2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

おすすめ

フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2007年2月11日 - 2007年2月17日 | トップページ | 2007年2月25日 - 2007年3月3日 »

2007年2月24日 (土)

評価の事

良く、何処かの学会に論文を出したら…。

と言われます。

      ・

でも、

評価できる人は、そこにはいないのですね。 何処を探してもですね。

山田孝雄先生のような真摯な、お人が、今現存しておいでなのでしょうか?

Photo_283

あせって、事を運ぶと、

やったら、現代語の漢字の用語・語彙に当てるばかりで、「秀真伝」としてから、云々するのが落ちです。それは、筋違いです。「偽書」の判定が出て当然です。 「秀真伝」なら、わたくしも「偽書」の判定を下しますね。

縄文時代の事々に、「神仙思想」が出てくるのは、狂っているわけです。

「言霊(ことだま)」の言葉が出てくるのも、狂っていますね。

「言霊(ことだま)」の言葉は、『万葉集』に初めて3例だけ出る、比較しますと新しい言葉ですから…。

つまり、

ヲシテ文献は、

漢字以前の時代の文献であることから、その当時の言葉で解釈と評価をしなければなりません。  そんなことが可能な人が、今現実に‘学会人’に存在しているのでしょうか?

        ・

結局は、私たちで‘学会’なるものを作るより、しようが無いと思います。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

共に、即、廃棄してください!

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

2007年2月23日 (金)

山田孝雄先生の事

先き頃の、東北探訪のときの事でした。

わたくしのある意味で尊敬する、山田孝雄(やまだ よしお)先生の万葉歌(大伴家持)の石碑がありました。

黄金山神社、涌谷町の山合です。

ここで採取された、砂金が、東大寺の大仏の3分の一以上ほどにも使われたと言われます。案外なことに、帰化人に尊皇のこころざしの強い人が出ています。

明治維新にまでも、その伝統は受け継がれているのですね。 不思議なことです。 尊敬に値することだと思います。

Photo_281

                  <ピンボケですみません>

また、東北地方の歴史観について、漢字文献に毒されていない、ヲシテ時代の真実を、『ホツマ辞典』をしるべに、ヲシテ文献で実際に当たってみて下さいませ。きっと、驚かれること、請け合いです。

本物に当たってこそ、実感が出来ます。 何千年ぶりの、‘たから’ものですから…。

        ・

黄金山神社のすぐ、麓には、

砂金の水洗選別の、実演体験の施設が役場の企画によって運営されていました。

そこで、しばし、古代の状況を楽しんでいたら、その、接客担当の係りの人が、

あの、山田先生の石碑建立は、「わたくしの叔父が、頼みに行ってようよう実現できたのです」と、いうのです。

「へー?」

「なんでも、その時、山田先生は随分と渋っておられたのでしたが、叔父の熱烈な頼みに、  それなら、原字の万葉仮名でなら」  と、ご承諾くださったとの事です。

        ・

山田孝雄先生は、

紀前・記後説(梅沢伊勢三)の提唱に、真っ先にご理解をなさった真摯なお人であることから、

わたくしは、常々尊敬を申し上げていたのでした。

紀前・記後説(梅沢伊勢三『記紀批判』)とは、ふたつの文献を詳細に比較することにより、

精密な文献比較の手法を根拠として、

内容的にいうと、『古事記』よりも、『日本書紀』が古いものを反映している。

この結論を、導き出した、

文献学の立場からの、画期的な考究です。

         ・

その当時としては、恐ろしくもある新説です。

『古事記』は一種の「偽書」であると言う事になります。

でも、

すっと、山田先生は、「なるほど、そうなるか」と、理解なさったのです。

まじめですね。

立派であると思います。 『古事記概説』(中央公論社)を出版されていた、ご自身の研究成果が半減する話です。

         ・

その、山田先生、

「万葉仮名でなら」と、 ようように、  石碑に刻む文字を書くことを承諾なされた、

この、

   原文尊重の、毅然としたその姿勢に、

また、新たに、尊敬の念を抱きました。

時代掌握の錯誤が、どれほどの大きな大問題を招いてしまうか?

山田先生は、ご存知だったのですね。

Photo_282

黄金山神社は、とっても綺麗に維持下さっています。

25年前からくらべて、随分とよくなりました。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

共に、即、廃棄してください!

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

2007年2月22日 (木)

歴史の再構築のこと

われわれが、 今、手にしたヲシテ文献は、

記紀(『古事記』『日本書紀』)の原書であることが解かったのです。

       ・

正直に、この事実に向き合いましょうね。

変な逃げを打つと、「秀真伝」になっちゃうんですね。

Photo_280

「秀真伝(しゅうしん でん)という姿勢は、 たとえば、

GHQ歴史観で、漢字以前の時代を見ようとするようなもので、所謂(いわゆる)、“訳す”ですね。  この変な言葉が、彼らから連発されることで判ります。

       ・

記紀(『古事記』『日本書紀』)の原書を、手にしたのでしたら、

漢字文に翻訳し、外国風に染め替えられて、貶められてしまった、

そんな、後の書物つまり、記紀(『古事記』『日本書紀』)なんて、ほんの参考程度に位置を下げないといけません。

それには、

記紀(『古事記』『日本書紀』)の原書である、ヲシテ文献を100%尊ぶことが必要です。漢字文への直訳なんて、愚の骨頂です。記紀(『古事記』『日本書紀』)の原書である、ヲシテ文献としての、位置が解かっていないことが判りますね、漢字文への直訳をする人なんて。 それで、「秀真伝(しゅうしん でん)」ですね、変造偽書です。

せっかくの、‘たから’ものである「真書」のヲシテ文献を、

貶める輩たち、です、「秀真伝(しゅうしん でん)ですね、変造偽書製作者です。

折角の‘たから’ものの、ヲシテ文献を、

外国語読みして、何をしたいのでしょうか?  貶めをしたいのであることが、バレバレですね。

恥ずかしいことですね。

末代までの、お笑われです。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

共に、即、廃棄してください!

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

2007年2月21日 (水)

縄文時代に立国がなされた事

‘縄文建国’と、呼び始めています。

この、

理解に至る事なしに、ヲシテ文献について、云々しようとするから、

変な事になるのですね。

たとえば、

「大和朝廷との…」なんて、  そもそも、変てこな質問です。

ある人が、言っていました、

「そんなことを言うのは、単なるバカですね」

ほんとにその通りだと思います。

漢字文献による虚構の歴史を、この、間違いに気付か無いのですね。

「大和朝廷」なんて、ほんとに変な言葉です。

「大和朝廷」と言う言葉には、「武力で、攻め取って成り立った政権」と言うニュアンスが、濃厚に滲ませてあります。 この「大和朝廷」と言う言葉にある理解の仕方は、漢字文献にしてやられたままなのです。 たとうれば、GHQ歴史観になんら疑問なしに迎合するようなものです。悲しい限りですね。

‘日本’は、

縄文時代から、立派な、高貴な、文明国だったのですよ。

これが、

‘縄文立国’の意味の正確な掌握です。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

共に、即、廃棄してください!

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

2007年2月19日 (月)

漢字以前の時代の、人物名

漢字以前の人物に、新造当て漢字をつけることの珍妙さ。

          ・

「①香久元彦は大和朝廷に対して、その頃はどういう立場だったのか。」

このような、質問をされても困ってしまいます。

漢字以前の時代に生きておられた人物、そして、漢字時代以降の文献に一切出現していない人物。

そのお方に、新造の当て漢字のお名前をつける?

それも、珍奇な・低俗な当て漢字!

もう、困ります。 気持ちが悪くなります。

何故なら、これが「秀真伝」そのものです。

困ったことです。 

ヲシテ文献は、大切な、 大切なたからである 「真書」であるのに、

事もあろうに‘偽書’への作り変えですね。 「秀真伝」は造作・変造‘偽書’です。

困ったことです。

たとえば、立派な国史である『続日本紀(しょく にほんぎ)』だって、翻訳の如何によっては、怪しげなものになってしまいます。立派な国史である『続日本紀(しょく にほんぎ)』でさへ、‘偽書’にされてしまうこと、うけあいです。 やつらにかかっては!  つまりは、時代考証を完全無視の、時代劇のようなものです、平安時代の清少納言がパソコン編集をしているように、言うのでしょうね。やつらは。「秀真伝」の連中は。 ゾッとします。おぞましい限りです、「秀真伝」は。そんなものです。それで、「偽書」なのですね。

         ・

高貴な‘日本文明’を、

外国風に染め変えて、 貶めようとする、  これが「秀真伝」です。偽書運動なのですね。

金輪際一切、願い下げ、です。「秀真伝」は。

   汚名が後世にまで残ってしまいます。

       ・

変な、

変なことを、耳にしてしまいました。 気持ち悪いことで、読者の皆様に言うべきではないことでした、申し訳ありません。

せめて、今後の為、

わたくしの、

耳から、身のうちに入らぬように、と思います。

これこそ、

ミミ、けがれ(穢れ)です、ね。

  寒いですが、ミソギをして参ります。

 

いやはや、   いやはや。            いやはや。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

共に、即、廃棄してください!

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

2007年2月18日 (日)

梅に、声ぞ頼もし。 

今朝の‘うぐいす’は、夜明けに盛んに鳴きました。

Photo_279

昨年の夏に産まれた‘うぐいす’でしょう。

かわいい、鳴き方です。

でも、張り切って鳴いていて、嬉しく聴きました。

        ・

実は、母が10日ぐらい前にひいた風邪の直りが思わしくなくて、

入院した方がよいかどうか、かかりつけのお医者さんに往診してもらったところでした。母は、入院が嫌いなのですね。

‘うぐいす’の声は、特に耳に心地よかったのでした。

        ・

真名さんの、パソコンが故障してしまったとの事です。

復旧のメドがつくと良いのですが…。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

共に、即、廃棄してください!

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

‘ミ ハタ’の言葉、その言葉の理解の如何で‘偽書’になる

‘み はた’という言葉が、『ホツマ ツタヱ』の各アヤの巻頭に記載されていた事は、小笠原家の伝流には強くありました。

でも、

ヲシテ文献の成立時代から、そのようであった の、 か?

何年にもわたっての、推考の結果を積み重ねますと、どうも、そうではないのではないか?

Photo_278

                  <さくらじま大根>

         ・

今では、

この様な結論に至っています。

つまり、

「み はた」とは、朝廷のその中心にあっての表現であるわけです。

‘錦の御旗’と同じようなことなのです。

臣下の人が編纂した書物を「み はた」と、言うはずは無いのです。

   ~   ~    ~

だって、

可笑しいのです。

臣下が、自分の編纂した文献に「み はた」なんていうはずは、 金輪際無いはずです。

「み はた」とは、

‘錦の御旗’のその基ですよ。 尊ぶべき、朝廷のそのおん事なのです。

この経過は、

「秀真伝」という、誤訳版、つまりは、拠って作る偽書の製造にも同じような、意図なし・気配りなしの‘貶め’・‘ぶら下がり’ の系譜に近いものがあると思うのです。

ご気楽に、良かれと思って、もうちょっと良さそうなお化粧の言葉を添えた、そのフワフワの紹介の言葉が、 実は、げろを催すほどに陳腐になってしまっているのです。 恥ずべきことですね。

初心者の読者の、その、あんまり物事の成り立ちについての理解の無いままの、ほんの軽い欲求に応じて、猿でも解かりやすくのラインを強く強調せんがために、売らんがために、ご親切の余りに、かえって漢字以前の時代の大切なその深遠な哲学を翻訳削除してしまう。 このような、悲惨の連鎖の状況にあるということです。

これが、現代語直訳についての、大きな誤訳の、事々です。

「秀真伝」なる、「偽書」の発生の因果関係です。

解かってもらいやすさ、100%。

でも、

本来の、理解してもらうべき内容、5%。

そのほか、95%は取って付けた‘誤謬’‘誤訳’。

これでは、本末転倒というほかないのでしょうね。「秀真伝」が、即座に廃棄すべき「偽書」である所以(ゆえん)です。

    ・

この、わたくしが、口を酸っぱくして、嫌われても嫌われても言わんとしております事々は、

ヲシテ文献の、原文を原字でお読み頂きますと実感としてお解かり頂けると思います。 この、実感こそが、モノの初めであると思うのです。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

共に、即、廃棄してください!

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

 

« 2007年2月11日 - 2007年2月17日 | トップページ | 2007年2月25日 - 2007年3月3日 »