戸時代の末期にだったら「牛鍋屋」なんて…、です。家の中に獣肉を持って入って煮炊きするなんて!  と、身震いしてぞっこん嫌っていたことが、多くの一般人の常識だったのが、江戸時代の頃までの、普通の事であったようです。 明治になってから、牛肉食の進んだのは、まさに革命的な事と言うべきですね。

 魚は、自分で料理できますが、それ以上の複雑なものは私には出来かねます。それは、自分自身で料理出来ないものは、食するに対して、距離を置くべきではないかと思います。心理的な事での理由においてです。他人に完全におぶさっての事は、良くないと思うからです。自立が無いためです。足りないところを助けてもらう、なら、良心の呵責はそれ程に起きません。協力関係なら良いのですけれどね。これは、わたくしの矜持・美学での事ですが。

              ・

この他に、アマテルカミは、長寿に良くないからと獣肉食の禁忌を宣言なさっておられます。

          ・        ・

 とは、言いましても、

もっと古く、クニトコタチさんの「トコヨ・クニ」の建国時代には、獣肉食を避けよとの考えは一切ありませんでしたので、この辺りの事情をも、よくよくご考慮なさってくださいませ。

元気で長寿について強く志向為されたアマテルカミは、獣肉食の禁止を強調なさいました。わたくしも、同様に思います。  と、 いう事です。食物はとにかくもバランスが大事な事です。飢えるような事でもありましたら、獣肉食も100%正しいのです。このあたりの塩梅(あんばい)は、事情事情に合わせての事で御座いますですね。

 この辺の差配を、今後において為しゆくべきなのが私たち「日本人」の使命でもあるのでしょうか?

何につけても、胆力が必要な事だと思います。若くて元気な首相の出現かも知れません。

 その先には、「ヲシテ国学」に拠っての再確立です。

                      ・

「まめ」の用例を掲げます。

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グレーにしてあるのは、「ヒトノヨ」です。

ヲシテ時代の言葉は、

時代によって意味内容などが、変化してきてまして違いが大きいので、

取り敢えず、「カミヨ」と「ヒトノヨ」とをざっくり区別しているわけです。

                              /

「まめ」と言えば「すめ」も見とかないといけません。

38アヤの用例は、古い時代の文章の引用ですから、グレーであっても「ヒトノヨ」の言葉でなく古文です。「すめ」は小豆の事を指しているようです。スベスベしているからでしょうか? 「まめ(大豆)」は、盛り上げたら富士山ぐらいの角度をつくれます。「すめ(小豆)」はどうやっても、なだらかな曲線にしかなりません。

また、「すめ」の語意には、 為し行く力の大きなマメの意味もあるでしょうね。

神武天皇以降に一般化する呼び名の「スヘラギ(スメラかみ)」の語意も、小豆の「すめ」にも通じているのでしょうか?

「すめ」の言葉は、漢字国字化時代以降には見当たりません。

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ヲシテ時代でも、特に古い時代の言葉は、語彙が古くて現在には意味が解らなくて難しいです。

とはいえ、ヲシテ時代の晩期には語彙の意味は比較的に解り易いですが、背景やベースになっている物語・概念が埋め込まれ下敷きになってますので、矢張り、きちっとした解明理解には多くの困難があるのです、  ね。  それで、むつかしいのです。 ややもすれば直訳・誤訳の低俗下劣の「秀真伝(しゅうしん でん)」に落っこちちゃいます、墜落でしょうか? もう、やめて下さい、ね。 と、言うべきですね。 「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ね。 ホント困りものですね。迷惑してます。 言霊の事は、こちらをご覧ください。 どうして可笑しくなるのか? ですね。 これは、わたくしの常の自戒でもあります。仙人草であってはいけません。「まめ」でなくては。

インチキ族との簡単な見分け方の方法は、

ヲシテ(日本古来の本当の文字)を大切に扱うかどうか?

によって、明瞭に簡単に区別できると思います。

「ヲシテ」を低く扱う人は、当然のごとくおかしいです。

雲の上の存在のように、「ヲシテ」を奉るのは、やっぱり、おかしいのですね。

何故ならば、「ヲシテ」は我が国の言語の元の「やまと ことは」の基層を形造っているモノですから、極端な神聖視も変ですし、価値をおとしめようとするのもおかしいのです。冷静な判断のところによって、大きな価値を見出されてゆくのが当たり前の道筋です。

        ・        ・       ・

              

 このあいだも、勾玉とはその石は何ですか?

三種の神器のその勾玉の宝石の材質は?

なんて、聞いてこられましたけど、

困っちゃいます。  あー、  。   ですね。

「タマ」の本体とは、ヲシテで、「トのヲシテ」の理念でありましての事ですから、こうなんです、と、親切に説明してましても、  あれこれ云々と、あれこれ、と …  、これが、全くさっぱりと、理解不能の状況なんですよねー  - 

やっぱり、もうちょっと、幾ら何でも入門のあたりの最低ラインだけでもで良いのですけれども、ヲシテの基礎の勉強をして来てもらわないと、と、思いますですね。わたくしは、何とかそれなりに入門書もつらいながらにも作ってきています。 本当の基礎のうちの基礎の土台、の最低のあたりだけでも勉強して来てもらわないと、  これは、幾ら何でもねお話にもなりませんかと、思いました。一事が万事、字(ヲシテ)も読めないでは、最低のラインだと思います。字(ヲシテ)が読めないではどうしようもない、です、ね。

              ・

 こちらは、記紀の原書の発見から、ヲシテ文献で国学の再構築をしてゆくべきだと、志して進んでいます。この路線と、違う場合は、袂を別ってゆくことが当然の帰着です。 命題は、きちっとした「ヲシテ国学」の樹立につきましてどうしてゆくか?  です。  

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

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           ・

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2011年8月21日 (日)

法王の奴隷か、そこからの独立は?  陶器の個展のことなど「俵屋画廊」。「新匠工芸会」。

西原克成先生の『内臓が生みだす心』(NHKブックス、948)

何回も読んでまして、だいぶ理解が深まりました。 

こんな一節があります。 

Photo_6  

「言霊(ことだま)」の言葉には、ヲシテ文献の究明に明け暮れる私にとりましては、

いささか、抵抗があります。ヲシテ時代にはまだ無い言葉が「言霊」だと理解するからです。

 が、天地創造が物理現象であるとの認識を定め直すことは、とっても重要な事だと思います。2000年ほど前のドグマ(dogma)に押さえ付けられて奴隷になっていてもしょうがないと思います。その意味で、西原克成先生に同感です。最早、地球以外にも我々同様の生命の生存可能の惑星があること、その発見の日も近い時代になって来ていますです。もう、来年か? 来週か? 明日か? のレベルに近付きました。 この意味で、ヲシテ文献に詳しい天地創造の理解は際立って素晴らしいと思います。ここに、定礎を置くべきですね。それで、現代天文学との融合が可能になります。 わが国には、少なくとも6000年前に高度な天地創造に対する理解・究明が為されていたのです。わが国の国語の根底にもリンクしていて、大きな文明と言わざるを得ません。これが、少なく見積もって6000年前の事だったのが、わが国です。

 その事からしましたら、多くの知恵が身に血に言葉に染み付き備わっているのが我々なのではないか? と思います。 その、真相はヲシテ文献に拠らなくては、どうしても、解明さへままならないものですね。

                ・

 女房の作品の、カラス・アフギのマガタマ風の蓋物です。

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 秋に、京都の四条で個展をするとの事です。

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2

          ・      ・

 以下は、京都の美術館での「新匠工芸会」に出品予定の陶器です。

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                    ・             ・

食事の事に付きましてのニュースです。

クリントン前大統領の、肉・乳製品・卵類の不摂取で調子よいとのこと。

「驚いたことに以前よりも活力がある」と、胸を張る。 そうです。 ご参考まで。

http://www.cnn.co.jp/usa/30003731.html

                  ・

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2011年8月20日 (土)

『日本と世界を揺り動かす物凄いこと』増田悦佐さん。 「秋夕」のウタのこと。

増田悦佐さん、面白いですので、掲示致したく思います。(株)マガジンハウスですね。

プロパガンダに踊らされているだけではなくて、 …。

と思います。

Photo_4

                            <文鎮のいろいろです>

            ・

世間に通用していることは、それなりに理解しとかないといけませんが、

本質は、ちゃんと解ってないと、いい様に流されるだけになっちゃいます。

ヲシテ文献でもそうですが、世間的にはまだまだですので、

よほど信頼できる人以外には、素知らぬ装いが良いと思います。

でも、来る日々に備えて、本質を解ってゆくのは、

楽しくもあり、将来に備え、国家や民族のため世界のために有益だと思います。

        ・        ・

 ウタ(和歌)の、冷泉家のお題が「秋夕」でした。

わたくしの、詠(よ)みは。

    のちの日に 思ひおこさん

    よきことを きわめ尽くしの

    この秋の夕

             ・

女房は、

    黄金なる 稲たなびくは

    つねなすも 心さわぎし

    秋の夕映え  

          ・           ・

 それにしましても、「夕(ゆう、ユフ)」の言葉は不思議です。

ヲシテ文献に用例が少ないのですね。

 また、語意の成り立ちが良く解りませんです。

「アサ」の言葉は、ヲシテ時代でも古い時代から用例も多くあって、それなりに語根も理解出来得るようにも思えます。夕方の意味の「ユフ」はむつかしいです。

Photo_2

Photo

25-3、31-29、32-18、38-71、40-15

ぐらいでしょうか?

 このうち、前者の3例も違うという様にも考えられないこともありません。

 おまけに「ユウ」の用例も念のため掲げます。ここに、夕方の意味の「ユウ」は無いですね。

Photo_3

  外二点の濁点は、ヲシテ時代以降の伝承時代(漢字国字化時代)に、

付着したモノでありましょうから、これは除いて、本来の意味の考究につなげています。

             ・

ついでのことに、「アサ」の言葉の用例を掲げます。

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  「アサ」と「ユフ」(朝・夕)との対語としての関係は、即断が難しいと言う事になるのだと思います。ヲシテ時代の中期頃に遡ってみたら、  です。

 これも、後考を待つですか?  ね?

今のところ。

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           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

2011年8月13日 (土)

本当の「日本」の拠って立つべき理想とは何か? ホツマ(ヲシテ文献)から定まる、本来の国学。  『古事記』教からの離別のこと。

飛鳥・奈良の時代から、中国文明にもろ手を挙げての導入に励んできましたのが、我が国でした。

対象は異なりますが、幕末や明治、今の時代とも、似通っていると、思うのは私ばかりでしょうか?

Photo_3 

                                <ある日のパソコンの画面>

             ・

飛鳥時代・奈良時代には明治期の廃仏毀釈のすさまじさに劣らない、破却と忘却の時代がありました。

 それから、1000年ほど、がたって、江戸時代になり、

ようやく、我が国とは一体全体どんな国柄だったのか?

 この疑問が生じてきました。

それは、スペインや、ポルトガルなど大航海時代で世界侵略の機運が高まって、我が国に押し寄せて来たからでした。 言わばこれも国難の到来です。

       ・            ・

 やや危なかった信長の、国体の壊滅と、売国に至る構想はついえて、

結局のところは、家康の沈黙の鎖国の政策に落ち着きました。

しかし、江戸初期の慶長の時代は、もう、市民が歴史創造の主体になってゆく世界的な潮流の動きに入っていました。西欧でも百科全書(エンサイクロペディア)運動の勃興が間もなく起こってきます。わたくしは、世界同時性を、よく、思います。日本では、慶長には、『日本書紀』の木版の活版印刷本が出版されます。後陽成天皇さんですね、慶長勅版の『日本書紀』です。 もうここに来て、歴史の後戻りはありません。

もはや、歴史は、市居の人の手にも委ねられる事になりました。

          ・           ・

さて、我が国の歴史は、もとより『日本書紀』および『続日本紀』など六国史(りっこくし)を根底の基礎として考えられてきましたのでした。

ところが、古来から偽書に近いと断じられてきた『古事記』を、賀茂真淵が止めることも聞かずに、宣長は浅はかな論拠で前面に押し出しました。ややも、そこにはどうでしょうか? 商売人的な魂胆も見え隠れするようにも思えますね、わたくしには、ですが。慶長の時代にやっと、『日本書紀』を手にした市居の人には、宣長の狂信的な判断の良し悪しは見えなかったのでした。怪しいですよね、過去1000年来怪しげと見られていた『古事記』です。でも、初めて国家の歴史に触れようととした人たちには、とっても、魅力的でした。完全明快・解り易い! です。当たり前ですね、簡単安直のインチキ宗教ですから。このことは、賀茂真淵の恐れるところだったのでしょうね。『古事記』の流布に拠り、かくて、キリスト教的(景教、ネストリウス派)な一神教の拝み屋さんの理論にドロドロになってしまったのでした。そして、 「皇国史観」の、かくて、かつてあらざるキリスト教的な世界観の創作が起きました。拝めば何でも得られる、です?  それは、違いますですよね。大間違いだと、断言したいと思います。祈ってすべてが成就するのはおかしいです。これには、ご本家もびっくりの程だったと思います。インチキ本の提唱者にも、こんなにだましが効くとは思いももよらなかったことでしょう。完全隔絶のピチットした世界観です。根底は狂っていると思いますが、精緻さは絶妙なものですね。空想世界ですからね、何というようにも、と、うまく、描画が出来ます。 ですが、拝み屋さんの羅列です。 空想・幻想の怪しげな世界に、素朴できちっとした「歴史」がグチャグチャに汚染されて、団子まぶしに塗(まぶ)されてしまったのです。放射能まぶしの団子のようです。恐ろしくも放射性セシウム10万ベクレルです。 もっと、高濃度の放射能汚染かも知れません。 10分程の被ばくで、死に至るほどではないと思いますが。 それは、それで、高濃度・高汚染だと思います。長い年月では、悪影響が甚深に及びますからね。

宣長が、「縣居大人之霊位(賀茂真淵)」を床の間などに殊のあるごとくに掲げていたのは、申し訳ないとの思いだったのか? 茶番でしょうか? と、どうにも、信頼出来難い人物として、私には映ります、宣長はですね。彼が先輩の谷川士清に対する付き合いの仕方にも、かなりの不信感が横たわります。やっぱり、彼は…   ね。  です。 あやしげ人物としての、近世における一つの筆頭です。

          ・            ・

 「日本とは何か?  これから先の未来にあって、どうあってゆくべきか?」

この問いに、真面目に進んでゆくのが正しい姿だと思います。

お商売人さんは、違うと思います。 特に彼、宣長など、ほんとご祖先は、一体何人なのでしょうかね? と、思いますですね。

                ・

 宣長の狂信的理解は、困ったものです。

まあ、良く見て下さい、『日本書紀』をじっくり読んだら、『古事記』のひどさは解ります。 比較の仕方は『記紀批判』(梅沢伊勢三)をお読み下さい。

さらに、この40年ほど前に発見された、

『ホツマ』や『ミカサ』、『フトマニ』のヲシテ文献を比べ読みしましたら、

もっと、もっと、明瞭にわかります。『古事記』のその、世界観のひどさです。

        ・             ・

『古事記』を、こんなにもひどい書物だと、はっきりと、把握して、そして、それから、

ヲシテ文献の事を読み進めるべきだと思います。

いかにも、とことんひどい亡国の偽書の『古事記』を、冷静に見つめて欲しいものです。

こんなにひどい『古事記』なんていう書物は破棄してゆくのが当たり前だと、このように、見定めるのは賀茂真淵にも、もっと古い時代の先学にも共通する理解だったのです。拝み屋さんの本、今に言うと「オカルトの本」の精粋が『古事記』です。

何と言ってもNo.1の本が『古事記』です。すごい本です。

とにかく、すごい本です。

冷静な比較と分析で、この事がわかります。  すごい事です。

            ・

ヲシテ文献の言葉の「ヲシテ」ですが、

この言葉を文例の各所に当たってみますと、

「ヲシテ」と言う様に、清音で綴るのが当たり前ですが、

「ヲシデ」なんて、「デ」に濁音に濁って喧伝するオカルトの人が現代にも居ます。ほんとうに、ひどい話でございますです。こちらは、誠心誠意真面目に尽くしてきているわけです。

ほんのちょっとの、インチキで汚されては、心外の事限り無しです。

そのような、こちらはきちっとしたことと、そうでなくて怪しげにパクって貶めながらぶくぶくと金儲けしようとするような人達の、その区別を、良く良くとごろうじて下さいませ。

くわしくは、 『定本ホツマツタヱ』でご覧ください。

論考は、 『ホツマツタヱを読み解く』にてご覧ください。

     ・        ・ 

講演会のお知らせです。

平岡憲人:「まとか なる やまと ことは」 、 もう、5回目だという事です。

こちらは、まとも、です。  バッチリ信頼出来ます。

我々のご先祖様から連なっての、この我が国を、

どうやってゆくか?

のテーマです。   なにとぞ …  。

                   /

「まとか なる やまと ことは」 第5回 
  - ヰクラ・ムワタと五臓六腑 -  (平岡憲人)
     平成23年(2011)9月9日 19:00 - 21:00
清風情報工科学院 Phone 06-6657-2369  101教室
大阪府大阪市阿倍野区丸山通1-6-3

ヲシテ文献より明らかとなった、この国の古来の姿。
今回は、当時のこころやからだにつての認識について、
その意味合い、シナ古代の認識との違いなどについて
話します。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

2011年8月 7日 (日)

世間は広う御座いますので、 また、「ホツマ」など「ヲシテ文献」の入門の心得につきまして。

「ホツマ」や、「ミカサフミ」など、ヲシテ文献 に、

入門なさいますお方は、本当に一からの事が多う御座います。

なにしろ、40年ほど前に、やっと見つかったばかりで、

それが、1500年は忘れられていた文献だったのです。わたくしは、一からの解析と解明を続けてきました。

           ・

漢字が国字になってからの、千数百年が経過してますので、

漢字が外国渡来の文字であるのに、あたかも初めからの国字としての残像・思い込みが強く、大きな錯誤があります。漢字が、初めっから、我が国に有ったかのような? ??    ヲシテを知ったら、「そんな、バカな!」ですが、ね。

どうにも、その、錯誤の感覚が抜けきらないことが多いです。

それで、「秀真伝(しゅうしんでん)」に落っこちってしまいやすいものでしょう。

Photo

        <カラスウリの花です>

      ・         ・

しかしながら、よくよく考えて頂きたいです。

『日本書紀』『古事記』の原書が『ミカサフミ』『ホツマツタヱ』である事が証明されましたらば、

我が国、つまり「日本」の歴史は、ヲシテ文献で再構築してゆくべきであることに、と、   これは、 おのずからに、自明の筋道として明らかになります。

ヲシテ文献と、『日本書紀』『古事記』との原文での内容対比の研究をしましたので、前後関係も解りますし、恣意的な誤訳、意図的な翻訳削除、悪意を持った怪しげな独自文の挿入も、それらの、歴史的な悪意の及ぼされてきた事実が目の前に明らかになります。 『定本ホツマツタヱ』をご覧ください。現前にあきらかです。最も困りモノのひとつが、「因幡の白ウサギ」を当て付けしてくるような、そんな事ですね。『古事記』の醜悪の部分の汚さを、どうして? ヲシテ文献の、美しいものに塗りたくろうとするのか? あなたは? いったい何人なの?

Karasuuri

もしや、原文を見ても理解しがたいという事なれば、

『ホツマツタヱを読み解く』をご覧下さいませ。

さても、どうするかですが、

「やまと ことは」には、縄文建国以来の国語の基礎が備わっている。その根底が、「ヲシテ」の文字形の構成原理の要素から生じるイメージだったのです。「ヲシテ」の文字形成の構成要素のイメージが根底となって、我が国の縄文文明の「ことば」を作り、縄文文明の発生の根幹を為していたことが、判明してきています。 『よみがえる日本語』

この事例からしまして、「ヲシテ文字」の読み書きの素養は、どうあっても、今後の「本来のヲシテ文献からの国学」に、いの一番の一歩、何を置いてもの最初の一歩、また、言葉を変えましたら、どうあっても必須にして最低限の必要性のあることです。誰がどう見るにつきましても必要なことが「ヲシテ」の読み書きの習得です。

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         <ヒオウギです、カラスアフギとも言います>

             ・

過去、

「ヲシテ」を覚えなくても…、 …  。

と、

多くの人が、一番大切な、

我が国の宝を、捨て去ろうとしたのでした。  これまで、 多くの人たちでした…。

沢山の、哀れな人たちの、ことごとです。

たからものの、その本質が、きらめきが見えないのですね。 ヲシテ文字の原理が、その、タカラを捨てたら、 ほんと、 スカになります。

「秀真伝(しゅうしんでん)」の漢字仮名交じり直訳の哀れさです。

      ・             ・

今では、

哀れに沈没・没落の「秀真伝(しゅうしんでん)」の人の生じることは、だいぶ少なくなりました。

うれしいことです。

わがくには、光輝にして縄文時代からのうつくしいくに、であったと思うばかりです。

それは、「ヲシテ文献」によって、はじめて、解明され・理解されるものです。

そのため、

ヲシテ文献による「本来の国学」の構築を為し行くのが、これからの仕事である、という事です。

その、根底の礎えの位置にあるのが「ヲシテ文字」の読み書きの習得です。

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                <春日大社、ささやきの小径です>

その後、本来の、漢字以前からの大文明であった我が国の真相について、

マトモな姿は何か? につきましては、

『縄文人のこころを旅する』をご覧願います。

おおよその「縄文哲学」の世界に、ご理解願えるものと思っております。

       ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

と表現すると解り易いかと思います。売国のレベルと言うと言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うとぴったりかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。 

     ∞      ∞

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           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

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2011年8月 4日 (木)

「と・よ」の言葉につきまして。 「日本」の最初の国号の「とこよ」にも通じる言葉です。

 他の人を信頼してこそ、「トのヲシテ」の構築の一歩になります。

信頼できてこそですね。

ここが、現代に於いて問題の、ハードルになる一つなのかもしれません。怪しげで信頼できかねる人が結構多いからですね。これは、このように思いますのは、わたくしのように雑草のように踏み付けられての歴史が長いための過剰な拒否反応によるものかも知れません。 が。

            ・

 「と・よ」の言葉に付きまして、ヲシテ時代の古来からのビックワードであるようか、と、認識を新たにしております。用例を掲げます。

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と・よ」という言葉は、どういう意味なのか?

漢字の「豊」に当てると、ニュアンスが大きく違うと思います。

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解りやすい例とも言えましょうか。

「トのヲシテ」の根拠が色濃く、ここには存在している言葉だと思います。

あなたを信頼するから、足し算の未来への歩みが、一歩一歩と始まるのだと思います。さらに、強く、掛け算にも、また一段高く対数Logのような事にもなるかと思います。

莫逆の友とも言うのでしょうか。

この世に生まれて、得ることを得る感激は言うに及びなきと思います。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

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根拠のことなどは、こちら。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

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