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2009年12月 4日 (金)

創造的な解明のこと、「トヘラ」は何か?  「ヘラ(願望)」か?

「トヘラ」のこと。

前々から気になっていました。

Photo

「トヘラ」を植物の名前として考える、と、どういう働きが、あるのか?

辞典など枝や葉は、折ると臭い、とあるのですが、

実際はちょっとも臭くありません。

実がなりました。 ので、実が臭いのか?  見に行ってきました。

Photo_2

はじけて直(す)ぐの実は、指にペタペタしますが、臭くはないです。

小鳥も好きのようです。

ハタレのアメヱのミチが、どうして? ここに、ハウチワで、ぎゃふんとなったか?

「トヘラ」植物説が、どうも、頼りないです。

おまけに、

「トヘラ」は、ヲシテ文献にほかの個所には1例も出典なしです。

            ・

Photo_3

                     <御塩殿>

宮本輝さんの『異国の窓から』(角川文庫、初版は1988年光文社)が、目に留まりました。女房が買っておいていた本でしょうね。なんとなく見ていました、ら、こんな文章がありました。宮本輝さん曰く。

「創造というものは、おそらく、それまでどうしても見えなかった何物かが、ほんの少し見えた瞬間から始まる。(創造)は、人それぞれ、(希望)や(成長)や(闘志)や(真の教養)などに置き換えられるだろう。」(54P)

とっても良い言葉ですね、

是非とも、引用させてもらおう、

知って欲しいと、そんなキラキラしたまばゆい言葉であるとおもいました、

Photo_5

「トヘラ」でなくて、

「ヘラ」(願望)の意味の「べら」と、解釈すると、

これはこれで、文脈が通ります。

     ・     ・     ・

Photo_6

               <御塩殿の向こうに海を望む>

            ・

Photo_7

             <宇治橋に明かりが灯りました>

ちなみに、

「やれ」の用例は下記の通りです。

この、8アヤの「ヤレ」は壊れることを意味していましょう。

Photo_8

また、「ヘラ」の出例個所も示します。

Photo_9

Photo_10

Photo_11

Photo_12

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。 

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

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コメント

いつもありがとうございます。

「かみはにぎてに うつつちの
 やれてとへらの はうちわや」

ですが、「へら」が願望の「へら」だと
すると、助動詞ではなく、名詞という
ことになります。名詞の「へら」は
用例上もありますので、問題ないと
思います。(おのがべら、など)

問題は、「やれ」ですが、用例では、
「遣る」の意味ばかりではないでしょうか。
「て」が気になります。


さて、文脈全体の意味合いはわかるような
わからないようなです。


「かみ」が、「にぎて」にて、
「うつつち」の「やれて」と「へら」の
「はうちわ」や

「かみ」が「にぎって」「うった」
「つち」が「やれて」と「へら」の

「かみ」が「にぎて」にて、
「うった」「つち」が「やれて」・・・


どう繋がるのでしょうか。特に問題は、
「と」と「へら」の関係です。
別の言い方をすれば、「て」はなぜ必要
なのか、です。

「やれ」との「へら」の

なら、「やれーー」と願望を込めた「はうちわ」だった。

と意味がとれます。


「にぎて」は動詞なのか名詞なのか
「に」は、ポイントを指す「に」か、手段などを表す構成の「にて」の意味か
「うつ」は動詞なのか名詞(の一部)なのか
「つち」は多分「槌」なんだと思うんですが「土」かも


「にぎて」にて「うつ」 は変な感じ。
「にぎて」にて、「うつ」「つち」、
この場合、「う」は大きいでしょうか。
「やれ」という動詞は何と組なのか、「にぎて」か、「つち」か、独立語か、


こんな感じでぐるぐるめぐって、
訳がわからないのです。お助け下さい。





「やれ」の語意の件ですが、
「やれ」を接(つ)ぐ。(ホ21-51)
 がありますので、「壊れ」の意味として、
問題ないと思います。

 
 
 
 
おお、ありがとうございます。


そうすると

「かみはにぎてに うつつちの
 やれてとへらの はうちわや」

は、

「かみ」は「にぎて」にて、
「うつ」「つち」が
「やれ」たにて、と、
「へら」の「はうちわ」や

ですか。


にぎてで打つ槌が、壊れたので、
(相手が倒れる前兆だ)との願望をこめた、
「はうちわ」で敵を指し示したところ・・・


なるほど、です。



「とへら」植物説は、どうも、
ボツのようです。
合田さんも面白い説を考えておられますね。
とにかくにも、これから、
植物説を外しての理解方法の試行錯誤だと思います。

これだ!
と、 ひらめいてから、
一晩二晩寝ながら考えて、
時間を置いてから、まとめると、良い感じのモノが出来るのが、
これまでの、私の経験です。


「縄文哲学」少し、書きました。
まだまだ、何においても一里塚の程度ですが。
http://www.zb.ztv.ne.jp/woshite/page21.htm

 
 
 
 

合田さんの「とへら」の説明を
元にすると、こんな感じになりませんでしょうか。

「はたれつちもて かみおうつ
 かみはにぎてに うつつちの
 やれてとへらの はうちわや」

「はたれ」が「つち」を「もって」
「かみ」を「うつ」
「かみ」は「にぎて」にて
「うつ」「つち」を
「やれて」
「とへら」の
「はうちわ」や

はたれが、槌をもって
カミに打ちかかってきた
カミはニギテで、
打ち防いだところ、
槌が壊れて
まったいらな
はうちわのようになってしまった

その結果、ハルナは胸騒ぎがして、
逃げ出したところ、捕らえるに至った。

こういうので、どうでしょう。
結構すっきりしたように思います。

「とへら」=大きい石の表面が平らになっている状態 とすると


と・・・力を加えてハニの状態になっている
へら・・平らな

へ・・・力が広がって形が変わった
ら・・・四方八方に広がっている様


で、語彙としてもヲシテ図象で無理がありません。

この文脈では、槌を防いだ結果、槌が壊れているので、「ト」というのは、力の結果というのを表しているとしても文脈上無理がありません。「ヘラ」は、平らな「ハウチワ」を形容しています。槌が壊れて「ハウチワ」状態になったとすると、それを形容するのに「トヘラ」というもの道理です。

具体的なイメージとしては、

ハルナが、大きな木槌で殴りかかる
カミが、それをニギテで防いだ、
すると、槌が真っ二つに割れてしまった。
もはや、槌ではなく、うちわが棒についている「ハウチワ」のようになってしまった

こんな感じの乱闘シーンではないでしょうか。

あるいは、

カミは、ニギテで防戦したところ、
木槌は、地面をたたき打つようなことになり、壊れて、打つ面が平らにぼろぼろになった。まるで、ハウチワのように。

でしょうか。

武器が壊れて、「やばい」というような状態に追い込まれたハタレは、逃げ出そうとしたが、ひっとらえられた。






大体そんな感じで、いろいろ考えて行くと、見えて来ると思います。


縄文日本の文明の素晴らしさを、常に実感します。

いま、『校註ミカサ・フトマニ』の品切れで、改版をしようと、苦悶の日々です。
まさに、脳が汗をかく雰囲気と言えますか。
へとへとです。
そうしましてたら、ふっと、ある時、
アイデアが浮かびます。
アマテルカミの御詠みになられたおウタであろうか。と思えるものもあります。意味が深く尊く言葉が難しいです。

目指すは、縄文日本文明のヲシテ時代の全貌解明です。ヲシテ文献全体を通して、納得できる世界を遡及創造的に理解しなくてはなりません。 何と言っても、『ミカサ』欠伝部分のあることが、コトをなおさらに困難にしていますが、やってゆかねばなりませぬ。

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