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« 『古事記』などの除染の方法 | トップページ | 「と・よ」の言葉につきまして。 「日本」の最初の国号の「とこよ」にも通じる言葉です。 »

2011年7月31日 (日)

「ホツマ」などヲシテ文献をふまえての、大きな三つの国難のこと

我が国6000年来の歴史を踏まえまして、大きな三つの国難を上げますと、

1、カミヨでの「ハタレの騒乱」(8代、アマテルカミの時代)

2、漢字国字化の始まった頃の混乱

3、第二次大戦の敗戦に至った混乱

の、三つになろうかと考えます。

          ・         ・

国難のこと、全国的に多くの国民に直接被害が及ぶことで、国家の根幹にまで大きな変化が生じるような事態を意味するとしましての、三大国難のことを掲げました。

               ・

地震・津波被害では、貞観地震(869年)とほぼ同様であることに付け加えまして、富士山の大噴火が貞観の時(864年)には起きていました。地震の5年前での、富士山大噴火でした。

大化の改新(645年)で、耕す土地のない人にも、移住先を用意して殖産を図る良い政治になったのでしたが、富士山の貞観噴火と貞観地震で、国史の編纂もままならないようになってしまいます。自然災害による国力低下ですね。

今回の災害は福島原発事故も重なり、他の原発への安全性の不信感が強まって大きな影響を及ぼしています。6000年来の歴史を見渡しての三大国難に入るか? と、問われましたら、NOと言うべきかと思われます。

ヲシテ時代のカミヨにも、富士山噴火も、大津波も、大地震も起きています。

        ・                 ・

1、カミヨでの「ハタレの騒乱」

  皇太弟のソサノヲが首謀者になったクーデターの騒乱に発展しましたから、国難と言うべきだと考えられます。7アヤ、8アヤと、『ホツマツタヱ』のカミヨでの多くの分量に記述されています。

2、漢字国字化の始まった頃

 自国の文字の放棄と、隣国の文字を国字にすることは、国家の根幹に係るものです。おそらくは、対外戦争での敗戦が理由で、自国文字の放棄になったと考えられます。神功皇后の韓半島への進軍です。おそらく、敗戦の憂き目をみられたのでありましょう。帰国に際して、香坂皇子、忍熊皇子、(ともにヤマトタケさんの孫)が拒む戦を起こしたことが、状況証拠だと思われます。 国字を放棄して、外国語に翻訳した歴史は、国語の根底を失って根無し草になり、幾度となく改竄されてしまいました。国家の根幹の揺るがせです。

3、第二次大戦の敗戦に至った混乱

 これを、三大国難に挙げるのは、言うまでもなきことだと思います。

        ∞     ∞    ∞

 日経新聞の連載小説「等伯」を読んでまして、どうにも、

唸ってしまう一節がありました。 掲げます。

Photo

Photo_2

詳しい文脈は、もうちょっと前から、通してご覧ください。

「日経新聞」最末尾のページです。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

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コメント

漢字伝来から少し遅れて、仏教の伝来もございました。

仏教は「平等」と説く宗教で、我が国は慎重にうけいれましたが、徐々に拡散すると同時に原理主義もめばえ、戦国時代には一向一揆や僧兵の跋扈にもなりました。仏教は、外乱にはならなかったのですが、内戦を生んだ大混乱の元だったと思ってます。

明治維新以来の国難は、

・古事記・神皇正統記・水戸学の暴走
・ルソーの平等の暴走(近代啓蒙主義)
・古来の「ミチ」の見失い

の3重奏ではないかと思います。

  
  ・
 
  ・ 
本来の「ミチ」の見失いは、大きいと思います。
今朝の、日経新聞の連載小説「等伯」で、
うーんmんmと、うなった一節がありました。
ブログ本文の末尾に掲げます。
 今日は、一日、これで悩んだようなものでした。
    ・    ・ 
何と、言うべきか?
       ですね。
どっちの「神さま」が偉いか?
『古事記』教の跋扈は、江戸時代の中期以降だと考えるべし、と。
 

幾重にも幾重にも混乱したモノをどうやって、解きほぐしてゆくか?

ご先祖様の大偉人と、
単なる想像の上の観念的「神」とは、意味合いが違います。
『日本書紀』段階では、そこまで、土台の狂いに至ってませんね。
            ・
宗教戦争とは、
歴史を見据えることを放棄して、 つまり、祖先の生きざまの真実を忘れて… 、が原因だと思います。
父・母の愛(いつく)しみは、  ?
そのまた、父・母の…  。  周辺に社会を形成しての類縁の人々や、世の人々 …。 さらに広くは民族や国家です。
観念上の「神さま」に、いったい、どれ程の信頼性があるのでしょうか?
わたしの「神様」はどれだけ偉いか?  が、
その言い張り合いが、 極めて意味内容として空しいのですね。 「神学論争」ですね。
時間の余裕のある時に、やればよいと思います。
忙しいときには置いておくべきことだと思います。緊急の際にはそんなことにしのぎを削るのが、とんでもなく、おかしいのです。
この、
『古事記』教が、問題だと思います。
リアルの現実の、真実の歴史のご先祖の実際におこなわれた功績や偉業と、
観念上の理想や、空想的とも言えるかも、の、所謂、啓示に由来したり、神懸かりでの根拠としての「神様」と、これを、
同列で斟酌判断をする、間違いです。つまり、次元の違うものを、同じテーブルに並べる愚挙です。
多の安麻呂は、何処かが、いかれちゃってたのでしょうね。
          ・
社会をどうやって、これから、さらに良きようにと、
歴史を踏まえてやってゆくことしかないと思います。
『古事記』教的な、
ものは、排除してゆくべきものだと考えます。
          
  ・       ・
 
    ― 追記 ―
 日付が変わって、今日12日は、ヲシテ文献の原文解釈にいどんでます。 一杯やるべき事が御座います。
原文解釈で、
 ひとつ、アイデアが浮かびました。 「ツス」の言葉です。
今から検証過程に入ります。
 ヲシテによる「本来の国学」樹立への道は、険(けわ)しい急峻なミチです。

 
 
 
     ・ 
昨日、大阪で「まとかなるやまとことは 第4回」を開催致しました。24名のご参加がありました。ありがたく思っています。

今回のこの講座の講義を通じて、「古事記教的でない解釈」とはどういうものか、「ミチに即した解釈とは」ということを内なるテーマとしています。

簡単にいえば、

・「まごころ」への響き合わせ
・神秘主義を廃して世俗主義で行く
・古えに範を求める
・長らく続くものは軽々にいじらない
・いじって失敗したら下にもどす

これをベースにしつつ、現実の社会の変化への対応がある、というような物の見方です。




      ・
 
それは、24人とは盛況でよかったです。
「『古事記』教」からの卒業へ…、 宜しくお願い申し上げます。
まさに、未来が掛かっていると存じます。
次回5回目の宣伝を、こちらのHPにも掲げましょうか? よろしければ。

    
     ・

ありがとうございます。


次回は、

「まとかなるやまとことは」第5回 --ヰクラムワタと五臓六腑--

9月9日 19:00 - 21:00

清風情報工科学院 101教室
大阪府大阪市阿倍野区丸山通1-6-3

ヲシテ文献より明らかとなった、この国の古来の姿。
今回は、当時のこころやからだにつての認識について、そ​の意味合い、シナ古代の認識との違いなどについて話しま​す。

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