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2009年12月29日 (火)

松本善之助先生の絵と書を、幾つか。

松本善之助先生の、絵に、「いのち」の白菜がありました。

Photo_3

キャベツと、玉ねぎも描がいておられました。

           ・

また、

とっても古いモノで、探求の初期の頃、

最上川でミソギ(禊ぎ)をなさって、

それから、アワうたを、お記るしになられたモノがありました。 

Photo_4

ヲシテの文字体も、初期の雰囲気です。

昭和43年は、西暦では1968年ですか。

最上川のどのあたりの上流だったのでしょうか?

あの時に、お聞きしとけば良かったでした。

真剣さを、わたくしに伝達為されたかったのでしょうね。

             ・

ウタもありました。

Photo_5

「世のために おのれをすてて

 いたつくが 大和をのこの

 生がひにして」

昭和53年は、西暦では1978年ですね。

松本先生の脳血栓の大病以前のご気性は激烈でした。

 未年生まれの、1月誕生です。

わたくしも

 未年生まれの、1月誕生です。

36年遅れですが。

西洋占星術の区切りでは、

松本先生は「うお座」。

わたくしは、「水がめ座」。 それで、少しだけの違いがあるのでしょうか?

             ・

季節は違いますが、

「チマキ」です。

Photo_6

「イツノチワキニチワキテ」

       サインの「ヨ」は、

      善之助先生の、読みの「よしのすけ」の「よ」です。

             ・

また、次も季節外れですが、

Photo_7

「         やよいなかより

 かげろひて  なえおひそだつ」

    参考→ 「松本善之助先生のお顔写真」

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。 

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

2009年12月24日 (木)

『フトマニ』の「しその」の項目。 縄文哲学の精華。

ヲシテ文献、それも『フトマニ』は難しいです。難解です。

品切れ中の『校註ミカサフミ・フトマニ』の、改訂に際して、鋭意努力中です。

原文は『記紀原書ヲシテ』の下編に開示していますので、そちらをご覧願います。縄文・弥生時代にまでの遡及解明には、とにかく、時間を必要とします。ご理解のほどを…。

『フトマニ』の解明の事、

やっと、また、ひとつ、解けました。

「しその」の項目です。

Photo

「し そ の

しのそのは つきの 

まひく まめやかも ゐも

がめくみの かてや

つ ら ん」

ここでの、「つきの こま」が殊のほかに難しいのです。

「こま」をどうしても「駒(馬)」に連想してしまいます。

では、それでは、ウタの全体の意味がうまくとれません。

1っ週間こればっかり夜も昼もかかって、今回、やっと目処がつきました。

前回のは、至りませんでした。申し訳ありませんです。

解明の提示は、『校註ミカサフミ・フトマニ』の改訂・改版に於いて実現の事とさせていただきます。

どうやって、現代人に分かり易く表記できるか?

これから、もうひとつの、難行(なんぎょう)が待ち構えています。128の項目の全体のバランス像の事もありますから、なお、困難です。

今回の「しその」の項目の新解につきまして、ひとこと、

ヒントを申し上げますれば、この、ウタは2句切れの文章である、

と言う事に尽きます。 文法から行かないといけませんですね。

             ・

Photo_2

                    <明けの空>

ヲシテ文献は、まさに、縄文哲学がびっちりと、

網の目のように編み合わさっていますね。

『フトマニ』は、際立っての精華であると思います。

この、深遠な縄文哲学は、

『ホツマ辞典』を何回かお読み下さってから…、

でしょうね、本当の理解にすっと行けるのには。

「すやま」の茶碗です。

Photo_4

     絵だけですが、一服どうぞ。

お茶は、長命の妙薬のようです。

  大徳寺の高名な僧のお方は高齢の美しさがすばらしいと、思いまして、

      それで、真似をして若い頃からずっとお茶をいただいています。

Photo_3

 お茶は、柳桜園さんから、もう20年来送ってもらってます。

いつも、あんまり高価でなくて美味しい「初昔」です。

濃茶に練っていれても柳桜園の「初昔」はおいしいです。

それとは、また、別ですが、

食後には番茶を煎じた「刈番茶」が、常です。

これは、鉄釜で丁寧に炒ってあって、とても、お安くて美味しいです。

クセになる美味しさですね。

   長寿での活躍→ 物集高量さん

       「フトマニ茶碗」→ 「もつる」

    文書の形    → 「フタ(札)」とは?

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漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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2009年12月21日 (月)

ヲシテ文献を解説する人たる条件は、ヲシテの読み書きが出来る事。

ヲシテ文献にはじめて、触れると、

これまでに培って来ていた常識でとらえようとします。

それで、「秀真伝」の罠(わな)にほとんどの人がハマってしまいました。

          ・

ヲシテ文献は、漢字以前の文章ですから、

漢字以前の言葉で読み解いて行かなくてはなりません。

この頃、現在にも、ヲシテを読み書きできない人が、

解説したりしてます。  そんなのは、すべて、除外して下さいませ、あなたの、判断基準からは、とお願い申し上げます。 言うのは勝手で、止めようもありませんから。

あなたが、ヲシテ文献の事を知ろうと思って下さいましたら、

まずは、聞く相手先の人に、『あなたは、ヲシテの読み書きが出来ますか?』 

と、聞いてからにして下さい。

そして、相手が、『はい』と答えたら、

もうひとこと訊(き)いて下さい。

『ヲシテの特殊文字があるそうですが、どう言う区別がありますか?』

そして、相手が、『それは、こうこうの云々のことです』と正しく答えたら、

もうひと押し、聞いて下さい。

『ヲシテ時代にもとからあった、特殊文字と、

漢字時代になってから発生した特殊文字には、どういったモノがありますか?』

そして、相手が、『ヲシテ時代にあったものは、かくかくしかじか。

また、漢字時代になってから発生したと考えられる特殊文字は、これとこれらのグループのモノでしょう』

と答えたら、その人に、ヲシテ文献の事を聞いてもらって大丈夫でしょう。

           ・

ちょっとかじりで、怪しげなことを、言う人が続出しています。

どうか、

くれぐれも、ヲシテの読み書きの出来ないような人、

そんな人には、ヲシテ文献の事を聞いたりしないで下さいませ。

 

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2009年12月15日 (火)

「富士谷成章」言葉の時代性のこと。 ヲシテ文献を読むには、ヲシテ時代の言葉で。

言葉には、時代が自ずからに付いています。

たとえば、和歌では、富士谷成章(ふじたになりあきら)さんが、主張しています。

『あゆひ抄』 (安永2年、1773)

Img083

『六運

開闢より光仁天皇の御代まで(780)をおしなべて「上つ代」と言ふ。その後より花山院の御代まで(985)250年を「中昔」と言ふ。後白川院の御代まで(1157)272年を「中頃」と言ふ。四条院の御代まで(1241)84年を「近昔」と言ふ。後花園院の御代まで(1463)222年を「をとつ代」と言ふ。その後を「今の代」とす。』

光仁天皇以降にしても6群に区別できると言うのです。

光仁天皇(49代)の次の天皇さんが、50代桓武天皇の平安遷都です。

京都人の富士谷成章は、京都遷都以降についてが興味対象なのですね。

京都がミヤコ(首都)になってから、江戸時代の中頃に至るまでの期間に6群の言葉の時代性の区別がある、と、富士谷成章さんは分析しました。

わたくしたちは、とっても古い文献を読もうとしてます。

ヲシテ文献は、漢字国字化時代以前なのです。

このため、

ヲシテ文献に接っする場合、

時代の古さをよく区別しないといけません。

富士谷成章さんのいう「今の代」のような、

極めて新しいというべきの、

江戸時代の言葉をもって当て付けするような解釈で、ヲシテ文献を読むと、いけません。

ヲシテ文献を読む時は、ヲシテ時代の言葉で理解しましょう。

さて、そして、

ヲシテ文献の文章の文脈などの内容を理解した後に、

現代人に解説する時には、現代の言葉をうまく使って説明しましょう。

            ・

ヲシテ文献では、

二つの時代の言葉を、使いこなすことが重要ですね。

      ○ ヲシテ時代語 (漢字以前の時代の言葉)

      ○ 現代語 (現代人に説明する時に使う)

それでです、ヲシテ時代が終焉を迎えてから以降、今現在の現代語に至る間の千数百年の時代の言葉を中抜きしましょう。

富士谷成章の言う「六運」での光仁天皇以降の時代範疇はすべて中抜きの対象になります。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

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2009年12月12日 (土)

閑話休題。   「いやまひ かえす あくらいし」。  時雨煮のこと。

「いやまひ かえす あくらいし」

     (アマテルカミを尊敬する事、

           今にまた再び、思い起こすことが出来る、あぐら石)

                    ( 『ホツマ ツタヱ』 36アヤ -  30ページ (9318) )

アマテルカミのご由緒の深き石です。 おそらく、お座りになられておいでの事が多かった石なのでしょう。

Photo

何をアマテルカミがお考えになられて、お座りであられたのか?

このことを、よく、想います。

このところ、

『フトマニ』の解釈に脳味噌がクタクタだからですね。

             ・

石巻の回転すし屋で、味をしめてから、

回転すしによく行きます。 

安曇川でも、ほとんど回転すしでした。

普段の行きつけは「くら寿司」です。

ここは特に良くて、

保存料や味の素系のものなどの添加物が無添加ですので、

食べた後のどが渇くことがありません。Photo_2

わさびを、自分で付けますので、香り良くって、良く効きます。

あたまから湯気が出るほどになりますので「くら温泉」なんて言ってます。

高級過ぎるものより、「くら寿司」がいいですね。

アマテルカミもおっしゃっておいでのように、元気で長生きが一番ですから。

わたくしも、そんな事を言うのがもはや不自然でもないような年齢になっちゃいました。

でも、気持ちは、まったく変わらず、若者の好奇心旺盛状況です。

              ・             ・

女房が、時雨煮(しぐれ に)というのは、どういうわけなのか?

と、聞いて来ました。   佃煮なら、尼崎の佃島の由来ですから解りますが、時雨は何でしょうね?

スーパーで、子年魚(こ あゆ)の時雨煮があって、珍しく添加物ゼロだったのでした。これを買おうかな? としての事でした。見るにも、美しい琵琶湖産の子年魚(こ あゆ)の時雨煮でした。3パック買い求めました。添加物が含まれてあると、わたくしはまずほとんど食べないからです。

どうして? 時雨(しぐれ)なのか?

訊かれましても、

良く解りませんので、『日本国語大辞典』が一階においてあるので見たら?

と言っておきました。

ちゃんと調べた女房が、

何だかよくまだ解らないと言います。

そこで、

『大言海』を見ましたら、氷解しました。

10月頃の時雨(しぐれ)の時期に、桑名のハマグリが美味しいので、これを煮付けて保存食にしたもの、

それを特段の美味として時雨蛤(しぐれ・はまぐり)と呼んで珍重していたものから来た名称だったのでした。

さすがです、『大言海』大槻文彦さん。

巨大な冊数の『日本国語大辞典』では、名にしおうは図体(ずうたい)ばかりで、知恵が十分に巡ってないのですね。

では?

その先、

「しぐれ」とは、どう言った意味内容であるのか?

それは、ヲシテ時代にまで遡及して初めて理解可能になるのでしょうね。

ヲシテの解明をもっと進めてからの仕事ですかね?

これも、これこそが大きな仕事です。

大槻文彦さんの上をいっちゃいますことになるわけですから。

            ・

ちなみに、「しくれ」は、2か所に典拠があります。Sikure_4 

これがまた、「しくれ」の「し」は、『フトマニ』の「あいふへもをすし」の「し」にも、意味が共通していますのですね。

ちょうど、「しくれ」は、今の季節です。「ミ」の季節です。温かさのカミの4本がすべて地中にもぐった状態です。それで、ヲ(温かさ)のカミ尽きて、カンナツキです。 だから、「し」が「く」の「れ」です。

寒い季節になって、身体を温める食物がよいので、ハマクリなどいいわけですね。オオナムチは、「ヌルテ」を焚き火にしてモチヰ(餅)を皆にご馳走しました。(ミカサ146p、11571) 今日の琵琶湖の小年魚のしくれ煮はとっても美味しかったでした。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

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2009年12月10日 (木)

『古事記』の世界観。 わたくしの戦争体験。

半籐一利さんが、ラジオで、ご自身の戦争体験を語っておられました。空襲後の火炎の中での隅田川の水中では、水面がどっちだか分らなかったそうです。

さて、昭和史の中では、幾つもの良くない選択を積み重ねてしまったのか?

これが、戦争への一里塚だったようです。

世界からの孤立方向にむいてしまったのは、なぜか?

ここに、『古事記』世界観が強く作用していたと、わたくしは分析しています。

            ・

よく、お前は昭和30年生まれのくせに、戦争も知らないくせに。 よく言うな。  と、

言われますが、

わたくしの、出生自体そのものが戦争体験なのです。

父は、体力が弱かったので内地和歌山で守備にあたっていまして、命拾いをしました。

母は、結婚1年で戦争未亡人になりました。夫の乗った戦艦がフィリピン沖で撃沈されたからでした。敗戦後、乳飲み子を抱えて苦労する母に、幾つかの縁談を世話して下さる方があって、そのなかから、父を選んだわけでした。その選択理由は至って簡便でした。連れ子あって地味な方がいいだろう。

それで、3人兄弟ですが、長兄は母の連れ子、次兄は父の連れ子でした。

わたくしの出生自体が実に不思議だと、つねに、子供の頃から聞かされて来ていました。あの戦争が無かったら、あなたは生まれてない、と。それで、あの戦争とは何だったのか? 生きるとは何なのか? 私の、生きる上でのテーマでした。

母は、茨城県出身で、大阪に出て来ていました。祖父の事業のとん挫で、兄弟そろって大阪に来たのでした。時代の流れで、手広くやっていた人力車の商売が成り立たなくなったのでした。そうこうするうち、戦争もひどくなった頃に、母は尼崎の農家の一人息子に嫁ぎました。下関まで、一度だけ赤ん坊を見せに行ったのが最後だったそうです。敗戦直前には、農作業の帰り道にアメリカの戦闘機に銃撃され、30センチほどの目の前で銃弾が土煙を上げるプスップスッという光景が忘れられない、恐怖だった、と、何回も聞かされました。

半籐一利さんも、子貝川の堤防で鰻取りの帰り道に同じような経験をしたそうです。ラジオで聞いて、わたくしの母の話を思い出しました。

半籐一利さんの『昭和史』は、とても良い本だと思います。

是非、ご一読為されて下さいますよう、強くお勧め申し上げます。

            ・

西欧の近代生産の革命手法を取り入れたのに、

どうして、焼けのが原にまでなってしまったのか?

国際連盟の脱退は、軍部だけでなくて、新聞論調など世論の方が強硬だったようです。

幾つもある選択肢の中で、神がかり的な唯我独尊の選択を重ねて行った結果、やがての、敗戦の焼けのが原でした。

       ・         ・

『古事記』は、ちょうど、当時の中国の唐における天壇思想に対抗するために作られた書籍です。あちらが、「天」からの統治権の授与をいうなら、こちらも、同等にする必要に迫られたのでした。

『日本書紀』は、神代巻(神代の巻き)は、一書にいわく、という、参考典拠が羅列されていますので、一貫した話になっていません。それでは、天壇思想に対抗できないです。

これが、『古事記』の世界観が明治期の西欧文明流入期にフィットした理由です。

本来の「日本」はお互いの存立を尊重しつつ、より良い方途を探りだす精神であるはずです。

『古事記』の世界観は唯我独尊で神権授与が根拠ですので、事あるごとに傍若無人になります。

『古事記』によって、対、西欧文明対策を講じたために、大切な選択肢を迫られたとき、強硬路線の判断が何回も重ねられてしまった。  それで、 あの焼けのが原。

これから先、どうしますか? 本来の「日本」の精神である、お互いの存立を尊重しつつ、より良い方途を探りだす、こちらの方向に戻したいと思うのです。

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2009年12月 8日 (火)

本年は、いろいろと、本当に有り難うございました。 感謝ここに、感謝です。

郵便局に行きましたら、もう、年末の装いでした。

今年の一年を、思わず、回想しました。

本年も、いつもに加えてお世話になりました色々のことを想い出していました。

         ・

ユズ(柚子)の実が、窓辺で黄色くなっていました。

香りの良いユズです。 それは、棘(とげ)がとても強烈です。

Kakuyuzu1

採(と)ろうとしまして、あちこち、手など棘に痛い思いをしました。

いいものは、怖い面がありますですね。

今日は、お風呂でさぞ、あちこち沁みる事でしょうね。

       ・       ・

今年は、日本固有種の鞍居桃も、見つかりました。

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           ・

また、日本固有種の柑橘種のコウジミカンも見つかりました。

Photo

ともに、

大きな前進です。

         ・

それと、『よみがえる日本語』の上梓が出来たことは、

なんと申しましても特段に言える、大きな前進です。

これから、またまた続編完結まで、気の遠くなるような仕事が待ち受けています。

とにかく、緒に付け得たことは評価できますでしょう。

完結出来れば、国のたから、全世界においてのたからになることは、請け合いです。

         ・

『定本ホツマツタヱ』の在庫が、もう無くなってしまいました。

わたくしの死ぬまではあの在庫であるだろうか? と思っていました、それが、なぜかもう? 在庫が底をつきました。 この書籍は、漢字文献類との前後関係を一目で理解するための基本書籍です。頒布を切らしてしまうわけにはゆきません。

なぜなtらば、「日本」の国家としての本筋をまともに考えようとするならば、

だいたい大学の教養課程の教科書にしなくてはならない書籍ですから、です

現実は、きびしく、初版の売上金が戻ってこないので、本当に苦しい所です。が、どうあっても、頒布を切らしてしまう事だけは、なりません。借金で増し刷りしました。また、賛助して下さっての事が、あって何とか実現出来ました。深い深い恵みの事を思います。 それで、ユズ(柚子)の実の痛た痛たながらの収穫にもなるのでした。

      ・       ・

来るべき来年も、輪をかけて忙しくなり行くような気配です。

みなさま、

健康にお気を配り下さいまして、お身体のこと、おん、お大切に。

わたくしは、

盆暮れもなき生活を、ずーっとして来て居ります。

ご挨拶もまったく為し得ない不出来で恐縮です。

どうか、どうか、ご宥恕のことでと、ご容覧のほどを、どうぞお願い申し上げます。

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2009年12月 4日 (金)

創造的な解明のこと、「トヘラ」は何か?  「ヘラ(願望)」か?

「トヘラ」のこと。

前々から気になっていました。

Photo

「トヘラ」を植物の名前として考える、と、どういう働きが、あるのか?

辞典など枝や葉は、折ると臭い、とあるのですが、

実際はちょっとも臭くありません。

実がなりました。 ので、実が臭いのか?  見に行ってきました。

Photo_2

はじけて直(す)ぐの実は、指にペタペタしますが、臭くはないです。

小鳥も好きのようです。

ハタレのアメヱのミチが、どうして? ここに、ハウチワで、ぎゃふんとなったか?

「トヘラ」植物説が、どうも、頼りないです。

おまけに、

「トヘラ」は、ヲシテ文献にほかの個所には1例も出典なしです。

            ・

Photo_3

                     <御塩殿>

宮本輝さんの『異国の窓から』(角川文庫、初版は1988年光文社)が、目に留まりました。女房が買っておいていた本でしょうね。なんとなく見ていました、ら、こんな文章がありました。宮本輝さん曰く。

「創造というものは、おそらく、それまでどうしても見えなかった何物かが、ほんの少し見えた瞬間から始まる。(創造)は、人それぞれ、(希望)や(成長)や(闘志)や(真の教養)などに置き換えられるだろう。」(54P)

とっても良い言葉ですね、

是非とも、引用させてもらおう、

知って欲しいと、そんなキラキラしたまばゆい言葉であるとおもいました、

Photo_5

「トヘラ」でなくて、

「ヘラ」(願望)の意味の「べら」と、解釈すると、

これはこれで、文脈が通ります。

     ・     ・     ・

Photo_6

               <御塩殿の向こうに海を望む>

            ・

Photo_7

             <宇治橋に明かりが灯りました>

ちなみに、

「やれ」の用例は下記の通りです。

この、8アヤの「ヤレ」は壊れることを意味していましょう。

Photo_8

また、「ヘラ」の出例個所も示します。

Photo_9

Photo_10

Photo_11

Photo_12

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。 

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

2009年12月 1日 (火)

ヲシテ文献との、出会い。 わたくしの場合。 松本善之助先生との出会い。

よく訊(き)かれますことです。 昨日の夜にも、聞かれました。

わたくしのヲシテ文献との出会いのこと、を、です。

これを、ご説明しておきましょう。

        ・

松本善之助先生は、自由国民社で編集長をなさっていた、お人です。

初代の草創期の『現代用語の基礎知識』編集長です。

ドラッカーの『現代の経営』(初代翻訳本、昭和31年刊、あとで幾つもの訳本が出てます)

Genndainokeiei1_2 

に、編集局長としてドラッカーに直談判の手紙をねじり鉢巻きで書いたのだと、

おっしゃっておられました。

               ・

    追記   -平成24年7月24日-

多くの人が『現代の経営』によって、敗戦後の日本にあって多大な刺激を受けたことを、色々と知りました。わたくしには、理解の及ばなかったことを告白します。

P,ドラッカーさんの、新鋭の写真です。ここに掲げて、私の不明の事を懺悔したいと思います。

Genndainokeiei2

追記を終わります。

               ・

             さてさて、

その、 松本善之助氏が、本当に偶然、ヲシテ文献を発見し、

それからは、すべてを投げ打って取り組まれていたのでした。 地方に住む、高校生2年生のわたくしとの出会いは、本当に不思議の不思議の連続でした。

        ・

今を去る、38年前 (1972) の事でした。

当時、わたくしは川西市(兵庫県)に暮らしていまして、高校2年生のときでした。

学園紛争でずいぶんと苦労をしていましたのを思い出します。

生徒会の副会長でしたので、紛争の混乱がモロに身に及びました。

3年生の指導的人達は、みんな引き籠ってしまい、矢面に立たされたのが逃げないわたくしひとり。

あれからです、髪の毛が薄くなり出したのは、です。

何ヶ月も吊るされた、そんな騒ぎもおさまっての、ある日のことでした。

新聞の3行案内で、尼崎市の同人誌「AMAZON(アマゾン)」の、

案内が、ふと、目に留まりました。 

暑い時期でした、次回の例会は○月○日夕方○時から、○○公民館で。

希望者は参加しても可。 と。

今も、立派に活動しておられます。

http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/kakushi/amazon.htm

38年前のあの時、

わたくしは、

ふっと、 なぜか?  参加を決めました。

     ・        ・

尼崎にはバスで行くわけでした、宝塚からの路線です。 が、少し早めに着きました。

いつも、延着する事が頻繁なバス路線なので早めに出発したためでした。

歩道橋を上ると、向こう側に、古本屋が見えました。

腕時計を見ますと、あと30分あります。

ちょうど良い、と。 店内に入りました。

此処で見つけたのが、読めない漢字のある本でした。

『守護?さんと私』

? が読めません。 

            ・

安かったので、買う事にしました。この時期、漢字に執着していました。

Img081

後で解りましたが、落丁本(ページに組み落ちや違えがある)で捨てられたのが、

何故か、めぐりめぐって古本屋に並んでいたのでして、こんなことは、まずないとのことでした。

さて、本の題名『守護さんと私』。 なんと読むのか?

辞典を見ても出ていません。

出版元の「真の道」に電話をして聞いてみました。東京世田谷でした。

すると、大阪に支部があるとの事。

次の休日に行ってみる事にしました。

さて、

その、梅田の大阪市北区堂山町の支部にて、

松本善之助さんの話があるから、聞いてみますか?

と。何でも『古事記』の前の話だとの事です。

「へー? おもしろそう」  と。

このような、

出会いになったのでした。

不思議な不思議な偶然の何重にも重なったいきさつでした。

      ・        ・

はじめ、

松本善之助先生のお話を聞いた日には、

雲をつかむようでした。

それでも、

何か鬼気迫るものを、あるいは、真実に限りなく近いなにものかを、

感じたのですね。 もうすぐ刷り上がるとの印影版の『ホツマツタヘ』の購買を決めていました。

お送りくださった、『覆刻版ホツマツタヘ』(小笠原 長弘 写本、復刻)に取り組みました。

Img019

            <『覆刻版ホツマツタヘ(小笠原長弘写本)』

                       最初のアヤのあたりだけルビが振ってあって、

                   後は、ヲシテだけの所謂(いわゆる)白文(はくぶん)

言葉のうつくしさに強く惹かれていったような回想でしょうか。

古本屋もそうでしたが、

あちこちの、図書館に通って、幾つもの国語辞典・古語辞典にあたりました。

ちょっとも、埒があきませんでした。  〝をしかど〟なんていう言葉は、どんな辞書にも出ません。

当時に、通った図書館は、

メーンが、

大阪、中之島図書館。

(食堂のカレーは肉が入って無いので大好きです。今も少しも変わらないのには、このあいだも、ゾクゾクしちゃいました)

池田、池田文庫  (財団法人 阪急学園)

(当時の、移築の古建築の建物がなつかしいです。小林一三さんのお気持ちが今になって、よく、偲ばれます。窓の木枠の年輪の輪が妙に残って硬くとんがって黒くて綺麗なんですね。ひだまりの、窓辺。 逸翁美術館でも本当にお世話になりました。美意識は、ここに若い頃勉強させてもらえたのであったかと、回想します。ヲシテ文献にある、ヲヲヤケの精神もですね。一三さんはお偉いお方だと、常々思っております)

その他、夕陽ヶ丘図書館、神戸の県立図書館などなど、 よくよく、お世話になりました。

竹内文書の『神代の万国史』なんて買ったのも、このころでした。

          (今なら、ネットで早く解決なのでしょうけれどね、 怪しげモノは)

そのうち、松本善之助先生からのお便りで、

大阪、自然社にて、研究会を始めるのでよかったら来てはどうか?

と、お誘いをいただきました。

本当に、きびしかったですね。松本先生の大病(脳血栓)の以前はです。 みんな、頭からの叱りつけ罵倒になっちゃいますものね。

    (当時、若い人も、けっこう居ましたでした。

              国学院の学生さんとか、若い人は私の他にも居たのでしたが、

         あの当時は、アカデミックに縁が濃いと、

                       逆にダメになるのでしょうかね?

                   それは、そうですよね。

              松本先生のご気性はとても激しいですからね。

          なんで! ちゃんと、やらないんだ!

        と、

      でも、 時期が時節が熟していないのですよね。

          今でこそ、ほんの多少は、世間的に理解も出てきましたが、

              当時は、まったくの、ひどいものでした、 から。

                    ほとんど気違い扱いになっちゃいます。

                   無理強いは、ムリなのですね。

                          それで、ツブれにと… ですね。

                          時期が・時節が、  未だしの、ことで、

                         アカデミックに近いほど擂り潰されです)

大阪の天王寺の、謡曲でも有名な松虫に通うことになったのは、

かくある成り行きの経緯(いきさつ)からでした。

自然社は、http://www.sizensya.or.jp/

日捲(めく)りのひとこと案内カレンダーの頒布の収入で、

活動の原動力を得ている真面目なところです。それで、松本善之助先生に、応援を送って下さいますようにもなったのですね。

ここでの講義は、10年近く続きましたでしょうか。

そのうちには、

京都での研究会も並んで開催され、記紀との照合比較の講義研究をじっくりと受けることが出来ました。

そもそもが、

松本先生からのご指導のこと、わたくしの場合は個人指導が中心で、

そのおまけに、大阪や京都の研究例会、後には名古屋に出席という感じです。

系図をどういうように作成してゆくか?

年表をどういうふうに作成してゆくか?

記紀との比較表をどういう風に作ってゆくか?

前向きな基礎の仕事を進めてゆく上でのご指導です。このような研究の先端のことは、「例会」では何ら話題にも登りません。「例会」は、そんなことです。ほとんどが、お手紙、や、お葉書きが中心のご指導です。何しろ、お葉書きが一日に3葉到着することもありました。そして仕事をすすめるのは私であったわけです。

どうしてわたくしは手紙か? といいますと、顔を合わして、何か言っても「ダメじゃないか! キミー!」とやられて、タジタジで一言もしゃべれませんからでした。

それで、「松本善之助塾」と私称しています。「例会」だけに、やっとこせと出席するだけとはワケが違うからです。  それで、「松本塾」です、小さな小さな一粒ですが、大宇宙の開闢も小さな小さな一点から始まったようです。

しょっちゅう、お手紙やお葉書きでの遣り取りをしてましたから、毎日新聞社『秘められた日本古代史ホツマツタヘ』の原稿の清書(と言っても読み易くするだけ)を仰せつかったのでした。松本善之助先生の字は、特徴的でちょっと見にはフツーの人には読めませんから。特に、毎日版の時の原稿は、松本先生ご自身でも読めないような事々であったと、お認めになられてます。

その長い間、お葉書やら、

お手紙やら、

本当に、筆舌にはとても尽くし難きご指導を、松本先生から賜りましたです。

この以降については、あれこれ書き記したものにも、散見できるかと思います。

        参考 →  「わたくしの戦争体験」

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

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「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

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なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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