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2007年11月23日 (金)

"『古事記』読み"のこと

ヲシテ文献の"『古事記』読み"と、 私が呼んでいるのは、

ヲシテ文献を、漢字文献の常識で読もうとしていることを、

指しています。

         ・

漢字以前の時代の成立であったのです!

ヲシテ文献は。

それから考えますと、

漢字文献からもたらされた、常識は、一旦外す必要があります。

         ・

最も、顕著に見られる例として、次のものがあります。

ヲシテ文献での「かみ」の言葉を、

漢字の「神」に直訳して平然としている。

この事が、解かり易い"『古事記』読み"の例でしょう。

なぜそのような事であるかと、申しますと、

『古事記』などの漢字文献では、「天照大神」は、天上世界のいわゆる「神」とされています。

しかし、

漢文への翻訳まえの原書であるヲシテ文献では、

「アマテルカミ」はこの世にご在世であられたことが、

明瞭です。

どちらを、採るか?

大きな違いがあるわけですから、

どちらかに、決めなくてはなりません。

        ・

選択の道は三つあります。

1、『古事記』の説を採用する。 →「神」

2、選択を放棄する。

3、ヲシテ文献の「アマテルカミ」ご在世説を、受け入れる。

もうおわかりですね、

1、のものは、"『古事記』読み"です。

2、は、優柔不断の日和見で、話になりません。

わたくしは、

3、の説になります。根拠は、『古事記』『日本書紀』と、

ヲシテ文献との、厳密な原文比較をした結果、

ヲシテ文献の先行性が確認できたからです。

翻訳前の原書を尊重することは、当然であるからです。

          ・

この、各文献の成立時代の前後の認識が、

はっきりしていない状態、

これが、"『古事記』読み"の段階ですね。

いわゆる、「秀真伝」族も同じです。

はやく、

そんなレベルからは、抜け出してもらいたい、

本来のヲシテのその意味の凄さを理解してもらいたいと、

願っています。

そのためには、

やはり、

原字のヲシテで、原文のヲシテ文献をすらすら読めるようにならないと、難しいのかもしれません。

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2007年11月20日 (火)

「ヲシテ」は、‘哲学’ですね。

ヲシテ時代は、哲学の雰囲気を濃厚に感じます。

現代に言う‘宗教’とは、ちょっと感じ方が違うと思うのです。

ここが大事なところ。

     ・

一時期、

漢字時代に入ってから、特定の宗教を

国教にしようとする動きもありました。

でも、

それは、

‘縄文日本’の大きな文明の存在が、

今現在において、はっきりと実在していたこと。

また、

将来においての展望を、長い年月の先まで見通そうとした場合。

ここが肝心です。

特定の宗教の、もっと包含的な立場にあるものが、

いわば‘縄文哲学’のような‘哲学’であると、

そのようにあったことが解るならば、

特定の宗教の国教化は不要のものと、

わたくしは、考えるわけです。

       ・

一党一派に偏しない。

誰でも、納得してもらえる。    それが、‘哲学’ですね。

私の考えでは、

より普遍性を帯びているもの、 それが、‘哲学’である、と思うのです。

    ∞   ∞   ∞

推古天皇の12年4月に公表された「憲法17条」は、

特定の宗教に、国教を定めようとしたものです。

『日本書紀』に記載されています。

その、第二項、

「篤敬三宝」とは、仏教のことです。

それは、

「何以直枉(まがり)」、つまり、

間違ったことを正してゆくための、根本の考え方を、求めるためでした。

       ・

これ以降、  逆作用が強く起こりまして、

宗教風の感じを強めた、いわゆる‘神道’なるものが、

出てきたりもしたわけでした。

いわゆる‘神道’と、言うものですね。

でも、

漢字以前の時代にさかのぼる、‘縄文日本’の‘哲学’と比較しますと、

その、

漢字時代以降に出来て来たいわゆる‘神道’とは、

まったくもって異質なことが多い!  と、申し上げておきたく思います。

       ・

さて、

ここにきて、

現代、

漢字以前の、膨大な姿の‘縄文日本’の文明の存在が、

ヲシテ文献の発見があり、

また、

ヲシテ文献の 研究が飛躍的に進むにあたりまして、

古来、

漢字以前の、その昔、

はるか、

縄文前期ごろに、国家の建国が成し遂げられ、

その建国の理念に「トのヲシテ」が世界でおそらく端緒と推定される、

高度な国家が、生まれ、

さらに、進化発展の道筋についても、

「ミクサタカラ」にまで、及んできていたのでした。

        ・

この事実を、踏まえますと、

何人も、包含でき得る、

‘哲学’としての「トのヲシテ」に、戻すべきであることは、

良い線ではあるまいか?

   ∞   ∞   ∞

一党一派に、どうしても偏らざるを得ない、

そのようなものでは、

ありませず、

もう一歩高度な立脚点に立っている。

それが、

「トのヲシテ」の立場であろうかと、考えています。  

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2007年11月18日 (日)

加古川講演、付随しての神社めぐり

11月23日・24日、

加古川講演に際しての、付近の神社などの巡拝をいたします。

以下の流れです。

     ・

東条・社IC

住吉神社(加東市下久米)

木梨神社

天目一神社  (アマメヒトツのカミ)

兵主神社  (ツワモノヌシ)

住吉神社(小野市垂井)

日岡坐天伊佐佐比古神社

尾上神社(尾上の松) ・ 『延喜式』に記載の無い神社

高砂神社(高砂の松) ・ 『延喜式』に記載の無い神社

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