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2010年1月13日 (水)

「神社」について、現代的にどう接っするか?

「神社」は、普通には「じんじゃ」と、読み習わしています。

訓読みにすると「かみ やしろ」ですね。

ですが、ヲシテ文献の時代までさかのぼると、「(かみ)やしろ」あるいは「みや」「みやとの」「ほこら」と言った意味の言葉の方がふさわしいです。

さて、

「神社」とは何か?

案外、自然神を祭った「神社」は例外的な程に数少ないです。

ほとんどの場合の「神社」が、祖先の偉人であったり、記念碑的な場所であったりします。

                 ・

その、お祭りをおこなう主体を担うのは、地域の人や地元の人の場合がほとんどです。 多くの場合、地域愛が神社の建設維持原動力になるのでしょう。

そのようなことですので、

時代とともに、「神社」の場所には変遷が伴ないます。

解りやすい例では、

紀州の熊野の、熊野大社の場合があります。

明治時代に、洪水があって、社殿が倒壊してしまいました。

そこで、川のすぐ近くでは、再度の洪水の恐れがあるからと、

小高い山の上に、新らしく熊野大社の社殿を造営する事になりました。

お祭りの維持管理の主体は、お金を出して下さる地元の人なのですね。

              ・

そのようなことですから、

長い年月のうちには、「神社」の位置には変遷があるわけですね。

              ・

伊勢神宮の内宮の場所も、

ヤマトヒメさんが再建しようとなさったおりにも、草木が生い茂っていて、

故地の認知にもそんなに簡単な事でもなかった話もありました。

          ・       ・

また、たとえば、

筑波山の神社にしても、現在の筑波山の中腹に建築されているのが、

もっとも初期からだとは、即断は出来ません。

では、どうやって、昔にさかのぼってみれるか?

ひとつの、根拠になるのが『延喜式』です。

1000年前にはどういった「神社(かみやしろ)」が、

どの地域に祭られていたかが、国家の編纂による認知として判るからです。

昭和に、詳しく現在地考証がなされています。

『式内社調査報告』です。これを、まず、みることですね。

             ・

さて、

ヲシテ文献の文章から、

さらに、ふさわしい場所が判明して、

地元の人たちに、神社移転や、記念碑の設置などの動議が持ち上がって来ましたら、

わたくしも、協力させてもらうことには、やぶさかではありません。

「パリもローマも、文化の集積でなりたっている。後世に残せるものは文化しかない」というのは、今日の、日経新聞の私の履歴書の細川護煕さんの言葉です。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

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