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2006年4月15日 (土)

縄文哲学は、活きている

縄文哲学は、現代にも活きている。

こういっても、

なかなか、この論調については、説明をしようとしても、

旨くには、語りにくいのが現状です。

    ~  ~ ~  ~ ~

新渡戸稲造の、『武士道』が、この頃、よく喧伝され始めました。

そこで、

『武士道』から見てみましょう。

新渡戸稲造は、米国人の女性を妻に迎えます。

とても美しい人で、あったと、写真で、拝見したのですが、

この米国女性から、よく言われたそうです。

「善悪の判断を、日本人は何の基準によって判断するのか?」

と、

また、

「どうして、それが良くないことだと、日本人は考えるのか?」

と。

それに答えるにもってして、

新渡戸稲造は、『武士道』をあてたのでした。

   ・   ・   ・

たしかに、ある一面、正しい判断だろうと、思います。

でも、

一般の庶民の日本人でも、善悪の判断基準は

持っていたわけなのですよね。

そうすると、武士階級だけで、

武士道精神を、独占していたとも限らないのですね。

事実、明治維新で活躍した人たちには、

武士階級には属していない人も多かったのです。

‘草莽’

と言う言葉がありましたよね。

「やむ  に やまれぬ   やまと たましい」

これは、町人階級で医者だった、谷川士清の、和歌の一節です。

Photo_8 

  ~   ~   ~   ~

山本七平さんの、「日本教」

という捉え方もありました。

これもある意味、真実でしょう。

日本には、古来から目に見えにくい形で、

何らかの規範がある。

それを、「日本教」と命名したのです。

「武士道」だけで捉えるよりは、より、真実に近いでしょう。

    ~   ~   ~   ~

ここで、

ほんの、近々のことに、

ヲシテ文献

発見がありました。

記紀(『古事記』『日本書紀』)の

原書として、ヲシテ文献の位置を

認識しますと、これまでの日本歴史においての

把握のなされ方が、根本的なところから、

違ってきます。

つまり、

これまでは、

解かりにくかった事々について、目の前の鱗が、

とれたように、即解できるのです。

その、ひとつが、縄文文明・縄文哲学のことでした。

実のところ。

漢字の渡来するずっと以前から、

日本には、 ‘縄文哲学’が確立されていた。

そして、これこそが、現代日本人に、も、

根底としてある、規範だった。

だから、こそなのでしょう。

どんなに、大きな文明・文化でも、

‘日本ナイズ’にしてしまう、

こんなことが、起き続けて来ていたのです。

なにしろ、

縄文文明は、

控えめに少なく見積もっても、6000年もあるのですから!

   ~   ~   ~

新渡戸稲造の奥様、メアリーさんだったでしょうか?

縄文哲学について、説明してあげたいです。

きっと、納得してもらえることでしょう。

2006年4月14日 (金)

北畠神社に参拝してまいりました。

さくらの花に誘われて、

北畠神社の参拝にあがってまいりました。

Photo_9

    ~ ~ 

ちょっと今年は遅れていて、

さくら(やまさくら)は、2~3分ぐらいのところでした。

北畠神社にもそのせいか、あまり人影もなく、

ムクロン樹の、木の実を沢山拾うことが出来ました。

もっと麓の、さくら、は、もう少し開化が早かったので、

それは、どうしても、お目にかけたいと思いました。

‘やま さくら’

の、風情

これは、何とも形容をすることが、むつかしい。

しかしながら、これこそが、

本当の意味での、

縄文文明からの伝来の、

日本の原風景なのですね。

そうは、お思いになって、下さいませんでしょうか?

Photo_10

ソメイヨシノの品種の様な、

彩度が、

本当にはっきりとした鮮やかさだけの、

華やかさだけではありません。

もっと、もっと、

しっとりと、

やわらかで、愛(いつくし)みのある、そして

樹木のそれぞれが、個性の豊かな!

そんな感じ、

それが、

明治時代以前に、溯る、

雰囲気であると思うのです。

みなさまには、

どのように、

お感じになっておいでなのでしょうか?

     ∽   ∽

後醍醐天皇の、お志につきまして、

わたくしも、深く拝察させて頂いておりますところが、

多く御座います。

後醍醐天皇さまの、

御心(みこころ)のおん趣(おもむき)につきまして、

『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』を、拝読するにつけ、

心に、ググッと来るものがあります。

     ・  ・  

『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』は、

矢張り『群書類従』に、備えられてあります。

   ~  ~  ~

何かの折に、

ぜひ、『神皇正統記(じんのうしょうとうき)

を、お読みいただけますよう、

お願い申し上げます。

『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』は、

『群書類従』の第三集<輯>(巻29)に収められてあります。

このおかげで、

現在にも、残り得たのだと追想することもあります。

また、

後醍醐天皇さまの、ご執筆にあられる書もあります。

『建武年中行事』といいます。

この書物も、日本歴史における、

重要な書物です。

おついでの時でも、是非とも、お読み下さいますよう、

お願い申し上げます。

後醍醐天皇さまの、

ご執筆にあられる書の、『建武年中行事』も、

矢張り、『群書類従』の中に収められてあります。

『群書類従』の、第6集<輯>(巻85)です。

どうぞ、原文をこそ、お読みいただけましたなら、

後醍醐天皇さまの、おん息(みいき)使いに、

思いを廻らせて戴けるものと、

そのように、

願って

やみません。

2006年4月13日 (木)

やまと 、の 光(ひかり)。 その美しさ!

やまと の みちは つきせじ

この言葉は、『フトマニ』にある言葉です。

深く、常に、

思い続けてきております。

そこに、たどり着かねば!   と。

    +   +   +

‘やまと’の言葉の、意味・語彙の語源から説明すると、

本に書く、半分ぐらいになってしまいます。

本当に深い、内容があります。

ひとこと論評で、済ませようとすると、

極めて簡単ですけれど…。

   ・  ・  

そんなことでは、

本当の、わたくしたちの、縄文日本の光輝には、

たどり着けませんでしょうね。

ご面倒でも、『フトマニ』の原文に、お目を通して

戴けませんでしょうか?

これが、

わたくしの、切なる願いでございます。

Futomanimoyamato

65

も や ま

もやまと の みち は つ

きせじ  ありそ うみ の は

まの まさこ は よみ つ

く す と も

2006年4月12日 (水)

解かる人は、何時の時代も

勉強とは何か?  真実の、まなびとは?

「記紀(き・き)」、つまり、『古事記』『日本書紀』、

その、原書が発見された。

この事実に対して、これまで、

あんまりに、ひどい扱いしかしない人ばかり、

が目立ちすぎてました。

『ホツマツタヱ』を直訳に、現代訳に翻訳して済まそう、

というような、次元の低いレベル。

それでは、本当の、日本の素晴らしさが解かるはずもありません。

      

それらの、‘直訳(誤訳)族’が、

多くの本を出して、祖国の日本の本来の光輝を貶めている。

これらは、「秀真伝」という、のです。

また、「ホツマ」という、ことも多い

   ~  ~  ~  ~  ~

その一方では、

「ヲシテ」の、真実性に対して、率直に理解をしてくださるお方もある。

「ヲシテ」は、縄文日本の、光輝を復活させるのです。

このことを、真実、

いろいろと、驚嘆させてもらっております。日々です。

ほんとうに、ありがたい事であると、

思っております。

と、

申しますのも、

『記紀原書ヲシテ

 -『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』『フトマニ』のすべて-』   上・下巻  (展望社

の、刊行についての物語は、

もはや、

涙ながらなくしては、語れません。

ルビ無しの、書籍の出版!  なんて、本当に、

夢の、また、  夢でした。

そして、廉価に価格を設定するために、

大部数を刷りました。

おそらく、50年は、寝かせて塩漬けの状態でしょう。

でも、やらくてはならない、仕事です。

とは言え、

もうちょっと、

私の気持ちが平静を取り戻してからに、

させて、もらえませんでしょうか?

どうも、涙ながらには、キーボードの

文字は、見えにくいのです。

この、

松本不二子さんの、お話は、

どうか、落ち着いてから、

に、

させて下さいませ。

   ~  ~  ~  ~  

さらに、

今回の、「縄文文字ヲシテ」のパソコンソフトの開発にしても、

『縄文人のこころを旅する』に、付録にしました、

ヲシテの日本歌曲の作曲・録音にしましても、

すべて、松本不二子さんの、お力によるのです。

このことだけ、申し添えさせてください。

   ~  ~  ~  ~  ~

また、

この他にも、

まじめな路線で、ヲシテ文献に接してゆこうと

この、わたくしの、進めてきた方針に、

理解と・共感をしてくださる方の、出現が、

相次いでいます。

これまでは、

オカルトまがいか、

はたまた、

‘古事記・経’信奉者、か、

あんまりにも多くって、ウンザリしてましたが…、

やっと!  です。

良い、紀行文の記事がありました。

Speak Easy 日本巡礼
1000年前の、『延喜式』ではどうだったか?

さらに、遡及してヲシテ時代ではどうだったのか?

まじめな、紀行です。

http://blog.goo.ne.jp/manasanda/e/1198c8d0d9ce862b337f94d68d537e4d

2006年4月11日 (火)

桑の新芽のこと

桑の新芽が、もう! はじけます。

     ∽    ∽

狭い書斎の二階の窓から、

日々に、はじけゆく動きが、

動画のように展開されています。

今年は、ベランダから、葉をつめそうです。

    …   …

さくら、には、現代人の関心も強いのですが、

 古代、

縄文時代での、さらなる強い関心は、

あるいは、クワ(桑)の方に有ったのかも知れません。

アマカミ(最も初めの天皇さま)の、2代目にご即位をなさった、

このお人、このアマカミさまを、

クニサツチと、申し上げます。

このお方の、

ご長寿の、秘訣。

これが、クワ(桑)にあったのです。

Mikasafumi95psyou

わたくしも、そのようにありたい。  と。

クワの樹の、青葉に囲まれた、

そんな毎日に、憧れておりました。

しかし、現実には、

四方八方とは、なかなか実現には至りません。

せめて、目前には、クワの木を植えて、楽しんでいます。

(とはいえ、勝手に小鳥が持って来た自生の山桑です)

クワの新芽を、

油で揚げるのが、

とっても楽しみです。

長寿と、おいしさ、

天然自然の恵みを…、  楽しみです。

H18410s

明日か?

明後日か?  ?

クワの、新芽のテンプラは、

何とも言えない、上品な、芳しさがあります。

(かぐわしさ)

しとぎ餅にしたのも良かったです。

しとぎ(簡易的に、おこめの粉を水でこねた物。 本来はお米を水で一晩ほとびらせて捏ねる。)を、クワの葉に乗せて、

蒸し、

これを、油で揚げたら、本当にご馳走でした。

2006年4月10日 (月)

煎餅本! 修理は,ピンセット。

和本は、湿気がちなところに、

長くあると、煎餅(せんべい)みたいになります。

紙と紙とが、ぴったりくっついて、板状です。

      ∽   ∽

‘煎餅本’とは、よく表しています。

日本語の造語能力の巧みさには、脱帽です。

     …   …   …

   それが、

私の手によって、修理なんて!

本当に思いもよらないことでした。

この写真は、‘煎餅本’修理の状況です。

Yasutosihonnsyuuri

あ、

何か、お気づきでしょうか?

ちょっと、今より、毛がふさふさ。

そうですね、もう、10年以上の以前になっています。

琵琶湖のほとり、

今は、高島市になっています。

その、古い神社の神輿庫(みこしくら)から、

『ホツマツタヱ』の、日本で最古の、

いや、世界最古というべきですね。

『ホツマツタヱ』の、完写本が発見されたのです。

平成4年(1992)

これより、わたくしの、‘煎餅本’との格闘が、

開始されたのです。

    …    …   …

『ホツマツタヱ』の、最古の完写本は、

杉の木箱に3箱。  6冊ずつ入っていて、24冊。

そのうち、初めの一箱が、痛みに強烈なものがありました。

つまり、‘煎餅本’です!

虫食いがひどく、、紙と紙とが引っ付いているのです。

無理やりはがすと、

虫食いのところが、跡も無く霧散してしまいます。

一枚一枚、裏打ちしながらでないと、

和本を開くことが出来ない。

平成4年に発見された状況は、

‘煎餅本’だったのでした。

『ホツマツタヱ』の、最古の完写本、ひとつの文字だって、

無くしてはならない!

本当に、ひとつの文字だって、なくすわけにはゆかない!

修理をする、専門のプロもありましたが、

ヲシテ(縄文文字)を読めなくては、虫食いの破片を貼り合わす事など、

できる事が、有り得ましょうか?

虫のシマは、捨て去られること100%です。

日を見るよりも、明らかです。

さらに、当時、腕の良い専門家は、多忙でまったく話にもなりませんでした。

これも、幸いだったのでしょう。

このような成り行きで、わたくしの、格闘が始まったのでした。

2本の先尖りのピンセット、

これを、息を止めて、

メガネを外して、あやつりました。

上に掲載しました写真は、

もう、虫食いのところが終わった時のものです。

気楽に、   写真でも写してよ。

こんな感じですね。     てなことは、

息をつめての間は、考えもできませんでした。

虫食いに、挑んでいる時には、

写真など、写す余裕は無かったです。

     …   …   …

さいわい、たまたまでしょうか?

わたくしの、

お茶の師匠が、

生業として、表具屋を営んでおいででした。

自治体から、表彰をお受けになったほどの、

お腕をお持ちだったのが、助かりました。

お茶の不肖の弟子の願いに、

「この良いキレ(上等の布)を、使えば良いよ」

と まで、お導きくださいました。

     多くの、お人に、

本当に、親切になってまいりましたことを思います。

表具師の、お茶のお師匠は、

深谷(ふかや)房雄先生、と申し上げます。

それで、‘煎餅本’の虫食いに、

何とか立ち向かうことが出来たのでした。

修理の専門家に、大金を払って、修理依頼をしていたら…、

と思うと、ゾッとなります。

何文字のヲシテが、失われてしまったのだろうか?

わたくしによる、

修理の、美観は大したことは無いですが、

それは、何時でも、またやり直せます。

虫食いは、

あの穴の繋がった、島になってしまったダンゴは、

下手でも、やはり、わたくしの修理で良かった。

と、

思っています。

2006年4月 9日 (日)

ホツマの言葉 、 ヲシテの言葉

『ミカサフミ』と、『フトマニ』を先に出(出版)すべきだ!

松本善之助先生からの、ご教示は、

わたくしだけには、特に、すさまじいものがある。

それは、

ホツマ辞典』の、出版の、細部調整でお伺いした時の、

ことだった。

もう、『ホツマ辞典』の印刷が、寸前の段階にまで差し掛かっている、

そんな時に、さへも、

『ミカサフミ』と、『フトマニ』を、先に出(出版)せ!

と、おっしゃるのだ。

Sakurahana_3

しかし、作業の方の段取りは、

もう、すでに、印刷所は、刷版を用意しつつあり、

出版社は、書籍取次ぎ卸の各社と、

発売日の日程のツメに入っているのです。

いくらなんでも、松本善之助先生のお考えとは言え、

とても、現実的な話とはならない。

でも、松本先生の、ご主張のお言葉は、強烈なままです。

それほどに、

『ミカサフミ』と、『フトマニ』の、啓蒙の遅れについて、

松本善之助先生には、大きな危惧を抱いておいでであったこと、

これを、今では、理解する。

そもそも、

『ホツマツタヱ』よりも、

『ミカサフミ』と、『フトマニ』の方が、尊いのだ。

当然ですよね、

断然に、『ホツマツタヱ』よりも、

『ミカサフミ』と、『フトマニ』の方が、尊い。 これは、当たり前のこと。

ただ、ここからが問題だったのでした。

事の成り行きから、『ホツマツタヱ』だけが、先行して普及し始めた。

『ホツマツタヱ』だけを、

普及において、先行をさせてしまった。

このことを、松本善之助先生におきましては、

ずっと大きな、お心の負担になられていたのでした。

だって、

『フトマニ』は、アマテルカミの、

おん(御)、み手づからによる、ご親選(しんせん)なのです。

これが、国宝級でないはずもない。

この、とんでもなく、貴重なことにつきまして、

わたくしからも、

どうぞ、ご理解を!

と願うばかりです。

   ~ ~  ~  ~   ~ ~

それで、誤訳族の、「秀真伝」や「ホツマ」などとは、

はっきりと区別するしかない!

『フトマニ』を忘れて、どうするの?

『ミカサフミ』を忘れて、どうするの?

『ホツマ』だけだから、オカルトに走ってしまうのでしょうね。

   ~   ~ ~   ~

みなさま、

国学の、正しい精神を引き継いだ形で、進めましょう!

これを、明瞭にするため、

「ヲシテ」の言葉を、主流として流通させてゆこうとしています。

   ~  ~   ~  ~   ~

オカルトに、染めようとするもの達とは、

はっきりと、区別を!

ぜひ、ぜひ、    お願い申し上げます。、

‘ホツマ’の言葉だけで、

‘ヲシテ文献’を言い表そうとしていたら、

要注意です!

完璧に、

要注意です!

‘誤訳族’である確立は、99%を下りません!

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