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2006年7月12日 (水)

定礎と言う言葉

ヲシテ文献には、「定礎」の言葉こそが似つかわしいようです。

つまり、ヲシテ文献は、

記紀(『古事記』『日本書紀』)の原書であること、

この事実が理解されてきますと、根拠となすべきものに変化が起きるのです。

これまでは、記紀(『古事記』『日本書紀』)でしか有り得なかったものが、

変化するわけです。

       ~     ~

ヲシテ文献から、記紀(『古事記』『日本書紀』)にと翻訳された時点で(8世紀ごろ)膨大な翻訳削除と、大きな誤訳、がなされていました。

翻訳削除は、おおよそ5割以上の分量にもわたります。

誤訳は、「カミ」と言う言葉や、「トコヨ」と言う言葉などのビックワードにも、及んでいました。

       ~     ~

これらの事実を、冷静に見つめなおした時、

わたくしには、記紀(『古事記』『日本書紀』)について、尊い書物であるとする考えは持てなくなってしまったのです。結局のところ、記紀(『古事記』『日本書紀』)を根拠にして構成されてきていた、従来の2000年近くの“日本歴史”なるものが、一体なんであったのか?  との疑問が、強烈に湧き上がってくるのです。

           ・

一部の、読者の人からの疑問につきましての、回答とさせていただきます。

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コメント

私の尊敬している人で、岡潔という学者がいます。
この人は戦後教育の誤りを勇敢にも批判し、「日本の教育は、神代の文化を教えること」と言いました。

しかし、肝心の神代のことが記紀からは読み取れず、残念ながらその後の努力は空転してしまいました。

もし彼がヲシテ文献を手にしていたら、日本の教育はどれほど救われたかと思うと、残念でなりません。

   ・
岡潔先生の、ご著書は若い頃に良く拝読いたしました。
和歌の事に付きましての、岡先生の文章から、わたくしは‘和歌’に親しむようになった経緯があります。
良い方向に、不断の努力をなさっておいでであられたことを、敬慕いたします。ちょっとしたきっかけが、何かに、何方かに感応を齎してくださることにも繋がると思います。

コメント有り難うございます。
            敬具

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