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2010年7月16日 (金)

発音の幅と、音意、揺れの事。 富永仲基の言う「時代」のこと。

江戸っ子のちゃきちゃきの人は、人の言葉を「しと」って云います。

朝日新聞は、「あさし しんぶん」です。

松本善之助先生も、「あさし しんぶん」でした。

初めは戸惑いました、何度も何回も聞き直したことを思い出します。「あさ」だ「あさ」だって、強く言われるのですね。いや、聞こえるのですね。 が、馴れれば違和感は不思議に無くなりますものですね。

つまり、「あさし」の「し」は、ハ行のイ列の音意での意味に理解をしてゆくわけです。

落語じゃないですが、何回聞き直しても「あさし」ですから、はたで、聞いてると可笑しいです。

          ・

わたくしは、ラ行の発音が下手くそですので、

出来るだけ、ラ行の言葉を混ぜないようにと、初対面の人と話す時には気を使います。

特に「り」の発音が云いようもない位に下手です。

発音がダメなので、ウタはダメですね。中学生の時、放送部に入っていろいろアナウンスや発声など訓練しましたが「ラ行」は結局直りませんでした。三つ子の魂とも言いますような、小さい時からの習性には直りがたいものもあるかも知れません。それで、ビデオデッキ運びにいそしむことになりました。当時のビデオデッキは結構重量が20kg以上もあって、体力の備えの訓練にはとっても有効でした。今でも重たい本を持ち運ぶのにいやな思いを少しも感じませんです。

          ・

そんなことなど同一音韻でも、結構、聞こえる音の幅は広いものがあります。

助詞の「は」も、実際耳には「わ」に近い音に聞えます。

でも、音図の位置での音意は「は」に理解されるのですね。

このあたりの、音図のベースの事が解らなかった異邦人には、

さぞ、理解に苦しむことが多かったことでしょう。

現代でも、「みつかん す」は、「mizkan」にしないと外国人に読み辛いようでした。

でも、「津市」の「つ」は、「tsu」ですね。ヘボン式通りです。

同じ「つ」の音韻でも「z」「tsu」の二通りが必要なのですね。

これは、言語体系が違うからなのですね。

音意は、音図を基として理解がなされてゆきます。

実際の発音は、地域での揺れや、個人差での揺れなどを含んで来ます。

入れ歯を忘れた人と話すのは一苦労がありますものね。

時代の揺れも大きいでしょうね、米欧語の流入の大きかった、特に戦後などは歌謡曲でも変な聞こえ方に偏った歌い方をする歌手も多く出まして、日常の生活語もそちらに引っ張って行かれている気配もありますね。

         ・    ・

音声の声のことも幅があり、時代性の付着のこともありますが、

書き文字にも時代が付くのですね。

世は、まさに即時性と言いますか、同時代性が広く広範囲に地球上に敷衍してい続けていたと思いますものです。ニューギニヤの山奥とか、アマゾンの深い森の奥などだけは少しく遅れていたようですが。ほとんどの世界では、同時代性が共有され続けていたとわたくしは理解してきております。

かつて、日本の二~三、十年前にかわいい丸文字が流行った事がありました。

丸くて可愛かった事でした。

知らず知らずの間に、嫌とはあっても丸文字書きは身に薄くともくっ付いてきましたですね。

丸文字の流行の変化の呪縛に影響を及ぼされなかった人は、ほとんど極めて少数の%の人であったかと思いますです。

丸文字の流行の以前の時代の文字と、

丸文字の流行後の時代の書き文字とは、厳然と区別が付けれるものだそうですね。

あな おそろしです。時代性の事はです。

      ・          ・

思想の事ですが、

これも、時代性が付いてくるとの分析は、わたくしの尊敬する富永仲基が言っていました。

文明論の分析で、三物五類のことに、

 「人」・「世」・「類」で、「世」がすなわち時代性ですね。

             ・

 「人」・「世」のことは、述べました。あと、「類」のことは、「たぐい」と云いましょうか、 これは、階層のことといいましょうか、現代では新聞を読む読まないなどの行動の違いが位相差としてもあるようです。時代をリードしてゆくグループと、あとを追っかけてくるグル-プとの違いですね。

「参考とすべき書籍」に、

『平安時代語新論』(築島裕、東京大学出版会)を追加しました。

奈良時代語 : 書き言葉主体、漢字の影響下の色合いが濃厚。

平安時代語 : 通常生活語の記録が始まる。

平安時代に生じた言葉があったと言うよりも、漢字の影響下のもとに隠されていた言葉が記録上に残り始めた、と言った方が正しい事。

さらに、同じ話言葉でも、よそ行きの言葉と、仲間内の言葉とではまた違います。

よそ行き言葉では「そのような事は…」なんて、おつに澄ましてしゃべります。

仲間内の言葉では「そんなことは…」と云うような、「ん」が入って来ますですね。

書き言葉に「ん」の現れることは、大体の一般的なことにおいて通常希薄な事です。

              ・

さて、この、問題の「ん」の音価の事に、話が至りますと、これはまたしても難しいのです。漢字音との比較の推定評価が奈良時代などの古くには為されてきてはいなかったことがあります。

近世にハネル音だからと言って、「撥音」とも命名されましたが、あんまり、実用的な意味内容を伴わない命名であるようにも私には思えてしまいますです。本当に撥ねている音韻なのかどうか? 本来の、「ん」の音意と音価、また実際の聞こえ方など、

古い時代の過去に遡る手段に欠いているのですね。

ここは、原理に基つき再構築を果たしてゆくミチが、今ある選択肢の唯一かとも思うのです。それは、つまるところヲシテに拠っての遡及です。「縄文日本文明」への遡及です。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

2010年7月12日 (月)

稲田朋美さんの事、『私は日本を守りたい』(PHP)。

どの路線で行くか?

稲田朋美さんの

『私は日本を守りたい』(PHP)

を読みました。

気持は近いのですけれども、何分にもクニについての理解の根拠がしっかりと共有には至り得ませんでしたらなので、

何ともなしに1光年程度の距離があるのですね。

視点の狭い愛国心に訴えるだけのことよりは、根がしっかりとしていると思います。

          ・

でも、

 そもそも、

「日本」とは何か?

この根底についての理解において、ギャップがあまりにも大きくあり過ぎですと、

次の話にと段階を踏んでの進みようがないのです。

          ・

どう進むか?

現有の需給ギャップなんてすぐに埋める程度のインパクトはヲシテにはあるのですが、

どうでしょうか? お解りには、ご無理でしょうね。

なのではしばらくは、右往左往の時期が続いてしまいそうですね。

まだまだ当分しょうがないことでしょう。

漂流に沈碇を為して定礎を定めるにはまだまだ当分の時間の経過が必要のようです。

大きな重い碇をボカンと下定しなくてはなりませんから、覚悟は大変です。

ハラの据わり方がもっと厳然としていないとご無理かも知れませんです。

わたくしは、準備に専念を宗と為しますのみです。

なぜならば、隔靴掻痒的な対応措置は、幾ら丁寧にやってもたかだが1~2年の有意性のことです。そんな事にいくら力を注ぎこんでもはなから詮無い事だと思うからです。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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