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2007年4月 7日 (土)

ヲシテ文献の時代の言葉に、どう溯るか?

たとえば、

「そむ」「そめる」の言葉を、

単純に、「染む」「染める」と直訳してよいものか?

との疑問は、常に有ります。

               ・

ただ、初歩的な質問で、「ヲシテ文献は何に書かれていたのですか?」

と聞かれたら、「そめる」とばかりに記録がありますから、紙にではないようです。おそらく、絹などの布に染められていたのでしょう。  何て、答えることになります。

書籍などに、繰り返し述べてきたことの蒸し返しの問いには、

何と入門的なことか、と、  そのレベルで答えるしかないからです。

       ・

でも、

「そむ」「そめる」の言葉が、はたして「染む」「染める」でありえるのか?

これは、時代に齟齬を生じさせてはいないか?

ラフな直訳ではあるまいか?

心しなければならない所です。

たとえば、

角筆文献というものも有りました。

爪楊枝の倍ほどの大きさのスティックで、押し付けて窪ませる記述の方法です。

たった100年前までは、一般によく為されていた方法なのでした。

現在では、

忘れ去られていたのでしたね。

        ・

ヲシテ文献の記述にある、「そむ」「そめる」の言葉の理解は、

まだまだ慎重であるべきだと思うのです。

「そ」の音韻の原意。

あるいは、「さ」「し」「す」「せ」の音韻の原意に遡及しての再考が必要なのでは? とも、考えるのです。

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           ・

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偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

  

2007年4月 6日 (金)

仮名遣いの歴史の事

仮名遣いは、現在「歴史的かな遣い」を、当然の事として、

理解されています。

で、 あるのですが、

仮名遣いが、「歴史的かな遣い」に修正されたのは、江戸時代から明治にかけての事だったことを、思い出して欲しいのです。

それ以前は、藤原定家の流儀の「定家流かな遣い」が、主流を成していました。

「定家流かな遣い」は、上の「お」は、こう書く。  と言った内容です。

その、通用の期間、実に400年ほどもあります。

さらに、それ以前は混乱状態でしたから、仮名遣いに、おおよそ800年近くの混沌とした時代が続いていたのでした。

          ・

さて、

縄文時代からの、仮名遣いの歴史的な俯瞰を考えて見ましょう。

これは、ヲシテ文献が発見され・研究が積み重なってきたから解かることなのです。

1、ヲシテ時代

ヲシテ時代は、ヲシテ文字が使われていて、上層階級が主に使っていたわけです。ヲシテ文字を使うと、動詞の活用のルールはすぐに解かります。

その上で、「添意」による、他の意味の付加が行われていたわけです。

2、漢字の国字化時代の初期

カタカナ・ひらがなの一般に用いられるようになる以前の事を、漢字の国字化時代の初期と、呼びましょう。外国渡来の漢字の使い方を、国民全体が、苦心していた時です。

この時代には、ある程度の、仮名遣いのルールは残存がまだあったと考えられます。

3、漢字の国字化時代の中期

カタカナ・ひらがなの一般に用いられるようになる頃からを、漢字の国字化時代の中期と、呼びましょう。紀貫之が『土佐日記』を書いた頃から、‘やまと ことば’の国語の復活が本格化してきたのでした。

ところが、この時代になりますと、仮名遣いのルールは殆んど消え去ってしまっていた。、と言うことです。ひらがなでは、動詞の活用があることなど、中々解から無いことに、原因を求めることが出来ましょう。

3、漢字の国字化時代の晩期

江戸時代になってからの事でした。

動詞に母音の変化での活用があることを、初めに、発見したのが、佐々井祐清さんでした。この後、契沖さんの発見で、仮名遣いの奈良時代での法則性があることが明らかになってきます。歴史的仮名遣いの発見です。時に、江戸時代の初期の事でした。

江戸中期に活躍した、賀茂真淵、富士谷成章、本居宣長、などの業績は言うまでも無いことでしょう。そして、明治期になって、歴史的仮名遣いは一般に普及します。

    ~  ~  ~

このように、歴史的な成り行きを考えて見ますと、

ヲシテ文字の備えている理論性が、

ヲシテ文字の使用を停止したことから、忘却と・国語力の低下が始まったことが解かります。

忘却の後、1000年近くの時を経て、

契沖さんたちの、努力で復活が始まってきたのが、ようようの事だったのです。

でも、

根本的なことを再考して見ますと、

本来の、論理性を備えているわが国の独自のヲシテ文字を、

復活せしめれば、

さらに、国語力の活力は何倍にも倍加するのではないでしょうか?

このことを、

強く思うのであります。

      ・

山田孝雄先生は、歴史的仮名遣いの普及を求める著書の、

『仮名遣の歴史』(宝文館、昭和4年)のなかで、

「国語の理解と国運の消長」と題する文章を述べておられます。

 -国語を尊重するといふ事だけではまだ足らない。国語を正当に理解する事がその上に大切であるといふのである。-

わたくしも、

そのように、思うのです。

記紀(『古事記』『日本書紀』)の原書、わが国の本来の縄文時代にも溯る文字の発見があったのです。これを復活せしめないでどうしますか?

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2007年4月 5日 (木)

「添意」の言葉、その3

「添意」の概念を応用して用いてゆきますと、

たとえば、

「う・る(得る)」の言葉についても、

ヲシテの文字遣いの意味合いが解かってまいります。

                      ・

「う・る(得る)」の言葉の「う」は、ア行が基本形式です。

でも、

よく、ヲシテ文献内の言葉で、「う・る(得る)」の言葉が、

ヤ行の「ヱ」に作られている事があります。

従来の感覚では、仮名遣いの、酷い混乱だ。

と、

頭ごなしに排除する方向で、考えられてしまいかねない、

きらいも多かったのでした。

でも、

「添意の概念を、取り入れてみますと、

これまでには無かった、

もっと、もっと、

高度な‘縄文日本’の本質に迫れるように思うのです。

「う・る(得る)」の言葉が、

ヤ行の「ヱ」に作られている事の意味は、

ヤ行の一本のカミの立ったヲシテ文字の意味合いの「添意」の付加がなされていると、考えられるのです。  こちらにも詳しいです。

            ・

よく云われますが、

「歴史的仮名遣い」なんて、

本当のところその歴史は、とっても浅いのです。

契沖(けいちゅう)さんの発見から、事は起きたのでした。明日に、また解説を加えます、が。

つまり、

江戸時代になって、やっと、解かってきただけの事に過ぎないのですね。

金科玉条に振りかざすのは、ある意味、滑稽です。

わたくしたちの、求めようとしているのは、‘やまと ことば’の源流です。

ヲシテ時代の、‘やまと ことば’です。 縄文時代・弥生時代の、‘やまと ことば’です。

「歴史的仮名遣い」は、極めて近々に見つかった、その様な、近世での発見のことです。

まして、

「8母音説」なんて、バラエティー番組のレベルと、このように考えて、

大きな間違いはありません。なにしろ、ヲシテ文献からずっと時代の下った、漢字文献を根拠にしているに過ぎ無いのですから。

          ・

‘日本’の漢字以前の、その、

本当の高貴さ・素晴らしさを、どうしても、復活せしめなくてはならないと思うのです。すでに、ヲシテ時代には「歴史的仮名遣い」は充分に熟知されて運用が為されていたのです。その上で、さらに高度な「添意」のヲシテ時代の国文法が行われていたのでした。

     ~   ~   ~

さて、

         ・

長く思ってきておりました、ことですが、

あ・い・う・え・お

の謂わば、源位置の音韻の意味合いは、

特殊なものがあると、 常々考えておりました。

「あ」は、「有る」「荒る」と言う意味におもむきます。

「い」は、「居る」・「入る」・「射る」・「要る」・「炒る」などの意味におもむきます。

「う」は、「得る」・「売る」などの意味におもむきます。

「え」は、「得る」などの意味におもむきます。

「お」は、「折る」・「居る」・「降る」・「織る」などの意味におもむきます。

このような、源位置の音韻の意味合いを付加させたのが、

文献名の『ホツマ ツタ』の表記の別の表現方法の、

『ホツマ ツタ』の表記であったのではないかと思うのです。

基本のヲシテの表し方は、勿論のこと『ホツマ ツタ』になるのですが、

「へ」のヲシテ文字としての意味合いが、尊き文献名にはそぐわない事から、

「添意」のヲシテ時代の国文法に拠って、ア行の「え」に「添意」表現が為されたのでありましょう。あるいは、ヤ行の「ゑ」にも「添意」表現が為されたのでもありました。

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2007年4月 4日 (水)

「添意」の言葉、その2

‘日本’の漢字以前の時代、 つまり、ヲシテ時代です、ね。

     そこには、国語の文法も、

   さらに、高度なものがあったのでした。

Photo_320

現代には、既に、忘れ去られて久しいのですが…。

その間、2000年以上の忘却期間が横たわってしまっていました。

        ・

「添意」そこに根拠を求めてみると、

色々な疑問点が、解決できます。

「スヘラギ」(古代の天皇陛下)の言葉にも、

「へ」には、特殊ヲシテ文字がよく使われています。

Photo_313

この文字は、「ヘ」と読むべきか?

またあるいは、「メ」と読むべきか?

かなり微妙なライン上と思われていました。

でも、

「添意の言葉、その1」で説明しましたとおり、ヲシテ文字に特別に付加される横棒は、「ひと(人)」を尊んで表現する意図があったこと。 つまり、‘こころば’の備わりに対して、のもの。  このことと、共通していることが解かってまいります。 ‘こころば’の言葉につきましては、『ホツマ辞典』をご参照下さい。

通常のヲシテ文字での「へ」では、敬意が表されにくいのですね。

Photo_317 

このヲシテ文字では、意味合いからして寂しいのです。

        ・

そこで、特殊ヲシテ文字での、「添意」が用いられるわけです。

「スヘラギ」に用いられる特殊ヲシテ文字の、

Photo_314

は、「へ」と読むべきことが自然である。 と、

「ひと」あるいは、「フトマニ」などの、共通する特殊ヲシテ文字との対応比較と、

「添意」の考え方から、根拠が得られる事になりました。

           ・

どうぞ、みなさま、

ヲシテの、その深奥に、自分の学力を信じて立ち向かっていってみてくださいませ。  きっと、素晴らしい発見が待ち受けていると思います。

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2007年4月 3日 (火)

「添意」の言葉、その1

昔から、ずっと思っていたことですが、

『ホツマツタヱ』の文献名にある「ヱ」の文字遣いも、

「添意」の考え方で、判然となります。

                ・

ベースには、歴史的仮名遣いの「へ」を用いるのが基本理解としてあって、

さらに、別の意味合いを「添意」させる意図があって「ヱ」に染められていたのです。

そもそも、

‘つた・ふ’の言葉の、「みず体(命令形)」は‘つた・へ’になります。

最後の「へ」は、ヲシテ文字では、

Photo_306

の形です。 この文字の持つ意味合いは、「下の方向」を指していたりしています。

高貴な文献の名称には、余り使いたく無い文字なのですね。

それで、ヤ行の「ヱ」の文字、つまり、

Photo_307

を、『ホツマ ツタヱ』の文献名に染められる「ヱ」に使われたわけです。

歴史的仮名遣いは、充分に解かっている上で、

なお、運用面で、高度な「添意」を付加せしめていた、事になります。

なお、ヲシテ文字の「ヱ」の、子音を表す、

Photo_308

この、形状の、横棒は「あまねく(普く)」の形で、

たて棒は、

季節の場合では、「温かさ・寒さのカミの棒」の形ですが、

この「ヱ」のヲシテ文字の場合では、「尊きもの」の表現に充てられているのでしょう。

            ・

また、『フトマニ』の文献名に出る、

特殊ヲシテ文字についても、

「添意」の考え方で、判然とさせることが出来ます。

特殊ヲシテ文字の「フ」の使われた形、

Photo_309

は、大切なものであるとの、思いが込められた形です。

それは、

「フ」の音韻のヲシテ文字の子音の形の、

Photo_311

では、高貴さの表現が出来にくいからです。

例えば、

「人」を表す時、ヲシテ文字では、

特殊ヲシテ文字を使って、このように表現するのが一般的です。

Photo_312

それは、

「ひと」だけが、‘こころば’を持つ、

尊い存在であるからです。

横棒の付加は、‘こころば’の意味合いなのですね。

それで、『フトマニ』も、下のようには記さないのですね。

Photo_310

これでは、ラフな感じが強くて、

尊さがそこなわれているからです。

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2007年4月 1日 (日)

ひとひらの…    み を ぞ  むすべり

桜の花は、  ひとひら

ひとひら…

Photo_303

ミクサタカラ(三種の神器)を、お届けする旅の途中に、

アマノコヤネさんは、

伯父さんのフツヌシさんに、初めて会うことになりました。

この時、

さくらの実(サクランボ)を、おつまみにして酒盛りをした故事がありました。

Photo_304

沢山の、

花が咲き、

沢山の、

花びらの舞い落ちて、

本当に満足の出来る酒宴のあてに…、

        ・

 「添意」の言葉は、

そのうちに、大きなキーワードになってきそうです、 ね。

たのしみです。

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