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2010年1月 5日 (火)

松本善之助先生と、「奉呈本」との出会いのこと。 偽書に陥(おち)いらない為にどうするか? ヲシテ文献「古典」の入門編の書籍の流布についての準備。

松本善之助先生のヲシテとの出会いは、

古書店からの一通の案内に始まりました。

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随分昔の40年以上も前ですと、郵便番号も下2ケタですし、旧住所の表示ですね。

「奉呈本」の本文はこんな感じです。

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さて、「奉呈本」の上呈の意図は、小笠原長弘さん、正木昇之助さんの添え文に、よく解ります。

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             <「奉呈本・ホツマツタヱ」写本は、

                       池田満がお預かりしています>

ヲシテ文献、この内容は難解です、至って理解が容易ではありません。

現代人にも、解り易く伝えねば、なりませんですが、 ですが、そこには、「誤訳」という、

かえって、真価を貶めてしまいかねない陥穽が大きく口を開いて待ちうけています。ここのところに、常に心を配っておかねばなりません。

             ・

ヲシテ文献の一般への流布は、

とても、気を遣う必要があると言うわけです。  ね。

現在の、現状を翻ってみてみましょう。

故意によるかどうか、 区別、判定も難しいですが、

誤訳の積み重ねで偽書に陥(おち)いる。 そんな、嘆かわしい「秀真伝(しゅうしんでん)も、まだまだ、一掃されずにあります。

真正の道を進むヲシテ文献解明のわれわれとは、峻別な区別を、一線で保っておかねば、なりません、 です。

何故ならば、誤訳の漢字文への直訳で偽書に陥いってしまった「秀真伝(しゅうしんでん)」では、我が国の古代の文明の美しさについて、全くのところ、少しも正常には概説も出来なくなるからです。 これでは、どうあっても、困るのです。 

祖国の美しさを将来の展望に資すること、 これを目的としているわけですから。コトは、大切ですので、慎重に進めなくてはなりません。小笠原長弘さんは、『ホツマツタヱ』の写本のみを残して、考究書・草稿本などは、処分なさっておられたようです。谷川士清の反古塚(ほご・つか)にも通じる御心遣いだったようです。

小笠原長弘さんとは、正反対の

この恣意的だ、ともいいたくなる誤訳の幾多によって、偽書に陥いらせてしまわせようとする運動、 「偽書運動家たち(秀真伝族)」の為せる業(わざ)、直訳の「秀真伝(しゅうしんでん・偽書)」は、どう見ても、一種の国賊に近いモノだと言うべきものだと言うべきであると思うからです。  どうにも、かれらは、おかしいのではあるまいか? と、思います。

どんなに素晴らしいヲシテ時代の事績でも、漢字文への当て付け・誤訳・時代錯誤のフィルターをかけたら、漢字以前の時代の本当のうつくしい「日本」文明は隠され消されて見えなくなってしまいます。 全部が全部、大陸風の奈良朝以降の雰囲気の真っ赤っかに染まりますから。 たとえば、「言霊学」でこう言っているから、云々。「神道(しんとう)」の説明では、こう言っているから云々。 と、講釈を垂れるような、ひどい状況ですね。 どうして、? 奈良朝以降や、江戸時代の近世に成立した概念で、ヲシテ時代の高度な文明が解釈できますか? あり得ない、構造です!

それでの結果、ひどい誤訳で偽書に陥ってしまった「秀真伝(しゅうしんでん・偽書)」と、言うわけです。これでは、『古事記』は駄目だから取り換えしましょうという、根本の原動力を欠くことになってしまいます。このまま『古事記』の世界観のままで行き至ってしまうと、またぞろ、かつての第二次世界大戦の敗戦の焼け野が原の再現になってしまう。そんな二の舞はしたくない! これが、『古事記』の世界感からの離脱を図ろうとする目的です。敗戦の見渡す限りの焼け野が原は『古事記』の世界感によって不幸を引き寄せてしまい、眼前のものとなってしまった悲劇だと、わたくしは、分析解釈しています。さらに、ひどさの輪をかけた誤訳の「秀真伝(しゅうしんでん)」だったら、また、やっちゃいますよ。次の焼けのが原は、前回よりももっともっと悲惨になること、請け合いです。 わたくしは予言します、 『古事記』の世界観のままでもそうですし、誤訳の『秀真伝(直訳・誤訳・偽書)』に行くと、また、焼け野が原ですね。 これを、防ぎたいから、身命を賭して何十年来つとに努力を重ねて来ました。

       ・       ・

一般への提示のモノも、

書籍に作り、印刷・製本・流通するならば、最小に考えても、

約10年の将来の本のイノチ(生命)が予測・保障できなければなりません。

相当に沢山の費用をかけるわけですからね。

           ・

長い、10年余りの、いわば永遠の命の書籍となると、どうしても、

堅い書籍になりますのが、常の事です。

とは、言いましても、

小説などのような、読み本のような、簡易な形体のモノも必要になります。

つまりは、常に要求されるものですが、

ヲシテ文献について、

現代人がザッと目を通して、簡便にもおおよそが解るような、そのようなモノも必要ともいえますですね。

ですが、解明作業の、そもそものまっ最中が今現在も果敢に続行中ですから、

将来10年余りの本のイノチ(生命)を、確約できるものには、

なかなかには、なり得ないのです。

有り余る資金があれば、陳腐化したモノは脱ぎ捨ててゆく事も可能です。

しかし、そんな潤沢な、資金はありませんのが現状です。

資金が潤沢なれば、話は違って来ますですね。

現状の処は、そのようには動いてきてくれてはありません。

何とか、簡便にと、

解り易いようにと、ご案内をしようとしましても、

ヲシテ文献は、とにかくに、漢字国字化時代以来の一般教養を得ている現代人には、

とても、とても、むつかしいです。

そこには、 恐ろしいことには、

ちょっとした、気にも留めないような些細なことでも、間違えてしまいますと、

ほんのちょっとの、小さな路線のズレが、

小さな間違いの程度に挿み起きたとしましただけでも、これが、「秀真伝」の偽書にと、一挙に価値が崩落してしまうと言う恐ろしさを秘めたものなのです、

劣後の、劣化コピーにと、本当に、簡単に極めて陥り易い、

むつかしさ、困難さを、包含しているヲシテ文献ですから、

取扱いに、細心の注意が要(い)るのですね。

   ・   ・   ・   ・   ・

お楽しみの「秀真伝(しゅうしんでん・偽書)」(偽書のお遊び)の、それより、以上を目指す人は、です。

       ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

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コメント

せっかくのページも赤系の地に赤系の文字は大変読みにくいです。

地の色系と文字の色系を変えてください。

よろしくお願いいたします。





 
                      ・
拝復

デザインの変更を掛けました。

添付のように致しました。

          怱々

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