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2006年8月31日 (木)

「たつ」とは何か? 漢字以前の自然神とは? その5

ヲシテ時代(漢字以前の日本)の自然神の「たつ」には、人々は尊敬の念を持っている事が解かりました。

でも、単純に尊敬の念ばかりでもなかったのですね。

つまり、

他の自然神の起こした事象の事で、ひと悶着があったときに、 人と自然神の間の位置関係が判明する事例があります。

    ~   ~   ~

このとき問題になったのは、他の自然神の「うつほ(気体)」の「ウツロヰ(うつ ヲ カミ)」の起こした災いでした。10代アマキミとなられる、ニニキネさんの青年期の時に、「うつほ(気体)」の「ウツロヰ(うつ ヲ カミ)」が災いを及ぼしたのです。せっかく、ニニキネさんの新宮の完成があったというのに、なのでした。

『ホツマツタヱ』 21アヤに出典する、故事です。

Photo_171

新田の開発に、その、みこころを熱くなさっておられる、ニニキネさん(みまこ・アマテルカミのお孫さんに当たられるので)

新田開発の拠点になるのが、「にいはり」の新宮殿です。

いまの、茨城県の筑西市(ちくせいし)の古郡(ふるごうり)に、位置します。

「にいはり」の新宮殿の完成が報告されますと、居ても立っても居られません。ニニキネさんは、夜中にご出発なさいました。

古くから栄えていた、「つくば」のミヤ(宮殿)から、北西の方向に御輿(みこし)は進みます。ちょうどこの日の日中には、御兄(おにい)さんのアスカ ヲ キミからも、お祝いが寄せられます。第一の重臣のフトタマさんを使者に遣わしての、祝賀です。

Photo_174

ニニキネさんのご一行は、筑波山付近から、北西の方向の「にいはり」の新宮殿に向けて進んで行かれました。

トサト(十里)来たところで、稲光を見ます。それは、「にいはり」の新宮殿の方であるのでした。

ここで、地図を見て見ますと、

今でも、十里の地名が残っていて、さらに、桑山神社もあります。

雷に、桑原桑原という言い草を、つい思い浮かべてしまいます。

Photo_175

茨城県筑西市桑山の地区です。 ここで、酒徳利に「十里」と書いた江戸時代ぐらいのを見かけました。頼んでは見ましたが、家宝だからと、譲ってはもらえませんでした。いくらでも、出します(ポケットはいつも軽いですが)と、言って頼んだのですが、お金ではないのです、よ、ね。  要は、信頼ですね。

                  ・

さて、折角の新宮殿に、落雷です。

Photo_177

ニニキネさんは、祖父のアマテルカミ(ここでは、アメ・アとして表現されています)に、事の次第を報告なさいました。

するとどうでしょうか。

あの温和でおやさしいアマテルカミが、「なさけなき (ウツロヰ・ウツ ヲ)やしろ ひしげ(毀してしまえ)」と、厳しい強い語調でおっしゃったのでした。

自然神というものは、人よりも下位に位置づけがなされていた事が解かります。

縄文時代・弥生時代の真実は、ここにありました。

   ~   ~   ~

一方の、隣国の、

China(中国)の方での、「龍」の意味を見て見ましょう。

『説文』(『説文解字』ともいう、中国後漢時代の永元12年(100)頃、許慎が編纂した辞典)には、

「龍鱗蟲之長幽能明能細能巨能短能長春分而登天秋分而潜淵」

とありますように、

ヲシテ時代においての、「たつ」にあった働きの「防火・鎮火」

のことは、片鱗もないのが、

China(中国)の方での、「龍」の意味です。

(引用文の『説文』が読みにくいと、言われそうですので、大意を、付けます。 

 「龍は鱗蟲(うろこむし)の代表です。幽(かすか)にも出来、明(あきらか)にも出来、細(ほそく)にも出来、巨(おおきく)にも出来、短(みじかく)にも出来、長(ながく)にも出来る。 また、春分には、天に登り、秋分には淵(ふち)に潜る。」

 と言うような内容です。  <龍>は、大した内容では、ありませんね)

       ・

つまり、

ヲシテ時代の「たつ」の言葉に、

China(中国)の漢字の、「龍」を単純に当てるのは,

どう考えても、誤訳であると言うことになります。

誤訳はいけません、わが国の古代の尊さを、貶(おとし)める行為であるからです。

わたくしが、誤訳が許せないと、

このように叫ぶのは、間違いなのでしょうか?

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2006年8月30日 (水)

「たつ」とは何か? 漢字以前の自然神とは? その4

ヲシテ時代(漢字以前の日本)の自然神の「たつ」には、人々は尊敬の念を持っていました。

「たつ」が居てこそ、富士山の噴火に歯止めが掛かっているのだと…。

そのような感覚が、ヲシテ時代での自然神にあります。

人の生活をサポートしてくれる、そんな位置づけですね。

(あが)め、恐れる対象とは、ちょっと趣(おもむき)が違います。

           ・

そんな「たつ」の中でも、人々から尊敬が寄せられるのが、「たつ の キミ」ともなる「たつ」です。

ミチに迷っている、トヨタマヒメさんに、義父のニニキネさんが、お諭(さと)しになる時、「たつ」のキミの成長過程に譬えてのお話がありました。

Photo_172

あなたが、恥ずかしいと思っていることは、

実のところは、あなたに責任などないのですよ。

覗き見した、夫の、ホオテミが悪いのです。

‘ミ・イキ’の教えの事を、考えてみて下さい。

「たつ」の子が、成長して…、 やがて「タツキミ」に成ってゆく時の‘ミ・イキ’です。

「たつ」の子は、千年の間、海に住んで、「たつた」の鎮火・防火の働きを会得します。

こうして「たつ」になった「たつ」の子は、次に千年の間、山に住みます。ここで「たつ」の力の及ぼし方を学びます。

このあと「たつ」の力の活かし方を、里に住んで千年の間、学ぶのです。

こうして、‘ミ・イキ’を悟って初めて「タツキミ」に成り得るのです。

Photo_173

「たつ きみ」の‘ミ・イキ’を、人に応用してみましょう。

人での‘ミイキ’は、ハ イキ(ワ イキ)、ア イキ、ヒト イキの合わせての‘ミ・イキ’です。

1、ハ イキ、とは命が一番大切であることを悟ること。

2、ア イキ、とは社会的な健全さのことです。

3、ヒト イキ、とは男女間の中の良さを意味します。

このように諭された、トヨタマヒメさんは、勇気百倍になったのでした。

    ~   ~   ~

この、「たつ」の子の千年の話は、

丹後の宮津の天橋立に伝わっています。(『九世戸縁起』室町時代頃

おそらく、トヨケカミからアマテルカミに伝えられ、そののちにニニキネさんに伝えられたのでしょう。  また、その名残りが由緒の深い智恩寺(ちおんじ)に伝承されたのであったと推測されます。 尊いことです。不思議なことです。

天橋立に、行かれるときには、是非とも智恩寺を訪ねて下さい。巻物の『九世戸縁起』(くせと えんぎ)の実物は、 京都の国立博物館への委託収蔵になっていますが、智恩寺の広い境内(けいだい)の何処かにトヨケカミ・アマテルカミのお宮の跡があったと伝承されています。 その、真実の場所を探し訪ねる事は、興味津々です。

                         ・

なお、7月の夏のお祭りには、「たつ」も登場します。天橋立の行事です。智恩寺・文殊堂、出船祭り。

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2006年8月29日 (火)

「たつ」とは何か? 漢字以前の自然神とは? その3

「たつ」の活躍の色々について、

詳しく見て見ましょう。

身近なところでは、家々の建屋(たてや)の内にも働きがあります。

Photo_166

漢字で、鴨居や敷居と書いてしまうと、深い意味合いが判らないままですが、

(す)れて熱くなりやすいと個所に、水鳥の名前を付けて防火・鎮火の助けとして、「たつた」のカミを招いたのですね。

漢字の当て方について、吟味してみますと、

鴨居は、まあ、何とか良しとしても、

敷居は、いけませんね。 本来は「しぎ(水鳥の」が原意ですから、敷居は誤訳です。誤訳は、困りモノです。

           ・

「たつ」と、「たつた の かみ」との関係については、

「たつた」のカミの、最も具現化したはたらきが「たつ」であったことは、

前項、その2の記事に引用した『ホツマツタヱ』24-76~77の典拠に明らかです。もう一度、掲示しておきましょう。

Photo_167

詳しい解説は、こちらに。

            ・

さて、形而上の働きが、物質に具現化してゆくにはさまざまな経緯を必要とします。

自然神の8神のそれぞれの具現化にも、物語があります。

1、ウツロヰ (気体)

2、シナドベ (かぜ・熱くないエネルギー)

3、カグツチ (ほ・熱いエネルギー)

4、ミツハメ (液体)

5、ハニヤス (固体)

6、ヲヲトシカミ (穀物の豊穣)

7、スベヤマズミ (森林治水)

8、タツタヒメ (防火・鎮火)

の自然神のうちの具現化にて、うまくいった物もあれば、そうでもなかったモノもありました。

Photo_169

「おころ」とは、現在で言いますれば、‘もぐら’のことです。

真っ暗な、地面に住んで、モグモグとやっているモグラは、

口を開くと真っ赤です。

どうも、カグツチ (ほ・熱いエネルギー)と、ハニヤス (固体)との間に産まれた生物のようです。

「たつ」になりたい、「たつ」になりたい、 と、

手を掻いて、口をモグモグやりどうしです。

でも、「たつ」に成り損(そこ)ないの‘おころ(もぐら)’にも、役立つ役割があります。

土の中に、カグツチ (ほ・熱いエネルギー)のエネルギーを吹きかけて、災いを防止する力がある。これは、尊いことだ。 と、ニニキネさんから、特段のお褒めを賜ることが出来たのでした。

    ~   ~   ~

ひと(人)が日常の生活を送る上で、「ほ(熱いエネルギー)」は重要であると共に、その取り扱いには細心の注意を必要とする、危険なものでもあるわけです。

有用な働きであっても、危険なもの、

それと、ひと(人)はどう向き合ってゆくべきか?

それが、「たつた」のカミ、でもあり、

その具現としての「たつ」であったのです。

何か困った時には、「のりと」を述べると良いと、『ホツマツタヱ』22アヤに出典があります。

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防火・鎮火の働きを期待し、委託するのが「たつた の かみ」「たつた ひめ」でした。

その、具現化が、「たつ」だったのでした。

火の災いから、ひと(人)を護る。これが、「たつ」です。

隣国の、中国(China)の「龍」の概念とは、大きく異なります。

漢字以前の日本は優れています。 しかし、一方、諸外国については、それほどの事はございません。

漢字以前のヲシテ時代の「たつ」の概念の、その、独自性・高度さには、またしても驚くばかりと申すばかりです。

漢字以前の時代の日本の先進性について、おおよそ、グローバルに見ても他に比肩出来る文明があるのかどうか? 私は、対抗馬も見つけられないでいます。

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2006年8月28日 (月)

「たつ」とは何か? 漢字以前の自然神とは? その2

さて、「たつ」について、ヲシテ時代の真相に迫るために、

所属する範疇の、自然神の枠組みについて、先(ま)ず先に見て見ましょう。

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そもそも、自然神は、7代目アマカミのイサナギ・イサナミさんの時に、

名称の正式な決定がなされました。

1、ウツロヰ (気体)

2、シナドベ (かぜ・熱くないエネルギー)

3、カグツチ (ほ・熱いエネルギー)

4、ミツハメ (液体)

5、ハニヤス (固体)

6、ヲヲトシカミ (穀物の豊穣)

7、スベヤマズミ (森林治水)

8、タツタヒメ (防火・鎮火)

この8神は、こよみ(暦)・天地自然の巡行を大過なきように護るための自然神としての位置です。

さて、この8番目の、タツタヒメ (防火)の具体化の働きこそが、「たつ」であったのでした。

    ~   ~   ~

Photo_164

「このしろの たつたつた の かみのこと」

の文章から、富士山の頂上にある小池の‘このしろ’池に、

「たつ」が住んでいて、自然神のタツタヒメの具現化されたものである。

と、考えられるのです。

富士山は、幾度となく噴火してきていて、その噴火を抑えている象徴が、頂上の‘このしろ’池に住む「たつ」なのでした。富士山の噴火を押さえるほどの力が‘このしろ’池の「たつ」にはあるのですよね。まさに、防火・鎮火力のトップと言って差しさわりがないでしょう。

ニニキネさんの、富士登山の時には、山頂の付近に住む‘みやことり(イワツバメ)’が盛んに飛び廻っていました。そこで、‘らばな(雌花・植物名は不詳)’を投げてやりますと、‘みやことり(イワツバメ)’がとっても喜ぶように遊び戯れました。これは良い験(しるし)であると、衣装の柄になさったのでした。めでたい時に、天皇さまがご着用になられる‘とりたすき’の意匠(デザイン)は、この故事に基づきます。

この、『ホツマツタヱ』24-75~76の、出典個所にて、おおよその、「たつ」のもつ雰囲気がお解かりいただけると思います。

    ~   ~   ~

さて、

思い起こしてみますと、

アマテルカミの誕生祈願に、富士山の頂上でのお祈りの事がありました。

Photo_165

「ぎみ」とは、7代アマカミのイサナギさんのことです。

「はらみやま」は、富士山を指します。

その、「いけみず」とは、まがうことなく、‘このしろいけ’の事ですね。

アマテルカミの

ご出生祈願の洗眼の祈りは、‘このしろいけ’で行われたことが判ります。

今現在では、‘このしろいけ’は空池だと聞きます。

でも、

アマテルカミのご出生祈願の時には、水の湛(たた)えられてある池であったことも判明します。

          ・

アマテルカミと、「たつ」の関係についても、

ご理解が得られたのではないかと思います。至って、感動的な・象徴的なことでもあります。 この感動を、深く実感して頂くためにも、今回は、ここにて文(ふみ)つづりを止(と)めておきましょう。

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2006年8月27日 (日)

「たつ」とは何か? 漢字以前の自然神とは? その1

簡単なようで、「たつ」の概念のヲシテ時代における意味合いを、

現代に説明するには、至難なステップが幾つもあります。

昨日も、私の言うことは難しいと、遠来のご婦人(女房の古い友人)

言われたばかりです。

でも、

漢字以前のヲシテ時代には、高度な文明があったのですから、

本当に解かろうとすると、

どうしても、難しくなってしまうこと、これを避けるすべをわたくしは持っていないのです。

ここは、どうしても乗り越えて下さいませ。

漢字以前の、日本は、とっても素晴らしいのです!

だから、現代人にとって難しいのです。

         ・

いつもの事です。

何かの言葉を調べようとしましたら、用例の検索を、初めにするのが、私のやり方です。

「たつ」の用例は結構多くて、

『フトマニ』     2例

『ミカサフミ』   10例

『ホツマツタヱ』 62例(類例を含む)

が、ありました。 そのうちには、「波立つ」や、「建つ柱」、「さが(罪)を断つ)」、「出で立つ」など、同音異語の「たつ」の言葉が混じっています。

それらを除いて、自然神としての「たつ」に関連する用例だけに限定してみましょう。 すると次のような、数字になります。

『フトマニ』     0例

『ミカサフミ』    0例

『ホツマツタヱ』 25例(類例を含む)

             ・

さて、この、『ホツマツタヱ』 25例(類例を含む)の、

自然神としての「たつ」に関連する用例のリストを掲示しておきましょう。

0-19、0-19、8-82、17-88、21-11、21-12、21-45、22-11、22-11、22-13、22-24、22-25、24-63、24-76、24-76、26-16、26-32、26-32、26-32、26-35、26-35、26-35、29-18、39-30、39-36。

これらの用例について、

すべて、破綻をきたさないように、その語彙の意味・その概念を考慮してゆくのが、

私の手法です。

また、

自然神というものについての、全体的な把握の仕方を確定させるために必要な重要個所が、このほかにあります。これは、次の個所です。

『ホツマツタヱ』  22-1から22-12

『ホツマツタヱ』  21-49から21-66

(『フトマニ』・『ミカサフミ』にも数箇所ありますが、ここでは、割愛します。あまりに複雑になり過ぎてしまうからです。)

           ・

さて、

こんなところで、

今日は、時間がなくなりました。

またの日に、この続きを展開することとさせてもらいましょう。

           ・

真名さんが、難解歌についての新解釈を提示なされました。こちらを、どうぞご覧になって下さい。

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2006年8月24日 (木)

日本民族の根底の問題、記紀の価値は高いか?低いか?

ヲシテ文献が発見され、研究が進んできました。

記紀(『古事記』『日本書紀』)との原文対比の書物の『定本(ていほん)ホツマツタヱ』を、

使いこなしてくださる人が続々と出現しています。

          ・

そうしますると、次の段階に差し掛かります。

それは、古代史のおける漢字文献というものの、冷静な視点での見直しです。

記紀(『古事記』『日本書紀』)には、一体どの程度の価値があるのか?

(ただし、『日本書紀』は、12代景行天皇54年秋より以降については、国史としての位置づけが出来ます。)

こころを、特に冷静にしてお考え下さい。

    ~   ~   ~

   1、

記紀(『古事記』『日本書紀』)の原書が、ヲシテ文献(『ミカサフミ』・『ホツマツタヱ』・『フトマニ』)であること。

   2、

『ミカサフミ』・『ホツマツタヱ』・『フトマニ』から、記紀(『古事記』『日本書紀』)に漢字翻訳された時に、誤訳が多く、また、翻訳削除個所が約50%程もあること。

   ~   ~   ~

この、2点の事実から、どの様に考えるべきでしょうか?

記紀(『古事記』『日本書紀』)などの、古代史においての漢字文献は、その価値が極めて低いと言わざるを得ない。

(ただし、『日本書紀』は、12代景行天皇54年秋より以降については、国史としての位置づけが出来ます。これは、高い価値を有します。)

このように私は、考えます。

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2006年8月23日 (水)

ヤマトのミチ(道)の、麗しさ

ヲシテ文献に、真正面からあたる人の、続々なる出現は、

何と言っても、感動です!

2000年近くも、押し込められていた、日本民族の根底からの感動なのです、 から。

Photo_161

記紀の原書には、筆舌になど到底語りつくせない深い内容が記録されています。 ヤマト民族の古代における光輝を、思うばかりです。  ただ、行間に書かれている事項が多いので、ややもすると、誤訳に陥ってしまいます。

この、単純翻訳における誤訳だけは、ご注意くださいませ。

 この事ですが、

もう、わたくしが、注意を呼びかけなくても良い人が、幾人も出現してきました。

その、区別は、

     ~   ~   ~

         A,

わたくしが、注意を呼びかけなくても良い人 → ヲシテ文献 の名称を使っている。

         B,

わたくしが、注意を呼びかけネバならない人→ 「秀真伝」「ホツマ」などと、言う。

      ・

    ご注意、

「ヲシテ文献」の名称は、

商標登録していますので、ご使用には慎重になさってください。

お問い合わせは、日本ヲシテ研究所までお寄せ下さい。

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2006年8月21日 (月)

‘よしあし’ の書のこと

「よし、あし」の事は、大切な心構えとして、書にしてみました。

Photo_154

古い(漢字以前の)、やまと言葉の、

「よし、あし」には、良いこと・悪いこと

この両極の意味合いがあります。

ところが、また、もう一方では、

水際に生える植物の、「葦(よし)、葦(あし)」の、ことも指しています。

   ~    ~

この両者(四者)には、何らかの関連があるのではなかろうか?

      ・

このように、思う気持ちが出てきましたら、

もういけません、 深き‘やまと言葉’の迷路に迷い込んでしまいます。

Photo_155

7代目のアマカミ(後世の天皇陛下)の、イサナギ・イサナミさんの

国家再建の道行きの、基礎には、低湿地においての水田稲作の普及事業が、

大きくそのウェイトを占めていました。

湿地の芦原、

そこに生えるのは「あし」だったのですね。

でも、同じ植物を「よし」とも言うのは、それほど古くには溯れないようです。

ヲシテ文献には、「よし(葦)」の名称は出ません。

     ~   ~   ~

このほか、

「よし・あし」の言葉は、ヲシテ文献に5例の典拠があるのでした。

これらを、見てみるのも面白いでしょう。

            ・

1、『ミカサフミ』 「ミカサフミ タカマナル アヤ」

Photo_156

             ・

2、『ホツマツタヱ』 5アヤ27

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             ・

3、『ホツマツタヱ』 15アヤ7

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             ・

4、『ホツマツタヱ』 17アヤ52

Photo_159

             ・

5、『ホツマツタヱ』 19Bアヤ11

Photo_160

             ・

「よし・あし、を」の書は、見極めてゆくべき、

心構えとして、記しました。

悩みは、尽きません。

    ・

今回、別注で漉(す)いてもらいました和紙(出雲和紙)は、

良い感じです。

滲(し)みないのです。たっぷりと、墨を付けてゆっくりと筆をすべらせても、大丈夫です。また、早く筆を動かすとかすれの味が面白く出ます。

書にしつつ考える、

わたくしの、ひとつの進め方です。

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2006年8月20日 (日)

日本民族の深層の真相の物語

日本民族に、

そもそも漢字渡来以前に豊かな高度な文明があったこと、

その真相の解明を、

トライして下さって、良い記事を、続々とUPして下さっています。

ビーチェさんの、新記事は、こちらです。

また、

真名さんの、新記事はこちらです。

ともに、

解釈においての、新発見の段階にまで到達です。

それは、必然的に試行錯誤の連続になって来るわけです。

それが、本当の楽しさなのです。 新しい学問の創造ですから…。

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2006年8月12日 (土)

誤訳の積み重ね・連鎖の恐ろしさ「秀真伝」

パトリック・スミス

『日本人だけが知らない日本のからくり』(株式会社新潮社)を読みました。

だいぶ前に、買っておいた本でした。

と言うのは、かなり変な日本理解なので、ほおって置いた本でしたから。

久しぶりに、手にとって見たら、、気がつきました。

「あ、そうか。 『秀真伝(誤訳ホツマ)』と、同じだ」 と。

直訳の・そのまた直訳したような、理解の仕方でしたから…

   ~   ~   ~

もっとも、おかしな個所は、

「かみ」の‘やまと言葉’を、すべて「神」と直訳理解してしまっている事です。

つまり、誤訳です。

‘やまと言葉’での「かみ」は、

多くの意味が包含されています。思いついただけですぐに五指に達します。

1、上(うえ、の意味)、川の上流などもいう

2、祖先

3、偉人

4、天皇陛下(お かみ , と尊称する

5、西洋的理解での、「神」

それら2~5までを、すべてごっちゃにして、「神(ゴッド)」と、直訳理解してしまう、おかしさは、矢張り外国育ちの人には理解しがたいのでしょうね。

         ・

このことは、

ヲシテ文献を、漢字仮名混じりに、直訳すると、

何ともならない、いびつな物になってしまう、

まったく同様の「からくり」なのでしょう。

      ~   ~   ~

たとえば、『ホツマツタヱ』の39アヤの例を挙げてみましょう。

ヤマトタケさん(日本武尊)の、おこないになられた論功行賞のところで、

Kamokatominamezumu_1

この、引用文中の「かみ」の言葉は、

わたくしなら、「ウタの大切さを良くご存知の、古代の偉人」と理解します。

何故ならば、引用文を現代語に要約しますと、

「ヤマトタケさんの連歌に、ちゃんと返し歌を捧げた人には、クニ(村)がご下賜されました。 みやげ物の運搬に労力を使った人には、報償金だけが下賜されたのでした。

不満に思っていた、 みやげ物の運搬に労力を使った人たちが、

連歌の歴史についての講義を受けて、思わず口について出た言葉が、

『キミ(ヤマトタケさん)は、<かみ>か!』 と、みんなで声を揃えていたのでした。 こうして、ヤマトタケさんの偉さに改めて感動したのでした。」

の、ような内容であるからです。

ちなみに、連歌の返し歌を、捧げえた人物は、

かの、有名な秦の徐福の子孫で、日本名が「そろり・よすな」と言うのでした。

帰化人に、また、帰化人の子孫に、ヤマト文明に造詣の深い人が出るのも、面白いことです。

           ・

それにくらべて、

この、引用文中の「かみ」の言葉を、「神」と直訳したら、

変ですよね。

そのような誤訳の、積み重ねが、「秀真伝(直訳・誤訳ホツマ)」です。

「秀真伝(直訳・誤訳ホツマ)」は、すべて、廃棄処分にするべき代物(シロモノ)であることは、幾人かの人には理解されつつあります。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

2006年8月11日 (金)

洞ヶ峠の、筒井順慶の墓所、近くにはスガタひめの神社

古来、筒井順慶(1549~1584)の洞ヶ峠(ほらがとうげ)のことは、良く知られています。

たまたま、

スガタヒメさんの神社近くを、参拝のためにテクテク歩いていたら、

ひょっこりと、

順慶の墓所に出くわしました。

Jyunnkeibosyo_1

立派な五輪塔です。

Jyunnkeibosyonohi

洞ヶ峠(ほらがとうげ)のことは、どうも、史実としては誤伝の様相が強いようです。

でも、

洞ヶ峠(ほらがとうげ)、と聞くと、どうしても、日和見・裏切りのイメージを感じることになってしまいます。後世に、自分自らの名前を残すには、出来ればよいイメージにしたいものだと思いました。

筒井順慶の城跡の石碑もありました。

Jyunnkeinosiroato

奈良の近鉄の、筒井(つつい)駅から歩いて5分ぐらいの所でした。

知らないことって、本当に多いものです。

Tutuijyunnkeinosiroato

赤い四角が、順慶の城跡です。

順慶の、墓所は、ここから南に2Kmほど、最寄の駅は、近鉄の平端(ひらはた)です。

筒井順慶の墓所を、さらに東に行きまして、佐保川を渡ると、菅田神社もあります。

Photo_150

上、佐保川(さほかわ)

Sugatajinnjya

菅田神社は、スガタヒメさんの、お父上の神社でしょう。

菅田神社は、60か村以上もの、総社であったと記録する書物もあります。

   ~   ~   ~

さて、

主の目的は、スガタヒメさんの方の事でした。

そもそもの本題は。

Sugatahime1_1

スガタヒメさんは、とっても聡明でご立派なお人です。

わたくしの、尊敬・敬慕する姫君でもあります。

10代アマキミ(後に言う天皇陛下)の、兄の方の(二朝廷並立時代)

ホノアカリさん(アスカきみ)のおキサキさんとして、入内なさっておられました。

それが、スガタヒメさんです。

ミソギ場として、使っていたアスカ川の川辺を田圃にと作り変えたのは、

これは良くない。

と、

夫君でアマキミの、ホノアカリさんに、諫言を申し上げたのが、

スガタヒメさんでした。

Sugatahime2_2

残念なことに、

ホノアカリさん(カグヤマ ヲキミ)は、諫言(いさめ)を聴いて下さることはありませんでした。

スガタヒメさんは、離縁されてしまいます。

そして、お父君の、近くに閑居なされたのであろうと、

わたくしは、推測するわけです。

         ・

神社の写真を掲げましょう。

Sugatahime4

社殿は、赤く朱色で温かみを覚えました。

Sugatahime_1

ちょうど、満月でした。

旧暦の7月は、

祖先の人を想う季節でもあります。 「あふみ つき」は、ヲシテ時代の言葉です。

そこで、ウタ(和歌)が出ました。

Sugatahimeuta

       ~   ~   ~

真名さんが、新たなテーマで連載を始めておられます。

紀子さまの、ゆかりのお花の、

ランの花「プリンセス・キコ」のよい写真も掲載して下さっています。

ご安寧にてのお祝いを申し上げることになりますよう、

ひとえに、お祈りいたしております。

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2006年8月10日 (木)

秋の、初めの満月

旧暦の7月は、もうアキ(秋)です。

Afuminomoti

さえざえ と  、満月の月明かりは、いつもそうですが、

特に、アキ(秋)に入った初めの時は爽快感に勝ると思います。

古来、電気による照明のなかった時代は、月明かりのあるなしで、

夜の行動が大きく影響されました。

満月ですと、月明かりで夜っぴきのお祭りも出来ます。

ちょうど、

7月の満月は、涼しさも感じられて、

祖先の人たちを思う、季節でもあります。

現代では、盆踊りといいますが、

仏教の到来以前の縄文時代からずーっと行われてきた行事です。

Photo_147

  あふみ・先ず   フメを やわして

  カゼとなす    ゆみはり に うむ

  イウ と アサ   ヲ と タナハタ の

  ほし まつり   もち は みをや と

  いきたま に   ゑな の はすけ の

  メ ヲ あえば  あおぎ おどりて

  い を うくる

        ・

ひらがなに、変えるのも難しさを伴うのが、ヲシテ時代の言葉です。

ヲシテ時代では、助詞の「を」は、ア行の「お」を使用します。

また、ヲシテ(縄文文字)の特殊文字が、消えてしまうので、

意味不明に陥ってしまいます。

どうぞ、元の文字、ヲシテ(縄文文字)でお読み下さい。

ここに、わたくしたちの国の本当の自覚が根っことなって磐石のものになると思うのです。

いま、引用した、『ミカサフミ』の最初の行の、

「アフミ」は、

‘アキ(秋)の爽やかさの感じられるようになった、ふみつき(7月)’

を意味します。「アフミ」の「ア」は、ぐりぐりの「ア」ですものね。

また、最後の行の、

「イ を うくる」とは、「イ」は、心のことです。

和漢同時に、偶然同じ発音であったようです。

            ・

たま まつり(祖先の尊崇)のことは、

『フトマニ』にも、記載があります。

Photo_148

メガ、とは今に言う‘みょうが’のことです。

『大言海』には「めうが」に出ます。

‘みょうが’を食べると物忘れすると、言われる慣用句のいわれは、

縄文時代からの、はるかな記憶から来ているようにも思えます。

      ~  ~  ~

‘タナハタ’や、‘たま まつり(祖先の尊崇)’など、縄文時代から連綿と受け継がれてきた年中行事の、その目的は、『ミカサフミ』に明記されていました。

Amewosiru_1 

つまり、

天地運行のリズムを、実感することに大きな意味があったのでした。

縄文哲学は、わが身を天地のリズムに合わせることで、

健康を得て、更なる楽しみに向かうためだったのでした。

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2006年8月 3日 (木)

ひおうぎ、の花のこと

今年は、少し遅れたように思います。

Hiougi1_1

‘ひおうぎ’の花の鮮やかさです。

草丈が大きいので、花が見えにくいですね。花を拡大しましょう。

Hiougi2

『ホツマツタヱ』に、関連の出典個所があります。

Nubatamano

この原文を、じっくりと読んでもらうことが最も重要であると思います。

解説は、『縄文人のこころを旅する』(27ページから)に記しましたので、

参考になさってください。

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2006年8月 2日 (水)

『万葉集』 982番の訓(よ)みについて

本居宣長の『玉勝間』を見ましても、思うのですが、色んな所・色んな方面に、言及があります。 それが、また、とっても大切になる時があるのです。 例えば、富永仲基の事は、本居宣長の『玉勝間』があってこそなのですよね。 (平田篤胤が、この記事を読んで全国をくまなく探させたことから、富永仲基『出定後語』が消失寸前で後世に残った)

つまり、今は、そんなつまらない記事であること、と、思われるようなことでも、

それが、ひょっとして、未来に大きな種を埋め込むことにも繋がるかもしれません。  そんなことで、『万葉集』 982番の訓みについて、一言申し述べておこうと思いました。

   ~   ~   ~

山上憶良(やまのうえ の おくら)は中国に留学した、謂わば当時の超エリートです。洋行帰りといった方が、解かり易いでしょうか? 今風には…、でも、もはや時代遅れの表現ですね。 それは明治的でしょう ね?

留学がえりのエリートの目にも、貧しい人の哀れな生活は、痛ましいものだったのでしょう。

貧窮問答歌としても有名な、この『万葉集』の 982・983番の歌の、読みですが、

わたくしが、変に思ったのが、今現行の読み方についてなのでした。

考えてみましたら、『万葉集』の、本格研究は江戸時代に始まったばかりで、

ヲシテ文献研究と、左程の時間差も生じていないといっても、

(『万葉集』350年(契沖1640~1701)ほど、「ヲシテ文献」250年(溥泉1770頃・近代研究は、40年ほど)ほど)

あながちには、これは言い過ぎだとクレームをつける人がどれほど居るのかどうか?

そのような、現時点での状況であることだけを、お伝えしたいと思いました。

   ~   ~   ~

原文にこの、

初めのところが、

「風雑 雨布流乃 雨雑 雪布流波」

とあります。

この、読み方なのです、私が変だと思うのは。

現代、一般には、

「風まじへ 雨ふるの 雨まじへ 雪降るは」

と言うのが通説になっています。

でも、

わたくしには、どうもピンと来ないのです。

だって、5・7のリズムに合いませんから。  5・6では、調子崩しも甚だしい。

状況からして山上憶良(やまのうえ の おくら)が、そんな下手なウタは詠めないのです。だって、援助を求めなくてはならないのですから。調子外れの演歌では、誰も感動しませんよね。

「風まじへ(混じへ) 雨降るホリ(欲しい)の   雨まじへ 雪降るホリ(欲しい)の」

(雨が、風に混じってくるような大変な時、この時にこそ、欲しいもの。

雪が、雨に混じってくるような大変な時、この時にこそ、欲しいもの。

之こそが、…     と、  山上憶良(やまのうえ の おくら)の本心が貧者・窮者の言葉を通して語られてゆきます。)

このような、ウタの感じに、私には思えるのです。

        ・

そこで、調べてみました。

『万葉集』に、「」の漢字の読みが、その他の用例ではどうなっているのか? と。

そうしますと、「」の漢字を、「ほり」と言う‘やまとことば’に読んでいる例が、何と、34例あった事実に遭遇しました。

ちなみに、その歌の番号を記します。

12,12、164,340、403、560、686、778、975、984、1062、1104,1205、1282、1302、1318、1364,1391,1516,1724,1753、1943,2124,2358、2369,2381,2416,2592、2674,2682,2793,2868,2972,3237,3796,3813

どうでしょうか、982番の山上憶良(やまのうえ の おくら)の歌も、「」の漢字を「ほり」と読んでみても、悪くはないのかと思います。 

         ~   ~

全般的な問題としまして、

ウタ(やまとうた)での文法の面での解釈にも関わっても来るのですが、

西洋文法ではなくて、縄文時代からの源流に溯っての日本文法に依拠する必要があると、かねてからの、わたくしの信念です。

押し付けの憲法ではなくて、ちゃんとした自前の憲法が待ち望まれているような、事と重なります。

           ・

ヲシテ文献の出現の事は、

これまで、2000年近くにもわたっての、日本歴史の研究が、その一からの見直しを迫るべきものであるはずです。

このことは、ひとつ『万葉集』の読み方にも影響を齎すものです。

ここのところを、どうぞ、肝(きも)に深くお据えになられて下さいますよう、願っております。

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2006年8月 1日 (火)

縄文文明を理解するための、ある種の覚悟

『定本ホツマツタヱ』の、序文(緒言)にも書いた事ですが、

縄文文明を理解するためには、

ある種の覚悟が必要になります。

Photo_145

つまり、記紀(『古事記』『日本書紀』)の原書の発見がなされた。

この、事実について、真摯な態度での理解があるのかどうか?

          ・  ・

ここに、

充分な理解がないと、

従前に行われていたような、漢字文献の記紀(『古事記』『日本書紀』)を

もととした、歴史の常識と見比べるような、そのような態度をとる事にも繋がる。

このような、基本姿勢は、ある意味不遜な態度であると、わたくしには思えるのです。

翻訳前の原書のヲシテ文献を軽んじて、誤訳後の記紀(『古事記』『日本書紀』)を重んじる。

これは、いわば逆転の価値判断であると、このように考えるのは、私の間違いなのでしょうか?

           ・

「土俵を変えるのだ」  とは、松本善之助先生のお言葉でした。

このことを、『定本ホツマツタヱ』の緒言では、次のようにまとめておきました。

Photo_146

誤訳前の原書こそが、最も尊ばれるべきだ。

この覚悟に、至らなければ、何にもなりません。

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