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2010年2月19日 (金)

『古事記』『日本書紀』の原書の意味とは

記紀よりも古い事が証明されている。これがヲシテ文献です。
つまり、8世紀以前の成立であることが確実です。
『定本ホツマツタヱ』や『ホツマツタヱを読み解く』などで、これの証明は済んでいます。

それを、漢字時代以降の時代下りの混乱の「8母音説」などでは、否定論にはなり立ち得ません。
50音図も同様です。
記紀の原書という根拠について、これは8世紀以前のモノと言う意味です。
8世紀以降のもので、どうやっても否定論を構築できる秤にはなり得ませんです。  はい。 
時代ズレの空回りですね。

                ・

平岡さんから、良い例えが来ました。

転載致します。

    ∞    ∞   どんな例え話がいいのかと、 いろいろ思い巡らせてきたのですが、 こういうのは如何でしょうか。 「恐竜学」というのがあります。 最近は「古生物学」などともいうようですが、 ティラノザウルスとかトリケラトプスなどの 恐竜のことを考える学問です。 恐竜のイメージ図やCGなどは、 恐竜学を元に制作されるようになっています。 恐竜学は、化石をもとに恐竜の生態を議論します。 その過程で、当時の気候等をを推測し、 また、運動力学などを加味し、 さらに、現在生きている生物の生物学の知見を動員して、 恐竜の生態を明らかにするものです。 出発点は「化石」です。 ところが、もし、こういう事態が生じたとしたら、 どうなることでしょう。 ロストワールドが、どこかの山奥に見つかった、 そこには、どうやら「恐竜」らしきものが 実際に生きている、 そういう状況になってしまったと。 こうなったら、「恐竜学」は根本的に、 考え方を変えなければならなくなるはずです。 別に「化石」を議論しなくても 「生」の恐竜がいるのですから。 当然、「生」の恐竜をもとに、 「恐竜生物学」へ学問を見直す必要が出てくるわけです。 「恐竜学」というのは、 所詮、化石をもとにした学問だったので、 誤りが多かったことも 明らかになることでしょう。 しかるに、ロストワールドの生き物は、 「恐竜学」にあわないから、恐竜だと認めないとか、 「恐竜学」を議論するには、現在の生物学で議論すべきとか、 本末転倒な議論をしている・・・、と。 今の生物は恐竜の末裔です。 恐竜の生物学の成れの果てが現在の生物学ではありえても、 逆はない、のですよ。 原日本語については、様々な議論があります。 ポリネシア語だったとか、古代朝鮮語なんだとか、 いや、中国語のクレオールだとか、 ユダヤ語だとか・・・・。 これが「恐竜学」の議論です。 ところが、「ヲシテ文献」というロストワールドが、 見つかってしまった。 「恐竜学(上代日本語・原日本語)」に合わないから、 あれは「恐竜(原日本語)」ではないと・・・? 恐竜の生物学(ヲシテ言語学)は、 現代日本語や英語からもってくればいい(漢字カナ混じりや現代言語学)?・・ ・ 生きた「恐竜」が出てきたら、素直に、 生きた「恐竜」に関する生物学(言語学)をすればいいだけです。 それが「よみがえる日本語」であり、 「ヲシテ研究」なのだと思うのです。 「よみがえる日本語」は、生きた「恐竜」の生物学(言語学)です。 そして、もう一歩踏み込んで、 DNA解析をしてみせ、 発生の系統上、新種の生き物(江戸時代の創作)では辻褄があわず、 古代の生物(弥生・縄文の作品)とでも考えないと説明できない、 というところを視野においた研究です。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。 

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

2010年2月18日 (木)

『延喜式』のこと

『延喜式』は、我が国の、

漢字時代での、平安時代の中期に編纂された、法律の施行細則です。

ここには、

神社の全国にある各社名が、記載されています。これを、「神名帳(じんめいちょう)」といいます。

この、「神名帳」に記載のある神社を、「式内社(しきないしゃ)」(『延喜式』の中に出ている)と呼びます。『延喜式』の編纂された約1000年前に、実在が証明される神社です。

『延喜式』の「神名帳」に出ていない神社を「式外(しきげ)」と呼びます。

1000年の歴史を『延喜式』で証明確認できない神社。と言う意味です。

しかしながら、

「式外」でも、単に『延喜式』に記載漏れ(結構多い)の場合もあり、

国史顕在社(『日本書紀』『続日本紀』などの国史に出ているので、それなりの歴史を確認できる神社)もあります。

また、東大寺のお水とりの時に使う「神名帳」もあります。

これも、古格の神社認定になる根拠です。

          ・

ヲシテ文献を見る前に、このような、

基礎的な漢字時代での事は、見ておいて下さい。

『延喜式』は、国史大系(吉川弘文館)で出版されてあります。

こちらに画像あり。「神名帳」は延喜式の巻第9です。

索引付きの便利なのが、臨川書店から出てます。

     ・          ・

『延喜式』のうちにある、「神名帳」は、国名と、郡名、社名、と格式だけですので、

現在地のことについては不明の場合が多いです。

それで、考証が必要です。

これをしたのが、

『式内社調査報告』です。

神社について、何か、言うならば、上の書籍は第一条件で見ておかなくてはなりません。

         ・        ・

何回も言いますが、

ヲシテ文献に探究をするとともに、

それ以前に、

常識的な漢字時代においての「日本」の基礎知識は、

必須の習得事項です。ここを欠くから、偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」になるのです。見るも無残なシロモノです。

歴史というのは、連続です、

必然があって、結果がもたらされてきます。

漢字時代の膨大な蓄積を知らずに、

素手で道具もなしに、むやみに、難しいヲシテ文献に取り組むのは、

無茶で無謀です。 難破は確実です。

過去、40年近く、ほとんどの人が難破漂流してしまいました。

もはや見る影もありません。

そうは、ならないための、最低限の基礎は培って下さい。

漢字なんてのは、漢字文献は、理解簡単です。

ヲシテ文献は、一見簡単そうに…、

でも、まったく、逆で、

  多くの背景が解らってなくては、ちんぷんかんぷん。

    それで、偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」になるのです。見るも無残なです。 

ヲシテ文献では、前に出ていたことは、すべて、解っているとみなされての、話の運びです。また、常識的な事は省かれています。これを、どうやって補ってゆくか? が、私たちの仕事です。

とにかくも、最低条件の、漢字文献に出る程度の最低常識程度の事柄は、知っていなくちゃしょうがありません。

どうあっても、

『延喜式』『日本書紀』『古事記』は、最低でも見てなくちゃ、お話にもなんにも… 。  ですね。   見たこともない、 …  では  ね?   

お楽しみ会の人は、そちらの、専門にお尋ねくださいませ。いっぱいありますですね。そんなのは。  わたくしの立場からしましたら、排斥してゆかざるを得ない、そんな、シロモノでしかありませんけど。 ね。何ともならない、箸にも棒にものタグイですね。  ゴミは、やめときましょうね。後の世の人から、どれほどのバカにされるか、と、危惧しますものね。

参考→ 『延喜式』の「祝詞」のこと

             ・

ヲシテ文献のミチは、

1、記紀との比較を徹底的にやる。

2、何がどう変にされてしまったか? ここを、突き止める。

3、将来を展望して、どうあるべきか? ここを、しっかり考える。

4、自分として、どこをどうやって行くか? こころさし、を、立てる。

あとは、実行です。 努力です。 死してもかく行わんとする覚悟です。

          ・

ちゃんとやる人のための、参考文献は→こちらです。

          ・ 

茨城県の人で、なんとも、基礎の不理解の人があって、

最低線の事など、書かねばならないと、思いましたです。

こちらが、言っている事が、基礎学力の不足で、何にも0.1%ほども解っていないのでした。

初めからためぐちでしたので、そこそこ、基礎学力はあるかと思っていましたでした、わたくしは。 

ためぐちで言われましたら、そこそこ、ちゃんと学力のあるひとか? と、思ってしまいますですものね。

それは、有り難くも、ちゃんとお解りか?  と、

こちらでは、思ってしまいます。 ね。

それが、0,1%ではね?  まったくのパーちゃんでしたでしたら困っちゃいますです、でした。

そんなことでなくて、お解りでないなら、その事を、正確にお伝え下さい。

ヲシテ文献は、とっても難しいモノです、

何処が、どう解らなくっても、あたりまえです。わたくしも、初めはパーちゃんでした。

とにかく、一生懸命この国難に遭遇しての事は、少ないかもの力を合わせてやって行くよりしょうが無い、緊急の事態に切羽詰って遭遇してます。

わたくしも、ちからなし、肩書なし、です。 肩ひぢはってどうしますか?

ヲシテ文献の先進さを鑑みるならば、ほとんどの人はすべてパーちゃんにしくなしです。この壮大なる隔絶したる価値理解の根底の礎石、ここが定礎の定まり変えのこと、大きい事ですね。

何かれとなくも、いつも、大きく変わっていくことは、限りなしですね。

わたくしの信条は、

清真清志のみが、唯一の、

たったひとつの信条です。

なにも、取った張った、何てことは、

まったく嫌いです。

長きことだけをすすめようとしておりますです。いつまでも、あせない、さびない。

なにしろ、色々な持てる力を、持ち寄って我が国の根底を直して行かなくては、何ともなりませんです。 ちょっと、1ッポ、ちょっと、一歩。もう一歩。 しんどくても、あと、もう一歩。 この、小さなすこしづつの積み重ねだけだと思います。

このところ、パソコン作業が続いて、目が腫れて、

半徹夜続きでくたくたです。ちょっと言いすぎになりました、すみません。 

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

2010年2月17日 (水)

祖国のごちゃごちゃの成り行きを少しでも直さなくては…、と言う意志からです。

わたくしが、

こんなに必死になって、長年のあほみたいな努力を続けてきておりますのは、

祖国のごちゃごちゃの成り行きを少しでも直さなくては…、と言う意志からです。

他にはまったくのところ他意はありませんですね。

         ・ 

力なし、金なし、肩書なし、時間なしです

ですが、

なにしろ、死ぬまでは何とか死力を尽くしておかねばならない、との思いだけです。

ほかには、

何にもありませんです。

あれもやっときたい、これもやっときたい、と、言った事ばかりですが、

なにせ、時間と資力は、目に見えて限られてます。

それをどのように効率的に配分するか?

そこの、華に咲くのがどの程度どうなのか?

また、

死して後にも、ちゃんと、種は残さなくてはなりません。

そのあたりの塩梅ですね。

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     ∞      ∞

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「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

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なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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2010年2月14日 (日)

思い悩み考える事、アマテルカミは…

アマテルカミは、常に思い悩みお考えをあれこれ、

巡らしておられたことであったろうと思います。

          ・

若いころに、よく読んでおりましたが、

プラトーンのソークラテースの描写を思い出します。

もう、どこに書いてあったのか忘れましたが、

物陰でじっと立ち止まっていたり、道端で考え込んでいたり…。

といったことです。アマテルカミもこのような雰囲気のお人であったと思いますです。

あれほどの、仕事をなさりまして下さったのですから、

その、真剣に考える時の事は、常日頃の事だったと想うのです。 

              ・

事を為し行くには、

考究こそが王道だと思います。

これが価値創造ではあるまいか? と。

もちろん、

その前には、基礎学力を付けておいてからの事ですが。

      ・        ・        ・

基礎学力は、

ヲシテ文献の素読。

漢字文献類の、ざっとの目通し。

アマテルカミも「みをや もあみ」ともおっしゃっておられます。

ヲシテ文献には、基礎学力を抜きにしての特別席は、

まったく何処にも用意はされることはないと思います。

どれほどの、どちら様の、どなた様がおいでになられても…。

それは、アマテルカミがお許しになられるところではないからです。

 

 

 

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