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2006年9月15日 (金)

‘神社’の読み方。 「じんじゃ」で良いの?

久しぶりに、甥の大学院生が来ました。

伊勢神宮の参拝をしてきたとの事でした。

     ・

鳥居のことを、聞いてきましたので、ついでに、

‘神社’の読み方(訓み)は、「かみやしろ」ともいうのです。

このように言いましたら、

初めて聴いたような、

そんなことで、びっくりしていました。

でも、ちゃんと、

今から、約千年前の『延喜式』にも、「かみのやしろ」「かみやしろ」と、あるのですよね。

『延喜式』は、習っているはずなのに…?

そもそもの、ヤマト言葉は、「かみやしろ」と言っていたものを、

漢字に当てて、‘神社’

これを、音読みして「じんじゃ」と、呼ぶほうが単に多くなってきただけ、

そのような事情であったわけです。

「じんじゃ」なんて、 そんな発音は味も素っ気もない音です、 よ ね。

この発音からは、良い匂いも、温かな風も感じられません。

‘じんじゃ’だなんて、格落ちの発音になる前、

漢字時代の以前は、どうだったのでしょうか?

       ・

‘神社’の内実そのもののイメージとして、

考えると、

縄文時代からあった「かみやしろ」の音韻の響きが似つかわしいですね。

人々を、愛(いつく)しみ、育ててくださる雰囲気が漂います。

人は、心の中心にどっしりとした自信が備わっていると、

万全の働きが出来るものです。

     ・

先の大戦、

と、 わたくしが、申しますのは、

対・唐戦争に敗れて(白村江の敗戦)からのことです、

これは、西暦663年の事ですから、今から約1300年ほど前にもなるのでしょうか?

いまだに、それを引きずっている。

と、わたくしには思えるのです。

そして、

勿論、大東亜戦争での敗戦についても、大きく影を引きずっているのですが…。

        ・

先の大戦の、

対・唐戦争のあと日本は精神的に惨めな状況に置かれ続けていたのでした。

そもそも、

縄文時代から、国家建国がなされていたという、

世界的にみても、最古・最長を誇る国家でありながら、

いかにも、惨めさについて心に留めることなく、国家の運営を行ってきていたのでした。

   自国の大切な文字のヲシテ(縄文文字)を、忘れ・捨て去るという。

単なる、惨めさ以上のものと、わたくしには思えます。

       ・

さて、

「神社」を、‘ジンジャ’と読むのは、漢音読みです。

このことに、気付かない人が多いのには、びっくりです。

‘漢字’とは、 冷静に見てくださいましね。

「漢(中国ともいう)」の文字。

を、意味します。

本来の日本字、ではないのです。

       ・

では、

本来の、

ヤマト言葉では、なんと言っていたのでしょうか?

それは、

「神社」を、‘かみ やしろ’とか、‘かみ の やしろ’と呼んでいたのです。

すでに、

大学院に、在籍というのに、本当に、故国・日本の事が解かっていない。

     ・

驚いている、

そんな、事ばかりでした。

   ~   ~   ~

冷静に考えてみる時、

漢字なんて、1300年ほどの以前に、日本が受け入れただけのもの。

それは、

ちょうど、

現代の日本が、米英語などの言葉を取り入れている、

そんな、日々に、似ているのですね。

        ・

カタカナ英語についての書物が、

この近年だけでもあまたに出版されています。

わたくしの、常用の、

『例文で読むカタカナ語の辞典』(小学館)には、助かっています。

カタカナ語辞典がないと、本当に不便してしまうのが現況です。

でも、

それは、思えば、

1300年前でも同じであったわけです。

いや、

現代よりも、もっと凄まじい、

漢字・漢語の国家の公定文としての決定です。

さしずめ、

現代にて表現すると、

出生届けも、英文で書かないと、役場で受理してもらえない。

そのような状況に当たります。

   …  …  …  大変です。

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2006年9月12日 (火)

マキの樹

寓居の入り口には、

コウヤマキの樹が、大きくなっていました。

さらに、さらに、伸びゆかんとしています。

Kouyamaki

新宮殿下の、ご安寧をひとえにお祈り申し上げます。

2006年9月11日 (月)

‘よかみとぢ’の言葉

良いおウタが、

またしても寄せられました。

内容が、ヲシテ文献の深い哲学、

それも、『ミカサフミ』に強く依拠しているため、

カタカナで表しても、意味が掴みきれません。

やはり、ヲシテ(縄文文字)でお読み下さい。

幾つもの、特殊ヲシテ文字がちりばめられています。

Photo_180

ウタの、内容の詳細な理解には、

『ミカサフミ』の1アヤの「ミカサフミ キツヨヂ の アヤ」を参照なさって下さい。

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2006年9月10日 (日)

漢字の良し悪し

漢字の良し悪しについて、

思うことしきりです。

      ・

紀貫之(き の つらゆき)は、『土佐日記』をひらがなで書きました。

私事の話で、恐縮ですが、紀貫之の墓所の最も近くに、父の墓を建てました。

紀貫之の、このふっきれは、賞賛すべきものと思うのです。

      ・

良く考えてみますと、

‘やまとことば’があって、

なぜ、

‘漢字’が必要なのか?

不思議なことです。

そもそも、‘漢字’なんて、‘英語’と一緒で、外来語なのですよね。

このことを、紀貫之は主張したかったのではないかと想うのです。

紀貫之(868?~946)は平安時代の人です。

本居宣長(1730~1801)に先行する事、ほぼ900年ほどです。

いわば、大先達と、わたくしは尊敬しております。

『土佐日記』は、やはり『群書類従』に所収されております。

『群書類従』の、正編の18輯(しゅう)です。 (327巻)

   ~   ~   ~

‘漢字’に書くと、何だかインテリジェンス。

この、感覚を、拭い去る必要があると思うのです。

‘英語’風の、カタカナ語に書くと、何だかインテリジェンス。

今と同じですね。

でも、そんな時代は、何時まで続くわけでもないのでは?

つまり、

そろそろ、縄文日本の高度な文明から世界をリードする、

このような、構図を画いてみても宜しいのではないでしょうか?

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