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2009年12月15日 (火)

「富士谷成章」言葉の時代性のこと。 ヲシテ文献を読むには、ヲシテ時代の言葉で。

言葉には、時代が自ずからに付いています。

たとえば、和歌では、富士谷成章(ふじたになりあきら)さんが、主張しています。

『あゆひ抄』 (安永2年、1773)

Img083

『六運

開闢より光仁天皇の御代まで(780)をおしなべて「上つ代」と言ふ。その後より花山院の御代まで(985)250年を「中昔」と言ふ。後白川院の御代まで(1157)272年を「中頃」と言ふ。四条院の御代まで(1241)84年を「近昔」と言ふ。後花園院の御代まで(1463)222年を「をとつ代」と言ふ。その後を「今の代」とす。』

光仁天皇以降にしても6群に区別できると言うのです。

光仁天皇(49代)の次の天皇さんが、50代桓武天皇の平安遷都です。

京都人の富士谷成章は、京都遷都以降についてが興味対象なのですね。

京都がミヤコ(首都)になってから、江戸時代の中頃に至るまでの期間に6群の言葉の時代性の区別がある、と、富士谷成章さんは分析しました。

わたくしたちは、とっても古い文献を読もうとしてます。

ヲシテ文献は、漢字国字化時代以前なのです。

このため、

ヲシテ文献に接っする場合、

時代の古さをよく区別しないといけません。

富士谷成章さんのいう「今の代」のような、

極めて新しいというべきの、

江戸時代の言葉をもって当て付けするような解釈で、ヲシテ文献を読むと、いけません。

ヲシテ文献を読む時は、ヲシテ時代の言葉で理解しましょう。

さて、そして、

ヲシテ文献の文章の文脈などの内容を理解した後に、

現代人に解説する時には、現代の言葉をうまく使って説明しましょう。

            ・

ヲシテ文献では、

二つの時代の言葉を、使いこなすことが重要ですね。

      ○ ヲシテ時代語 (漢字以前の時代の言葉)

      ○ 現代語 (現代人に説明する時に使う)

それでです、ヲシテ時代が終焉を迎えてから以降、今現在の現代語に至る間の千数百年の時代の言葉を中抜きしましょう。

富士谷成章の言う「六運」での光仁天皇以降の時代範疇はすべて中抜きの対象になります。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

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コメント

池田先生

今日のお言葉、心に刻みました。
本当に有り難うございました。

なんとか文献を皆さまにご紹介しようと・・・
その切っ掛けになるべく、努力してはおりますが、
よくよく心して原文を勉強した上で、現代語で綴らねばと、
改めて心を引き締めた次第です。

今日の記事を、
ご忠告と、お励ましと思い、
これからも精進致したいと存じます。

 
 
 
 
 
自戒の念も含めて、
つねに、思うようにしております事柄です。
縄文時代への遡及は、本当にむつかしく困難なことです。
しかし、真面目にヲシテ文献に取り組むわたくしたちの目的は、クニの再建を果たしてゆくことですので、
頼(たよ)んない緩みがあると、のちのひとに笑われてしまいます。
わたくしたちの能力不足については、のちの人も割り引いて考慮してくれることでしょう。
志しだけは理解してもらえる、こと、が美しいことではあるまいか?
と、思って居ます。

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