2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近の記事

おすすめ

最近のコメント

フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« ‘し’の音韻、縄文時代の言葉、‘やまと ことば’の高度さ、その2 | トップページ | 縄文時代の、そして、疑問仮名遣い(ぎもん かな つかい) »

2007年2月10日 (土)

傷を保護する‘かさぶた’のこと

かさぶた’取りの仕事ですね。

        ・

このように、説明いたしましたら、

とっても良く解かって頂けました。

     ~    ~

大文明である‘縄文日本’の文明が、大きな傷を負いました時には、

生命体である、文明のなりゆきとしまして、

‘かさぶた’が出来ますのですよね。

人体の生命維持の機構と、良く似ていると思うのです。

生き物には、共通のコモンセンスが存在しているのでしょうか?

痛手を受け、

そして学び、

ここで、柔軟な、未知との対処方法の、その知恵がひとつ蓄積できるのですね。

これが、とっても大きな代償を払って、の、巨大な‘たから’であるのです。

ややあって、

もう、そろそろ、先の敗戦の傷は癒えて来つつあるようです。

‘かさぶた’を、取っても、最早大丈夫であると、、わたくしも思うわけです。

それで、ほんの少しばかりご寄付申し上げました。

        ・

でも、

その前、  1000年余を溯る

大昔、漢字が国字とされてしまった、さらに大きな動乱の際の大きな傷は、

未だ、‘かさぶた’を取る準備がまだ全く整っていない状況であると思うのです。

この仕事を、 何とか!  と、 ごちゃごちゃと、

わたくしは、して来ておりました訳です。 

この、大仕事に参画して下さいます「国士」の出現を、常に乞い望んでおりましたる次第であります。 ‘かさぶた’を取る前には、ちゃんとした皮膚を、前もって作る必要があるのです。 さもなくば早まって、‘かさぶた’を無理やりに剥ぎ取ってしまい、傷を悪化させてしまう事に、…。 しかしながら、これは、  いけません。  このあたりの、事情に付きまして、おおよそ、ご説明が出来ましたか、と思います。 舌足らずの、声もあるようですが…。今回の、この収録での、「人間の杜」の放映は2月12日の、予定にあります。

        ・

今回、お招き戴きまして、参上いたしました「チャンネル桜」のテレビは、

実に、国士であられる水島さんの、たまものなのです。

それで、さらに、「南京虐殺」という、酷い濡れ衣を晴らそうと、映画の製作によりまして、雪辱の事業を発奮為されておられますのでした。言わずもがな、少しばかりは賛同のしるしは寄付申し上げました。さてもさても、この大変なお仕事に邁進なされておいでのお姿には、感涙を禁じえません。どうぞ、みなさま、虚構の「南京虐殺」を覆す映画製作に、ご協力の程をお願い申し上げる次第で御座います。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。  お間違えなく!

共に、即、廃棄してください!

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

« ‘し’の音韻、縄文時代の言葉、‘やまと ことば’の高度さ、その2 | トップページ | 縄文時代の、そして、疑問仮名遣い(ぎもん かな つかい) »

コメント

嬉しいお知らせ、ありがとうございます。
さっそくインターネットで放映を見られるように、チャンネル桜に登録致しました。
月曜日を楽しみにしております。

これが新たな機縁を生み、先生のご研究が広まることを願ってやみません。

先生!
うれしいです!
 チャンネル桜いい,月曜日楽しみです。
ほんものの、縄文ヲシテ哲学があることが、先生を通じて,1人でも多くの人につたわってほしい。
また、映画 南京の真実,成功してほしい、自分もすこし寄付しました。働いて,又寄付したい。 働いて、先生の本や群書類従買いたい。
 

 
 
大輔さま

ご寄付の事、有り難うございます。

お仕事、お励みの事、応援いたしております。
なお、
本は、揃える事よりも、うまく図書館も使ってみることを、お奨め致します。必要なものを、全部そろえることは、わたくし自身の場合も、不可能だと諦めています。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« ‘し’の音韻、縄文時代の言葉、‘やまと ことば’の高度さ、その2 | トップページ | 縄文時代の、そして、疑問仮名遣い(ぎもん かな つかい) »