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2007年7月16日 (月)

原初の‘日本’の、ことは(言葉)の尊さ

「誇り」と、言いますと、

変に警戒されてしまいそうな雰囲気があります。

でも、

良いものであったなら、自虐的に潜(ひそ)めてしまうことでも、ないはずです。

言葉を換えたいと、思います。

誇りの言葉は

‘自信’と言い換えた方が良いかもしれません。

          ・

国家、あるいは、

国語、今は‘日本語’という言い方の方が多いのでしょうか?

でも、

わたくしたちの、根柢のものですから、

斜めに見る表現方法は、やはり、変ですよね。

自国であるわけですから、国語と云うのが順当であると思います。

ほかの国の人々の立場からすれば、‘日本語’ですね。

          ・

さて、

国語の成立時代について、どのように、

認識するか?

ここの根底の定礎の事は、実に大きな定めの事なのです。

縄文建国か?

あるいは、

漢字渡来以降での建国か?

この二つの、認識の違いは、絶対的な相違を含んでいます。

           ・  

コピー国家(軍事征服国家)の捉え方が、漢字渡来以降の建国。

恵民立国の理念に凝集したのが、縄文立国。

この、ふたつ、

さて、

どちらを採るか?

です。

              ・

実に、高度な国語が、

すでに、縄文時代には‘日本’において使用されていたのです。

ここを、

取り戻さなくて、

いったい全体どうしましょうか?

            ・

縄文時代の、それも中期にも遡ろうとしますと、

従来の、既存の概念は、ひとたびお休みにして置く必要があります。

まったく、白紙のゼロの状態で、

国語の醸成の行われてきた事情にまで、及んで考えて行かなくてはなりません。動詞や名詞といった区分さへやり直さなくてはならないかも知れません。動詞の醸成関係にも前後を付けれる、ようになるかも知れません。

苦しいことです。

なんにも、参考書とてあるわけがないのです。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

 

  

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