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« 高度な縄文哲学の、難解さが… 。ヲシテ文献の忘却の主たる要因。 | トップページ | ‘あめ’の言葉の、語感の広がり »

2007年1月26日 (金)

護りなん…、 ウタの事

冷泉家の、おウタ(和歌)の歌集が届きました。

この数年来、冷泉家に、

おウタの、寄せられる数にも、少しずつ漸増の雰囲気が感じられます。

やまとことば、での、ウタこそが本物であることが、この理解が深まってきているのでしょうか。 とっても良いことであります。  本当に良き事です。

Photo_262

「短歌(たんか)」という、このちょっと低い表現には、漢字から来た言葉が、濃厚にかぶさって来ているのですので、困りものです。 漢字から由来した言葉では、尊く・高度なる‘やまと ことば’の真髄に、そもそものところ達し行ける訳もありません。

しかし、「おウタ」とか、「やまと うた」、あるいは、「和歌」とか、

このような表現においてこそ、麗しい‘縄文日本’の雰囲気に近くなり得るわけです。

        ・

さて、拙歌のこと、

ひとつは、自分ながらも、もっと人様に見ていただきたいと思うウタ。

またひとつは、後のため、

誤植などあるので、訂正後のモノを、提示させてもらいたいと思いました。

上のひとつめは、お題が「たちはな(橘)」です。

ふたつめは、お題が「にわ の きく(庭菊)」です。

上は、春の定家卿を偲ぶ会の、「小倉山会(定家卿忌)」

次は、

秋の、俊成卿を偲ぶ会の、「秋山会(俊成卿忌)」です。

Photo_263

ヲシテ文献の、素養が無いと、

なんの事を言っているのか、意味の不明、と言う謗りを受けるウタであるのでしょうね。 いつもながらの、ことです。

根底を据える、

定基・定礎、ですね、

砂上の楼閣からの脱却の、

その、一歩です。

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