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2006年6月18日 (日)

‘ト’で考える、‘ロ’で考える

具体的に、現実で‘ト’の理念をもととして、どの様に考えるか?

本当に、たった一音なのです。  ‘ト’とは。

この、たった一音だけの音韻が表す、

その概念が、とっても複雑で・意味深長なのです 、  が、 

そのことの理解も難しいのです。

これを、どう活かして考えられるのでしょうか?

現在に。   本当は、この問題こそが、重要なのです。  そこで、例題を取りつつ考えを進めて見ましょう。

Photo_110

ひとつ、 BSE問題において、例をとって見ることにします。  (BSEとは、狂牛病のことです)

    ~   ~

BSEは、人類に対しての、新たな遅効性の毒物として、

把握できますでしょう。 そして、この毒性のもたらす詳細な因果関係が、研究段階である、そのような不確かさでしかない状況です。

  さあ、どう対応するか?

先(ま)ず、初めに考えるべきは、 ‘ロ’の基本理念です。

‘ロ’は、自分自身の自立の事を指します。

Photo_111

遅効性の毒物から自分自身を護(まも)るには、

BSEの場合、対応できる薬も無しとなれば、毒物を摂取しないことだけが、

有効ですね。

これは、‘ロ’の基本理念から導き出されることです。

   ~   ~   ~

さて、‘ト’ではどう考えるか?

他の人に、及び、社会に良い影響を及ぼすことが、 ‘ト’の理念です。

病原物質の発生を防ぐ方法の開発、病原物質の除去、病原物質の流通を防ぐこと、などなど、まさに読者の皆様が取り組んでおいでの事々が、ここに属します。

‘ト’の理念、

‘ロ’の理念、

カタカナで書きますと、何(なん)にもふたつの事象の間に、因果関係など無いものにも、思われますが、

「縄文文字ヲシテ」の文字形を通して見ますと、 成立関係での必然条件が、そのうちでも、

‘ロ’の方にあることに認められる。 そのような事になることでしょう。

つまり、

‘ロ’とは、 ‘ト’の文字を上下ひっくり返した形状だったのです。

Photo_112

‘ト’の、文字形は、風が吹いたら倒れそうです、 ね。

でも、‘ロ’の文字形には、こける要素が見出せません。

つまり、

‘ロ’こそが、必然条件である、 前提条件である、と。

‘ト’の理念、とは、‘ロ’の理念、の先行成立があってこそ成り立つ。

文字の形状にまでにも、しっかりと嵌め込まれた哲学!  で、有ったと言う事が出来ましょう!

つまりは、こんな事になるわけです。

従来、普通に聴いていたよりも、もっともっとの以前の、縄文日本の、

そんな、古い時代こそが、

日本の古代での進んだ哲学に裏打ちされていたのです。

「縄文文字ヲシテ」とは。

本来の、縄文日本の言葉、  つまりやまと ことばとは、短い音韻で、

高度な理念を指し示すことが出来ていた… 、  と言うことになります。

         ・

隣国のChinaの漢字の概念に、単純な当てはめをしてしまうと、

何段階もの、ランク落ちが、その漢訳をしたことだけの事で、発生してしまいます。  悲しいことです。  (例として、鳥居ホツマ・鏑ホツマなどなどがあります。悲しいことです)

ほんの、睫毛の先の目の前の、

爪の先ほどの、解かりやすさを求めたためだけの理由で!  です。

たった、それだけの事で、

本当に、大切な「縄文日本のこころ」を、つまり、‘たから’を失ってしまうのです。 ‘やまと’の価値観から、隣国のChinaの価値観を基礎に据え変えてしまうのです。  せっかくの、大きな宝が…。

たとえば、こんなことです。

足の先に、たまたま落ちていた、一円玉、

これを、拾(ひ)らおうとした、 たった、このためだけの理由で、

手に握っていた、

三億円の宝くじの当選券を、風に飛ばしてしまうのです。

そして、失くしてしまうのです。  このようなことです。

悲しいことです。

         ・

そんなことでは、無いのです。

本当の本来あるべきの、 ‘ト’

大きな原理原則に基づいて建国がなされた日本は

もっともっと、輝いているのです。

縄文日本の哲学は、

当時においてもそうですし、さらに、現代においても、

そして、未来においてこそなのです!

未来将来においてこそ、本当の真価が光ります。

何千年ものはるか昔の、その先進性が認められるのではないか、と、このように、わたくしは、考えております。 

つまり、ある意味では、

現在よりも、優れている!

         !

こういった、

‘ト’の理念、

‘ロ’の理念、

そのような、根本的な考え方の方法こそが、尊いのではあるまいか?

縄文日本の時代から、深く日本人に、血となり・肉となってきた、

価値判断の、根本思想です。

これならば、

世界のどこへ行っても、

ここのところに参集してくるしかないのではないか?  そのうちには。

と考えるのです。    今はだめでも… 、   です。

   やがては …  。

そうしてこそ、

日本民族の、本来の輝き、

つまり、

‘ジャパン クール’の、本筋が…、

これを、世界に示し得る。    そのように、思考するのです。

ここにこそ、本来の世界の平和と幸せを齎(もたら)し得る、その、指標となる。

このように、思うのです。   これでこそ、日本の未来が光る。

このように、わたくしは、予測しております。

Photo_114

世界の人々を、導いてゆく原理が、“神がかり”で、あると、

結局のところ、 何時までたっても争いが絶えることが無い。

これは、“神がかり”を超越したものである必要がある。

          ・

このように、

思っております。

これが、ヲシテ文献を、研究してきた、その結論です。

だからこそ、「皇国史観」よりも、その先を進めてゆかねばならないのです。

これこそが、

未来に一万年の良き世界を作り行く、唯一の原理であると、

そのように、思考するからです。「皇国史観」のままでは、欧米の論理と、

なんら変わることが無いのではないか? つまり、『古事記』の世界観のままなのです。

「皇国史観」とは、『古事記』の世界観によって、

日本の事を掌握しただけのことで、

理解程度の誤差が、はなはだしく大きい。

と、

このように、わたくしは、理解しています。

なんと言っても、「漢字文献」でしか…

所詮のところが、そのようなものでしかありません。『古事記』とは。

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