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2006年6月24日 (土)

ヲシテに戻り極め行くこそ

真の日本の独立を願う、ヲシテ文献の、広がりも、

点から線にと、繋がって来るようになりました。

              ・

真名さんの新しい記事には、

ヲシテ文字がいっぱいです。

とっても説得力のある文章になっています。

  また、追加です。最新記事はこちら

とっても、論理的です。 うーん、と、唸らせて下さいます。

Photo_122

雑誌の、インタビューには、上に掲げました、うた(やまとうた・和歌)

の、気持ちで望むことに致します。

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日高義樹さん『米中冷戦の始まりを知らない日本人』

新刊書で、お勧めしたいと思うものに、

遭遇しました。

大きな枠組みで、お考えの日高さんは、これまでも多くの興味深い考え方を示しておいでです。

Photo_120

新刊書の、『米中冷戦の始まりを知らない日本人』(徳間書店・日高義樹 著)は、是非、皆様にもご覧頂きたいと思いました。

「平和と、水はただ(無料)」 と思い込んできていた常識は、

もうそろそろ、時代遅れになりつつあるようです。

クニ(国家)というものについて、考え直す時期に来ている。 と、日高さんは、

冷静な現状分析から判断をしておられます。

  ~   ~   ~

そこで、加えまして、さらに、

そもそも日本の国の、よって立つべき理念の如何について、

この事こそに、神経を研ぎ澄ましてよい道を模索する必要があると、

このように、ヲシテ文献を知った私は考えるわけです。

つまり、

『古事記』の世界観のままに、再度国家の礎としたならば、

またぞろ、破滅への道に進まざるを得ない。

『古事記』の世界観は、まったくの中華思想(China)ですものね。

            ・

人が、国家がその大きな賭けに出ることになるのは、

通常の生活においても、それ程、珍しいことではないと思います。

その、

微妙な勝敗を分けるのは、

単に、力の強さばかりであるとも限らないと思います。

勝敗の分水嶺は、

結局のところ、ほんの些細な先々の小さな出来事にきっかけが生じるのではないか?

例えば、ダムが決壊するかどうかの瀬戸際は、

ほんの、木(こ)の葉の一片(ひとひら)が、落ちるかどうか?

             ・

そんな、

木の葉の一片(ひとひら)を、こちらの方に味方になってもらう、

それは、

土下座外交で得られることは、有り得ませんし、

また、尊大になっても得られないと思うのです。

そうではなくて、

本当の日本民族の光輝は、‘縄文日本’の文明にある。

このことを、

どうしても、申し上げたいと思うのです。

自立と、‘ヲシテ’が根本です。

これこそが、日本の目指す道である、と考えます。

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2006年6月23日 (金)

『お湯殿の上の日記』のこと

ある時、のことでした。

『お湯殿の上の日記』を、読むように。 (おゆどの の うえの にっき)

と、松本善之助先生が、教えてくださいました。

Photo_118

   (琵琶湖の出口、今の南郷の洗い堰。 このあたりは‘さくら たに’とも古名にある)

この、「お湯殿」とは、内裏の中の‘お湯殿’(おゆどの)のことで、

天皇さまが、毎日、お湯で、おん身を清めになられておられたところの事です。

今日は、このような出来事があったと、

その日、その日のことごとが、女官によってしたためられています。

ある時は、天皇さまの直接のお筆になった、ご文章もあります。

この書物を拝読しますと。

国民のために、常に、みこころを、尽くしてくださっておられたことが、

実感できます。  それで、「天皇さま」と、わたくしは、申し上げるようにしております。

         ~  ~  ~

『お湯殿の上の日記』(おゆどの の うえの にっき) は、

‘群書類従’続編に、収められてありますので、簡単に目にすることが出来ます。  『群書類従』の、補遺3にあります。

             ・

ちなみに、本居宣長は、

『お湯殿の上の日記』を、

谷川士清から借りたことが判っています。

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2006年6月22日 (木)

サルタヒコの、尊き、おこころ

松本善之助先生に、ご報告を申し上げた、最後になってしまったのが、

サルタヒコの、おこころの、その尊さについて、

そこそこに理解が、辿り着いた、事。

このことでした。

Photo_116

その時、「なか・たか・わ」と、ヲシテで記した書軸を、

松本先生に献呈いたしましたのでした。

とっても、お喜びいただけました。

でも、これは、今、どうしても、お目にかけることは出来ないのです。

           ・

さて、いろいろと、思うところがありまして、

わたくしは、常に、

サルタさん、と、親しみが強く、そして特段の敬愛を持って、

いつも、尊敬しているわけです。

それで、その、サルタさんと御呼び申し上げるわけです。

その、サルタさんの、

伊勢での、ひとつの根拠地の、

椿大神社に、上(あがっ)て、参拝してまいりました。

Photo_117

澄み切った手洗いの水を、

ペットボトルに、汲みまして、一日、サルタさんについて、

さらに、さらに、思いを廻らしました。

        ・

と申しますのも、

松本善之助先生の、ご葬儀の折に、

不肖、わたくしの書軸を、 恩師・松本善之助先生のお棺(ひつぎ)に、

入れてくださいましたことがありました。 このことで、どうしても、

その書軸をお目にかけることは出来ないのです。

        ・

サルタさんの、その尊いお気持ちは、

縄文日本の代表する光輝であると言えるのではないか、

と、強く言葉を発したいのです。

このことは、『縄文人のこころを旅する』にて、詳しく提示しました。

この書物の刊行を、墓前にお供えするだけしか叶わなかった。

この事だけが、今でも心残りです。

どうでも、ひとめ、お目にして頂きかった。  

ですが、

その、精神(エスプリ)については、

「なか・たか・わ」の書軸によって、既に松本先生は、

ご理解下さってあられたことであった、 と、 そのように追想します。

         ・

こんな風なことを、

次々と、回想しますのには、

雑誌に載せるインタビューで、松本先生に関してのこと、 も 、

と、先方からの注文がありました、事々からでした。

   そのようなこと、にて、記憶の糸がより戻されて紡がれてまいりました…

  そんなこと、にて。

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2006年6月21日 (水)

急がば、… ?

松本善之助先生から、「君は、文章が下手だからねー」

と、

よく言われていました。

Photo_115

そこで、勉強したのが、

お茶、と、社交ダンスでした。

お茶は、官休庵。

社交ダンスは、今流行ってますね。

わたくしの、習い始めたのが、20歳ぐらいの時でしたから、

もう30年になります、か。

Warabiaya

社交ダンスでは、

本場が西欧ですので、びっくりするほどに、随分と勝手が違います。

リズムの取り方が、一般の日本人からすると、奇異に感じるほどに、

根本から違います。 特に、スロー・フォックス・トロットの、リズムの取り方は、

むつかしいのです。  それも、西欧人にしても、やはり、そのようです。

          ・

社交ダンスの発達は、貴族階級にその先行と・洗練さが集中してきた、

そのような、歴史があります。 微妙なリズムの取り方は、それなりに、

極められているものなのです。 

入門的に、単純化したものは、一般の人にも、

説明もしやすいですし、また、理解も、た易いといえましょう。

でも、

高度に、洗練されたその美しさは、

微妙なところの違いによって、醸し出されてくる訳です。

このような、微妙な世界について、

わたくしは、社交ダンスの、それこそ汗まみれのレッスンに、

多くを学ばせて頂いたと、感謝しています。

        ・

みなさま、大きな目標に、向かって羽ばたいてゆかれる、

その折には、

何だか直接にどうだかな?

なんて、ちょっとも解からないような、‘お稽古’事を、どうぞ、

何かなさって下さいませ。  遠い未来において、

何とはなしに、役立つものと思うこと、しきりです。

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2006年6月20日 (火)

日本の精神の、1500年来の、ねじれ。

‘ト’精神

これが、

この精神こそが、本来の日本民族に備わってきた、

尊くも、そして未来にも有益でもある、そのような‘たから’であった。

    ~   ~   ~

むつかしくも、

しかしながら、わたくしたち日本民族の本当の輝きは、

未来にこそ光る!

この、根本のところ、が、

たった、一文字の‘ト’の精神、にて、明らかになるわけです。

このように、

単純には理解の難しい事々だったわけです。 とくに、インテリといわれているような人々には、特に。   いかにも、優等生的な、見栄えだけこそが良さそうな現代の高学歴の人々には、どうしても理解不可になってしまいやすいのでしょう。

これまで、わたくしは、何人にも、その残念な例を見続けてきました。

 なにしろ、漢字に当てたら間違いになります!

なんて、 そんな言葉は、優等生然とした人たちには、おそらくはじめてのことでありましょうから。 優等生と目されてきていた人たちは、どの様に、漢字に置き換えるか? と、そんなことばかりに、労力を費やす。これが学問である。   なんて、  そんな風に、信じて来ていたのでしたから…。  何千年と…。

漢字訳は、それは、ゴミですよ!

なんて、 

こんな言葉は、

本当に、聞き始めの事でしょう。  彼らにとって。

漢字が、日本に渡来してから文化ができた。

この、間違った、唱え言葉が、2000年近くにも言い古され続けてきたからです、  ね。

これこそ、大間違い!

本当は、

日本列島で、縄文時代から、国家が形成されていたのです。

だから、むつかしい概念は、どうしても<やまと ことば>でこそ、表現せねば伝わらない。  漢字に当て嵌めたら、ランクが地に落ちてしまう。

‘ト’の精神は、

どうしても、<やまと ことば>で、表現せねばな、本当のところが伝えられない。

この一言が、

わたくしの、信念になるわけです。

          ・

この、  こんな、

一言だけに、

おそらく、

今後、何十年かの歳月が費やされることでしょう。

でも、この、

しかし、真実を、はっきりと理解なさったお人は、

その意味で、

大きな為し行き方を、そのお手にしたことになります。

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2006年6月19日 (月)

未来志向の、縄文日本の‘ト’の精神

‘ト’の精神

この、難しい概念を説明しようと、何回かにわたって、記事にしましたが、

お解かりいただいた方も、ありましょうが、

また、そうでないお方も、多いことでしょう。

新規の、思想・理念というような、

極めて形而上の事柄に属することついて、その理解は、

それが、根本的であればあるほどに、理解困難のスパイラルに陥りやすいことは、自然の事です。  大まかには、1000人のうち、3人がお解かり下さったらそれで良し。 と、消極的なわたくしは覚悟を決めております。

縄文日本には、高度な文明が築かれてあった!

たった、この一行の事だけを、伝えたいと、何十年にもわたって、

わたくしは、努力を重ねてきただけです。

わたくしは、どうなっても構いませんが、後に続く人のため、 に、

ちゃんとした道である、 ヲシテ文献とは。

 この、ラインだけは、どうあっても死守することが、わたくしに課せられた宿命である。

と、考えております。

新しい人の、出現が、また、さらにポツポツ出始めてきました。

そんなことから、正しさの根本について、

思いを新たにすることの必要性に、

このことを、もっとはっきりすべきではないか? と、切迫して押し寄せてくるのです。   その声は。

本当の、日本の素晴らしさは、

漢字文化を払拭しつくしたところから、再出発してこそ!

と!

             ・

この意味合いでは、本居宣長とこころざしが一致しているのです。  ね。

微妙なところです。

難しいところです、

複雑な、関連状況を、どうやったら解かりやすく、

説明をすることが出来るか?

        ・

もう、 そろそろ、

良い書き手にも、恵まれ行くような、

そんな予感にも… 、 

時代の、 時の、そんな流れでしょうか?  大きなうねりと申せる

のでしょうか?

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2006年6月18日 (日)

‘ト’で考える、‘ロ’で考える

具体的に、現実で‘ト’の理念をもととして、どの様に考えるか?

本当に、たった一音なのです。  ‘ト’とは。

この、たった一音だけの音韻が表す、

その概念が、とっても複雑で・意味深長なのです 、  が、 

そのことの理解も難しいのです。

これを、どう活かして考えられるのでしょうか?

現在に。   本当は、この問題こそが、重要なのです。  そこで、例題を取りつつ考えを進めて見ましょう。

Photo_110

ひとつ、 BSE問題において、例をとって見ることにします。  (BSEとは、狂牛病のことです)

    ~   ~

BSEは、人類に対しての、新たな遅効性の毒物として、

把握できますでしょう。 そして、この毒性のもたらす詳細な因果関係が、研究段階である、そのような不確かさでしかない状況です。

  さあ、どう対応するか?

先(ま)ず、初めに考えるべきは、 ‘ロ’の基本理念です。

‘ロ’は、自分自身の自立の事を指します。

Photo_111

遅効性の毒物から自分自身を護(まも)るには、

BSEの場合、対応できる薬も無しとなれば、毒物を摂取しないことだけが、

有効ですね。

これは、‘ロ’の基本理念から導き出されることです。

   ~   ~   ~

さて、‘ト’ではどう考えるか?

他の人に、及び、社会に良い影響を及ぼすことが、 ‘ト’の理念です。

病原物質の発生を防ぐ方法の開発、病原物質の除去、病原物質の流通を防ぐこと、などなど、まさに読者の皆様が取り組んでおいでの事々が、ここに属します。

‘ト’の理念、

‘ロ’の理念、

カタカナで書きますと、何(なん)にもふたつの事象の間に、因果関係など無いものにも、思われますが、

「縄文文字ヲシテ」の文字形を通して見ますと、 成立関係での必然条件が、そのうちでも、

‘ロ’の方にあることに認められる。 そのような事になることでしょう。

つまり、

‘ロ’とは、 ‘ト’の文字を上下ひっくり返した形状だったのです。

Photo_112

‘ト’の、文字形は、風が吹いたら倒れそうです、 ね。

でも、‘ロ’の文字形には、こける要素が見出せません。

つまり、

‘ロ’こそが、必然条件である、 前提条件である、と。

‘ト’の理念、とは、‘ロ’の理念、の先行成立があってこそ成り立つ。

文字の形状にまでにも、しっかりと嵌め込まれた哲学!  で、有ったと言う事が出来ましょう!

つまりは、こんな事になるわけです。

従来、普通に聴いていたよりも、もっともっとの以前の、縄文日本の、

そんな、古い時代こそが、

日本の古代での進んだ哲学に裏打ちされていたのです。

「縄文文字ヲシテ」とは。

本来の、縄文日本の言葉、  つまりやまと ことばとは、短い音韻で、

高度な理念を指し示すことが出来ていた… 、  と言うことになります。

         ・

隣国のChinaの漢字の概念に、単純な当てはめをしてしまうと、

何段階もの、ランク落ちが、その漢訳をしたことだけの事で、発生してしまいます。  悲しいことです。  (例として、鳥居ホツマ・鏑ホツマなどなどがあります。悲しいことです)

ほんの、睫毛の先の目の前の、

爪の先ほどの、解かりやすさを求めたためだけの理由で!  です。

たった、それだけの事で、

本当に、大切な「縄文日本のこころ」を、つまり、‘たから’を失ってしまうのです。 ‘やまと’の価値観から、隣国のChinaの価値観を基礎に据え変えてしまうのです。  せっかくの、大きな宝が…。

たとえば、こんなことです。

足の先に、たまたま落ちていた、一円玉、

これを、拾(ひ)らおうとした、 たった、このためだけの理由で、

手に握っていた、

三億円の宝くじの当選券を、風に飛ばしてしまうのです。

そして、失くしてしまうのです。  このようなことです。

悲しいことです。

         ・

そんなことでは、無いのです。

本当の本来あるべきの、 ‘ト’

大きな原理原則に基づいて建国がなされた日本は

もっともっと、輝いているのです。

縄文日本の哲学は、

当時においてもそうですし、さらに、現代においても、

そして、未来においてこそなのです!

未来将来においてこそ、本当の真価が光ります。

何千年ものはるか昔の、その先進性が認められるのではないか、と、このように、わたくしは、考えております。 

つまり、ある意味では、

現在よりも、優れている!

         !

こういった、

‘ト’の理念、

‘ロ’の理念、

そのような、根本的な考え方の方法こそが、尊いのではあるまいか?

縄文日本の時代から、深く日本人に、血となり・肉となってきた、

価値判断の、根本思想です。

これならば、

世界のどこへ行っても、

ここのところに参集してくるしかないのではないか?  そのうちには。

と考えるのです。    今はだめでも… 、   です。

   やがては …  。

そうしてこそ、

日本民族の、本来の輝き、

つまり、

‘ジャパン クール’の、本筋が…、

これを、世界に示し得る。    そのように、思考するのです。

ここにこそ、本来の世界の平和と幸せを齎(もたら)し得る、その、指標となる。

このように、思うのです。   これでこそ、日本の未来が光る。

このように、わたくしは、予測しております。

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世界の人々を、導いてゆく原理が、“神がかり”で、あると、

結局のところ、 何時までたっても争いが絶えることが無い。

これは、“神がかり”を超越したものである必要がある。

          ・

このように、

思っております。

これが、ヲシテ文献を、研究してきた、その結論です。

だからこそ、「皇国史観」よりも、その先を進めてゆかねばならないのです。

これこそが、

未来に一万年の良き世界を作り行く、唯一の原理であると、

そのように、思考するからです。「皇国史観」のままでは、欧米の論理と、

なんら変わることが無いのではないか? つまり、『古事記』の世界観のままなのです。

「皇国史観」とは、『古事記』の世界観によって、

日本の事を掌握しただけのことで、

理解程度の誤差が、はなはだしく大きい。

と、

このように、わたくしは、理解しています。

なんと言っても、「漢字文献」でしか…

所詮のところが、そのようなものでしかありません。『古事記』とは。

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