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2009年10月23日 (金)

何をするかの選択の事。 ヲシテの解明・普及・復旧。 幸せ感のこと。 また、何を守るのか?

あれもしなくちゃ、これも、やらなくては、

と、 思いつつではありましても、

時間には制約され、能力にも大きな壁がありまして、思うほどにはまいりません。

        ・

ひとつ、今、どうしてもやっておきたいことが、

幸せ感についての、現代人に見直しを図りたい事です。

「しあわせ」は最終的にはこころが決めるものですから、物質の多寡には、本質的に相関性が薄いです。

このあたりについて、

ひとつ、本にまとめておきたいと思うのです。 これも、やりたい仕事の一つです。

       ・     ・

死生観の理解において、ベースが違うことにもなりますので、

このあたり、くわしい詳細の事情の説明・解説は、

やはり、一冊の本にまとめなくては分かりにくい分量です。

過去の日本民族の漢字時代の長い歴史から、徴しはじめて、

さらに、漢字以前のヲシテ時代の、

本当の根柢にまで徐々にゆっくり解り易く導入してゆくような、

道行きの本として、

作りたい。

あるいは、どなたか、

作って頂けるとよいかも?

いま、これからの世情を思いますれば、喫緊に必要とされつつあるモノであると思います。

これは、ヲシテ文献の出現に拠りまして、

大きく判断基準の根底の差し替えが起きるわけです。

ですので、

どうやっても作っておく必要があるわけです。

      ∞     ∞

もう一点の事も、

言っておきたいと思います。

それは、

クニを守ると言う事、大切なことです。

さて、論理的に考えてみましたら、 クニとは、一体何か?

守るべきものの、形を、よく知らなくては、

どうやって守れば良いか? 方法論にも行き着きかねる次第になります。

このあたりについて、再検討がどうしても必要な事ではないかと、

私には思えております。

つまり、

2000年近く、漢字を国字として使って来ておりましたから、

漢字文献上においての意味しか、国家把握のことが実現出来得ていませんでした。

漢字文献では、 漢字が来てから、「日本」に文化が発生したという認識です。

それが、長い年月の事です。

もう既に、ヲシテをご存じのお方はご承知でありますように、

記紀には、

極めて大きく誤訳がありまして、さらに、

翻訳抜け個所の多さは目を覆わんばかりな、ひどいありさまです。

つまり、

漢字文献だけによる「日本」の理解は、根底においての大きな誤りがあったのでした。

それを、今更に、記紀の理解だけで「日本」を既定するなどと言う、片手落ち。

何を守るか?  守るべき本体についての事が不明では、 何ともなりませんです。

この、理解の間違いは、100点満点のテストに換算しましたら、

この一問の誤りで99点を失うほどの大きな誤った回答です。

ヲシテ文献の出現に拠りまして、これまでとは、採点の配分に大きな変化が齎されようとしています、からです。

          ・

国家把握と言う、

何を守るべきか?  の、根拠に関わる認識において、

真っサラに考えなおすほどの見直しが必要である事が、

もはや、明白な事実にと、なりましたことが、眼前になりましたです。

女性天皇容認論など、困った事です。ここは、単に歴史を考える上においてのベースの漢字文献類をちゃんと見ていただけただけでも、解る事ですね。これさへもが、不理解ということなれば、国政に信任を託するには無理と言うモノだと思います。 この判断は、どの様に考えましても、しょうが無き事でありましょう。『古事記』の世界に戻るのは、長い長い先々のことごとに、再び大きな不幸を呼び込むだけなのですから。

わたくしは、『古事記』的世界へのいわば逆進的な進み方には、逆の方向性に棹さしたいと思っています。

これは、本来のうつくしく楽しい「日本」精神を再構築するためであるからです。

   

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。 

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

2009年10月19日 (月)

安心立命を得る、 哲学的な価値 『縄文人のこころを旅する』

本物の古典なるヲシテ文献には、

いろいろな価値があります。 おそらく、その、大きな価値有りのポイントとしては、安心立命を得るモノとしての、哲学書の位置です。

        ・     ・

折角に、豊かさを享受している現代人。

この、今現在の豊かさは、平安貴族の暮らしよりもほとんどの場合、

現代人のわたくしなど庶民でさへ、何倍も物質的に豊かです。過去何千年の歴史を通じて、

今現在ほど、豊かなる時代に遭遇している事はありません。

それで、 なのに、 死刑囚顔のつまらなそうにしている人が絶えないのは、

ちょっと、 根柢の人生哲学把握に行き違いがあるのでは?  と、思います。

僭越ながら、

『縄文人のこころを旅する』(展望社、池田満)には、

ヲシテ文献の安心立命に関するテーマでの詳述をしています。

きっと、きっと、 この、 その、大きな価値に安心立命を得るモノとしての、哲学書の位置を、お解り頂けると、思います。

人生行路の座右において頂いて良いか、と思います。

きっと、幾分かは死刑囚顔の表情が和らぐだろうとおもいます。

          ・

出版社の展望社では、

この『縄文人のこころを旅する』を一番多くの初刷り部数で作って下さいました。

現代人に、どうしても必要だとの、思いが伝わったのでありましょう。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。 

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

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