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2007年6月15日 (金)

「の と」(祝詞)の言葉

の と」と言う言葉があります。

漢字文献の時代になってからは、‘祝詞’(のりと)と言われるようになります。

Photo_381

古い時代の、ヲシテ文献の、

それも中期頃(7代アマカミ~12代アマカミ)の、「のと」の言葉には、

単純に‘祈りの言葉’とするだけでは、充分に言い得ていない部分が多くあります。

それは何か?  つまり、

「と」とは、その時の、その状況に合わせた「トノヲシテ」の具現化を意味していると思うのです。

この状況において、このように判断するのが最も適切である。

さらに、この判断の基準が「トノヲシテ」に基づいての事であることが、

「の」「と」の言葉で表される、  と。 

また、一口で言いますと、

「と」の考え方に基づいて、関係者すべてがうまく纏まって行く方向(「の」)が、これである。 と、して、その考え方、結論などを述べてゆくわけです。

と、言うことになりましょう。  か。  

これこそ、誠心誠意の「祈りの言葉」ですよね。

           ・

あんまり、一口の説明文にはなりませんでしたが、

「や」「ま」「と」の言葉と同じで、

「と」の音韻の原意に極めて大きな比重が掛かっている言葉であると、

考えて宜しいでしょう。 勿論、ヲシテ文字での音韻に付加された意味合いです。

「と」となす、ためゆえの「や」「ま」の意味です。

これは、  ヲシテ文献の、諸用例からのまとめとしてです。

           ・

漢字文献類には、このあたりの、

7世紀を溯る、さらにはもっと、紀元前あたりをも溯るような、

古い時代の‘やまと ことば’の詳細な意味合いについて、

参考になる材料は有りません。

この時代にまで溯る、‘やまと ことば’は、

ヲシテ文献の用例について、目を皿のようにするしか有り得ないのです。

          ・

の と」の言葉でもそうです。

漢字文献時代以降の、いわば解かり易いとも云えましょうか、そんな雰囲気に塗(まみ)れてしまいますと、

「祝詞」と、云うような単純変換のそんな表現に、落っこちてしまうのですね。

これは、明らかに‘誤訳’ですね。

謂わば低俗な言葉の解釈への墜落と言ったら言い過ぎでしょうか?

恐ろしいことです。

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