17才の時の事が、思い出されます。 ヲシテ文献のちゃんとした入門は、どれ程にも大変なことか!
ヲシテ文献に、わたくしが出会いましたのは17才の時の事でした。
その時には、キキ(記紀)なんて聞きましても、何のことやら? 理解できずでした。
キキ(記紀)とは、『古事記』の「記」と、『日本書紀』の「紀」を合わせて略して「キキ(記紀)」と言っている事など、後々の事に理解し得たような事でした。
17才のことですからね。
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ヲシテ文献と出会って、原字で、原文で読み進めてゆきますと、
あちこちにキラッと、キラッと、輝くのです。
すごいモノがヲシテ文献であると、感性で直観しました。
その、今から40年ほどにも前になる昔の事を思い出します。
それは、『池田 満 「ヲシテ文献 大意」』の講読を申し込みに、
早速に来て頂きました、お方がたの文面に感激を覚えましたことでした。
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実際のところ、「日本」の真実につきまして、近々の既存の初等から高等の学習・教育・研究ではほとんど目にするとこなしに、社会人に成り出でて来ている事は、時々鳥肌の立つような思いのする事がままあることです。
そして、『古事記』など漢字文献に根拠を求めようとすればするほど、本来の「日本」の美しい精神からは遠くに離れていってしまうのです。
このあたりの事情は、ヲシテ文献に、原字原文で取り組んで来ている同士の面々には共通の認識事項でありましょう。
このヲシテ文献に真面目に接してみれば、明らかになる事実を、
もうちょっと、現代の社会・人々にも知って貰っても良いのではあるまいか?
こんな思いで、『池田 満 「ヲシテ文献 大意」』の無料講読をはじめました。、
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クニの、国家の漢字以前の歴史を紐解いてゆくのは、わたくしたちヲシテ文献の研究者がトップを走り続けて行くことでしょう、近い将来には、考古学の分野よりも、と思います。その時期に、ちゃんと国民や世界の各国の人々にしっかりと解るように説明をするのが、わたくしたちに課せられた仕事です。
有無もなくやって行かなくてはならない事が、多くに山積しています。
商売ではありません。民族のため、クニのため、大きく考えれば世界の人々のために礎(いしつえ)を立て据える仕事です。ヲシテ文献という、記紀の原書の発見がありました事から「国学」につきましても、新たに、ヲシテ文献に根拠を据え直した再構築をすべき事に行き至るのでした。
この、やり遂げねばならない、
大きな仕事に就きまして、
ご理解を賜ります事を衷心より願うもので御座います。
近所の、土出物による発見した根拠は、そはそれで面白いものです。
ですが、
ヲシテ文献は、クニの根幹を定め直してゆくべき大きなものです。目を、広く見開いて下さいますと、極めてまばゆい光をお感じになられて下さることだと思います。
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古史古伝、は「偽書」です。 お間違えなく!
「秀真伝」も「偽書」の一種です。
「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を
漢字表記してるので、スグ分かります。 お間違えなく!
せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、
なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。
共に、即、廃棄してください! 捨ててくださいね。
偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!
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