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« ソヲの霧島山のこと、 新燃岳。 | トップページ | ヲシテ文献の内でも、「カミ」の言葉の意味は、とっても複雑に時代変化してます。  葉ワサビのこと。 »

2011年2月 8日 (火)

「まこと」の言葉、ヲシテ時代に遡及しての、「やまと ことは」での真相。

わたくしの尊敬してやまない富永仲基の、分析に、

インド、中国、日本の三国の文明の趣きを分析し論断した説論がありました。

Photo

    『出定後語(しゅつじょうこうご)』(富永仲基) 第八節

「幻」は、竺人・インドで、抽象的な纏(まと)めに趣く。

「文」は、漢人・中国で、文飾に走って纏めてゆくのです。

「絞」は、東人・日本で、真実を的確に把握しようとする。

  「絞」は、いわば「まこと」に極め行く事と、言い換えることが出来ると思います。

  ここが、要諦です。

   「日本」は、この意味で「まこと」を尊ぶ国柄です。

  「まこと」とは、「真実・本質」とも重なる概念です。

この、三文明の趣きの方向は、矢張り、知っておかねば雪を降らす厚い雲の暗闇の中に入ってしまったら、五里霧中になってしまいます。

         ・

では、

漢字以前の時代の、「日本」では、「まこと」とは? どのような意味合いであったのでありましょうか?

それは、

ヲシテ文献にある、典拠を、

地道なるのことではありますが、しっかりと、見て下さいますことが、

大きなしっかりした礎石を築く事になるのではないか?  と、思いますです。

ヲシテ文献の、用例を、下に掲げます。

どうか、原文に、あなたの目で、本当に実際に当たって見て下さいませ。

これで、ここに、根拠がやっとひとつ生じます。

根拠と、言うは一言(ひとこと)ですが、これが、これこそが本当に大きな一歩なのですね。

Photo_4 Photo_3

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。 

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

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コメント

「ヲシテ文献の世界」から和仁估安聡本『ホツマツタエ』の解説を読まさせていただきました。その中に「まこと」についてかなり詳しく述べられていて大変勉強になりました。私の中では、「まこと」とは「おおやけに通じるもの」と理解することで、疑問に思っていた校歌の解釈も筋が通るようになりました。ありがとうございます。
ちなみに校歌は次のようなものす。
http://www.waseda-h.ed.jp/Overview/song.html
解説では「伝来」の部分の、なぜ和仁估安聡本『ホツマツタエ』に出会うことができたか、どこに伝本がありそうかの、深い考察に非常に興味をひかれました。
また、池田先生が、丹精こめて修復した元本は、国宝級の価値があると思いました。
たとえ、写本であっても、その文化的貢献度において、他に比肩するものない書籍ではないかと思うものです。
修復した写本は桐箱に入れ返納したとあったので、西万木の日吉神社をネットで検索してみましたが、地図上には存在しません。写真は出てくるので建物はあるようでした。
以前に、すでに神社はなくなっているとの記述をみたような気もしたのですが、現存する最古のホツマツタエを伝えた神社を消してしまうというのはどういうことなのだ思いました。さらに、ホツマ辞典の前書きに安曇川町藤樹記念館に保管とあったので、調べますと、儒学者である中江藤樹の記念館で、所有の品の目録にも載っていないようでした。
儒学者のための記念館に貴重なホツマツタエ写本を収めることも、なにか変です。
赤坂彦の時のように、現代でも、滅失せしめんとする力が働いているのではないかと疑ってしまいます。
写真にすべて収まっていて、学究に影響はないでしょうが、実物はやはり貴重だと思います。現在はどこにあるのでしょうか。
本来なら国の施設に収めるものでしょうし、とりあえずでも、松本善之助記念館を造って
収めておくべきものだと思います。
ちょっと気になって書いてしまいました。


 
 
 
原本は大切で、それで、修復にも苦労をしたわけです。http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_4d9c.html
日吉神社はちゃんと存在してます。『安曇川町史』など、見ると良いと思います。いまは、図書館が便利になってますから、全国の各地にある書籍も、借り受ける制度も出来ています。わたくしも、随分と重宝してます。国会図書館にしか無い書籍でも、無料で取り寄せてくれるのですから。
安曇川の、日吉神社は、安曇川駅から歩いて約10分の西万木(にしゆるぎ)です。
発見されてからが大変でした、他所者(よそもの)に見せないんだ、とする、地元の人も多くあって、修復ののち奉還したあと、再度拝見を申し込んでも10年余り拒否されていました。日吉神社のお宝だからと村の中で、大層な混乱が錯綜して、こころを大変に痛められたお方もおいでになられたのです。大切なものだとする、一方で、初心(うぶ)出しモノですから、世間の評価が定まって無いので、喧々諤々になるのでした。保管さへ、異論続出です。
そんなこんなの事もあって、保管だけでもちゃんとせねばと言う事で、何とか、地元で安全保管出来得る「藤樹記念館」に委託保管をお願い出来て、やっと一段落の所です。
拝見には、地元の関係者のうち誰かが立ち会う事にて、安全確保をする事が出来て安心です。「藤樹記念館」は、委託保管ですので、地元の関係者の許可なくば、拝見不可です。
現在のところでは、ヲシテが大切だと解る人でないと、守り切れませんから、ここが大変です。国立公文書館の『ホツマツタヱ』写本も、巻順の番号付けさへごちゃごちゃな有様です。一度、見て貰っておくと、如実に実感が得られると思います。保管にあっても、ちゃんとした、ヲシテの専門家が携わるべきだとの認識が、新たになされることでしょう。
本来なら、ヲシテ研究館あるいは、日本文化研究館などを建設して、きちっとするべきところですが、何分にも、世間の理解はまだまだです。お力のおありのお方の出現が待たれています。

 
 
 
はじめまして、ホツマツエに興味を持ち池田先生の本をたくさん購入させていただいています。貴重な研究を本当にありがとうございます。

とても初歩的な疑問で恐縮してしまいますが、このホツマ文字ですが、縄文土器やそういった発掘物に見たことがないことが気になっています。先生はどうお考えでしょうか?お聞かせくださいましたら喜びます。
身分の高い方のみが使用していたとしても、少しぐらいどこかに書かれていたり、彫られていてもよいものなのではと前々から思い、勉強が止まってしまうことがあります。

 
 
 
それは、それは、有り難うございます。
今に残してゆくために、是非ともご購入の事は有りがたき次第で御座います。
大きな、火山噴火があったとて、
大きなる、小惑星の激突があったとて、地球のあちこちに分散して残っていれば、それは、次にも残るものであると存じます。

お問いの、土器に文字が見当たらない、と、言うことで御座いますですね。
これが、出て来てあれば、こんなにも、苦労を重ねて来ている事もないのですが、それは、布などの麗しいものに記すべきとの常識が昔からあったのでは?  と、存じます。

土師器が、あれほどの多くにも存在して使用されていても、当時に漢字も渡来してきていたわけですが、、陶器に文字が記されるようになりましたのは、とってもとっても、後世の事でした。
ここには、ヲシテ(麗しい文字)とは、
絹などの、上等の精緻なるものにこそだけが記しても良いものと、
   このような、認識があったのではないか?

こういうふうに、
考えませんと、
道行きが、まったく道理に合わない事の様だと考えますです。
いかがなところで御座いましょうか? 

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