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2007年1月 6日 (土)

文書のかたち、「ふだ」とは? その3

今で言う、遺書に当たるものもありました。

ここでは「おして」として、表記されています。

ワ行でなくて、ア行の「お」で記載してあるのです。

どうして、ワ行でなくて、ア行の「お」なのか?

何かそこに込められた事情がある、と、

わたくしには思えるのです。

Photo_234

不祥事があって、「みはた」つまり朝廷からの、「さおしか」と言う勅使が使わされての呼び出しがあったのでした。

呼び出しに名を連ねたのが、

今の出雲のところを治めていた、カンサヒさん。

その、臣下であった、コクミさん。と、美人の妻のサシミメさん。

それに、娘さんのクラコヒメさん、の4人でした。

           

今で言えば、検察官・裁判官にはカナサキさんが、その任にあたりました。

カナサキさんが、問い質します。

コクミさん、あなたが美人の妻のサシメさんを、迎えることにも問題があると聞いています。

また、クラコヒメさんを、蔑ろにしていることも問題であると聞いています。

この点につきまして、事情を説明してください。

           ・

そこで、コクミさんが申し開きをするわけです。

サシメは、正式にわたくしの妻として公認されています。

その根拠には、わがキミ(公)クラキネさまの、「さります の おして(遺書)」に記してくださってあります。

           ・

と、

コクミさんが反論しますが、

穴だらけの、こじ付けばかりでしたので、罪せらることになります。

また、この場合の「さります の おして(遺書)」の物質・形態についての、

詳しい形状につきましての推測は、今のところ進み得ないでいます。

           ・

それはさて置き、

「おして」と、ワ行でなくて、ア行の「お」で記載してあるのは、

謙譲の意味を表している、と、

考えてみてはどうでしょうか?

詰問する場に呼び出されて、

わがキミ(公)クラキネさまの遺書を根拠にする、コクミですが、

そもそも、わがキミ(公)クラキネさま、と言っても、

地方統治のキミ(公)ですから、今で言えば、県知事のようなものですよね。

その、公式文書は、

「みはた」つまり朝廷の格式よりもずっと低いところにあるわけです。

今で言えば、県の条例のような位置になるのでしょうか?

それで、

「ヲシテ」とは、言い難くて「おして」として表現し、

そのように記載がなされていった。 と、考えてよいのではないでしょうか?

        ・

この、「さります の おして(遺書)」の、物質として、その形状は、

詳しく知るすべが今のところない状況です。

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