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2006年6月22日 (木)

サルタヒコの、尊き、おこころ

松本善之助先生に、ご報告を申し上げた、最後になってしまったのが、

サルタヒコの、おこころの、その尊さについて、

そこそこに理解が、辿り着いた、事。

このことでした。

Photo_116

その時、「なか・たか・わ」と、ヲシテで記した書軸を、

松本先生に献呈いたしましたのでした。

とっても、お喜びいただけました。

でも、これは、今、どうしても、お目にかけることは出来ないのです。

           ・

さて、いろいろと、思うところがありまして、

わたくしは、常に、

サルタさん、と、親しみが強く、そして特段の敬愛を持って、

いつも、尊敬しているわけです。

それで、その、サルタさんと御呼び申し上げるわけです。

その、サルタさんの、

伊勢での、ひとつの根拠地の、

椿大神社に、上(あがっ)て、参拝してまいりました。

Photo_117

澄み切った手洗いの水を、

ペットボトルに、汲みまして、一日、サルタさんについて、

さらに、さらに、思いを廻らしました。

        ・

と申しますのも、

松本善之助先生の、ご葬儀の折に、

不肖、わたくしの書軸を、 恩師・松本善之助先生のお棺(ひつぎ)に、

入れてくださいましたことがありました。 このことで、どうしても、

その書軸をお目にかけることは出来ないのです。

        ・

サルタさんの、その尊いお気持ちは、

縄文日本の代表する光輝であると言えるのではないか、

と、強く言葉を発したいのです。

このことは、『縄文人のこころを旅する』にて、詳しく提示しました。

この書物の刊行を、墓前にお供えするだけしか叶わなかった。

この事だけが、今でも心残りです。

どうでも、ひとめ、お目にして頂きかった。  

ですが、

その、精神(エスプリ)については、

「なか・たか・わ」の書軸によって、既に松本先生は、

ご理解下さってあられたことであった、 と、 そのように追想します。

         ・

こんな風なことを、

次々と、回想しますのには、

雑誌に載せるインタビューで、松本先生に関してのこと、 も 、

と、先方からの注文がありました、事々からでした。

   そのようなこと、にて、記憶の糸がより戻されて紡がれてまいりました…

  そんなこと、にて。

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