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« 天地(あめつち)に…、 一体となること。 縄文哲学 | トップページ | 護りなん…、 ウタの事 »

2007年1月25日 (木)

高度な縄文哲学の、難解さが… 。ヲシテ文献の忘却の主たる要因。

ヲシテ時代に、制度としての学校が出来ていれば、

随分と違ったことでしょうね。

Photo_258

    <仲哀天皇のご陵墓・藤井寺市(大阪府)>

   -仲哀天皇は、漢字国字化時代に差し掛かる動乱期のお方、

       その、お大変さを偲んでお参りをしてましりました-

       ・

高度な‘縄文哲学’は、

ミカサ やま、の麓で(現在の,奈良市・春日大社)、アマノコヤネさんが、

講義をなされていた事はあったのですが(『ミカサ フミ』参照)、

その高度さのゆえに、

継承も、次第に困難になって行き、

更なる発展に、及んでは、まったくのところ望むべきもない状況でした。

       ・

何事も、発展への、トライがなくては、

伝承にもかげりが見えてくると思うのですが、

如何(いかが)

読者の皆様には、お思いの事でしょうか?

ヲシテ文献の、その、‘縄文哲学’の秀でて、今後将来の世界にとりまして、

有用なる事、

この事を、わたくしは思うのです。

基礎を、‘縄文日本’の‘縄文哲学’に置き、

更なる、今後将来に向けての、継承発展を期するべきだと考えます。

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