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2010年3月17日 (水)

ヲシテ文字は、自分たち「日本人」の根底にあるモノ。 ここを定めて、後にヲシテ文献が定まります。

ヲシテ文字の、読み書きがスラスラ出来る事が、まずもって第一段階です。

ここがクリアー出来ないと、やはり「秀真伝(直訳偽書)」にそのうちになります事は、ほぼ100%でしょうね。それは、やめてもらいたいのですね。

貶(おとし)め族ですからね。 美しくはあり得ないのでは? と、思うわけですよね。 どうしても。

だって、私たちのこの国の初めに、わが祖国の国字の「ヲシテ文字」

が有ったという、大発見です。 また、記紀の原書であることも判明した文献も5・7調で1万行以上発見されているのですね。

ここを、正しく理解しないで、漢字に変換してから、モノを考える、と言う事は、

実際問題間違っています。

我が国に、漢字以前に、国字のヲシテ文字があった。

記紀の原書である、ヲシテ文献があって、近年に発見され、文献位置の認定が出来た。

この、事実を、正直に考え直してから、

さて? どうすると、今後に良いのか?

ここのところです。 

          ・

Photo

    <何か、変な輪っかはなんでしょうね? 日吉大社の社前のお蕎麦屋さんにて>

ちゃんと、尊さを理解してから、そのこころでヲシテ文献には接してもらわないと困りますですね。敬光さんは、禊ぎをしてから神字を読むことを言っています。大切なものであることを、十分にお解り下されたいものです。

このようなことで、ヲシテ文献に接してもらいまして、ヲシテ文献の全体を、少なくとも2~3回は通読して、だいたいの流れを理解することが、次に必要です。

勿論のことですが、原字のヲシテ文字で、読まないとまったく以て意味を為し得ませんです。

記紀の原書の位置と言う意味を充分に理解した上での、ヲシテ文献の入門にあたって、

ここがどれほど難しいか? です。

 今現在の段階ではです。

この困難さ、 ヲシテ文献(記紀の原書である事を理解している)。

と、

時代錯誤の「秀真伝(漢字仮名交じり直訳の偽書)」との、差異が明瞭に解るには、

びっくりするような、努力が必要です、今現在ではです。

  「ホツマ」「ホツマツタヱ」だ、なんて言ってるのは、

     まだまだ、だと思います。それは、どうなんでしょうね?

だって、「ホツマ」よりも、もっともっと尊い「ミカサ」もありますし、

  「ミカサ」よりも、もっともっと尊い「フトマニ」もあるのですよね。

         どうかしているのでは?

         と、 どうしても、変に思わざるを得ないと言いましょうかですね。

       ∽        ∽        ∽

ヲシテ文献の名称は、かなり高度です。

ここが解るかどうか?

記紀の原書としての位置関係が、解っているのかどうか?

本当に、真面目に取り組むと、

大変に大きな覚悟が必要です。 

ちょっとやそっとの努力では、あり得ないと思いますですね。

たんに理解だけでも。

秀才肌の人で、最短で2年。

天才肌の人で、最短で1年。

これが、今現在の理解の早い人のレコードですね。

のちのちには、常識になりますので、暗記モノになりますでしょうから、

容易いものになるでしょう、と思いますがね。

 参考 → http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-df36.html

            ・

「秀真伝(漢字仮名交じり直訳の偽書)」は、わたくしは、頑(がん)として排斥する立場にあります。

何がどう言われても、このことの敷居だけは揺るがすわけにはまいりませんですね。

「秀真伝(漢字仮名交じり直訳の偽書)」と、の判別を付け得るのは、

相当に努力して研鑽を積んだ人だけです。

ここまで来た人には、わたくしは、いつも敬意を持ちます。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

我が国に、漢字以前に、国字のヲシテ文字があった。

記紀の原書である、ヲシテ文献があって、近年に発見され、文献位置の認定が出来た。

  上の二つを、お解り下さってから…。 ですかね?          

2010年3月15日 (月)

ヲシテ文字・ヲシテ文献は、国学の流れの上にある事

時代の流れと言うものは、

かなり重要な事だと思います。

江戸時代までは、学問と言うと「儒教」であるか?

「仏教」であるか?  と聞くのがまず100%でした。

         ・

そこに、契沖が出て、『万葉集』をやり始めました。

わが国には、こんな高度なものが、かつてあったのだと。

この頃から、我が国の独自の学問について、

初めて評価が少しは、為されてゆく切っ掛けになりました。

これは、余りにも長い拝外崇拝的なこころの染みが、ちょっとは、反転を起こそうかな? なんて言う、小さな小さな出来事とだったようでした。

ほんの小さな事が、実は、大きなうねりの端緒だったという事は、

歴史の成り行きにはママあることでありますね。

マグマ溜まりが、ビックリするほどに大きく溜まったこのエネルギーの巨大さは、

すぐ近くに居てる人には、得てして、感じない事も多くあるようです。

       ・     ・

 『日本書紀』の広く一般にも普及するのは、木製の活版の出版物の、慶長勅版(けいちょうちょくはん)の『日本書紀神代巻』(にほんしょきかみよのまき)が出版されてからの事でした。慶長2(1597)年から同8(1603)年にかけてのことでして、後陽成天皇の命によりまして、大型の木製活版を用いた勅版が印刷され一般に普及したのでした。 このころ、『古事記』の方は一般への普及は、いまだしでした。

 さて、江戸時代の初期のころから、やっと、

「日本」についての関心が出てきて、国史の『日本書紀』も、

少しは一般に普及したのでした。これが、国学の端緒と言えますでしょう。

            ・

ヲシテ文字、と言いますか、

ヲシテ文献の発見、

それと、その文献としての位置の発見の『日本書紀』『古事記』の原書であるということ。

これが、発見されたのは、松本善之助先生によるものでした。もう、昭和も終わり頃の事でした。

 記紀の原書の発見は、新たなるステージの国学の構築をする仕事が生じたことの発見でもあります。

 第一は、ヲシテ文献のテキストを作らなくてはなりません。

そして、『日本書紀』『古事記』との比較対比を一目で見れるようなテキストが必要です。

 『定本ホツマツタヱ -日本書紀・古事記との対比-』(展望社・松本善之助監修、池田満編著)

は、この様な意図で出版しました。各善本の写本の文字の詳細な違いを頭記して、『日本書紀』『古事記』の同一出典箇所を比較記載しています。

 ヲシテ文献の位置とは、ヲシテ文字の国字の再発見と再認識に基礎を置いて、国学を作り直してゆく事にあります。

このことを、一言だけ言い添えたいと思いました。

 

 

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

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根拠のことなどは、こちら。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

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