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2006年11月 8日 (水)

縄文・肇国(ちょうこく・クニが始まったこと)の‘日本’

縄文・肇国(ちょうこく・クニが始まったこと)の‘日本’には、縄文哲学が厳然としてありました。

それは、知らず知らずのうちに、

現在にも伝わっているものです。

Photo_195

ヲシテ文献で、初めて解かる縄文哲学です。

縄文時代からの、国家の中心である、天皇家に最も濃厚に伝承されている精神でもあります。そもそも、天皇家は、縄文時代の‘アマカミ’のご子孫であられるからです。

漢字文献の、

これまで2000年近く行われてきていた、

『古事記』『日本書紀』などでは、知り得なかった事です。

とくに『古事記』を勉強しますと、、逆に、大切な縄文哲学から遠くに離れて行ってしまいます。

先日に、逝去されました賢学の白川静先生も、『古事記』の迷路に取り込まれてしまわれていたことが、わたくしとしましては、悔やまれてなりません。

          ・

漢字文化の導入も過去にありました。

仏教思想の導入も過去にありました。

でも、どこか‘日本’流に消化するのです。

この、‘日本’の文明の強靭さは、

縄文哲学があってのこと、 と、仮定しますと、

納得が出来るわけです。

          ・

上に掲げた写真は、伊勢宮に奉納の人形神楽の一場面です。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

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