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2007年1月 5日 (金)

文書のかたち、「ふだ」とは? その1

実際の世界として、

これは、バーチャルではなくて、

つまりリアルのものとして、わたくしたちの‘くに’の古い時代の真実を読み解いてゆこうと、そのように、考え続けているわけです。

そこで、

「国家」の運営にとって、‘文書’はどのような位置づけをもって存在していたか?

また、人々の生活のそれぞれの、シーンにおいて、、‘文書’はどのような位置づけをもって存在していたか?

この事を、希求してゆきたいわけです。

        ・

‘文書’とは、これは漢字由来の言葉ですから、明瞭に奈良時代以降の呼び名です。

漢字国字化の時代以前には、‘文書’の意味合いのことは、別の呼び名で表されていました。

つまり、ヲシテ時代では、‘ふみ’と言われていました。

また、ヲシテ時代は高度な文明の時代でしたから、幾つにも名称があって、

‘ふみ(文書)’のことを、‘あや’あるいは‘ふだ’、‘うた’、

さらには‘ヲシテ’の言葉で表現されていたこともあります。

で、

今回は、その形状についての概要を見てゆきたいわけです。

内容や、文章の形式ではなくて、

「文書」が何に記され、どのような使われ方をしていたのか?

この、

ワンポイントに、視点を集めて見ます。

               ・

それは、

ラブレターの‘うたみ’でした。

Photo_230

8代のアマカミ(古い時代の天皇陛下)であられたアマテルかみ、

その、御妹君(おん いもうと きみ)であられた、‘わかひめ’さまは、

かねてからの、その、お思いをお寄せになられておいでであった、

‘あちひこ’さんに、この機会を逃しては 、    と、その強きお心によりまして、

おウタを、どうぞと、

そのように、なさりましたのであったのです。

お手渡しのなされました場所も判っております。

今の、和歌山県和歌山市の名勝の所、「わか の うら」でした。

Photo_232

                 <わか の うら>

この時の…、 これが‘うたみ’に染められた「文書」であったのでした。

濃いピンクの三行の31文字のところです。

上から読んでも同じ!  下から読んでも同じ!  すごい、和歌です。

とっても、高度な技術、

そして、

とても、ご勇気・お思いの極まっての事であられたこと、

今の、今日のわたくしにも、その、ご発念のお気持ちはそれとはなくもお察しもうし上げれるようにも、存じ上げる次第に御座います。

このときの、

‘うたみ’とは?

これは、絹などの布や、あるいは、樹木の板であることも想像のうちにあって不都合の無い様に考えてもおります。しかしながら、詳しくその形状や・その素材・材質の特定に寄与しうる様な、根拠となる詳細なる記述には、この典拠の出典個所では恵まれていませんでした。

           ・

この‘うたみ’が、どの様な形態の‘ふみ’であったのか?

それを‘ふだ’と言うのです。  形状を。

で、

何に、染められていたか?

そして、染め道具は何だろう? 染料は?

これを、どうやっても知りたいものなのです!

歴史を辿りつつ究明に歩を進めてまいりたいと思います。

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