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2010年4月 3日 (土)

思いを強くする事々のこと。 未来将来への遥かな先々について思うこと。

世界が、この地球上がこんなにも密接になって来まして、

さらにさらに加速度的な勢いは増すばかりです。

グーグルの中国問題が象徴していますね。

           ・

この先々、この潮流の行方は行き着くところまで及ぼし行くのみのようです。

即時的な世界性の共有化時代に入って行き居つつあります。

どこがどう高い低いと、その詮索が高い価値を作る時代は終わりまして、

次の時代にどう係るかが、価値を創造する時代になってきます。

      ・           ・

正しいとか言う事は、単なる、過去からの干乾びた価値評価に基つく単純演算結果に過ぎません。それなら、パソコンの得意とするところですね。

どうやってゆくか? 

こうやってゆくか?

これは、ヒトの価値創造の最たる「仕事」です。

正しい、あるいは、間違っている、なんて判断は、

単に何かしらの過去に功績のあった基準に基づいての演算結果に過ぎません。これこそ、コンピュータの得意技です。

判断を制する基準が、既に陳腐になってバグを孕んでいたらどうなりますか?

単純演算のおそろしさです。

悲惨なる亡びが、待ち受けているはずですね。

          ・

先の読めない大海原に漕ぎい出してゆく、この、

わたくしたちの拠るべきよすがは「トのヲシテ」に行きつくしかないわけです。

縄文日本から、現代日本に至る道筋が、ここを、証明しているわけですね。

ここのところの考え方につきまして、ひとこと。

これを、正し得るのはヲシテ文献に拠る、正しい「国史」の再構築がありて、のみのロードマップです。他には、何かまともなものがありますでしょうか?

ヒトの価値を決める一つの判断基準は、何が出来ますか?  です。

小さな、ほんの小さな事でも、よいのです。

小さいと、思っている事が、実は、

その、ほんの小さなささやかな寄与とも思える事が重要なのです。何故ならば、あなたが、こんなつまらない事と思っている事が、わたくしには金銀財宝の山よりも価値のある事がママあるのです。その、価値交換をしませんか? 10:100の。

これが、「トのヲシテ」の本質です。

考えてみて下さい、10+100は、110が数理的には正しいです。これは「モのヲシテ」の精神です。

でも、「トのヲシテ」の精神で掛け算の効果が現出しましたら、

10×100は、なんと1000になってしまいます。

110と、1000とは、明らかに大きくもって大違いです。

これ程の違いが生じるので、社会を形成して、

国家も樹立維持しなければならないと言う根拠があるわけです。

「トのヲシテ」がどうして? 掛け算なのか? に付きましては『よみがえる日本語』をお読み下さい。 

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。 

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

2010年3月30日 (火)

ヲシテ文献からの「国学」の再構築を為すべきこと。ヲシテ文字からの根底を定める事が前提です。

我が国の「日本」には、独自の文字がなかったと、

言われておりましたが、この、常識は間違いであった事が、

ヲシテ文字・ヲシテ文献の再発見によって、明白になりました。

Photo

       <何だかシンシンと寒いです、

         と思いましたらクワの芽にユキでした>

            ・

日本語のソモソモの源流の「やまと ことば」は、ヲシテ文字の字形のイメージから構築がおこなわれていたこと、は、 『よみがえる日本語』でおおやけに広く公表しました。書評→こちら

つまり、「やまと ことば」の醸成され形作られていた時代にヲシテ文字が実在していた証明にもなるわけですね。この時代は、いつなのでしょうか? それは、「やまとことば」の醸成時代とは、縄文時代に遡る事はほぼ確実でしょうね。

独自の文字が、「日本」にはなくて、漢字が来てから文字を使うようになっただなんていう常識は、間違いであることになりますです事でした。

        ・        ・

また、ヲシテ文字で記されたヲシテ文献は、『古事記』『日本書紀』の原書であることは、『定本ホツマツタヱ』の内容比較で明らかになっています。この事実から言い得る事は、8世紀以前に文字が「日本」にあったことの、ひとつの根拠になります。 『ホツマツタヱを読み解く』では、記紀の原書である解説と、ヲシテ時代の「日本」の概論を述べました。

           ・

記紀の原書の出現、縄文時代に遡るヲシテ文字の再発見、ふたつの事実が新たに判明したのですね。

ここにおいて、江戸時代に勃興した国学を、さらに一歩進めて、

ヲシテ文献による「本当の国学」を興す必要が出てきているわけです。

そこで、本当の国学の意味で「本日本学」の言葉を提唱したいと考えております。

そこには、本当の意味の「日本」とは何か? を、詳細に解説できる準備が要るのですね。準備は、まだまだ沢山の事を用意しておかなくてはなりません。

この、今の段階での気を付けないといけない事は、偽書の「秀真伝(直訳誤訳の偽書製造家)」に陥(おちい)る人をどう防ぐか? に尽きると思います。

ヲシテ文献について初耳だと言う人が、世間にはほとんどでありまして、

偽書の神代文字と混同されてしまうケースになるのが99%の現状です。

さらに強烈な事に、ヲシテ文献に初めて触れた人は、十中八九、直訳こそが訳だと思い込んでしまうのです。2000年近い年月を経た習性はなかなかに手強いものです。ここを、クリヤーしてからの事なのです。一緒になってわたくしが協力出来得るのは、です。

3

               <やぶれかさ、伊豆の山の花見にて。

              女房が摘んで来てくれました>

ヲシテ文献に初見の人がどうしても陥る「秀真伝(直訳偽書製造家)」と、

わたくしの提唱しております「本日本学」の立場とは、

区別を明瞭に付けておく必要が、わたくしには課せられています事、

この一線を、どうか、どうかご理解下さいますよう、お願い申し上げます。

いくら歩みが遅くともかまわないのです。

甘言に惑わされての間違いに、ミチを踏み外す事だけは断じてあってはならない事だと思ってます。これが、わたくしの責務だと。

Photo_2

                                 <うるわしいハナです、やま さくら>

ヲシテ文字も、実在でありましたし、

ヲシテ文献は、1万行以上の分量があります。

ヲシテ文献は、記紀の原書であることが、『定本ホツマツタヱ』でやりました記紀との対比比較で、明白になっております。 単なる、文字遊びでやってるわけではありません。コメントいただきましたが、ヲシテ文献を原文で読んだ事無い人の文章は、掲載を見合わせさせて頂いています。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

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