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2008年2月29日 (金)

「日本」の、溶解度 ・ 読解と、表現、二つの異質のもの

「日本」は、

一体全体、国として、どのような処に位置しようとしているのか?

Photo_3

          ・

思えば、背筋がさぶくなりまして、

せめて、セーターなりとも首に巻いたりしています。

と、言いますのも、

ヲシテ文献を読むにあたって、

時代の齟齬にどう気を付けるか?

この事なども、

なかなか、理解は難しいようです。

          ・

ヲシテ文献の読解には、その、用語の時代の在りようについて、確認しておく必要があります。

現代:

江戸時代:

平安時代:

奈良時代:

どの時代まで遡ることの可能な「言葉」で解釈しようとしているのか?

江戸時代にしか、遡れないような「言葉」は、イエローランプの点滅です。

これは、

ヲシテ文献の読解・解釈においての段階での、気を付けなくてはならない事。

たとえば、「ちくら」は、江戸時代に出る言葉でしたが、

「築」からの派生語のようですから、除外せねばなりません。

また、「ちかね」の解釈候補の「地金」の言葉もあんまり古くには遡れないようです。イエローランプです。  「ちみち」は、古くからあるようなのですがね…。

そのような事です。

そのあと、

表現の段階に至りましたら、

事情はまったく異なります。

ここに至りますと、読み手が現代人になりますので、

現代用語を使うか?

またあるいは、近世時代などの近来にある言葉の匂いの強くない言葉を選ぶ必要が出てきます。誤解を招かないためです。

Photo_2

すなわち、

二つの、異なる使い分けが、心すべき所です。

解明段階 : ヲシテ時代にある「言葉」で、出来るだけ考える。

表現段階 : 現代用語・新制作用語などを駆使して、誤解を防ぐ。

       ・

このように、気を使って、気を使って、

やっていましても、

傍目からは、分かりにくいようです。

     ∞     ∞

と言いますのも、

「直観」だなんて言って、いわゆる「直訳族」と同じように、

うやうや言わんとするような人たちも、わんさか出てきます。

で、

その、

「直観」なるその根底にあるものは、

矢張り、漢字文献でしかないのですよね。

漢字・漢語からの由来の概念で、推し量ろうとする。

そのような事々です。

そもそも、「直観」だなんていう言葉自体が、漢語の借りものですね。

いったい、いつ頃からの概念ですか?

  

せめて、「やまとことは」で、辿れることを、

前提として下さい、な。

        ・

本当に、

溶解度は、「日本」の、

溶け具合は酷いものです。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

    

    

   

2008年2月28日 (木)

「トのヲシテ」とは?  「恵民立国」とは?

これから、どうやって行けば?  … ?

人々が、 そして、クニ(国)が ?

そして、世界に暮らす人々が、もっとより良いように…、

     ・

この、テーマが、実のところ縄文時代からの「日本」のテーマなのです。 命題の根幹なのですね。

その、大きなテーマに沿って歴史が積み重ねられて来ていたわけです。

ある時は、新種の文化を取り入れたり、

ある時は、

伝統の文字さへ忘れ去る時流の奔流に苛まれても、

特に、苛立ちも押し殺してか? 感じないかの、状態で、

兎に角、前へ前へと突き進むことだけがなされてきていたのでした。

特に思いますね、 「日本」では忘れることが一種の流れなのでした。 新しいものを取り入れるためには、以前のことを忘れ去らなくてはならないからです。 前進のために、過去をリセットする・忘却する、この作業がとても重要だったのでした。

それで、

なんでも、過去は忘れ去る習慣があったのですね。

 

でも、

今現在においては。

クニの本当の基礎の歴史について、

それは、縄文時代においての建国の事になります、 ね。

これを、

再確認する事が、必要になります。

もう、世界の他の何処にも真似するものは無くなってしまったからですね。

                ・

さて、ヲシテ文献に基づいて の、

未来に求めて行く先々の展望が、そのように、

大きなことですので、

しっかりと、原書に基づいた道筋を確保しておく必要があります。

何はなくとも、原字・原文をルビ無しですらすら読める。

この、

 

「原字・原文をすらすら読める」

ことだけは、マスターして来て下さい。

そうしましたら、

返書なども、差し上げようとも思います。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

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2008年2月25日 (月)

本当の「日本」を、求めて

誤解があれば、解いておきたいことです。

わたくしは、日本の国の真実について、

何事にも左右されない真実のありかの考究を、求めて来ていただけです。

Cimg1141_4

       ・

そもそもは、縄文時代の土器の高度な造形の美しさに魅かれた事が、動機といえましょうか。

縄文時代の、さまざまな土器には、何物にも言い表しがたい高度な造形美がある。このことを、年若き私は入魂となりましたのでした。どうして、そんな、美しいものが成立しているのか? その時代に?

そこには、きっと、それなりの高度な何かしらの精緻さがあるに違いない。  と、目星を付けたわけです。

と、していましたら、

ひょんな事から、ヲシテ文献と出会ったのです。

Photo_5

ヲシテ文献に、触れ得た事で随分と思いはさらに革新しました。

未だ、道半ばに到達したかどうか?

極めて、縄文文明はさらに、ヲシテ文献を得て奥深く高度であるのが、だれの目に見ても明らかになって来ます。

私の、寿命のあるうちに50%まで、は、 おおよその理解には到達したいものです。

この解明作業のおまけとして、

開示関係も、幾許かはしておかないと、

いろいろな恵みによって、

事は成り行き来っているのですから、

矢張り申し訳ない。  でも、変なものは残したくない。

なかなか、解ってもらい難いジレンマです。

要は、私の能力不足があるわけです。 

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2008年2月21日 (木)

「ひんがしの のにかぎろひの…

今日は、満月です。

万葉時代の歌に 「ひんがしの  野にかぎろひの…」

「東 野炎 立所見而 反見爲者 月西渡」 (『万葉集』48番)

の和歌がありました。

Asayake

この時代も、動乱の時代でした。

東の日の出は…、

西の傾く月は…、

それぞれ、寓意を付加されてのこと。

これを思うのでした。

     ・

遠くに、秘めた寓意は、

タケヒト(カンヤマト イワワレヒコ・神武天皇)の、

ヤマトウチでのこと。

ナカクニでの混乱を、定め直す、事業です。

東は、タケヒト(カンヤマト イワワレヒコ・神武天皇)の事を指しますね。

西は、ホノアカリさんの系統の、ニギハヤヒさんを表しているわけです。

阿騎野の宿営地点でありましょう、大宇陀町の阿紀神社のところは、

その昔、タケヒト(カンヤマト イワワレヒコ・神武天皇)のヤマトウチの際に、「アマテル・トヨケ ふまつり」の29-41(7681~7683)が執り行われた処であると考えられるのでした。

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2008年2月17日 (日)

疑問文の成り立ちにに知る、文法の違い

言葉の品詞の並びの順番が、きわめて大切なのが、

欧米語の文法です。

S+V+O+C

これが基本形です。

V+Sにしたら、たちまち疑問文になってしまいます。

言葉の品詞の並びの順番を間違えてしまっては、大変です!

このため、

何か、表現しようとしましたら、

先ず、表現内容の全体像をイメージします、

次に、文章の、言葉の品詞の順番を決める必要があります。

          ・

しかし、大きく違うのが、

我が国の、文法です。

終助詞の「か」を付けると、疑問文になります。

「か」は、伝統的な言い方で表現しますと、「て・に・お・は」の一種です。

国語では、文体の相の変化によって疑問文が形成されるのでした。

ですので、

何か表現しようとしましたら、

適当に言葉をくっ付けて行って、最後に疑問文にしようか?

と思った時に、「か」を、 付加しておけば、もう、

それで、立派な疑問文になります。

          ・

我が国の言葉は、「て・に・お・は」文法ですね。

欧米語の「言葉の品詞の並び順」文法とは、かなり、

文章の基本の構造自体が、違うのですね。

     ∞    ∞    ∞

浅野信先生が、嘆いておられました。

「文法やって何になる?」

と、 生徒に開き直られて、その答えに腐心なさっておられたのでした。 それで、国文法の解明に心血を注いでおられたのでした。

欧米語を操るには、言葉の品詞の区別など、

暗記モノの「文法」の役割が大きいので、

生徒たちも何か達成感を得ることが出来て、「勉強やった」

と、思うのでしょうかね。

        ・

「て・に・お・は」文法は、使いやすくて、

簡単便利なので、取扱説明書も必要ないと、

母国語人には思えるわけです。

ですから、

「文法やって何になる?」

の、思いが出るのでしょうね。

     ∞      ∞

ところが、

「て・に・お・は」文法を、欧米語を母国語とする人に説明しようとしたら、途端にしどろもどろになってしまいます。

それはそうですね、

文章の基本構造の成り立ちの

一から説明しないと解ってもらえませんからね。

でも、

「文法やって何になる?」

と、思って来ていた面々でしたら、説明のしようがありませんね。

ここを、

「ヲシテ文法」は解明できそうなわけでして、

ワクワクしております。  今後、2~3年のうちの事でしょうか?

参考、その1

参考、その2

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2008年2月16日 (土)

標準のテキストのこと、 ヲシテ文字の文字形・その雰囲気について

ヲシテ文献の標準のテキストのこと、は、

『記紀原書ヲシテ』に、なっています。 

これは、ヲシテ研究室、の

中でのことですが…。

Photo_3

       <現代の、おとたまがわ・河口、滋賀県・高島市>

ルビのない、ヲシテだけで読むのは、

冷静に考えまして、至極当然のことであると思うのです。

日本ヲシテ研究所の研究室では、当然、ルビなしのヲシテだけが、基本テキストです。

         ・

ここまで来るには、相当の長い年月を必要としていました。

でも、

もう、端緒が開けましたのです。これからは、早いでしょうね。

ヲシテだけで読むことが、必要最低の条件である。

ルビなんてものは、完全に削除せねば本物にはならない。

当たり前のこと。

との、 認識が常識になるのは、もう、すぐそこまでの、

時間の問題になっている、  わけですね。

       ∞    ∞

さて、文字体の雰囲気の事について、

つぎには、 関心が移ってくると思います。

『記紀原書ヲシテ』では、江戸時代の伝承最古期の写本の文字を写植で字母(フォント)を作って、組版を作りました。

『記紀原書ヲシテ』は、伝承写本の上に立った精緻さを求めたと言えましょう。

その後に、縄文時代のヲシテの文字形の遡及を推進して来ましたことから、パソコン用のフォントには、筆文字による古体の再現を試行することになりました。「縄文文字ヲシテA」に纏めましたものです。この、フォントでのヲシテの文章の雰囲気は、それなりに、趣のあるものとして、評価されつつあります。

さて、

江戸時代の、伝承最古期の写本の文字の雰囲気が良いか?

縄文遡及を、試みた「縄文文字ヲシテA」の雰囲気が良いか?

さてさて、評価は如何なりますやら…。

また、

次に製作しようと考えております、 「縄文文字ヲシテB」に、

どの様に繋げて行くか?  まだまだ、試行錯誤は続きますようです。

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2008年2月15日 (金)

「群書類従」のこと、八木書店のこと

まえまえから、気掛かりだった、「続群書類従刊行会」

のこと。      昨年から、

東京・八木書店で、事業継続をして下さってます。

http://www.books-yagi.co.jp/pub/index.htm

上のアドレスで、表示されるトップページの、

左の中間のあたりに「続群書類従刊行会」の事業継続の

挨拶のページに行くための、

案内のクリックSWがあります。


続群書類従完成会
  出版事業継承しました

この、「群書類従」 「続群書類従」 「続々群書類従」、

は、とても大切な宝物です。

ヲシテ文献に次いで大切なものです。

いつでも、入手可能にしていて下さるのは、

貴重な役割だと思います。

詳細なリストの入口は、下のアドレスで表示されたところの、

http://www.books-yagi.co.jp/pub/index.htm

影印資料
翻刻資料

左の上の方にある、二番目の、翻刻資料(ほんこく し りょう)のところをクリックすると、出て来ます。

ちょっと、分かりずらいとの、声がちらちらと聞こえますので、

舌足らずながらも、補足しました。

大切な書物の、少しでもの流通の助けになればと…。

        ・

ついでながら、 思い出しましたが、

松本善之助先生のご贔屓の古書店は「八木書店・古書部」であると、常々おっしゃっておいででした。

わたくしは、別の古書屋さんで、いつも、お世話になっています。  やっぱり、もちろん、神田です。電話一本で、稀覯本も翌日の到着です。

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2008年2月14日 (木)

「切れ」の位置の変遷

お「ウタ」(和歌)の、ことで、

「切れ」とは?  「きれ」って何ですか?

と、聞かれてしまいました。

Zougan

      ・

「けり」とか、

「かな」とか、

「や」とか、

そう言った言葉のところが、「切れ」なのです。

と、

一応、咄嗟に答えました。

でも、

決め言葉のない場合でも、「切れ」は作れます。

「なしき(為し終えた)」とか、「たのし(楽しい)!」とかの、

そんな言葉で終わるとか、しますと、  「切れ」ですね。

つまりは、

文章の自然な流れの、途切れた事。

この事を「きれ」と、謂うわけです。

ヲシテ文献には、

「るどめ に とめて  たちきれは」(39-71・10279)

の典拠も見られます。

          …

ひとつの、お「ウタ」は、  謂わば、ひとつの世界であるわけですから、

何処に「切れ」があるか?  結構、ケース バイ ケースです。それぞれ柔軟に判断をなさって下さい。綴られた言葉の意味のとらえ方によっても変化します、ので、あるからですね、 それは。  複雑な、微妙な、面白きものです。   「切れ」とは。

それで、

「切れ」は、何が良いかと言いますと、

余韻が生じるのですね。

読み手に、考えさせる 「ま」 を、持たせてくれるのです。

対話としての、重要なもの、

それが 「ま」 です ね。

      ・

また、また、 思いつきましたが、

お「ウタ」(和歌)での、「切れ」の位置は、

時代とともに変遷があります。 流行でしょうかね。

『万葉集』は、二句切れと、四句切れ、終句切れが比較的に多い特徴があります。

『古今集』以降には、三句切れが段々と多くなって来ます。

何故なのでしょうか?  不思議なことです。

      ・

わたくしは、

好みを言いますと、

二句切れの、お「ウタ」を何となく好ましいと思っています。

 

   ■   ◆   ■

蛇足ながら、 に、 付け加えます。

句切れのこと、次のような事とご理解下されれば宜しいか、   と。

     ・

ひとつめは、一句切れ(初句切れ)です。

●●●●●Ι●●●●●●●

●●●●●   ●●●●●●●

●●●●●●●

      ・

 次は、二句切れです。

●●●●● ●●●●●●●Ι

●●●●● ●●●●●●●

●●●●●●●

      ・

 次は三句切れです。

●●●●●  ●●●●●●●

●●●●●Ι●●●●●●●

●●●●●●●

      ・

 次は四句切れです。

●●●●●  ●●●●●●●

●●●●●  ●●●●●●●Ι

●●●●●●●

      ・

 最後は終句切れです。

●●●●●  ●●●●●●●

●●●●●  ●●●●●●●

●●●●●●●Ι

    ・   ・

また、句の途中で切れが入ることもあります。

これは、胴切れと呼ぶようです。

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2008年2月13日 (水)

「短歌」、「やまとうた」、お「ウタ」の言い方

この頃は、ワカ(和歌)を詠もうとされる人が、

わたくしの、身近にも多くなって来て嬉しいことです。

Tubototori

これも、本来の「日本」回帰のひとつです。

        ・

さて、しかし、

新聞などの短歌欄などを見ると、どうしても、目をそむけたくなります。  そこに広がる、暗雲それは、伝統的な約束事の欠けた世界であるからなのでしょうか?

        ・

わたくしも、「ウタ」の上手な方でもありません。

でも、最低限の約束事だけは踏まえてはみ出さないようにと、

心がけています。

それは、

大した事ではなくて、

たった、二つの約束事です。

ひとつ、「漢語を入れない」

ふたつ、「切れを入れる」

の、ふたつだけです。

       ・

この、二つの約束事は、是非ともお勧めしたいと思います。

うんと、読みやすく、雰囲気がシックになる結果が生じると思います。

なお、さらに、「ウタ」の世界を、詳細に極めたいと、

そのようにお考えでしたら、

中世からの「歌学書」を紐解いてみることを、お勧めします。

私のいまだ、充分にゆかない未理解の世界でもあります。

佐佐木幸綱・信綱『日本歌学全書』が、お勧めです。

          ・

さて、お勉強の事はともかく、

実践のことについてです、ね。

現在に古格を重んじて、お「ウタ」をやっているのは、

藤原家の冷泉家の時雨亭文庫だけでしょうか?

ここでは、和歌のことを「やまとうた」と、呼んでいます。

そこで考えてみますと、

「短歌」

「和歌」

「やまとうた」

「わか」

「うた」

など、いろいろの表現の仕方があります。

その、言われ方の歴史的な順番を考えておきましょう。

    ∞    ∞    ∽

そもそも、ヲシテ時代には、

「ウタ」

「ワカ」

としての、言い方がありました。

         …

漢字時代になりまして、漢詩が移入されます。

『懐風藻』に代表されますね。

そのために、外国の詩に、対して区別を強調するために、

新しい言い方が発生します。

それが、

「やまとうた」  の、言い方です。

         …

そののちに、漢字の語彙の国語への混入が、

増殖するうちに、漢字表現が多くなって来ます。

「和歌」

「短歌」

と、いう言い方が、段々と一般的になって来るのでした。

        ∞    ∞

さて、わたくしたちは、

どの時代の31文字の「ウタ」を、良しとしましょうか?

わたくしは、

こころに、ジンとくる、「やまと ことは」だけに依って編まれた「ウタ」を、

希望します。

それで、

わたくしは、 お「ウタ」と、呼ぶようにしています。 のでした。

漢字の和歌という文字を知らないからではありません。

漢語を排除してこそ、本来の「日本」回帰に繋がるからだと、

信じるからです。

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2008年2月 9日 (土)

「式内社顕彰会」という、ある意味で真面目な会のこと

「式内社顕彰会」という、ある意味で真面目な会があります。

『延喜式』に記載のある神社、つまり「式内社(しきないしゃ)」は、日本の歴史にとって大切であるので現代において再顕彰してゆきましょう。 と、言うのが、この会の趣旨です。

松本善之助先生も「真面目な会だからね」と、おっしゃって、おられました。

それで、わたくしも、

もう、かれこれ、30年余り会員になってお付き合いして来ていました。

Photo

でも、何だか違和感を感じるのですね。

        ・

今日、送られてきた九州の巡拝のカタログを見てまして、

つくづく、思うのでした。

10代のアマカミであられた、ニニキネさんのことは、

どうでも、「瓊々杵尊<ににぎのみこと>」としてしか、

認識し得ていないのですね。

そうなれば、

詰まる所、 ヲシテ文献に見てとれる、

10代アマカミとしての、光喜に溢れた、

ニニキネさんの、あれ程の、大きな甚大なご功績について、

98%は捨て去ってしまおうとしているわけです。

漢字文献では、いかに、誤謬が多いことか!

そのようなことの、 従来のままであるに留まる限りは、

結局のところは、

「貶め族」でしか、位置し得ないのではありませんでしょうか?

そもそも、

尊き大きなご功績を、貶めてしまおうとするのですからね。

ここは、

どう見ても、ヲシテ文献の発見がなされた後においては

「瓊々杵尊<ににぎのみこと>」なんて、表記に係る限り、

貶めの、意思ありと、

わたくしには、思えて仕方がありません。

    でも、

彼ら本人たちは、至ってご暢気なおありようでの、そんな、ことです。  それで、余計に悲しくなるのです。   

        ・

また、カタログを見てしまいました。

巡拝しようというのは、

誤った漢字文献に拠るのですから、

ひどいものなのですね。

でも、

私たちの、探訪箇所とはほとんど同じなのですね。

なのにです、

何故、こんなにも、趣が風合いが異なってしまうのでしょうか?

いささか、不如意で、不適切でしか有り得ないと思うのです。

それは、

物語の根底が違っているからなのですね。

現象面での、探訪箇所は、ほとんど同じなのに、その、

意味合いが、大きく異なってしまっている。

その違いたるや、

雲泥の差があります。

月と、すっぽんです。

   ∽     ∽     ∽

漢字以前の文献が発見されて、研究が進んでいるのに、

いまだ、

そんな事では…、

情けなき事だと思います。

もう、

来年からは、

「式内社顕彰会」は脱退することにします。

30年余り、賛助はしましたので、

もう、不義理のことは御座いませんでしょう。

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2008年2月 6日 (水)

くに、の たからのこと

国家の本当の宝である。   「ヲシテ」は。

この事に、  この言葉の本質に、

本当に気が付いたのであれば、

『本を贈ってください』 なんて?  それは、酷いよですよね!

そんな言葉が、出るわけもありません! そこそこの立派な立場の人の口から。

    その人の、体温は、 詰まる所、冷くて15℃か?   と、

そのように、

わたくしは、受け取ります。

だって、そうでしょう。

国家の「たから」と、認識

すれば、  「ただで、贈ってもらったら見ても良いです。」

   なんて、 ちょっとした立場の人の口に、出るはずのない言葉ですものね。

          ・

相手先の体温が、せめて、36.度に、温かなくなって縄文建国の本来のわが国の真実に思いが寄って来る時まで、

待ちましょう。

あせっては、

いやになることばかりです。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

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偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

    

    

    

2008年2月 5日 (火)

プラス・プラスの考え方

Win・Winとも言いますが、何かしら、プラス・プラスの、

雰囲気があってこそ楽しいものです。

           ・

「善」の考え方は、ここを捉えているのですね。

「善」は、富永仲基の集約した言葉です。

それは、

実に、「恵民立国」の「トのヲシテ」の概念のそのままです、ね。

           ・

プラス、か?

マイナスか?

その作用の及ぼしてくる方向性はどちらか?

結構、 このところに、人々の感性の見えない深いところで、

判断が下されているようです。

それで、「恵民立国」の「トのヲシテ」の概念が、

深い深い、知られもせぬようなところで、

有効に機能しているのでしょうね。   

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未来の、将来の路線について。 私の仕事の役割について。

これからの、「日本」はどうあって行くべきか?

「日本」とは何か?

どうあって行くべきか? 今後の未来の行く末は?

                  /

大体が、

簡単に思えて・思われて終(しま)い易いのです。   ね。   「ヲシテ」では、   特に。

でも、

詳しく、正確にやって行こうとしましたら、

実に、本当に骨の折れる事ばかりです。

それは、

細かな、「やまと ことは」の使い分けについての、一音一音

の差異の発生原因について、

さらに、しちめんどくさい照合を、裏を取って行こうとする、

そんな、めんどくさい作業をすることになるのです。

         ・

特に、ヲシテ文献の出現のような、

大事件の起きたのが現在のことです。  が、 しかし、

  この、コトの大きさが、

なかなか、得(え)てして解らない。    解ってもらえない。

のですね。

それは、  何故なのでしょうか?

一瞬先の利得。

一年先?   いや。

一秒先の利得。

そのようなモノに、現代人は囚われてしまい易いからなのでしょうか?

そのような、極めて短いスパンでの判断をどうしても求めてしまい易い、わたくしたち現代人は。  それは、自分の独自の判断に自信を持てないからでしょうかね。

でも、理解できます。そのような事々になることは、当たり前です。

当然のことです。

つまりは、そんな、ヲシテ文献の出現なんて、誰も予想さへ、し得ない事態であったわけですから…。

それは、当然のことだと思います。

びっくり仰天、訳のわからなくなるような事態、

つまり、パニックですね。  ヲシテ文献の出現は。 

 これが、強く作用しているわけです。

ヲシテ文献の評価に、  大きな不安感が、

不当な過ちを、

大きく孕めてしまうのですね。

         ・ 

解明においてもそうですが、

そこには、加速度的な作業の所要量の増加が生じる事になるわけです。

単純な、当て嵌め細工をするような、いわば一個10銭の程度の内職の仕事でしたら、

簡単です 、が。  それでは、本体について、貶めているばかりの事です。  情けないことです。

これだけは、やめましょうね。

私も含めてですが、忘れてはならないものがあると思うのです。わたくしたちの、進んで行こうとしているその先には「日本」の輝きを取り戻すこと。  この、目的が、当然に世界の将来の未来の幸せに寄与するのだ!  との、その思いがあってこそだ、と、  常々信じています。

          ・

 前へ、前へと、

試行錯誤はあっても、 これは当然ですね、前人未到の事ばかりですから。 試行錯誤の連続になるのは、当然の事でしょう。

何か、発見!  何か、仕事を。

なさって行って下さい。

わたくしの、仕事はその、アドバイスをすることが、

本分であると思っています。

        ・

大きな変革時期の、その入口です。

口を開けて、何か「牡丹餅・ぼたもち」でも落ちて来るのを、あんぐりと待っているのは、

みっともないです。

せっかく、きっかけを得た事なのに…、 で、あるからです。

ご自分で、何かしらを新解明して、

これぞ本来の、本当の本物の「学問」、と。

     この面白さを掴んで下さい。

なかなか、歴史にも稀な事だと思います。  この、遭遇は。

    これこそが、

‘日本’の定礎をきわめる、もとい、なのでしょうね。

アマノコヤネさんの、理想とされるところだと思います。

わたくしも、この考えです。

      ∞   ∞   ∞

解り難い(わかりがたい)、   その、

縄文哲学だから、 面白くチャンスが秘められているのです。

薄っぺらな、

容り易く安直な貼り付けのコピー・ペーストでやれるような、

そのようには、まだまだ、決まって行きかねています。

難しいからですね。  それはそうです。 当たり前、当然の事です。  漢字文献以前に遡及することが本来的に求められているのですから。

それが、可能になるような、

その、確定領域に、

どうやってゆけば良いか?

まだまだ、試行錯誤です。

トーフの、固まる前のような、

にがりを打って混ぜる瞬間のような感じでしょうか。

納豆のネバネバで、どうやったら、豆が掴めるか?

手が、指が引き攣れを起こすような、段階であるのです、ね。

 

吾は、 

と、思う人の出現が待たれている、

と、

     思うのです。

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2008年2月 3日 (日)

ヲシテ文字の、フォント(字母)のバージョンUPをしました。

いつの時代にも、文字の形状の修正は、大変なものの様です。  今回でも、 ようよう、1年がかりでした。 

Cimg1172_5

         <滋賀県 高島市、岳山(たけさん)の中腹にて>

とくに、言えますことは、ヲシテ文字の場合、

その、縄文時代のころにほぼ最盛期として使用されていたわけです。 としますと、この頃の世代・世上での、

文字の形状については、まさに手探りの状況であること、

これが、縄文遡及を念願しても長い5000年程もの歳月に阻まれていて難しいわけであったのでした。

このことは、 ご使用くださるお方がたに、ご理解を願うばかりです。

         ・

さて、

ヲシテのフォント「縄文文字ヲシテA」の2.00版を、

一般公開いたします。

前回の1.01版フォントとの変更の概略は、細かな、文字形の修正です。ほとんど、一般の人には違いが分からないような程度のもので、あるかも知れません。

また、このほかに、ヲシテ文献の写本に、たった1例しかないような、

微妙な異体文字についても、幾つもフォントに作りました。

たとえば、「あ」の文字の渦巻きのタイプでも、

2重渦巻き、3重渦巻き、4重渦巻き、など、

いろいろと、区別して制作しました。

あんまり、詳細な区別は必要はないかも知れませんが、正確な説明をするためにも、

細かな違いが区別されているフォントの文字形のあるに越したことはありません。

           ・

それと、それぞれの文字の大きさなど、バランスについて、横書きにしても読みやすいように、随分と改善を施しました。

日本ヲシテ研究所

のアドレスからダウンロード出来ます。

どうぞ、お使いになって下さい。

           ・

商業使用の際には、

個別に認可をしております。

お問い合わせ下さい。

     ∞     ∽     ∞

   

私の思いは、

縄文時代に、 すでに、

立派な文明国であった「日本」の真実を再確認していってもらうことが、

現在はもとより・将来の「日本」のより良い基礎になると強く信じる為です。

Rei

「縄文文字ヲシテA」2.00のフォントの、サンプル(一部)です。

全体はこちらのPDF画像へ。

 

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2008年2月 2日 (土)

時代、時代、それぞれの「おのころ」

その時々、その時代によって、

さまざまに、問題点は起きています。

それはそうです、

時代が異なり、世界環境が異なり、

人も異なっています。

     ・

何が、その時代において、最も喫緊の課題であるか?

     ・

変わるのです。 よね、 喫緊の問題のありどころは。

常に、これはこうだ、なんてものは、現象面からは単一面での枠決めは困難です。

でも、

理念においては、

基本的な考え方の、そのような所においては?

ひょっとしたら、常のこととして、言い表せるかも知れません。

      ・

「縄文建国」の、事を、認識しますと、

「ト の ヲシテ」に、ここの基本的な理念を見れるように思います。

      ・

時代は変わります。

    縄文時代ですと、  住居の改善・食物生産革新・言葉の制定

       が、喫緊の課題でした。

    弥生時代に、及んでくるようになりましたら、また、ちょっと、

     趣が変化してきます。 

   つまり、物質面がたいそう豊かになってきた事から、

       治安の維持が、強く求められてきたのでした。

   ふたつとも、それぞれの、社会革新は「おのころ」であると、

      評価されています。

      ・

さて、

時代は、さらに、さらに、変化してまいります。

遠く、 係わり合いなど、ほとんど思い見もしなかったような、

はるか、中国大陸の動乱・混乱が、

あの当時の、

弥生時代から古墳時代にさしかかる時代にも、

わが国に押し寄せて来てしまったのです。

何らかの対応が、要求されるのでした。

思えば、激変の時代であった、 のでしたね。

漢字の導入、ヲシテの放擲、仏教伝来の容認、 その度に、何回も何回も、国内は揺れに揺れました。

でも、

大きな目で見ますと、

その、落ち着いた道筋の判断の根底は、「ト の ヲシテ」の基本路線にあったのではなかろうか? とも、推察してもあながち変でもないと思います。

       ・

そののち、長い年月の過ぎた後。

西欧文明の導入の、殊のほかに大きな事件が起きました。

ここに、

さらに、大きな時代性が断層をもって変化したのでした。

      ・

さて、

どう考えるべきか?

これは、私たちにとっての、

喫緊の判断事項ですね。 まさに、今、課せられているわけです。    わたくしたちに。

ここのところ、 過つと、後世からの笑い物になりますね。

さてどうしましょう。

近視眼的な視点での、状況把握では、

将来に大きな禍根の種を孕ませるだけだと思います。

外来文化の‘漢字’が来てから、「日本」に文明が生じたなんて、 そのような、大間違いを信じていては、錯誤の渦の中から抜け出ようもありません。

      ・

わが国には、少なくとも6000年の(ひょっとすると10000年を超すか?)縄文文明の礎(いしずえ)が、厳然として実在していた。

その、根拠に立って、

さらに、  

「ト の ヲシテ」の成立  の、

基本理念に戻って、現代の諸状況の問題点の洗い直しをすべきだと考える わけです。

ここの、根拠を、

確定しないと、  いつまで、どれほどの大きな努力を重ねたとて、単なる砂上の楼閣でしかありません。

しっかりした、定礎を、

まずは、確定しましょう。

     ・

ヲシテ文字、

ヲシテ文献、

です。 国家の根底ですね。

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           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

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