ヲシテの文字形の、貴賎/美しさ・醜さ。 ホツマ文字の美醜の形。
ヲシテ(縄文文字・俗に ホツマ文字)と言う、
極めて古い文字はその形状についても、
理解は、難解です。
今のところスタンダード(標準的な字体)としては、
和仁估(わにこ)安聡(やすとし)さんの文字体が良いと言うことになります。
和仁估(わにこ)安聡(やすとし)さんは、最も多くの写本を残してくださっています、
また、
写本年代も伝承時代での最古期に属します。
このことから、
和仁估(わにこ)安聡(やすとし)さんの、文字体を、
『定本ホツマツタヱ』や、『校註ミカサフミ・フトマニ』に使用しています。
・
一方、
崩れた文字形も、幾つかの、後の写本で散見します。
彼は、通当(みちまさ)さんは、50音図に作るのですね。これは、おかしいです。
間違っています。「タコ・リ、イカ・ル」と呼んでます。「イカ・リ、タコ・ル」とも。
鳥居礼くんなんかの「ホツマ文字」は、「タコ・リ、イカ・ル」の踏襲ですね。
美しいとは申せませんですね。
‘あわ うた’と言う、48音図の存在が縄文時代からあったのだ。
と言う根拠が、ヲシテ文献の中にあるのにですよ。
『ミカサフミ』 58ページ
『ホツマツタヱ』1-4
それは、
48音図を並べ替えたものです。国語の音韻は、48音韻こそが、伝統として正しい。と物語っているわけです。
何が悲しくて、後世にできた50音図を持ち出してくるのでしょうか?
そして、ご丁寧に、ワ行の「ゐ」「う」「ゑ」に相当する新作のヲシテ文字も
創作してくれていました。 これでは、「神代文字」や「古史古伝」と呼ばれても仕方ありません。これでは、「偽書」になってしまいます。成立した時代が狂わされてしまう為です。 要らぬ物をくっつけて貶める、まったく蛇足と言うものですね。
そのような、接し方の態度である小笠原通当(みちまさ)さんの、文字体は、
これ程に、大きく崩れてもいるわけです。
並び順も、悲しいことに後世にできた「アカサタナ」ですものね。
‘日本’本来の縄文時代からの伝統は「アカハナマ」ですのに!
ヲシテ文字の、特殊文字体についても、理解がなされていません。
これでは、偽書の「神代文字」や「古史古伝」となんら変わりませんね。
醜い文字形ですね。
鳥居礼君なんかのヲシテ文字体はこれに近いですね。「の」の文字も縦横棒が突き出てたり、「え」の母音の形状が特徴的に変てこです。
これは、国立公文書館に収蔵されている、
『神代巻秀真政伝紀』にあります。
国立公文書館は、
東京駅から直ぐ近く(竹橋下車)です。何方(どなた)でも閲覧できます。
・
とは、申しましても、
小笠原家の三代以上にもわたる、ご精進のお陰様にて、
ヲシテ文献が、現在発見された経過もあります。
研究の側面に付いては、一言申さずばならないのではありますが、
小笠原家のご恩に対しては、衷心からの感謝を念じ上げております。
伝承という、極めて大切な事項において、その功績は永遠に讃えられる事であります。
さらに、小笠原長武さんの研究は、現代研究の端緒となった、
輝かしい歴史もあります。 小笠原家への賞賛は限り無しといえましょう。
とはいえ、
ヲシテ文献の発見当時には、
なかなか難しい事情もあったとは、推測することも出来ますが、
現在の時点としまして、道当(みちまさ)さんの文字体だけは、
どうしても感心できかねます。
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― 追記 ― (平成25年3月7日)
また、近々にも変テコ文字が作られてます。
時間経過と逆に、程度が低下していく流れはおかしいです。この類(たぐい)こそ、「ねずみ男」の証明です。
変な文字形です。とても、見るに耐えられません。
とは、言いましても、一応、酷さの例として掲げます。
酷い字ですね。我が文明の尊さ美しさを貶めようとする動きですね。だから「ねずみ男」と呼ぶと解り良いのです。
追記、終わり。
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味直しに、和仁估(わにこ)安聡(やすとし)さんの、文字体を掲げましょう。
また、名前のわかっている最古のヲシテ文献研究者の、
奈良に在住していた溥泉(ふせん)さん(江戸時代中期)の
ヲシテの文字の形を掲げておきましょう。
溥泉 著 『朝日神紀』 (京都、龍谷大学所蔵)
手馴れた、美しいヲシテ文字形であると思います。
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さらに、平成の代に至りまして、
それも、今年になりまして、溥泉(ふせん)さんの文字体にも、和仁估(わにこ)安聡(やすとし)さんの、文字体にも雰囲気としてある漢字臭を取り除こうと、
縄文時代への遡及を試みました。 筆の特注からの仕事でした。
そこで、
縄文文字ヲシテと、名づけました。
文字体の、どの形が美しいでしょうか?
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