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2006年3月29日 (水)

『古事記』は、新しい

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             <明け方の海上から、宮崎を望む>

明治には、品格の高い研究者が多く出た。
山田孝雄先生も、そのうちの一人に数えられる。

西欧文化の、流入の著しい時代にあって、
日本とは何か、
この問いに対して、真っ向から立ち向かっていかれた、
その、姿勢に感銘を覚える。

その、山田孝雄先生の、

仙台のご自宅の机の上に、
原稿用紙1000枚の、論文を積んで、可否を問うた人があった。
この人こそ。
梅沢伊勢三先生であった。

風呂敷包みの中の、1000枚の原稿用紙に、びッちりと
書かれた内容に。

「そういうことになるか」

と、山田孝雄先生は、つぶやかれた。

その1000枚の原稿用紙には、
「古事記より、日本書紀のほうが、内容的に古い」
ことが、事実の積み上げによって細論されていた。
いわゆる、
‘紀前記後’説である。
やがて、『記紀批判』(創文社・梅沢伊勢三)として、世に出る。

『古事記』に対しての、強烈な信奉者が多くあった時代、
その、大本山にも思われていた。
山田孝雄先生は、真摯なご姿勢であられた、と追想する。

     ~ ~  ~  ~ ~

文献に書かれた内容の、
細かな比較によって、その文献の成立時代がわかる。
この手法は、
ヲシテ文献にとって、
またさらに、有効性の発揮がなされることになった。

詳細な、内容比較を行ったところ、

もっとも新しいもの、 『古事記』

次に新しいもの、  『日本書紀』

最も古いもの、  『ホツマツタヱ』

  と言う、結論になる。

「そういうことになるか」

  と、

つぶやいてくださる、真摯なお方は尊い。

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