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2010年1月27日 (水)

土俵を変えよ。 松本善之助先生の言葉

最晩年の頃、松本善之助先生は、

『土俵を変えよ』 

と、良くおっしゃっておられました。

         ・

それは、

「千日手」から抜け出せる、唯一の方途だからですね。

      ・        ・

「ホツマ ツタヱ」の噂を聞きつけた人が、

よく、訊きに来るのでありましたでしょうね。

『記紀では、斯く斯くシカジカだ、

「ほつま」ではどうなっていますか?』と。

これは、将棋で言いますと「千日手」です。

ここからの、脱出方法は、『土俵を変えよ』しかあり得ませんですね。

          ・

かつて、

小笠原通当さんはじめ、

漢字文献の不備を「ホツマ」で補おうというスタンスでした。

これでは、本物の筋ではあり得ません。

漢字文献と、ヲシテ文献を比較すると、

決定的な違いがいくつも見つかります。

この時、

どちらを取捨選択するか?

決断を迫られます。

漢字文献の不備を「ホツマ」で補おうというスタンスでしたら、

漢字文献が正しいとする方を最終的に選択してしまいます。 大きな誤訳でもです。

これは、まったくの間違いを誘引する事になってしまいます。

             ・

『土俵を変えよ』

漢字文献とヲシテ文献、どちらを、取捨選択すべきか?

この判断を、まずはじめに、付けておいて、

それから、

『ヲシテ文献では、どうなっていますか?』

と、

聞きに来て下さいませ。

『ミカサフミ』『ホツマツタヱ』は記紀の原書であるということ。

この意味を、把握なさって下さってからの事だと思います。 

 

 

 

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

2010年1月20日 (水)

『古事記』の世界、とは、成り立ちが変わってくる「ヲシテ文献」の世界。

新作の日本歌曲も、たくさん作りたいです。

のちのちに、必要になると思うからです。

          ・

ヲシテ文献で明らかになった、「日本」本来の清らかで明るい世界観を、

日本歌曲に纏(まと)めようとしましたら。

歌詞は、わたくし作としましても、

作曲は、専門の方にお願いせねばなりません。

歌は、また、専門の方でないと、うまく行きません。

先般に、『ホツマ縄文日本のたから』で、吹き込んで頂きました、

岡田征士郎さんの他のCDを聞いていまして、

きょうは、感涙にむせびちゃいました。 いい声ですね。

Photo

             <香りがお届け出来ないのが、残念な、ロウバイです>

ひとつの、歌曲の製作にも多くのすぐれた能力が合わさってこそだと思います。

      ・       ・

さて、

「日本」の歴史を考えましても、多くの特殊技能が合わさって、

今に至って来ています。

奈良時代などでは、漢字国字化時代になって、

漢字文の書ける人がとても多く必要になりました。

時代の流れは、善し悪しで言い表せるものではないと思います。今、現代の事を考えましても、世界各国との善隣友好関係がなければ国の運営はままなりません。

さかのぼって、奈良時代、畿内での帰化人の人口比率は、『新撰姓氏録』を見てもびっくりするぐらいに多いです。また、地方の常陸の国などでも、5軒か10軒に1軒ぐらいは帰化人の居住がありました。国際化の進んだ時代でしたですね。また、国家事業として、大仏さんを作ろうとした際には、百済王敬福が、多量の金を採掘して献上してくれました。それで、奈良の東大寺の大仏です。あの、東北地方の小田郡は寒いです。寒さに強い韓半島出身の人であってこそ、水簸(すいひ)の砂金採取が小田郡の寒い季節でも出来たのでしょう。わたくしは寒がりですので、夏には、この間もやってみましたが、秋・冬・春にはとても水簸(すいひ)の砂金採取は出来そうもありません。これも、特殊技能のひとつと言えましょう。「日本人」とは何か? あの、一言(ひとこと)多い京都でも、三代住めば京都人と認められます。今だったら、帰化申請の認可で、押しも押されもせぬ日本人ですね。

多くの人の、多くの力・技能・能力が合わさって、より良く「国家」を運営してゆこう。として来たのですね。

これが、伝統としても残っていた、ヲシテ文献で明らかになった「トのヲシテ」の互恵関係の世界です。

       ・         ・

一方の、『古事記』の世界は違います。

勝てば官軍の、世界ですね。

神武天皇の東征の原動力を見てもお分かりのように、

「どこか、良さそうなところがありそうだから、征服しよう」

です。

まさに、勝てば官軍の世界です。

そして、統治の根拠は「神様」のお告げがあったから、正統性あり。

というのですね。 ちょっとねー 、と、わたくしは思いますですね。 

            ・

ヲシテ文献で明白になった、タケヒト(神武天皇)ヤマトウチの原動力は、

二朝廷並立時代での、兄のミヤの専横を糾(ただ)すためでした。

非は、兄のミヤのアスカキミの側にあるのです。

        ・           ・

国の基本の考え方を、

『古事記』の世界から、

ちゃんと、「ヲシテ文献」の世界に戻さないといけないと思います。

明文化して。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。 

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「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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2010年1月13日 (水)

「神社」について、現代的にどう接っするか?

「神社」は、普通には「じんじゃ」と、読み習わしています。

訓読みにすると「かみ やしろ」ですね。

ですが、ヲシテ文献の時代までさかのぼると、「(かみ)やしろ」あるいは「みや」「みやとの」「ほこら」と言った意味の言葉の方がふさわしいです。

さて、

「神社」とは何か?

案外、自然神を祭った「神社」は例外的な程に数少ないです。

ほとんどの場合の「神社」が、祖先の偉人であったり、記念碑的な場所であったりします。

                 ・

その、お祭りをおこなう主体を担うのは、地域の人や地元の人の場合がほとんどです。 多くの場合、地域愛が神社の建設維持原動力になるのでしょう。

そのようなことですので、

時代とともに、「神社」の場所には変遷が伴ないます。

解りやすい例では、

紀州の熊野の、熊野大社の場合があります。

明治時代に、洪水があって、社殿が倒壊してしまいました。

そこで、川のすぐ近くでは、再度の洪水の恐れがあるからと、

小高い山の上に、新らしく熊野大社の社殿を造営する事になりました。

お祭りの維持管理の主体は、お金を出して下さる地元の人なのですね。

              ・

そのようなことですから、

長い年月のうちには、「神社」の位置には変遷があるわけですね。

              ・

伊勢神宮の内宮の場所も、

ヤマトヒメさんが再建しようとなさったおりにも、草木が生い茂っていて、

故地の認知にもそんなに簡単な事でもなかった話もありました。

          ・       ・

また、たとえば、

筑波山の神社にしても、現在の筑波山の中腹に建築されているのが、

もっとも初期からだとは、即断は出来ません。

では、どうやって、昔にさかのぼってみれるか?

ひとつの、根拠になるのが『延喜式』です。

1000年前にはどういった「神社(かみやしろ)」が、

どの地域に祭られていたかが、国家の編纂による認知として判るからです。

昭和に、詳しく現在地考証がなされています。

『式内社調査報告』です。これを、まず、みることですね。

             ・

さて、

ヲシテ文献の文章から、

さらに、ふさわしい場所が判明して、

地元の人たちに、神社移転や、記念碑の設置などの動議が持ち上がって来ましたら、

わたくしも、協力させてもらうことには、やぶさかではありません。

「パリもローマも、文化の集積でなりたっている。後世に残せるものは文化しかない」というのは、今日の、日経新聞の私の履歴書の細川護煕さんの言葉です。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

2010年1月 7日 (木)

ヲシテ時代語の再発掘。 これまでの、道行き。

『よみがえる日本語』の出版が出来ましたので、

一息ついた心地がいたしました。

それで、これまで辿ってまいりました、道筋を振り返ってみようと思います。

         ・

さて、 「索引」を使ってヲシテ時代語を再発掘してゆくのが、

本道の王道の、道筋です。

それには、「語意究明ノート」を作って考察を深めます。

Photo

ある、不明確な言葉の語意をヲシテ時代にまで遡及して、解明してゆく手段です。

机の引出しにいっぱいあります。 

あんまり古いのは、以前捨てました。それでも、引き出しいっぱいです。

法律関係での用語で「のり」と「みち」と「おきて」とは、どのような違いがあるのか?

など、すべての用例検索の後に、前後の文章を抜き書きして考えるやり方です。

この手段に拠りまして、 『ホツマ辞典』の語彙解説が出来ました。

言葉の時代性を正確に把握するためです。

最も初期の「語彙解説」の初稿の原稿は、次のようなものでした。

Photo_2

2

              ・

さて、そうこうしている内に、若い同志の人も出始めました。

月刊「ほつま」誌の、付録に、青年版ほつま誌として「あわ」誌

を作ろうと話がまとまりました。

Photo_3

初号が昭和57年5月。

2号が昭和58年5月。

3号が昭和59年5月。

4号が昭和60年5月。

内容は、さまざまです。

Photo_4

わたくしは、浅野信先生の文法を書いていました、ですね。

やっぱり。

                ・

昭和60年からは、知人の出している「みそぎ」誌に、

掲載をさせてもらいました。

Photo_5

この掲載は3年ほどやりました。

でも、直訳文を掲げてのことでは、

まともな反響はあり得ないことだと、はっきりと、悟りました。

お楽しみ会に終わるのです。 偽書遊び…。

いくら、いいこと言っていても、根拠が偽書だと言われちゃうのですね。

直訳文はダメ路線です。 確信しましたです。

沈思黙考の末、松本善之助先生から絶賛を頂戴いたしました、

『ホツマ神々の物語り』にと昇華出来ました。

     (『ホツマ縄文日本のたから』として再出版)

ここから先は、

まったくのひとり旅だったようでした。 つい最近までの20年あまり。

             ・

 さて、

本筋の、文献比較の方の進展に、

戻ってみます。

三書比較の神武天皇の部分は、すでに、松本善之助先生が、

纏めておられました。 さらに、 全巻に渡って為(な)し行かねばならない。

Photo_6

2_3

この、「三書比較」の全巻の初稿の完成が昭和55年のことでした。

また、さらに、

『ホツマツタヱ』の写本は、善本の完本だけでも四本あります。

写本の違いも、とても重要です。

Photo

      <小笠原長武本のコピー、一写本で10cmほどの山になります>

『ミカサフミ』の同文個所の表示を加え、

またさらに、

平成4年に新発見の、和仁估安聡さんの写本の校異も加えて、

Photo_7

段ボール箱一杯よりも、溢れちゃいました。

これが、『校本三書比較ホツマツタヱ』(上・中・下)

さらに、

『定本ホツマツタヱ』になりました。

             ・

さて、これだけでは、解りにくいですね。

「系図」を作りました。

Photo_9

ちょうど、畳一畳の幅になっていました。

また、年表も必要ですね。

Photo_10

Photo_11

「年表」「系図」「語彙解説」などなどを、取りまとめて、

『ホツマ辞典』を上梓しました。

            ・

若い時に、いいものに巡り合えましたね、

なんて言ってた人もいましたが、

研鑽をどう積むか?

どうやって、ミチを踏み外さずにやってゆくか?

道のりは、大変なものであって、

とても宝くじに当たったような、棚から牡丹餅のものではないのですね。

 

 

 

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

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「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

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2010年1月 6日 (水)

松本善之助先生、毎日版への道筋。 もはや、今では問題点も多くあり…。

松本善之助先生の、ヲシテ文献に至る道筋には、

自由国民社の編集局長のキャリアのあとに、

「禅」の修行やら、いろいろと、素養の養成があられました。

Photo_4

禅の高僧の加藤耕山老師の命名による「盲人(めくら)に提灯(ちょうちん)」誌の、

刊行を通じて、人間とは何か? すばらしい生き方とは何か?

これを、深く洞察なさいました。 松本善之助先生は、「兀山(ごつざん)」という、名前を、加藤耕山老師から名付けて頂いたとの事でした。脳血栓の大病前の善之助先生の性格を言い表していて妙なるかな、と、さすが耕山老師と思います。「兀兀だからね」と、耕山老師はおっしゃっておられたそうでした。

そのうちに、「日本」とは何か?

の疑問に、遭遇し、やがて、ヲシテとの出会いに行き着くわけでした。

そして、『日本書紀』『古事記』との神武天皇の個所の三書比較を冊子にまとめられます。

Photo_10

ここにおいて、すべて、漢字文献よりも前に、

『ホツマツタヱ』が先行文献であることを、証明なさったのでした。

2_4

ところが、解明作業は、ヲシテ時代語の再発掘を地道にやってゆかねばなりません。

遅々としての牛の歩み寄りも遅いほどです。何しろ難解ですからね。

              ・

一般的な人からは、内容をとにかく知りたい、と、強い要望があり、

求めに応じられて、松本善之助先生は、

『ホツマ入門』をまとめられます。

Photo_5

これは、大阪「自然社」さんのご厚意にて刷り上がりました。

こののち、に、

毎日新聞社からの『秘められた日本古代史ホツマツタヘ』が上梓されます。

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              <右の写真には、松本善之助(まつもと よしのすけ)先生

                        の前に加藤耕山老師が見える>

この本には、不肖わたくしも、参加させて戴きました。

当時、25才の時でした。毎日新聞社の印刷の人が読めない、と苦情が来て、

松本先生の手書き文字を読めるのは、わたくしが適任だったのでした。しょっちゅう、松本先生とはお葉書をいただいたり、手紙で相談に乗っていただいたりしてました。

わたくしも、字の綺麗さはちょっともなくて、ひどいものですが、

読みやすい字にだけは、何とか変換できました。

この当時には、

兎に角も、「ホツマ」の内容を早く知りたい、早く知らせたい、

との、要求と呼応が支配していたようです。

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           「たこ リ」・「いか ル」の問題もあります

と、『ホツマツタヱ』の原文の引用として、4アヤ19頁(長弘本のページ数、安聡本では4アヤ36ページ)を掲げておられます。ここに、大きな問題があるわけでした。

『ホツマツタヱ』の原文は、ヲシテ文字で記録されています。

Photo_8

          <「デジタル・ヲシテ」フォントは池田満製作、組は平岡さん作>

また、

現代風の直訳文も、今現在の視点でみますと、

いかにも、解釈がいまだし。 の感が強くあります。

つまり、

『秘められた日本史ホツマツタヘ』は、

のちの「秀真伝(しゅうしんでん)族」(偽書製造家)の跳梁を助長するものでしかなかった。

とも、言えるのでした。

現代文風の訳文を提示して解説すると、 すでに、時代は、

ヲシテ時代から遙かに遠く乖離してしまっているのですね。

たとえば、「三種神器」を説明するにも、

「三種神器」は、ヲシテ文献によればカクカクシカジカ云々。

と説明すると、 もはや、漢字文献での「三種神器」の解説になってしまうのですね。 情報の受け取り手に取りましては、 ですね。

最低限度としては、「ミクサ タカラ(三種神器)」ぐらいの注意喚起の表記がなされたいものです。

アマテルカミのことを説明しようとして、「天照大神」は実はカクカクシカジカで…。  と、幾ら説いても、それは、漢字文献の「天照大神」の説明でしかないのですね。

このやり方では、第三者が聞いて、偽書をやってるのか! と、判断されてしまう。それで「偽書の秀真伝」です。  この、大問題の根ッ子が、『秘められた日本史ホツマツタヱ』にあったのでした。

              ・

松本善之助先生は、

その反省から、ルビ無しの書籍を作るようにと、

わたくしに厳命なさいますのでした。 それで、完成したのが、

『記紀原書ヲシテ』(上・下)です。下の原文引用は『記紀原書ヲシテ』からです。

Photo_9

原字原文のままに読むと、特殊ヲシテ文字の意味合いが深い意味に添意がなされていて、また、ヲシテ文字の形状からも多くの国語の匂いが付加されている事が感じられます。  参考→ 「磁力の構文の事」 ・ 「添意」の造語の事

古典は、原字原文から離れると、もはや、 簡易参考物にしか過ぎません。

特に、ヲシテの文章には、この事情は、強烈です。

なにしろ、助詞の働きはヲシテ文字の形状に依拠して働くのですからね。

文字の形状を離れたら、文法が見えなくなります。

とっても難解なヲシテ時代の文章です、

文法なくしては文意を読み取れません、特に、さらに難解な『フトマニ』に至っては、文法こそが読み解きのキーになります。

             ・

今からすると、問題点も多い『秘められた日本史ホツマツタヘ』ですが、

あの当時の、早聞きを急ぐ時期では致し方なかったのでしょうね。

でも、  もう、卒業しなくてはなりません。早聞きにはね。

すでに、

ヲシテが「日本語」の源流である事を解明して、

『よみがえる日本語』の出版が成し遂げられています。

ヲシテからの、着実な一歩一歩の再構築だけが、

基礎を築くことが出来ますから。 

  

 

 

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

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なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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2010年1月 5日 (火)

松本善之助先生と、「奉呈本」との出会いのこと。 偽書に陥(おち)いらない為にどうするか? ヲシテ文献「古典」の入門編の書籍の流布についての準備。

松本善之助先生のヲシテとの出会いは、

古書店からの一通の案内に始まりました。

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随分昔の40年以上も前ですと、郵便番号も下2ケタですし、旧住所の表示ですね。

「奉呈本」の本文はこんな感じです。

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2_2

さて、「奉呈本」の上呈の意図は、小笠原長弘さん、正木昇之助さんの添え文に、よく解ります。

Photo_2

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3

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             <「奉呈本・ホツマツタヱ」写本は、

                       池田満がお預かりしています>

ヲシテ文献、この内容は難解です、至って理解が容易ではありません。

現代人にも、解り易く伝えねば、なりませんですが、 ですが、そこには、「誤訳」という、

かえって、真価を貶めてしまいかねない陥穽が大きく口を開いて待ちうけています。ここのところに、常に心を配っておかねばなりません。

             ・

ヲシテ文献の一般への流布は、

とても、気を遣う必要があると言うわけです。  ね。

現在の、現状を翻ってみてみましょう。

故意によるかどうか、 区別、判定も難しいですが、

誤訳の積み重ねで偽書に陥(おち)いる。 そんな、嘆かわしい「秀真伝(しゅうしんでん)も、まだまだ、一掃されずにあります。

真正の道を進むヲシテ文献解明のわれわれとは、峻別な区別を、一線で保っておかねば、なりません、 です。

何故ならば、誤訳の漢字文への直訳で偽書に陥いってしまった「秀真伝(しゅうしんでん)」では、我が国の古代の文明の美しさについて、全くのところ、少しも正常には概説も出来なくなるからです。 これでは、どうあっても、困るのです。 

祖国の美しさを将来の展望に資すること、 これを目的としているわけですから。コトは、大切ですので、慎重に進めなくてはなりません。小笠原長弘さんは、『ホツマツタヱ』の写本のみを残して、考究書・草稿本などは、処分なさっておられたようです。谷川士清の反古塚(ほご・つか)にも通じる御心遣いだったようです。

小笠原長弘さんとは、正反対の

この恣意的だ、ともいいたくなる誤訳の幾多によって、偽書に陥いらせてしまわせようとする運動、 「偽書運動家たち(秀真伝族)」の為せる業(わざ)、直訳の「秀真伝(しゅうしんでん・偽書)」は、どう見ても、一種の国賊に近いモノだと言うべきものだと言うべきであると思うからです。  どうにも、かれらは、おかしいのではあるまいか? と、思います。

どんなに素晴らしいヲシテ時代の事績でも、漢字文への当て付け・誤訳・時代錯誤のフィルターをかけたら、漢字以前の時代の本当のうつくしい「日本」文明は隠され消されて見えなくなってしまいます。 全部が全部、大陸風の奈良朝以降の雰囲気の真っ赤っかに染まりますから。 たとえば、「言霊学」でこう言っているから、云々。「神道(しんとう)」の説明では、こう言っているから云々。 と、講釈を垂れるような、ひどい状況ですね。 どうして、? 奈良朝以降や、江戸時代の近世に成立した概念で、ヲシテ時代の高度な文明が解釈できますか? あり得ない、構造です!

それでの結果、ひどい誤訳で偽書に陥ってしまった「秀真伝(しゅうしんでん・偽書)」と、言うわけです。これでは、『古事記』は駄目だから取り換えしましょうという、根本の原動力を欠くことになってしまいます。このまま『古事記』の世界観のままで行き至ってしまうと、またぞろ、かつての第二次世界大戦の敗戦の焼け野が原の再現になってしまう。そんな二の舞はしたくない! これが、『古事記』の世界感からの離脱を図ろうとする目的です。敗戦の見渡す限りの焼け野が原は『古事記』の世界感によって不幸を引き寄せてしまい、眼前のものとなってしまった悲劇だと、わたくしは、分析解釈しています。さらに、ひどさの輪をかけた誤訳の「秀真伝(しゅうしんでん)」だったら、また、やっちゃいますよ。次の焼けのが原は、前回よりももっともっと悲惨になること、請け合いです。 わたくしは予言します、 『古事記』の世界観のままでもそうですし、誤訳の『秀真伝(直訳・誤訳・偽書)』に行くと、また、焼け野が原ですね。 これを、防ぎたいから、身命を賭して何十年来つとに努力を重ねて来ました。

       ・       ・

一般への提示のモノも、

書籍に作り、印刷・製本・流通するならば、最小に考えても、

約10年の将来の本のイノチ(生命)が予測・保障できなければなりません。

相当に沢山の費用をかけるわけですからね。

           ・

長い、10年余りの、いわば永遠の命の書籍となると、どうしても、

堅い書籍になりますのが、常の事です。

とは、言いましても、

小説などのような、読み本のような、簡易な形体のモノも必要になります。

つまりは、常に要求されるものですが、

ヲシテ文献について、

現代人がザッと目を通して、簡便にもおおよそが解るような、そのようなモノも必要ともいえますですね。

ですが、解明作業の、そもそものまっ最中が今現在も果敢に続行中ですから、

将来10年余りの本のイノチ(生命)を、確約できるものには、

なかなかには、なり得ないのです。

有り余る資金があれば、陳腐化したモノは脱ぎ捨ててゆく事も可能です。

しかし、そんな潤沢な、資金はありませんのが現状です。

資金が潤沢なれば、話は違って来ますですね。

現状の処は、そのようには動いてきてくれてはありません。

何とか、簡便にと、

解り易いようにと、ご案内をしようとしましても、

ヲシテ文献は、とにかくに、漢字国字化時代以来の一般教養を得ている現代人には、

とても、とても、むつかしいです。

そこには、 恐ろしいことには、

ちょっとした、気にも留めないような些細なことでも、間違えてしまいますと、

ほんのちょっとの、小さな路線のズレが、

小さな間違いの程度に挿み起きたとしましただけでも、これが、「秀真伝」の偽書にと、一挙に価値が崩落してしまうと言う恐ろしさを秘めたものなのです、

劣後の、劣化コピーにと、本当に、簡単に極めて陥り易い、

むつかしさ、困難さを、包含しているヲシテ文献ですから、

取扱いに、細心の注意が要(い)るのですね。

   ・   ・   ・   ・   ・

お楽しみの「秀真伝(しゅうしんでん・偽書)」(偽書のお遊び)の、それより、以上を目指す人は、です。

       ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

2010年1月 2日 (土)

松本善之助先生「月刊ほつま」誌のこと。

松本善之助先生の「月刊ほつま」誌の、毎月の刊行は、

毎月毎月が大変な事で、ありましたことと、今更ながらに偲ばれます。

Photo_6

厚さ7cmになります。

「月刊ほつま」誌の、248号全部を合わせて本に綴じた『合本ほつま』(渓声社、平成11年)です。

「月刊ほつま」誌は、昭和49年2月から、平成6年9月まで、延々労々と、血と汗の積み重ねです。

松本善之助先生は、常の利用の図書館が大田図書館である、と、

おっしゃっておられました。

司書の人も、とっても親切だと、おっしゃっておられました。

歩いて20~30分ぐらい。 ちょうど良い運動にもなる、と。

でも、

大病の脳血栓のあとは、なかなか大変でねー、 とも。

Photo_7

まさに、「月刊ほつま」誌の刊行は難業に難行、であったと偲ばれます。

松本善之助先生の歩みを顕彰したいと思います。

Img090

上の文章は、昭和53年のものです。(1978)

            ・

松本先生のご自身のお言葉があります。

『ホツマ古代日本人の知恵』(渓声社)の出版の時のものです。

Img087

中央大学の学内紙に掲載された文章です。

わたくしの精進などまだまだ、足元にも…だと思います。

わたくしは、「出来る事を出来るだけ」

恬然として努力するのみ、と、ずっと考えてきております。

出来ないことまでやるとつぶれちゃいますから。

    参考→ 松本善之助先生の絵と書  

  

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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2010年1月 1日 (金)

ヲシテ時代語を、探すには?  ヲシテ文献を読むためのやり方。「索引」のこと。

明けまして、おめでとう御座います。

新年のお目出度さは、アマテルカミのご誕生の事があって、

こそ、更なるかな、であると存じ上げます。

Photo_2 

  <ご即位のこと、早や、20年、  

    多くの事など、

 私事にも思い返すことが様々な

熱き日で御座いました。

  まことに、心からの、ことほぎのことをを

 真摯に奏上して

感謝お祈り申し上げます次第で御座います。

  ご縁が御座いまして、

  「二重橋」のお酒を頂戴いたしました。

  なおなお、

  「カクの樹」の枝の盛んなる隆盛をと、

  念願いたしております>

  

  

  

              ・

昨年の暮れ以来、ヲシテ文献を読むための国語のこと、

言葉の時代性につきまして、

少し述べておりました。 引き続きまして「索引」の事につきまして、

もう少し触れておこうと思います。

Photo_3

      <「索引」の初期のモノ、皿井寿子さん、池田満作成 

ヲシテ時代の言葉であるかどうか?
あるいは、
漢字の国字化時代以降の言葉であるかどうか?
どうやって、区別するといいでしょうか?

ヲシテ文献は、ヲシテ時代の言葉で読み解かなくては、
偽書製造家の汚名を着せられてしまうからです。いわゆる、「秀真伝」の誤訳族です。
ヲシテ時代の言葉は、何処を見れば良いのか?
簡単です。 ヲシテ文献です。
それは、ヲシテ文献の中で使われている言葉でしたら、ほぼ大丈夫です。
さて、
どうやって、ヲシテ時代の言葉を検索するか?
そこに、強力な味方になるのが「索引
(さくいん)」です。「言霊(ことだま)」なんて言葉は、ヲシテ文献にないことは直ぐに判明します。「索引」ならではです。

                 ・ 
名古屋の皿井さんが、『ホツマツタヱ』と『ミカサフミ』の索引を作って下さいました。
わたくしは、『ミカサフミ』索引に溥泉さんの引用文を追加しました。また、『フトマニ』の索引を作りました。これが、最初のものでした。

Photo_4

             <机の深い引き出し一杯になります
いまでは、デジタルの索引が平岡さんによって製作されています。

「ヲシテ文献の語彙索引」です。

デジタルの強みは、複合語彙の下に付く言葉についても、

一発検出できますことです。 いうならば、10倍力の索引です。

             ・
言葉には、おのずからに時代の匂いが付着して来ています。


詳しくは、浅野信先生の『国語の匂いと音韻』(浅野信、大岡山書店、昭和10年)を見てもらうとよろしいでしょうね。
やっぱり、尊敬する浅野信先生ならではだと思います。
ちょっと前の時代の事でさへ、
ひゃっ? と、思えますですものね。

昭和10年、そんなに年月が経ってはいませんけど、
ちょっとも、今では思えませんような、言葉使いですね。 何といいましても、ヲシテ時代のピュアーな言葉の世界に行きつくのには、 これから、どれ程の大変な工程の仕事量があるか? と 、思いますほどに、身の絞まる思いがいたして来ます。

Photo_5

それ程の、時代変遷の、洗礼の津波とも言える波及力の力が、

常に国語には強烈な波として押し寄せて来ているのが、いつもの事なのですね。

ヲシテ文献は、ヲシテ時代の言葉で読まねばなりません。

ヲシテ時代語は「ヲシテ文献の語彙索引」で検出できます。

その後の、

漢字文献時代の言葉との変化経緯の検出には、

『大言海』『古事類苑』をお勧めいたします。

また、新解明のものとしまして、「各筆文献」「訓点」も有効です。


 

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

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