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2006年6月23日 (金)

『お湯殿の上の日記』のこと

ある時、のことでした。

『お湯殿の上の日記』を、読むように。 (おゆどの の うえの にっき)

と、松本善之助先生が、教えてくださいました。

Photo_118

   (琵琶湖の出口、今の南郷の洗い堰。 このあたりは‘さくら たに’とも古名にある)

この、「お湯殿」とは、内裏の中の‘お湯殿’(おゆどの)のことで、

天皇さまが、毎日、お湯で、おん身を清めになられておられたところの事です。

今日は、このような出来事があったと、

その日、その日のことごとが、女官によってしたためられています。

ある時は、天皇さまの直接のお筆になった、ご文章もあります。

この書物を拝読しますと。

国民のために、常に、みこころを、尽くしてくださっておられたことが、

実感できます。  それで、「天皇さま」と、わたくしは、申し上げるようにしております。

         ~  ~  ~

『お湯殿の上の日記』(おゆどの の うえの にっき) は、

‘群書類従’続編に、収められてありますので、簡単に目にすることが出来ます。  『群書類従』の、補遺3にあります。

             ・

ちなみに、本居宣長は、

『お湯殿の上の日記』を、

谷川士清から借りたことが判っています。

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