2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近の記事

おすすめ

最近のコメント

フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »

2006年9月30日 (土)

眼底出血で、助けてもらって

ヒタカミのクニの、

朝霧です。

Hitakamo1

眼底出血、という弱った症状が出て、

眼を閉じますと、

先日、探訪旅行で訪ねた東北地方の朝が瞼に浮かびます。

   ~   ~   ~

Photo_183

考えてみますれば、  たった一人の、

人の持つ時間の少なきことを、思います。

あれもこれもと、何から何まで出来るわけもありません。

眼底出血の症状が出て、

何を、残しておきたいか、

この事を考えました。

Photo_184

このウタ(やまとうた・和歌)の、意味内容がスーっと、染み入るような、

そんな本を書き残しておくことだ。

と、 思い至りました。

        ・   ・

真名さんの、信州のシナノのクニの、その「シナ」の言葉にも迫る新記事が面白そうです。

ビーチェさんの、新解釈のヲトタチバナひめさんの、お話も楽しいです。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

2006年9月24日 (日)

‘ヲヲヤケ’のこと、カグ・モトヒコさんのこと

ヲシテ文献とは、

そもそものところ、クニ(国家)の基本の書物です。

すなわち、‘ヲヲヤケ’(パブリック)の尊さについての縷述が最も主眼となされるところです。

Photo_182

細微な、論考の迷路の奈落に落ち込んでゆかないように、

外部からの声援・アドバイスが得られるようになって来ました。

良き人の、出現は、将来にとりまして、頼もしい燭光です。

わたくし一人の、力なんて、たかが知れています。

「大いなる、縄文日本の光輝に!」

この、旗印に本気になってご参集して下さる、立派なひと。

その、出現。

そのような、本当に望ましい状況に差し掛かりつつあります。

    ・   ・   ・

さて、

わたくしは、地道な基礎固めに、残る日々の多くをついやするべきかと、考えております。

「辞書を作るバカ」、と言う言葉を、どこかで聴いた覚えがあります。

考えてみますと、確かに、この言葉には説得力を感じます。

とは、言え、誰かがやらねばならない仕事です。

   ~   ~   

ところで、

カク・モトヒコさんの、お気持ちについて、

これもまた、考えてみますと、

良く解かる側面もあります。

もしも、わたくしが、この状況に置かれていたならば、やはり、カク・モトヒコさんの、なされ様におそらく一致したのではないか?

このようにも、推考する所です。

若者衆は、とかく血気にはやりやすいところ、

不勉強で、単純なのですね。 現在にも、おおよそそのようなきらいも見えます。

でも、これも大切なところです。一概に否定できるものでもありません。

とは言え、

カク・モトヒコさんの時代での、若者の暴走は、ほとんどダメな路線であったわけです。

なにしろ、朝廷の方は理路整然としています。

しかし、暴発するのですよね。

ここに、カク・モトヒコさんの苦悩があった、と、

このように、推察するわけです。

現実面での、‘ひたかみ’の方の誘い。

しかし、

歴史的に見ては、朝廷側の論理に納得せざるを得ない。

でも、

若者連中は、

力に頼んでの、反抗を企てる。

    ・    

カク・モトヒコさんの、立場のつらさが、解かるようです。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

2006年9月21日 (木)

「‘あめ’を 知る」 ヲシテ文献の、‘あめ’とは…

ヲシテ文献の‘あめ’とは、如何(いか)にも、

縄文日本の、ビッグワードです。

Photo_181

漢字国字化時代に、降(くだ)って、

‘あめ’は、「天(てん)」と言う言葉に も、格落(かくお)ちされて表現されました。

‘あめ’から、「天(てん)」へは、格落ちである。

と、このように

わたくしは、考えます。

           ・      ・

縄文日本の、高度な文明では、

「あ」・「め」と、

それぞれの、この2音が、‘漢字’の持つ意味内容よりも、もっと、高度な哲学を包含している。

これが、‘あめ’の “やまと ことば”です。

本当のところは、‘漢字’より、‘やまと’のほうが哲学的に高度であった。

この、事実の認定を、再認識して頂きたいと思います。これは、ヲシテ文献ありてこそ、初めて解かる事実です。詳しくは、『ホツマ辞典』の「アメ」の項目を、ご覧下さい。(さらに、ここ数年にて、解釈が進みつつあります、『ホツマ辞典』の改定版には、加筆をしたいと思っています)

つまり、

漢字文化での哲学的な把握のなされ方よりも、

‘やまと ことば’での縄文文明のほうが、さらに、さらに高度な哲学を包含しているのですよね。   冷静に見ましても…。

       ・

こんなことです。

現代の常識では、‘ひらがな’より、

‘漢字’が高度である、と  思いつめてきていました。

ところが、

実のところは、この事は、大きなる誤謬に属する、  と、

そういうことなのです。

“漢字”のChinaより、実のところは、“かな”の‘やまと ことば’の縄文日本の文明の方がとっても高度であった。

この、事実についての、再発見・再認識です。

縄文日本の文明の素晴らしさは、世界でも、最も最初の土器の製作・活用にも見出すことが出来ます。

このことは、

‘やまと’の、 古代の縄文日本に、高度な文明が成立していたのです。

でも、

それは、

余りにも高度であったため、一般の人には極めて難解なるがゆえに、

「漢字」の表記法などを受入れたと、

巨視的に見ての、8世紀頃付近の歴史の把握として、一考あるべしと、考えます。

真実の扉が、開かれることになります。

         ・

このことは、

余りにも、大きな誤謬の転換期です。

どうぞ、

お気持ちを、しっかりと なさってくださいますこと、

この事のみを、

祈念いたし続けております。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

2006年9月19日 (火)

贅沢の極み

何が、‘贅沢(ぜいたく)’か?  と、

この思いには、個人個人違う趣(おもむき)があります。

個人個人が、すべて違う思いのある、

そんな風に、感じています。

H18

松本善之助先生の、秋の墓参を、致してまいりました。  -東京・四谷-

良き、理解者の出現のご報告が、最もお喜び戴ける事項ではないかと…。)

いろいろな、達成感・幸福があります。わたくしには、縁遠いですが、征服欲なんて言葉もあります。

     ・   ・

でも、何はともあれ、

良いことです、素晴らしいことです。

好き嫌いのあると云うことは、

それは、

取りも直さず、  

個人個人が、価値判断をしているのです。

これ程、尊いことがありましょうか!

    ~     ~

でも、わたくしに、取りましての、この基準は、

縄文日本文明の光輝の解明こそが、最たるものです。

つまり、

私にとりましては、

お金にも、名誉にも、換えることが出来ません(今は、両方とも縁もありませんが…。将来も、でしょうね?)。 何しろ、わたくしの、敬愛し、敬服するのは、縄文日本の文明でありまして、この高貴なる精神を愛(いつく)しむがゆえです。絶対敬服・絶対敬慕の故(ゆえ)であるからなのでしょう。

ヲシテ文献に遭遇して、日本の漢字以前の光輝に触れたるが故の、成り行きです。 自然な事です。 それは、縄文日本の文明の卓越性が、なさしむるモノなのでしょう。尊きかな‘縄文日本’、この言葉が、すべてを言い表しているようにも思います。

    ・   ・   ・

今回、東北の探訪旅行でも、戻ってきまして振り返りますと、

縄文日本の文明の卓越性についての大きな再発見を、幾つも数えることが出来ました。 この成果も公表したいと思っています。

まさに、文献学による漢字以前の日本の解明の、真っ只中の状態です。

毎日毎日が、新発見の連続なのです。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

2006年9月15日 (金)

‘神社’の読み方。 「じんじゃ」で良いの?

久しぶりに、甥の大学院生が来ました。

伊勢神宮の参拝をしてきたとの事でした。

     ・

鳥居のことを、聞いてきましたので、ついでに、

‘神社’の読み方(訓み)は、「かみやしろ」ともいうのです。

このように言いましたら、

初めて聴いたような、

そんなことで、びっくりしていました。

でも、ちゃんと、

今から、約千年前の『延喜式』にも、「かみのやしろ」「かみやしろ」と、あるのですよね。

『延喜式』は、習っているはずなのに…?

そもそもの、ヤマト言葉は、「かみやしろ」と言っていたものを、

漢字に当てて、‘神社’

これを、音読みして「じんじゃ」と、呼ぶほうが単に多くなってきただけ、

そのような事情であったわけです。

「じんじゃ」なんて、 そんな発音は味も素っ気もない音です、 よ ね。

この発音からは、良い匂いも、温かな風も感じられません。

‘じんじゃ’だなんて、格落ちの発音になる前、

漢字時代の以前は、どうだったのでしょうか?

       ・

‘神社’の内実そのもののイメージとして、

考えると、

縄文時代からあった「かみやしろ」の音韻の響きが似つかわしいですね。

人々を、愛(いつく)しみ、育ててくださる雰囲気が漂います。

人は、心の中心にどっしりとした自信が備わっていると、

万全の働きが出来るものです。

     ・

先の大戦、

と、 わたくしが、申しますのは、

対・唐戦争に敗れて(白村江の敗戦)からのことです、

これは、西暦663年の事ですから、今から約1300年ほど前にもなるのでしょうか?

いまだに、それを引きずっている。

と、わたくしには思えるのです。

そして、

勿論、大東亜戦争での敗戦についても、大きく影を引きずっているのですが…。

        ・

先の大戦の、

対・唐戦争のあと日本は精神的に惨めな状況に置かれ続けていたのでした。

そもそも、

縄文時代から、国家建国がなされていたという、

世界的にみても、最古・最長を誇る国家でありながら、

いかにも、惨めさについて心に留めることなく、国家の運営を行ってきていたのでした。

   自国の大切な文字のヲシテ(縄文文字)を、忘れ・捨て去るという。

単なる、惨めさ以上のものと、わたくしには思えます。

       ・

さて、

「神社」を、‘ジンジャ’と読むのは、漢音読みです。

このことに、気付かない人が多いのには、びっくりです。

‘漢字’とは、 冷静に見てくださいましね。

「漢(中国ともいう)」の文字。

を、意味します。

本来の日本字、ではないのです。

       ・

では、

本来の、

ヤマト言葉では、なんと言っていたのでしょうか?

それは、

「神社」を、‘かみ やしろ’とか、‘かみ の やしろ’と呼んでいたのです。

すでに、

大学院に、在籍というのに、本当に、故国・日本の事が解かっていない。

     ・

驚いている、

そんな、事ばかりでした。

   ~   ~   ~

冷静に考えてみる時、

漢字なんて、1300年ほどの以前に、日本が受け入れただけのもの。

それは、

ちょうど、

現代の日本が、米英語などの言葉を取り入れている、

そんな、日々に、似ているのですね。

        ・

カタカナ英語についての書物が、

この近年だけでもあまたに出版されています。

わたくしの、常用の、

『例文で読むカタカナ語の辞典』(小学館)には、助かっています。

カタカナ語辞典がないと、本当に不便してしまうのが現況です。

でも、

それは、思えば、

1300年前でも同じであったわけです。

いや、

現代よりも、もっと凄まじい、

漢字・漢語の国家の公定文としての決定です。

さしずめ、

現代にて表現すると、

出生届けも、英文で書かないと、役場で受理してもらえない。

そのような状況に当たります。

   …  …  …  大変です。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

2006年9月12日 (火)

マキの樹

寓居の入り口には、

コウヤマキの樹が、大きくなっていました。

さらに、さらに、伸びゆかんとしています。

Kouyamaki

新宮殿下の、ご安寧をひとえにお祈り申し上げます。

2006年9月11日 (月)

‘よかみとぢ’の言葉

良いおウタが、

またしても寄せられました。

内容が、ヲシテ文献の深い哲学、

それも、『ミカサフミ』に強く依拠しているため、

カタカナで表しても、意味が掴みきれません。

やはり、ヲシテ(縄文文字)でお読み下さい。

幾つもの、特殊ヲシテ文字がちりばめられています。

Photo_180

ウタの、内容の詳細な理解には、

『ミカサフミ』の1アヤの「ミカサフミ キツヨヂ の アヤ」を参照なさって下さい。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

2006年9月10日 (日)

漢字の良し悪し

漢字の良し悪しについて、

思うことしきりです。

      ・

紀貫之(き の つらゆき)は、『土佐日記』をひらがなで書きました。

私事の話で、恐縮ですが、紀貫之の墓所の最も近くに、父の墓を建てました。

紀貫之の、このふっきれは、賞賛すべきものと思うのです。

      ・

良く考えてみますと、

‘やまとことば’があって、

なぜ、

‘漢字’が必要なのか?

不思議なことです。

そもそも、‘漢字’なんて、‘英語’と一緒で、外来語なのですよね。

このことを、紀貫之は主張したかったのではないかと想うのです。

紀貫之(868?~946)は平安時代の人です。

本居宣長(1730~1801)に先行する事、ほぼ900年ほどです。

いわば、大先達と、わたくしは尊敬しております。

『土佐日記』は、やはり『群書類従』に所収されております。

『群書類従』の、正編の18輯(しゅう)です。 (327巻)

   ~   ~   ~

‘漢字’に書くと、何だかインテリジェンス。

この、感覚を、拭い去る必要があると思うのです。

‘英語’風の、カタカナ語に書くと、何だかインテリジェンス。

今と同じですね。

でも、そんな時代は、何時まで続くわけでもないのでは?

つまり、

そろそろ、縄文日本の高度な文明から世界をリードする、

このような、構図を画いてみても宜しいのではないでしょうか?

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

2006年9月 6日 (水)

笹百合の香りの、良いおウタ(和歌)

とっても良いおウタを、頂戴いたしました。

作者のご了解は未だしですが、あんまりにも素晴らしいおウタですので、

お披露目せねばと、思いました。

作者は今のところ、「某 女性」とさせて頂きます。

Photo_178

             ・

そこで、

スーッと、浮かんで来ましたのが、

次のウタでした。

一文字、字余らせの、魔物避(よ)けのウタとなりました。

Photo_179

        ~   ~   ~

紀子さまの、ご無事のご出産をお祈り申し上げます。

        ~   ~   ~

真名さんの、新記事の連載が始まりました。

信濃の国の、胞(えな)にまつわる物語です。

戸倉温泉・上山田温泉に行かれる前に、是非お読み下さい。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

2006年9月 3日 (日)

食べものの安全のこと、求める側のこと

食品の安全について、考え出したらキリがありません。

肉嫌い、の私でさえそうなのです。

Okome

それで、

いつも、手弁当を持ち歩くのですが、遠方への旅行ともなると、

外食に頼らざるを得なくなります。

そうすると、いつも、困ります。

私の食べれるものが、なかなか見つからないのです。

コンビニで、おにぎりを買おうと思っても、

‘アミノ酸添加’無しの物は、なかなか見つかりませんから…。

ゼラチンなし(ゼリーなし)、牛乳無しの、洋菓子もなかなか見つかりません。

   ~   ~   ~

こんなに豊かになったのに、

こんな状況を、アマテルカミがご覧になったらどう、お思いになられるか…、と。

   ~   ~   ~

実際のところは、

私たちの側に、意識の修正が求められているのではないかと、

このようにも、考えるわけです。

需要者が、こんなものはいらないと、するならば、

わたくしの思うところの、

避けたいものの、生産も、流通も、減ってくるのではないか?

そうしますと、良いものが増えると思います。

先ず第一の重要な要点は、意識の改革に尽きると思います。

アメリカでの、禁酒法時代にも見られますが、

規制では、要所を的確に決めることは難しいようなこともあります。

        ・

わたくしが、スーパーに行きましたら、まず肉売り場の前は通りません。

ここ30年来の習慣です。

で、 どうするのかと、不思議に思われることでしょう。

   ~   ~   ~

去年ぐらいから、我が家の食卓に、加わったものを、

ご紹介しておきたいと思います。

酢漬の煮干(だしじゃこ)があります。 何故かウチでは‘おかしら’と、呼んでいます。

10匹前後、毎朝頂くことにしてます。

ガラスの蓋付きの器に、煮干を入れて、酢でひたひたにして置いたものです。

煮干は、おなかの破れていないのを用いて下さいませ。臭みが無くて美味しいですから。値段が張っても、ここだけには、こだわって下さいませ。

         ・

考えて、振り返ってみますと、

古代の、調味料は基本的に付け味です。

調味料の、塩・酢などを別皿に盛っておいて、茹でた野菜などをその調味料に付けて食するやり方です。 現代的なやり方の、全体に味付けするよりも、この、付け調味料の方法のほうが、結果的には少ない塩分で美味しくいただけるように思います。一度お試しいただいても良いような、

価値があるようです。

参考には、古い神社のお祭りなど、

神饌(しんせん)に捧(ささ)げる献立が面白いです。

神宮徴古館もどうぞ、とっても参考になります。

縄文日本の輝きを取り戻そう!

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »