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2008年4月 1日 (火)

色々な形、真実を求める姿勢

一般に、 昭和、

それも戦後に生を受けた私たちは、

自国の国の大切さ、を、

知らないで来ていました。  おおよそ、 そのような事が、普通の一般的な事のようでした。

さらに、 自国のその、本質について…、

  この事は、まったくもって、 想像すら出来ないでいるような、 謂わば浮草のような状態にあった、

と、

言うことが適切でしょう。

           ・

明治以来、

西欧文明の移入に力のすべてを注ぎこんで来ていたような、

モノだった、

とも、言ってみても差し支えないでしょう。

音楽も、  西欧流。

衣服も、  西欧流。

社会も、  西欧流。

食物も、  西欧流。

外用のものは、いくら変わっても、 良いと思うのです。  わたくしは。

でも、

それが、さらに、 言葉まで、  西欧流に? 

   !

これは、

いくら何でも、そこは、さし止(とど)めたいと思うのですね。

何故ならば、

‘日本’とは、  その歴史の根底は?

いったい、何処にその本体を求める事が出来るでしょうか?

その、根底に係る問題であるからだと、

考えるからです。

         ・

‘日本’とは、  その歴史の根底は、何か?

それは、

‘日本語’であると思うのです。  わたくしは。 

現代に続く‘日本語’の根幹を為す「やまと ことは」に、

ここにこそ、

民族の叡智が秘められていると、見ています。

         ・

さて、

「やまと ことは」とは、何ですか?

と、   良く訊かれることです。

『漢字の、‘訓読み’が、「やまと ことは」です。

漢字の、‘音読み’は、外来語です』

と、

答える事が、よくあります。

これが、  全くもって、びっくりすることに、

国語の先生をしていた人に、

このような事を、説明せなばならない事であるのですね。

 どうしても 、   どうしても 、

呆れかえるのです。  それと共に、とても悲しいのです。

           ・

さて、  また、

「ことは(言葉)」の、時代の事にも、

言及したいところです。

「やまと ことは」だといっても、 江戸時代にもさへ

成立していない言葉もあります。

そのような、新しい言葉は、ヲシテ文献の解明の道具の言葉として使うことは、不適切です。

ヲシテ時代に遡及の可能な言葉を、選別して、

ヘンテコな時代の若い言葉は除外しましょう。

それは、縄文時代に遡及しうる確かな意味合いの確認できる、ものとしての、‘縄文文明’に、深い遡及を為し行かなければらないからです。

このことは、  取りも直さず、

わたくしたちの、為し行くべき仕事は、膨大である、

と言う事と同意義ですね。

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

 

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