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2006年8月 3日 (木)

ひおうぎ、の花のこと

今年は、少し遅れたように思います。

Hiougi1_1

‘ひおうぎ’の花の鮮やかさです。

草丈が大きいので、花が見えにくいですね。花を拡大しましょう。

Hiougi2

『ホツマツタヱ』に、関連の出典個所があります。

Nubatamano

この原文を、じっくりと読んでもらうことが最も重要であると思います。

解説は、『縄文人のこころを旅する』(27ページから)に記しましたので、

参考になさってください。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

2006年8月 2日 (水)

『万葉集』 982番の訓(よ)みについて

本居宣長の『玉勝間』を見ましても、思うのですが、色んな所・色んな方面に、言及があります。 それが、また、とっても大切になる時があるのです。 例えば、富永仲基の事は、本居宣長の『玉勝間』があってこそなのですよね。 (平田篤胤が、この記事を読んで全国をくまなく探させたことから、富永仲基『出定後語』が消失寸前で後世に残った)

つまり、今は、そんなつまらない記事であること、と、思われるようなことでも、

それが、ひょっとして、未来に大きな種を埋め込むことにも繋がるかもしれません。  そんなことで、『万葉集』 982番の訓みについて、一言申し述べておこうと思いました。

   ~   ~   ~

山上憶良(やまのうえ の おくら)は中国に留学した、謂わば当時の超エリートです。洋行帰りといった方が、解かり易いでしょうか? 今風には…、でも、もはや時代遅れの表現ですね。 それは明治的でしょう ね?

留学がえりのエリートの目にも、貧しい人の哀れな生活は、痛ましいものだったのでしょう。

貧窮問答歌としても有名な、この『万葉集』の 982・983番の歌の、読みですが、

わたくしが、変に思ったのが、今現行の読み方についてなのでした。

考えてみましたら、『万葉集』の、本格研究は江戸時代に始まったばかりで、

ヲシテ文献研究と、左程の時間差も生じていないといっても、

(『万葉集』350年(契沖1640~1701)ほど、「ヲシテ文献」250年(溥泉1770頃・近代研究は、40年ほど)ほど)

あながちには、これは言い過ぎだとクレームをつける人がどれほど居るのかどうか?

そのような、現時点での状況であることだけを、お伝えしたいと思いました。

   ~   ~   ~

原文にこの、

初めのところが、

「風雑 雨布流乃 雨雑 雪布流波」

とあります。

この、読み方なのです、私が変だと思うのは。

現代、一般には、

「風まじへ 雨ふるの 雨まじへ 雪降るは」

と言うのが通説になっています。

でも、

わたくしには、どうもピンと来ないのです。

だって、5・7のリズムに合いませんから。  5・6では、調子崩しも甚だしい。

状況からして山上憶良(やまのうえ の おくら)が、そんな下手なウタは詠めないのです。だって、援助を求めなくてはならないのですから。調子外れの演歌では、誰も感動しませんよね。

「風まじへ(混じへ) 雨降るホリ(欲しい)の   雨まじへ 雪降るホリ(欲しい)の」

(雨が、風に混じってくるような大変な時、この時にこそ、欲しいもの。

雪が、雨に混じってくるような大変な時、この時にこそ、欲しいもの。

之こそが、…     と、  山上憶良(やまのうえ の おくら)の本心が貧者・窮者の言葉を通して語られてゆきます。)

このような、ウタの感じに、私には思えるのです。

        ・

そこで、調べてみました。

『万葉集』に、「」の漢字の読みが、その他の用例ではどうなっているのか? と。

そうしますと、「」の漢字を、「ほり」と言う‘やまとことば’に読んでいる例が、何と、34例あった事実に遭遇しました。

ちなみに、その歌の番号を記します。

12,12、164,340、403、560、686、778、975、984、1062、1104,1205、1282、1302、1318、1364,1391,1516,1724,1753、1943,2124,2358、2369,2381,2416,2592、2674,2682,2793,2868,2972,3237,3796,3813

どうでしょうか、982番の山上憶良(やまのうえ の おくら)の歌も、「」の漢字を「ほり」と読んでみても、悪くはないのかと思います。 

         ~   ~

全般的な問題としまして、

ウタ(やまとうた)での文法の面での解釈にも関わっても来るのですが、

西洋文法ではなくて、縄文時代からの源流に溯っての日本文法に依拠する必要があると、かねてからの、わたくしの信念です。

押し付けの憲法ではなくて、ちゃんとした自前の憲法が待ち望まれているような、事と重なります。

           ・

ヲシテ文献の出現の事は、

これまで、2000年近くにもわたっての、日本歴史の研究が、その一からの見直しを迫るべきものであるはずです。

このことは、ひとつ『万葉集』の読み方にも影響を齎すものです。

ここのところを、どうぞ、肝(きも)に深くお据えになられて下さいますよう、願っております。

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2006年8月 1日 (火)

縄文文明を理解するための、ある種の覚悟

『定本ホツマツタヱ』の、序文(緒言)にも書いた事ですが、

縄文文明を理解するためには、

ある種の覚悟が必要になります。

Photo_145

つまり、記紀(『古事記』『日本書紀』)の原書の発見がなされた。

この、事実について、真摯な態度での理解があるのかどうか?

          ・  ・

ここに、

充分な理解がないと、

従前に行われていたような、漢字文献の記紀(『古事記』『日本書紀』)を

もととした、歴史の常識と見比べるような、そのような態度をとる事にも繋がる。

このような、基本姿勢は、ある意味不遜な態度であると、わたくしには思えるのです。

翻訳前の原書のヲシテ文献を軽んじて、誤訳後の記紀(『古事記』『日本書紀』)を重んじる。

これは、いわば逆転の価値判断であると、このように考えるのは、私の間違いなのでしょうか?

           ・

「土俵を変えるのだ」  とは、松本善之助先生のお言葉でした。

このことを、『定本ホツマツタヱ』の緒言では、次のようにまとめておきました。

Photo_146

誤訳前の原書こそが、最も尊ばれるべきだ。

この覚悟に、至らなければ、何にもなりません。

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2006年7月31日 (月)

‘あもにふる’の、書

ヤマトタケさん(日本武尊・倭健命)の、そのお心を知ろうとしますと、

はるか古代の、ソサノヲさん(素参戔鳴尊・速須佐之男命)の、この‘あもにふる’のウタ(和歌)の理解が、是非とも必要になります。

Amonifuru

『ホツマツタヱ』の9アヤ19頁、出るウタ(和歌)です。

何故ならば、ヤマトタケさん(日本武尊・倭健命)は、

ソサノヲさん(素参戔鳴尊・速須佐之男命)の生まれ変わりであると、

ご本人が思っておいでであったからです。

   ~   ~   ~

もちろん、『日本書紀』『古事記』などの漢字文献には、カットされている個所です。 ですから、本邦2000年ぶりの真実の解明個所となります。

この、‘あもにふる’のウタ(和歌)の正確な説明には、

おおよそ、書籍一冊分の説明文が必要になります。 が、

概略には、『ホツマ辞典 -漢字以前の時代へ-』(展望社)252ページ(第二版)の、‘ヤマトタケ’の項目をお読みいただきますれば、『ホツマツタヱ』の9アヤ19頁のウタの内容にほぼ肉薄できるものと思います。

2000年ぶり以来の、祖国の真実ですので、原文を・もとの原字でお読みいただくことは、ある意味で必要であると思うのです。

Amonifurunouta_3 

『定本ホツマツタヱ』151ページより。

原文の上注は、各写本の筆記の違いです。

この、校異(校本の違い・写本の写し違い)を知る事は、深く意味を考えてゆく上で、

重要な情報です。

Photo_142

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2006年7月30日 (日)

『古事記』の世界と、「ヲシテ文献」の世界との違い

ある種、問題も多いのは、ジャーナリズムの持つ特質であるかもしれません。

でも、その中には、良い記事もあります。

日経新聞の連載小説の、「世界を創った男」(堺屋太一)は、

示唆に富む内容があります。

Photo_143

主人公のテムジンは、のちのチンギスハン。

これに、対立してゆくのが、もとは親しかったジャムカと言う人物です。

     ~   ~   ~

テムジン(のちのチンギスハン)は、人々を助け愛(いつく)しむ心が強くあります。

ジャムカは、権力を振りかざし、力による糾合を目指します。

        ・   ・

どちらが、広い範囲の人々の支持を得られたか?

歴史の結果は、明瞭です。

前者は、「ヲシテ文献」に明らかな、縄文日本からの独自文明のエスプリ。

後者は、『古事記』に見られる、漢字以降に記述された内容です。

この、二者の対比は、 ‘かのめ・たのめ’の事にも通じます。

          ・

さて、

あなたは、真実を知って、どうしますか?

ジャムカに、付いて行きますか? ここは、力(権力)の強さを正当とする世界です。 策謀に終始することごとでもあります。

あるいは、テムジンのほうでしょうか? 入り口は難しくとも、縄文日本からの独自文明のエスプリです。  各自が自立してゆく道でもあります。 こちらに、方向を変えますか? 

          ・

国家の統合の理念に、変化が、もしもテムジンの方向に行えるようになってくれば、

将来に向かって、良い方向性が敷けるのではないか。

この事を、想うのです。

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