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2009年9月 4日 (金)

ヲシテを、カタカナ・平仮名にした際の問題点

ヲシテ48文字、

カタカナor平仮名にしたらいいじゃないか?

       ・

良く言われる事です。

問題点が幾つも包含されていますです。

カタカナor平仮名への単純変換は、問題多しです。

まず、

思い浮かべるのは、

「ゐ(ヰ)」 「ゑ(ヱ)」の問題ですね。

カタカナor平仮名では、「wi」 「we」

の音韻に相当します。

しかし、

ヲシテでは、「yi」  「ye」を本来は表しているのです。

でも、この、「yi」  「ye」を表すようなカタカナor平仮名は、

ありませんです。

つまり、ヲシテの 「yi」  「ye」の音韻を「ゐ(ヰ)」 「ゑ(ヱ)」で表記するのは、

明らかに誤記に該当します。

キツク言うなれば、改竄とも、云えば云えるような範疇ですね。

       ・

次に、思いつきます問題点は、

「お(オ)」と、「を(ヲ)」との所属行についての問題です。

漢字国字化時代以降、とみに「お(オ)」と、「を(ヲ)」の混乱はその度合いを増しまして来ていました。

定家仮名遣いを見ても、その、混乱ぶりは涙ぐましい限りです。

それを、

本居宣長が、伝統的な所属行の理解を反転させましたです。

それは、

いわば、違うのでした。

ヲシテの用例の勘案からすれば、本居宣長以前の伝統的な見地の方が、

より正当であったのでした。

「やまと ことは」のヲシテによる新解析で新たに発見できました。

詳しくは、『よみがえる日本語』をお読み下さい。

ところが、

今現在に至っては、宣長流が全盛になってしまいましたので。

ここに、

ややこしい、事が起こっています。

助詞の「を(ヲ)」を

あ行・わ行、いずれに所属するとみなすか?

この問題について、

カタカナor平仮名への単純変換では、より一層の混乱に拍車をかけるばかりです。

この意味において、ゆゆしき問題だと言えるわけです。

       ・      ・

さて、

さらなる、

根本的問題が、控えます。

ヲシテが縄文時代にそもそも、現にあって、

我が国の「ことは(言葉)」の根底を構築した、

という、

根幹の理解に付いて、

根拠であり、眩いばかりの高貴さを、

これを、葬り去ろうとする、

そのような、

あやしげな、意図に操縦されているのではなかろうか?

根底が定まらなかったら、いつまでたっても、

100000年たっても根無し草です。

ここに、定礎を定めるべし。

この思いが、崩れては何にもなりませんです。

根底が崩れたら、

積み上げたモノの全部が崩壊してしまいますです。

        ・

「やまと ことは」は、ヲシテの形状イメージが、

造語器としてはたらいて、

安定詞(名詞)の語意の意味の形成をしました。

また、呼求詞(動詞・形容詞・助詞など)のはたらきの、

作用の仕方もヲシテの文字形によって規定されました。

この相態性原理を根拠づける根っこはヲシテに有ります。

ヲシテを、「やまと ことは」から切り離したら、

千数百年間彷徨い続けたように、

あわれな、

根無し草生活からの脱却が出来ないままになります。

この意味においても、

折角のヲシテを、カタカナor平仮名への単純変換をするなんて、

余りにも酷(ひど)い亡国の暴挙といえますでしょう。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

2009年9月 3日 (木)

本居宣長、谷川士清、そして梅沢伊勢三

もう、かれこれ、20年以上にもなりますか。

伊勢の地に移り住むようになった時のむかしには、

本居宣長と、谷川士清(たにがわ ことすが)とを、

同じように尊敬してました。

        ・

それから、20年以上の時を経て、

いまでは、

本居宣長に対する尊敬の念を「1」とすると、

谷川士清に対する尊敬の念は「10」ぐらいにと、

変化して来ました。

かわるものですね。

    ・        ・

そもそもは、

ヲシテ文献と言う、金字塔の文献があり、

竹でそれを覆い隠した『日本書紀』があり、

さらに、そこにアルミ金でメッキした竹光の『古事記』があったのですね。

かく申します、根拠は、

『定本ホツマツタヱ』にて、記紀の原書がヲシテ文献にあることが、

証明できている事。

また、

梅沢伊勢三『記紀批判』にて、

『古事記』は『日本書紀』をアレンジしたものである事が、証明されているからです。

ここに、

『古事記』の文献自体の竹光アルミ金メッキのことが、まごうことなき、

白日のものとなってしまったためです。

         ・

『古事記』自体の価値が、たそがれてしまった以上、

どんな美辞麗句を並べてもむなしいですね。

このあたりの事情が、

魯鈍のわたくしには、20年近くもかかってやっと解って来ましたのでした。

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偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

2009年9月 2日 (水)

『十年先を読む発想法』西澤潤一(講談社)

いつも、

変な事ですが、トイレには本を持って入ります。

60Wの電球を付けてます。

笑われてます。

     ・

西澤潤一『十年先を読む発想法』(講談社)暫くぶりに読みました。

おもしろかったです。

1985年の出版ですね。今は、文庫本もあって、1円本になってますね。

でも、きらめきの輝く精神で尊敬してます。

もう、30年以上の前の事ですかね?

月日は過ぎれど、

変わらぬことは、一向に変化無き事だと思います。

それはそうと、

今になってやっと、

西澤先生のたいへんなご気苦労が、

心の底から実感できました。

なにはともあれ、

体験が、

本当に大切なことだと思い知りました。

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漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

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2009年8月30日 (日)

「た・れ・る」ということ。

明治の維新にかけて、

沢山の偉人が出ました。

吉田松陰などは、その、5本の指に数えられるかもしれません。

国難の時代には、どうあらねばならないか?

その事を深く考えて一身をささげてもなおやり抜こうと、

   

志す人が出るものです。 潔(いさぎよ)い志しだと思います。

これは、「ろ」のヲシテの意味・理念である、と言えましょう。

       ・

江戸時代の末期には、

中国のチャイナと呼ばれていた、大文明国が、

西欧列国の前に無残にも食いちぎられていく様を、

眼前の動く画像として、当時の日本の人が見、危機感に攻め立てられたのですね。

       ・

さて、

現在にも、

それ程にも違わないような、

とも云えるような危機は、大きく目の前に迫って来ていますですね。

見えないと言う人は、

見るのが怖いと、

現状回避のスタンスに籠もってしまっているような事のような、

そんな、事なのではないでしょうか?

世界のあっちこっちでの、

対立と小競り合いは毎日止むことがありません。

     ・    ・    ・

さて、かの時代の危機において、

吉田松陰のなにが素晴らしいか? というと。

かれは、どんな状況にあっても、

逃げる事は、決して決してしないのでした。

生命をかけて貫く。

信じたものには。

です。

      ・       ・

吉田松陰は潔(いさぎ)よいです。

綺麗ですね。  生きざまが。

それとは、異なるのが、

理想にも目覚めず。  他人の重箱の隅の足らざるをほじって溜飲を下げようとする、

これが、「はたれ」の生きざまなのですね。 これは、美しくありません。

足らないところを、足してやるのが、親切ですね。

あなたの方が、より良いならば、

あなたの本を作れば良いではありませんか!

それが、本当に国のために処する心構えです。

    ・      ・      ・

「トのヲシテ」の理念とは、

ちょっと足したら、もっと良い。

その、プラス思考の良い循環をもたらそうとすることにあります。

その、正反対の、こころの動きが、

他人の不幸を喜ぶ心ですね。 「はたれ」です。

まったくの、正反対のこころの原動力学です。

美しくない方の、方向ですね。 これは、醜いものですね。

この、悪い方を「たれる」と言います。

現代に言う、「ぶーたれ」、とか「ぶす」とか言う言葉の語幹と同一と言えましょうか。

ヲシテ時代の、

「はたれ」の語源に近々に近い意味です。

此処のムヤムヤを去ると、

とっても綺麗な青空が見えるのですね。

先は、これからまだまだ長い事で御座います。

よろしくお願い申し上げます。

  

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

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